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第二章

第51話 この国、想像以上に暮らしにくい

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 赤空界に訪れてから三日が過ぎた。
 連日【輝操術】製の食材料理で凌ぎながら。

 やはりこの大陸はとてもお金が稼ぎにくい。
 困り事どころか悪事さえ見つからなくて。

 というのも、どうやら自警団が常々目を光らせているらしくてな。
 しかもこれもれっきとした企業活動らしく、ちゃんと出来高報酬があるそうだ。
 なので俺達も何度目を付けられた事か。

 ただ、お陰で都市部の治安は凄くいい。
 ゴミ一つ落ちていないし、争う様子さえ無いんだ。
 市民のストレスはレースで発散されているだろうし。

 その一方で、街郊外に出ると途端に危険が増す。
 未だ魔物がそこらにうろついているから。
 火山地帯となると人の手も入り難くて開拓が進まないらしい。

 けどその魔物もなかなか都市部には入って来ない。
 防魔結界もあるし、入っても返り討ちにされると理解しているからだろう。
 人と魔物、生活圏の切り分けが出来ているんだな。

 そのお陰で冒険者の俺達は商売あがったり。
 そもそも【銀麗騎志団】なんてここでは不要なのかもしれない。

 でもその代わり、この国について色々調べ回る事が出来た。
 それで今、街の中央広場に集まって情報交換中という訳だ。

「赤空界がこの十数年でここまで変わっているなんて思わなかったな。父から聞いていたのとは大違いだったよ」
 
「そうだねぇ。それも一二年前に就任したバウカン大統領が優秀だからね。全業態化もこの人が推し進めて、一気に治安が良くなったって言うよ。未だ現役だし、信奉者も凄く多い」

「にゃー(噂では彼が【スカイフライヤー】を取り仕切っているって聞く。本人も昔は【フライハイアー】として大空を翔けていたそうだよ!)」

「ここで食べるスィーツはーとってもおーいしーくて安ーい」

「テッシャね、聞いて来たよ! 魔物素材はまだ売れるんだって!」

 さりげなくテッシャの情報が一番有用だけど、今は一旦置いといて。

 この赤空界には国という国が存在しない。
 各街の代表議員が集まり、それらを纏め仕切る大統領がいるだけ。
 なので他国へ名乗るなら【赤空界政府】という事になる。

 で、その政府の現代表がバウカン大統領。
 優秀な人物らしく、就任歴が歴代最長となるほど。
 この人が今の治安状態を創り上げたという話だ。

 確かに、この地で暮らすなら今の状態が丁度いいんだろうな。
 日雇いの仕事より安定した職の方が多いみたいだから。 

 ただその分とてもルールが厳しい。
 ルールを守らない業者は徹底的に吊るし上げられるそうだ。

 だから【輝操術】で商売しようものなら自警団が飛んで来るハズ。
 なんでも商売場所や商品まで徹底監査しているそうだからな。
 出所がわからない物を勝手に売れば一瞬にして逮捕だ。
 マオの甘言に乗らなくて正解だったよ。

 多少息苦しくはあるが、それも全ては市民の為に。
 そう思って行動出来る人物なんだろうな、バウカンという男は。
 でなければここまで徹底なんて出来ないだろう。

「この国に関しては以上かな。でもこう平和だと〝悪を挫く〟って事には至らないよな。となれば俺達が来た意味は無かったのかもしれない」

「にゃー(意外と巨悪が潜んでいるって事もあり得るけどね! とはいえこうも悪事が目立たないと動きようもないけれど)」

「なら今はテッシャの情報を活かすとするか。俺達の稼ぐ手段は恐らくそれしか無いだろう」

「あーね、【ランドドラーケン】の皮が凄く高く売れるみたい!」

 とはいえ街の外に出ればルールは適用されない。
 魔物退治なら誰でも自由に行えるという訳だ。ただし勝てればな。
 おまけに魔物素材の一部は一般素材よりずっと有用性が高いと聞く。
 特にドラーケン、こちらの素材は最上品として高額取引されるらしい。
 
 ちなみに【ランドドラーケン】っていうのは赤空界特有の巨大な魔物の事だ。
 四つん這いで歩く、亀にも似た風貌を持つ巨龍種だな。
 硬い鱗と甲羅、強靭な肉体を持ち、爪や牙は鉄をも切り裂く。
 更には長い首と尾を持ち、振り回せばたちまち集団をも蹴散らすという。
 しかも口から吐く炎は瞬時に骨をも消し炭にする火力を誇るみたいだ。

