上 下
121 / 148
第三章

第112話 ヴァウラール帝

しおりを挟む
 【帝都ダナウ】。
 黄空界を実行支配する【ヴァウラール帝国】の首都である。

 全体的に石材と金で固められた建築様式を用い、様相はとても煌びやか。
 また国の顔ともあって区画がしっかりと整理されている。
 なので道を眺めるだけでその完成度合いに感心の声が漏れる程だ。

 ま、街中を悠長と楽しんでいる暇なんて無いけどな。

 そんな俺は今、闇夜の中で帝都屋上を跳び進んでいる。
 もちろん見つからぬよう知覚遮断魔法を掛けた状態で。

 その目的はただ一つ。
 帝とやらと直接会う為だ。

 幸い、この国の防衛力はそれほど高くないからな。
 俺ならば侵入するのは容易い。

 というのも、国全域が砂漠に覆われているから。
 おまけに比重の重い金砂だからこそ、足を取られると非常に動きにくい。
 つまり国そのものが天然の要塞と化しているんだ。
 なので良環境な紫空界と違い、強固な壁は必要無かったのだろう。

 故に足を止める事も無いまま、難なくヴァウラール城へと辿り着く。

 しかし、こうして落ち着いて観るとなかなか壮観だな。
 金飾で散りばめられているからか、夜なのに輝いて見えるし。
 おまけにマルディオン城と比べて背は低いが、敷地はとても広い。
 その分、警備人員も相応に多いに違いない。

 とはいえ、その警備が機能しているかと言えば疑問だがな。

 なにせ見た限りでは無警戒そのものなんだ。
 うたたねしている奴もいれば、酒を飲み交わしている奴だっている。
 これでは二流の暗殺者にだって侵入されてしまいかねないぞ?

 そんな奴等の目を軽く掻い潜り、姿を消したまま城壁を這い登る。
 ングルトンガ踏破で学んだ登山技術を活かしつつ。

 にしても、思った以上に【輝操アークル塑履クラッフ】と知覚遮断との相性が良い。
 これなら無音で壁を登る事なんて訳ないな。
 どうやらあの山への挑戦には思った以上の成果があった様だ。

 お陰で予定以上に早く中心部、その頂きに位置する部屋へと辿り着いた。

 それで空かさずラウンジへと足を踏み入れ、ふとチラリと覗き込んでみる。
 すると中も外同様にとても静かなもので。
 明かり一つ灯っておらず、淡い光に照らされて家具が輝きを放っていた。

 静か過ぎるな、人らしい全く気配が無い。
 帝は別所で寝ているのだろうか?

 ――などと思っていたのだが。



 それで更に深く頭を覗き込ませた時、俺は目の当たりにする事となる。
 部屋の奥でただじっと立ち、こちらを見ていた一人の男の姿を。



「やぁ、待っていたよ。そろそろ来るんじゃないかと思っていたんだ。アークィン=ディル=ユーグネス君」

 若い人間の男だった。
 年齢で言えば俺と同等くらいの。
 それでいて茶褐色の肌に白銀の長髪を降ろしているという。

 その服装はとても煌びやかなものだ。
 テッシャが纏っていた王装にも負けない程に。
 自身が帝であると示すかの如く。

 でも、そんな男があろう事か俺を歓迎する様に大手を拡げていて。
 衛兵呼ぶどころか全く警戒すらしていない。

 まるで客人を迎え入れるかの様にな……!

