時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~世界を駆け巡る希望の輪~

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 茶奈が羽ばたき、勇が薙ぎる。
 そうして邪神の腕が一つ断ち切られた時、世界は突如として震えた。

 希望が生まれたのだ。
 勇達が悪意の根源を倒せるかもしれないと。
 二人の戦いがそれ程までに鮮烈で、示威的だったから。

 更には、その希望が人々の行動論理さえ大きく変化させる事となる。
 まるでより強い希望を求めるかの様にして。





 街中で、一人の少女が逃げていた。
 一緒だったはずの家族からはぐれたままに。

 彼女を追うのは当然、邪神の眷属達だ。
 しかも燃える家の中からも次々と現れ、その数は膨れていくばかりで。

 もう走れない。
 もう逃げられない。
 迫る来る絶望に、顔からは諦めさえ滲んでいて。

 だがその直後、そんな少女の前に巨大な影が立ち塞がる。

「そのまま走れッ!! 振り向くんじゃあないぞッ!!」

 しかし影はそう叫ぶままに、少女と擦れ違い走って。
 途端、小さな耳へと大きく鈍い音が幾つも届く事に。

 その音が気になって仕方なかった。
 影の行く末が気になって仕方無かった。
 だからその拍子に、思わず少女が振り向く。

 そして目の当たりにする事となるだろう。
 あの邪神の眷属達が巨体によって打ち上げられる、その瞬間を。

 その影もまた相手に負けない程に荒々しい。
 獣の様に暴れ、悪魔の様に容赦無く悪鬼達を屠っていたのだから。

 ただ、それでも恐怖は全く無かった。
 それどころか安心感さえ感じてならなかったのだ。

 何故なら、その者は少女に穏やかな微笑みを返していたのだから。

 その青い肌に包まれた背は、雄々しい筋肉を象りて。
 所々に靡く金の体毛が王者の風格さえ示そう。

 その者は紛れも無く強者の―――魔者だったのだ。

「ゼッコォさん!! 西地区で警察が救援要請してる様ですぜッ!!」

「わかった、こいつらを薙ぎ払ったら向かう!! ロトゥレ、そこの嬢ちゃんの保護を頼んだぞ」

 そう、東京共存街のゼッコォ達である。

 彼等が住処を離れ、今こうして命を賭けて戦っている。
 この街で安全に穏やかに暮らさせてくれた人々への恩に報いようと。
 
 いや、恩返しと言えばそれは少し違うか。

 彼等はもう恩などで動いてはいない。
 己に課された使命で動いているのだから。

 確かに街では不遇もあった。
 妙な噂を流されたり、忌避されたり。
 決して全てが気持ちの良い毎日とは言えなかっただろう。

 でもそれ以上に得られた事が大きかったから。

 多くの人々に応援されてきた。
 時には手を取り、協力し合って街を造って。
 同じ種族であるかの様に一緒に笑って。
 同じ食事を食べて、時には一緒に寝たりもして。

 多くを教えて貰った。
 人間が、魔者が、なんて拘っていた事がちっぽけだったと思えるくらいに。
 手を取り合えば誰でも家族になれるのだと。



 彼等は今、家族を守る為に戦っているのだ。
 この東京に住む、自分達を支えてくれた数多の家族達を。

 

 その為ならば、封印していた剛腕さえ再び奮おう。
 あのナターシャとも渡り合ったその拳を。
 グランディーヴァ隊員候補ともなった実力を。

 今度は新しい家族達の為に。

 ゼッコォが咆える。
 ロトゥレ達が支える。
 守るべき者達を救う為に街を駆け抜けて。

 もう人間も魔者も関係無い。
 彼等は今、全ての命を救わんが為に死力を尽くそう。

 だが、魔者達が立ち上がったのは何も東京だけとは限らない。

 アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ―――
 ありとあらゆる地で多くの者達が立ち上がり続けている。
 理由は様々なれど、志はどこも変わりはしない。