 コイツは常人じゃ到底太刀打ち出来ない。
 なので街まで降りて来れば自警団が総出で立ち向かうくらいなのだとか。
 しかし普段は温厚なので滅多に襲ってこない。
 こちらから手を出さない限りは。

 ――といった理由があって、素材は余り流通していないのだそうだ。

「ドラーケンは確かに興味ある。父もこう言っていたからな。〝もし力に自信があるのならばドラーケンを相手にせよ。そこで己が力量を定められるであろう〟とな。故に力試しを兼ねて挑戦してみたい所だ」

「あいつの素材は高性能機空船にも使われる事があるくらいだしねぇ、手に入れればきっと色んなメーカーが欲しがるだろうさ。ま、私は炎耐性低いから火山には行きたくないけど」

「そこはハッキリと〝燃えやすい体質だから〟って言った方がいいぞ」

 しかし、どうせやる事が無いなら挑んでみるのもアリだろう。
 幸い俺達は戦いの方が向いている。
 ドラーケンの相手も充分に可能なハズだ。

 仲間達も(一人除いて)割とやる気だ。
 やはり一万ケバブの夢は捨てきれていないらしい。

 よし、じゃあ行くとするか。
 一攫千金ではないが、実力に見合った稼ぎを求めてな。

「今のドラーケンは止めといた方がええぞ。この時期は繁殖期でな、皆やたらと興奮しとるからの」

 でも早速、傍のベンチへ座っていたおっさんドワーフに止められた。
 どうやら俺達の話を聞いていた様だ。
 先日の競船場でも見た気がするけど気のせいか?

「繁殖期のドラーケンに手を出したら最後、何十匹もが一斉に襲い掛かって来るぞい」

「よし止めよう。幾ら何でもそれは無理だ」

 でもこうして親切に教えてくれるのはきっと国柄ゆえなのだろう。
 平和的に過ごしているからこそ余裕があって穏やかで。

 ここでボーっと座っていた理由はわからないけどな。
 もしかしたらこれもきっと仕事の一環なのかもしれない。

「金ェ稼ぐなら競船操縦士にでもなったらどうだね。操縦士なら幾らでも募集しとるし。兄ちゃん達、いい船持っとるようやしの」

「何でそこまで知ってるの」

「仕事柄よーく調べてしまうもんだからの」

 クッ、おっさんドワーフ侮れんな。
 いつの間にか調べ上げられていたとは。
 今も追及逃れなのか、どこかへ歩いて行ってしまったし。

 これはもう迂闊に【輝操術】を使えないな。
 どこであの人の目が光っているかわかったもんじゃない。

「にしても競船操縦士か……ま、俺の運転じゃとても無理だな」

 となるとまた振り出しか。
 これは弱い魔物でいいからパパっと倒して小銭稼いだ方がいいかもな。
 それが一番手っ取り早そうだ。

 あと可能性があるのはこれか。

「よしマオ、君は自分自身で飛んでレースに出るんだ」

「いきなり何言ってんの!?」
 
「火山に行きたくないんだろう? ならその間に別口で稼いで貰わないとな。ほら、紹介資料に書いてあっただろう。少しだけ飛べるって」

「それほんの五秒くらいだから。あと結構筋力使うから」

 まぁ半分冗談だったんだけどな。
 どうせサボられるくらいなら別の何かしてもらおうかなと思って。

 しかしこれもダメだったか。
 なら大人しく火山に付いてきてもらうしかない。
 きっと溶岩とかに近づかなければ問題無いさ。

 ――なんて思っていた時の事。

「君達、レースに出るのは止めておいた方がいい」

 突然そんな俺達の背後から声がして。
 ふと釣られて振り向いた時、視界の先にはがいた。

 それはエルフだった。
 顔は面長、更には耳と首も長くて。
 背が高く細身で、肌の色が僅かに緑に寄っているという。
 それでいて焼け焦げたパイロットスーツを纏って精悍さを見せつけている。

 そんな人物を、俺達は知っていた。
 こうして面と向かい合ったのは初めてだけど。
 印象深く心に残ったからこそ、今なお忘れる訳も無かったんだ。

 何故なら彼こそ〝一八番〟と呼ばれていた者だったのだから。
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