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第三章

第101話 滅びゆく世界

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 虹空界が、滅ぶ……!?

 そんな事実を聴かされた俺達はただただ呆然とするばかりだった。
 今までそんな兆候さえ見た事も聞いた事も無かったから。
 確かに悪意はのさばっているが、滅びる程でも無いだろうと。

 けど、その規模が違ったんだ。
 神は神らしく、世界を個として見ていたから。

「今までは陽珠が世界を支えて来たお陰で何とか耐える事が出来ていたんだ。けれど、もうすぐその力も〝空の底〟【解崩絶雲ユンヴラリエ】に押されてしまうだろう。その時、世界は消滅の力に潰されて消える。跡形も無く」
「そんな……嘘だろっ!?」
「ううん、残念ながら事実だよ。その証拠を君達にも見せたハズだ。夢として」
「「「ッ!?」」」

 しかも既に俺達にも証拠を示したという。
 一体何の事だ、夢だなんてそんな――

 ――ハッ!?
 それはまさか、あの羊飼いの夢の事か!?

「皆気付いたらしいね。そう、あの光景はつい二年前くらいに起きた事実だよ。世界は今なおああして崩れ、形を小さくし続けている。それもこの数年で急激にね。そしてその崩落現象には世界の殆どが気付いていない」

 そうか、あの光景は人を見せる為じゃなかったのだな。
 崩落する大地を見せたかったんだ。
 今なお崩れ行く大陸という真実を。

 しかもあの夢は神が仕組んだのだと。

 それで振り返ってみれば、皆が頷いてきた。
 きっとあれと同じ夢をどこかで見たのだろう。

「あれは【解崩絶雲】が力を増した証拠なんだ。どんどんと圧力を上げ、世界を潰そうとしているって訳さ」
「その理由は?」
「世界が小さくなり過ぎたんだ。虹空界という分割構造となってしまったから。分割される前ならこんな事にはなり得なかったんだけど」

 あんな現象が今、恐らく世界中で起きている。
 気付いている者もいるだろうが、きっと滅ぶなんて想像もしていないんだろうな。

 エルナーシェという存在が消え、全体的に活力が失われているから尚の事。

「兆候は世界が分割されてから微量だけど確認されていた。だから僕は密かに世界を救おうと、救世主たる者を選んできたんだ。ただ、それももう今回でおしまい。あと三年で有力な人物を集めるのは不可能だろうから」
「それで最期だったんだ……」

 いや、彼女がいてもどうなっていた事か。
 どう考えても人ではどうしようもないじゃないか。

 だってそうだろう。
 「世界が滅ぶから大陸を繋げましょう」とでも言うのか?
 それとも「世界の端を隅々まで接着剤で固めましょう」か?
 しかもそれをたったの六年で成し遂げろなどと?

 どれを取ったってとても無理な話だ。
 普通に考えればな。

「それで、世界を救う手段は何か出たのか?」
「まだ全く無いよ。世界を救う手段は僕にも浮かばないし。まさかここまであの雲が強くなるとは思わなかったからね」
「何ィ……ッ!?」

 そう、普通は無理なんだよ。
 神がわからないって言うくらいだからな。
 それでも諦めきれず、人の知恵に頼ろうとしたんだろう。

 それは単に、神がかつてより人の文明に信頼を寄せていたから。

「けど君の思った通り、僕が出来なくとも人なら出来るかもしれない。例えば【解崩絶雲】を消し去る方法を見つけるとかね。まぁ実はこれ、大陸が分かれる前から考えられていた事なんだけれども」
「つまり、古代人も世界の滅びを予期していた?」
「うん。何かの拍子に【解崩絶雲】が押し寄せ、世界を潰してしまうかもしれないって。凄いよね。だから彼等は自分達なりに対策を考えた。例えば、強靭な力を得て滅びの力にも耐えうる様になる、とか」
「ッ!? それってまさか――【業魔】の事かッ!?」
「これまたご名答。彼等は進化の手段を求めた末にあの力へ辿り着いたのさ」