 各共存街からの反抗を基点に全てが始まった。
 そこからインターネットなどを介して、多くの里や集落にも奮起の火が灯ったのだ。

 元々戦いに飢えていた者も居たかもしれない。
 ただ自分達の領域を守りたかっただけかもしれない。
 例えそうだとしても、人々は喝采せずにはいられない。

 それだけ、魔者達の戦いは生に満ち溢れていたのだから。

 戦いに明け暮れた日々を誰も忘れはしない。
 故に生に対する執着は現代人よりもずっと高いのだろう。
 誰もが彼等を勇猛果敢と見えてしまう程に。



 だからだ。
 だからその姿は、現代人達にも勇気という名の〝生への渇望〟を与える事となる。
 平和を享受し続ける事で忘れていた生存本能と共に。
 


 同、東京西部にて―――

 池上が尻を突く。
 邪神の眷属達の猛攻を抑えきれず。 
 絶体絶命の危機である。

「やッべッ!? うぅおッ!?」

 例え一匹には勝てても、集団相手となれば訳が違う。
 しかも相手は一撃で人を殺せる怪物なのだ。

 故に、池上にまたしても絶望の表情が浮かぶ。
 いつか勇に刻まれたものと同じ恐怖と共に。 

 だがその直後―――

「人間を舐めるなあッ!!」

 突如として邪神の眷属が顔を跳ね上げる事に。

 なんと一本のゴルフクラブがその顎をかち上げていたのだ。
 それも中太りの大人しそうな中年が、見事に豪快なスイングで。

「俺は課長で!! もうすぐ部長で!! いつか幹部になって社長になるんだッ!! だからこんな所で死んで堪るかあッ!!」

 しかも滅多打ちである。
 相手が怪物だろうが勢いのままに殴り付け、力の限りに叩きのめす。
 例えクラブがへし折れようが構う事も無く。

 その雄姿は池上から恐怖を祓う程に猛々しい。

「君、大丈夫かい!?」

「お、おぉ……おっさんスゲェな!!」

 しかも現れたのはこの男だけではない。
 他にも多くの人々がバットや物干竿やらを持ってやってきていて。
 池上に群がろうとしていた邪神の眷属達を次々に叩きのめしていくという。

 その数、もはや数十人をとうに超えている。

「いや、君の方がもっと凄いさ。 皆、君が救ってくれたお陰で立ち上がれたんだ。 あの戦いが皆に勇気をくれたんだよ。 かくいう私も君に救われた、憶えていないかい?」

「いやァ夢中だったから憶えてねェや、ンハハ」

「そ、そうか。 でも、もう君一人では戦わせはしないよ。 私達も戦うからな!」

 そんな人々が走る中で、男がそっと手を貸す。
 池上がこの程度で終わるなんて思っていないからだ。

 ならあの池上が調子に乗らない訳が無いだろう。

パンッ!!

 大袈裟なくらいに振り被られた手が、男の掌を掴む。
 池上はまだまだやる気満々なのだ。
 むしろ威勢に充てられ、これ以上無い笑みを浮かばせていて。

「おォ!! んじゃ俺達皆でチャンピオンになろうぜェ!!」

「「「おおおーーーッッ!!!」」」

 この惨劇に男も女も子供も老人も関係は無い。
 だからこそ男も女も子供も老人でさえも抗うのだ。

 戦えると思った者が皆、手に武器を持って悪鬼達に立ち向かう。
 決して諦めてなるものかと。
 絶対に生きてみせるのだと。

 感化されたのは人間・魔者に拘らない。
 生きとし生ける者の多くが皆、生へと執着し始めた。

 流されたのではなく、自らの意思で戦う事を選んだのである。



 そしてそのキッカケは決して感化だけに留まらない。
 元から勇気を持っていた者達もまた、自然と戦う事を選ぶだろう。



 これはまた同じ、東京のある場所にて―――

 邪神の眷属達が公道を走る。
 逃げ惑う人々を追って。

ギャギギーーーッ!! ドドォンッ!! ドォン!!