「君の話は各国からの噂で耳にしていてね、一度話をしたいと思っていた。そしてレジスタンス達とも接触をしたと聞いて。とすればきっと君の様な人は必ず確認しに来るだろうと考えていたのさ」
「なるほど、全てお見通しだったって事か」
「あぁ。マルディオン皇帝からも君の事を伺っているよ。とても誠実で真っ直ぐな男なのだとね。もし会う事があったらこう伝えて欲しいとも言われている。『快適な空の旅は如何だったかな?』とね」

 しかも俺の事を随分と調べ上げていたらしい。
 レジスタンス入りどころか、秘密にしていた紫空界の事まで。
 銀麗号の譲渡だって皇帝と一部の配下しか知らない事だしな。

 となると間違いない、こいつが噂の帝なのだろう。
 でなければこうも真実を引き出せる訳がない。
 それもマルディオン皇帝からなどは。

「ところでまず確かめておきたいのだけれど、君は私を殺しに来たのかい?」
「……いや。推測通り、ただ話をしたいと思ってきただけだ」
「それは良かった。なら安心したまえ、今日は側近を家に帰した。だから誰にも邪魔されず、ゆっくりと話す事が出来るだろう」

 ただ予想外なのは、その帝とやらが若者だったという事実だ。

 俺が聞いた話では、帝位は四〇年前ほどから変わっていないという事だった。
 ずっと一人の男がこのヴァウラール帝国の頂点に君臨していたのだと。
 だからマルディオン皇帝にも負けないくらいの老人だと思っていたのだが。

 知らぬ間に代替わりしたのだろうか。
 それともコイツがただ単に若作りなだけか、疑問は尽きない。

「立ち話もなんだし、そこの椅子に座ってくれたまえ。今から茶を淹れるから少し待っていてもらえるかな?」
「随分な余裕だな。俺が虚を突くかもしれないというのに」
「そうしない人だというのはわかった。私は自分の直感を信じているからね、心配はしていないよ」

 おまけにこの自信だ。
 全てを見通したかの様なこの雰囲気、まるであの少年神にも通じる。
 その達観さが逆に俺の不安を煽るかの様に妖しい。

 とはいえ敵意が無いのは確かか。
 今も俺に背を向け、鼻歌交じりに茶葉を煎っているのだから。
 その姿はまるで友人との談話を楽しみにする只の人の様だ。
 
「さぁどうぞ。お好きな方を取ってくれたまえ」

 それで金飾の施されたティーカップ二つをトレイごと差し出される。
 好きな方を選ばせるのは、毒が混じっていないと伝える為の作法だ。

 そこで俺は奥側のカップを摘まみ、机へと置く。
 その間に帝が残ったカップを摘まみ上げ、クイッと一飲み。
 更には嬉しそうに香りまで愉しんでいる。

「君が来ると思って上質の葉を用意しておいた。私のお気に入りでね、これだけで小一時間は語れるものさ。黄空界が誇る農産物の一つだよ」

 その様相はさしずめ夜のお茶会か。
 空明かりだけが場を彩る、とても物静かな。

 それに言われた通り茶も美味しい。
 これは煎茶の類だろうか、渋みはあるが喉をスッと通っていく。
 ミントの風味も僅かにあって、清涼感ささえ感じさせてくれた。

 とても上品な仕上がりだと思う。
 茶葉・湯煎共に良い仕事をしているな。

 ――が、俺は茶を嗜む為にここへ来た訳ではない。

 だからと、少し味わった所でカップを降ろす。
 帝へと鋭い視線を向けたままに。

「そうだね、茶を嗜む所じゃないかもしれない。けど互いに気持ちを落ち着かせるのも必要だよ。これから話すのはきっと、とても大事な事なのだから」

 しかしそんな俺の感情を読んだのか、返す間も無く言葉が添えられる。
 それも健やかに微笑みながら。
 ……まるで掌で踊らされている気分だ。

「そう、例えば世界が滅びそうになっている話、とかね」
「ッ!?」

 けど踊らされている事だけは確かだったらしい。
 今の一言が動揺を引き出すには充分に核心的だったからこそ。 

 コイツは一体どこまで知っている?
 この対談を繕った目的は一体?

 そもそも、それを知るコイツは一体何者なんだ……ッ!?



 疑問が膨れ上がる中、奴が再び微笑み語る。
 どうやら俺を待っていたのはまつりごとの話だけじゃなかった様だぞ……!
しおりを挟む

処理中です...