上 下
4 / 41

第4話 略してシスメさんとでも呼んでおこう

しおりを挟む
「なんだ、こいつ……!?」

 振り返った先に、人形の様な女の子が浮いていた。
 それも真顔で、まるで虚空を見る様な視線を向けたままで。

 その服装はと言えば、銀色の全身タイツといった感じ。
 よく見れば回路の様なラインが幾つも刻まれてて、如何にもアンドロイドっぽい。
 ただ、覗く肌は肉感に溢れているし、ボディラインもくっきりしている。
 やたら小さいだけで、造形は本物の女の子と変わらないんだ。

「それはシステムメッセージさんですな」
「知っているのかダウゼン」
「えぇ『記録』にありましたからな。勇者殿をサポートする為に現れる、世界の理の一つですぞ」

 それがこのシステムメッセージさん。
 あの謎の声、何も無い所から出てた訳じゃないんだな。

 とはいえ、ゲームとかでも妖精などにサポートさせる事は多々あった。
 だからシチュエーションとしてはなんら不思議ではない。

 にしてもこの子、やたらと無表情。
 ほとんど体を動かさないし、まさしくシステムって感じだ。
 これ、女の子にする意味あったか? 球とかでも良かったんじゃない?

「しかしコミュニケーションを取れるかどうかまではわからないそうです」
「多少意思はありそうな感じだけどね。よし、これから彼女は【シスメさん】と呼ぶ事にしよう」
『ターゲットが間違っています』
「よろしくな、シスメさん」
『誰に話しかけているのだ』

 ただ、人型である意味はあるかもしれない。

 煽っている様にも聴こえるが、逆に言えばちゃんと反応してるって事でもある。
 つまり会話は多少なりに出来るって事なのだろう。
 ただこうしてシステム的な言葉しか選べないだけで。
 たまーにちょっと個性が出せる、みたいな。

 なのでニッコリと微笑み、指で彼女の額をつんと突く。
 するとちょっと驚いた様に、「んがっ」と頭を押されていて。

 こうやって人間的な所もあるからこそ、人並みに扱いたいよな。

 そんなシスメさんの助言通りにして、ようやく装備一式を購入する。
 厳ついオッサンと面を合わせるのはちょっとキツかったが。
 逆に言えば美少女とも無条件でこう接せる、そう思えば苦ではなかった。

「でも、皆とは普通の距離感で会話出来るよな……なんでだ?」
「パーティメンバーとはある程度は距離感と関係無く会話できるぅのでっす。距離感が必要なウチには嬉しい世界なぁのでっす」
「でも君、さっきまでめっちゃ声聴き取り難かったけど?」
「それは素で声が小さいからぁでっす。可憐な美少女でっすから」
「それ、自分で言う事か?」

 どうやらこの嬉しくも面倒な『仕様』は世界の理の一つらしい。
 これでやっと国王が開幕にああ話してきた意味がわかったよ。

 さて、二つ疑問が解けた所で……もう一つの疑問を解消するとしようか。

 そこで俺はウィシュカの肩を叩き、唐突なサムズアップを向ける。

「じゃあ次はウィシュカの装備を変えようか。その格好は今後のシリアス展開に支障が出かねないからな」
「え!? なんで!? せっかくこの日の為に一番いい装備選んだのにぃ!」

 忘れてはいけない事だが、この娘は今もスモウレスラースーツのままだ。

 このままでは美少女でも、ただのギャグ要員にしかなりはしない。
 美少女キャラなのにそれはないだろう。

 という訳でさっき丁度良い装備を身繕っていた。
 ライトレザーアーマーとかは弓士にピッタリじゃないかなってね。
 彼女に似合いそうなデザインでもあったし。

 で、早速と試着させてみたのだが。

「どうしてこうなった」

 俺は今、心からこの声で一杯になっていた。
 新しい装備を身に纏ったウィシュカの前でただただ悩むしか無かったんだ。

 だって今度は「リアルな赤トカゲの着ぐるみ」になっていたんだもの。

「おかしい。今渡したのはライトレザーアーマーなはずだ。肩パッドが青く着色された、エルフが着てそうな素敵装備だったはずだ。決してレザーそのものではなかった」

 それで元の装備に戻してアーマーを返してもらったのだが。
 返って来たのはやっぱり俺が選んだ素敵装備だった訳で。

「ちゃんと着てる?」
「着てるわよ。仕方ないじゃない、そういう『仕様』なんだから」
「出たよ、また『仕様』が」

 しかしどうやらこの怪現象もまた『仕様』とのこと。

「私は普通の人と違って、装備品の形がつど変わってしまうのよ。性能は変わらないんだけどね」
「なにその生まれつきの不具合みたいな能力」
「だから例えば、パンツ一枚だとこうなるわ」
「えっ? ちょッ!?」
 
 しかもその仕様を見せつけんとばかりに、ウィシュカが試着室の幕を開く。
 恥じらいさえ感じさせない程に荒々しく。

 だがそこに現れたのは――ゴブリンだった。

 そう、あの全身緑で有名な小鬼だ。
 醜い肌で小柄で、棍棒までセットになったあのアレが試着室にいたのだ。

「裸になるとまた変わるわ。見せてみようか?」
「い、いえ、平気です……なんかすいまッせぇーんッ!!!」
「ううん、知らなかったんだし仕方ないわよ。だから変な所は気にしないで欲しい、かな……?」
「ハイッ! そうしますうッ!」

 要するに、ウィシュカは装備一つで姿がコロコロ変わるという事。
 それも本人の意思に拘らず。

 恐らくこれはゲームで言う所の「グラフィック紐づけの不具合」だろう。

 例えばレザーアーマーという装備があったとして。
 これに【皮鎧1】というグラフィックIDが紐づけられて、正しければちゃんとキャラに反映される。

 けどウィシュカだけはそのIDが全く別なんだ。
 今着ている【旅人の服】の紐づけ先が【スモウレスラースーツ】になっている。
 きっと、この世界を創った奴の管理がすさまじく雑だったんだろうな。

 にしても全く、なんで彼女だけにそんな不具合があるのやら。
 こういう所までデジタルっぽくなくていいのに。

 そこでひとまず謝罪を済ませて装備変更騒動の幕を閉じる。
 今しばらくは相変わらずのスモウレスラースーツで我慢する事に。

 でもこの時、俺はまだ気付いていなかったんだ。
 この不具合がまだダントツに可愛いレベルだったなんて。

 この先で待ち受けている仕様バグは、それだけ想像を絶するくらいに酷い物だったんだから。
しおりを挟む

処理中です...