 しかしその最中、突如現れた一台の車が次々と悪鬼達を撥ねていく。
 乗り捨てられた車に擦ろうがお構いなしに。

 ただ、車自体もタダでは済まされない。
 薙ぎ払うままに通り過ぎ、その果てには電柱へと打ち当たって。
 するとたちまち煙を吹いて停止する事に。

 その中で車内から現れたのは―――あの司城夫妻。
 勇への謝罪を経てここまで来た所、たまたま場面に遭遇したらしい。
 そこで思い切って突っ込んだ様だ。

「ううぅ、お前、大丈夫か?」
「ええ、なんとか……」

 共にボロボロだが生きてはいる。
 エアバッグのお陰で目立った外傷は無い、精々打ち身くらいだ。
 元々覚悟も出来ていたから耐えられたのだろう。

 とはいえ、そのお陰で邪神の眷属達が一網打尽に出来た。
 これには逃げていた人々も感謝を隠せない。
 故に、車から這う様に出て来た二人へと駆ける姿が。

「アンタ達無茶するなぁ……でもお陰で助かったよ、ありがとう」

「ええ。 でも礼には及びません。 彼等が必死に戦ってるんです。 なら私達にも何かが出来るハズだ」

 二人が人々の手を借りて立ち上がる。
 でもその瞳はまだ終わりを告げてはいない。
 未だ戦う気で一杯なのだ。

 空に映る勇達の様に。

 絶望は伝搬する。
 だが、勇気もまた伝搬するのだ。

 しかも人々はまだまだ諦めてなどいない。

 ならば掴みたいと願うのは当然、勇気と希望しか有り得ない。
 だからこうして自ら勇気を見せて人々に伝搬する。
 これだけで人は心を打たれ、新たな勇気を得るだろう。

 それは例え戦う力が無くとも。
 それは例え抗う術を知らなくとも。
 危機に陥った今、生命は自ら呼び起こそう。



 それこそが幾百億の時を継がれて育まれた生存本能なのだから。



 その生存本能の形は戦いだけとは限らない。
 願いや想いを勇達に強く送るという形でも働いている。

 より純粋に、より強く願える者から。

 それは北海道北部のとある街にて。
 両親を奮い立たせようとする一人の少女の姿がそこにあった。

「お父さんお母さん、クマさん達を応援しよ! それが私達に出来る事だから!」

 こうやって両親に諭していたのはまだ小学生の少女だ。
 でも彼女は不思議と誰よりも強い意志を抱いていた。

 それは彼女はずっと昔に勇気を貰っていたから。
 幼少の頃に出会った二人の武熊によって。

 そう、彼女はかつてアージとマヴォに救われた少女である。

 あの時はまだ幼稚園児程度でしかなかったが、今でも記憶には強く残り続けている。
 大きく在りながらも優しかったあの二人の事を。
 雪崩に巻き込まれようとしてもなお諦めなかった勇達を。

 だからこそ願うのだ。
 もうきっと会えないかもしれないけれど。
 あの時会って救われて今があるのだとわかっているから。

「頑張れ、クマさん達!! 私は信じてるから!!」

 少女は今、両手を振り上げて叫ぼう。
 勇達と、アージとマヴォの無事を願って。
 彼等が未来を繋いでくれる事を信じて。

 その心にはもう、不安なんて欠片も無い。



 例え生と死を深く知らなくとも、生きたいと願う心に偽りはない。
 窮地を知り、脱したいと願えば願うほど、その想いは強くなるだろう。

 ならば生と死を強く感じた者もまた―――



 中部地方へ続く道に数台のバスが走る。
 空へと向けて応援の声を高らかと上げながら。
 誰もが惜しみなく、祖国の言語で想いの限りに。

「こうして叫んでいると昔を思い出します。 子供達が小さかった頃の運動会での事とかを」

「懐かしいですねぇ。 私も随分と叫んだっけ。 〝勇君頑張れぇ~〟って!」

 そんな中で勇の母親が心輝の母親としみじみと言葉を交わす。
 もう二度と訪れないかつての思い出をも交わしながら。

「あの時とは想いは違うけれど、今また必死に叫べてわかった気がします。 私達にはこの気持ちが足りなかったんじゃないかって」

「園部さん……」

「最初からこう応援していれば誰も死ななかったかもしれない。 あずちゃんも今でも生きていたかもしれないって思えてならないんです」

 例え勇気を持っていても叶わない事はある。
 人の生き死にだけは絶対で、蘇るなんて事は幻想ファンタジーに過ぎなくて。
 きっと今でも、反旗を翻した人々の中には死人が出ている事だろう。

 だからきっと抗えないかもしれない。
 こう後悔しても何も変えられないから。

「でも勇君は言ってくれました。 あずちゃんの死は無駄じゃないって。 なら、私はあずちゃんが繋いだ勇君の想いを応援したい。 喉が枯れるくらいに、もう絶対に後悔しないくらいに」

「えぇ。 私も同じ想いで応援しますから、一緒に叫びましょ? 心輝君が―――皆が生きて帰って来てくれる事を祈って」

 それでも後悔した昨日があったから、今日を精一杯生きられる。
 もう後悔しない様にと、迷い無く必死に訴える事が出来る。

 一度起きた過ちを覆せなくても。
 これ以上無い後悔を抱いていても。
 大人となった今でも、彼女達は子供の様に叫ぶ事が出来るだろう。

 生きたい、生きて貰いたい、と。



 こうして人は、魔者は、世界は叫ぶ。
 命を咆え、魂を奮わせて。

 その中で抗うのだ。
 世界の終わりを迎えない様にと。



 これがヒトの選んだ未来の形なれば。 



 そして戦いはもう一つの、とある世界でも繰り広げられていた。
 多くの者達には気付かれず、それでいて大胆に。

 それも、誰よりも人を救うという結果を残して。

 その世界にて中心となって戦っていたのは一人の女性。
 星の巫女が最も信頼する〝彼女〟だった。


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