 そう、神にとっては【業魔】の誕生もまた期待の一つだったのだろう。
 滅びの雲という存在からヒトという種を守る為の。

 だがその結果は余りにも残酷だ。

「けどその後は伝説の通り。【業魔】となった一人の女性が暴れ、世界を引き裂いた。その末に虹空界が生まれたって訳さ。おまけに滅びへのカウントダウンを始めさせてね。彼女には大いに期待していたのだけれど、こんな事になるなんてね」
「世界を裂いたのは神と聞いたが、違うのか?」
「うん。僕達もさすがにそこまでは出来ない。けど少しでも【業魔】の咎を軽くしようと思い、僕達が代わりの責を負う事にしたのさ。人はまだまだ可能性を有している。その期待の根幹を責任感なんかで押し潰されない様にと」

 ただ、それでも神は可能性を諦めなかった。
 人が新たなる手段を得る為にまた立ち上がる事を。
 それで【業魔】の所業さえも隠し、ヒトの希望を保たせたんだ。

 まったく……伝説は所詮、伝説に過ぎない、か。

 つまり、業魔黙示録は人心を宥める為の扇動宣伝プロパガンダでしかなかった。
 世界の滅びを防ぐ可能性を得る為の。
 で、神は人知れずその可能性を求めて人を集め続けたと。

 そいつらがどこへ消えたかは知らないが。

「ただ、そうやって人を訳だけども。未だ成果は出ず、それどころか全く先にさえ進まなくなってしまった。世界が理に縛られ過ぎて殆ど誰も辿り着けなくなったんだよ」
「送り込む? 一体どこへ?」
「陽珠の下さ」

 ただ、その末路を想像するのは容易い。
 陽珠の下へと言うのなら誰でも想像が付く事さ。

 恐らく、全員死んだんだ。

 陽珠へと許可無く向かうのは重罪、漏れなく死刑だからな。
 許されるのは各国の代表、あるいは関係者に限られている。
 〝神聖なる地を無暗と愚者に汚されない様に〟とね。

 そんなしがらみに囚われているからこそ誰も近づけない。
 それが神の言う「理に縛られ過ぎている」という事なのだろう。

 しかしそうまでさせて向かわせる理由がわからん。
 陽珠はただ光り輝くだけの存在では無いのか?

「何故、陽珠の下へ向かう必要がある?」
「それはここでは言えない。けれど【陽珠の君】に会えば必ず進むべき道を教えてくれるハズだ。もしかしたら輝操術の秘密も、その道の先にあるかもしれない」
「なッ!?」

 そう思っていたんだが、どうやら違うらしい。
 しかも俺が求めている答えさえもがあの輝きの中にあるかもしれないという。

 ――だが、それはつまり。

「色々と期待させて悪いのだけれど、僕は輝操術の事を何も知らないんだ」
「そんなバカなッ!? この世界を創ったのはお前じゃないのか!?」
「確かに創ったのは僕さ。けど、輝操術という力を産む様には構築していない。すなわち、その力を持つ君はこの世界の範疇外カテゴリエラー的存在なんだよ」
「嘘、だろ……」

 神でさえも輝操術の詳細を知らない。
 この世界を最も知るであろう存在が、だ。

 考えればそうだよな。
 でなければ概念の壁を砕くなんて出来る訳が無い。
 神の定めた原理では砕く所か触れもしないだろうから。

 それが出来たのは単に、輝操術が神の概念より高位だったからこそ。

 しかしこれは余りにも想定外だった。
 神ならばあるいはと期待してたのだけれど。



「つまり、この世界において輝操術を扱えるのは君だけ、という事だ」



 父よ、貴方の課した使命は想像を絶する程に厳しかった様だぞ。
 なんたって神をも唸らせる程の唯一無二だったんだからな。
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