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第一章

第六話 獣魔の知恵

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『作戦司令部より通達。現在、敵群勢の進路が大きく東寄りにずれたのを確認。現在、右翼のレティネ中隊が拡がりを阻止しているが状況は不利だ』

 二番機小隊と合流した僕達は敵陣へと再び切り込んでいた。
 しかし途端に敵の勢いは弱まり、凌ぎきったのかと思っていたのだけど。

 そこでこの通信が入り、僕達は進軍停止を余儀なくされていた。

「敵が少ないと思ったら、そういう事かよ!」
「奴等、尻尾を巻いて逃げやがったか!?」
「んな訳がねぇ。これも一種の生存戦略だ。奴等は学習してんだよ、どうすりゃ生き残れるのかってな」

 つまり、僕達は敵のお尻を追いかけていたようなものだ。
 それでもって少数だけをけしかけられ、それを倒す事で「追い詰めている」と思い込まされていた。

 なにせ戦場は現在、朝にも拘らず非常に視界状況が悪い。
 所々で炎と黒煙が立ち上り、敵の血塵で空気も淀んでいるから。
 そのせいで僕達は敵本隊を見失ってしまっていた、という訳だ。
 
 あんな野獣みたいな奴等なのに戦略を駆使できるなんて。
 こんなの訓練所でも教えてもらわなかったよ。

「レティネの部隊は狙撃兵がメインだからな、勢いで押されれば弱いってのがバレたんだろうぜ」
「ならどうするんです? このまま追いますか?」
「いや、消耗した俺達が追っても追い付けねぇ。なら後続の四番五番にレティネ中隊の援護を任せよう」
『こちらアールデュー・フォー了解、レティネの援護に向かう』
『ファイブ同じく。借しを作って来るぜ』

 とはいえ、そんな戦略性も皇国軍には予測済みだったみたいだ。
 だから東にレティネ中隊を、西にツィグ中隊を並べて敵の拡がりを阻止しようとしていたのだろう。

 ただ、その戦力までは見通せなかったみたいだけど。

「って事は俺達、お役御免って事ですかい?」
「……そうなれば言う事無しだけどな。だがこの布陣、何か妙に引っかかる」
「何故です?」
「確かに右翼は守りが薄いから、逃げるのは容易だろうさ。だがそう気付くまでがやけに遅いんだ。まるで俺達の引いた防衛網に自ら飛び込んで来たみたいでな」
「考え過ぎでは? 奴等の知能を過大評価しすぎかと」
「だといいんだが」

 この状況は隊長達にも読みきれていないらしい。
 だからか、立ち止まってからの話がやたらと混んでいる。
 僕が会話へ入れないくらいに複雑だし。

「いずれにせよツィグ中隊に追撃指令が出てる。もうすぐ俺達付近にまで来るだろうよ。ほぼ消耗してないアイツラの方が追うには持って来いだ」
「これなら三中隊が出るまでも無かったかもしれませんなぁ」
「全くだ。不完全燃焼だぜぇ」

 ただ、戦いの終わりが近いって事だけはわかる。
 後は東に逃げた群勢を取り囲んで一匹残らず潰せばいいだけだから。
 ツィグ中隊は火力特化の部隊らしいし、万が一にも討ち漏らす事は無いだろう。

 ほら、こうしている間にも傾斜のふもとから沢山のヴァルフェルがやって来た。
 中隊まるごと移動してるからかな、百機以上が一緒に走る姿はとても壮観だ。

 しかも装備が僕達よりもずっと多いのにやたらと速い。
 恐らく重武装を支えられるくらいに強靭な脚部を使っているんだろうね。

「来たぜぇ、ツィグの部隊がよ。高機動に高火力、さすが皇族騎士は扱いが違うねぇ」

 それというのもツィグさんは皇帝陛下の親族と、結構な立場の御方。
 なので戦功を上げやすいようにと他の二部隊よりお金が掛かってるみたい。
 やっぱり世の中は血筋って事なのかなぁ……。

 そんな部隊がとうとう僕達の横を勢いよく過ぎ去っていく。
 ツィグさんらしい機体が隊長にハンドサインを送りつつ。
 後は任せろ、って感じでなんかカッコイイ。

 対する隊長はと言えば「やれやれ」と呆れた風だったけども。

「いっそあいつらが先遣隊になってくれりゃいいのになぁ。装甲も硬いし武装もあるしで言う事ねぇだろ」
「駆動時間短いのが難点だけどな」
「ま、あいつらが動いたおかげで俺達は楽できるってぇもんだ。合流した以上、こりゃ本気でもう終わり――合流? うッ!? まさか、奴等ッ!?」

 けど途端、隊長の様子が変わった。
 そして過ぎ去っていたツィグ部隊をしきりに見渡していて。

「ん、どうしたんです隊長?」
「――総員今すぐ後退だあッ!! ツィグ中隊が来た方に逃げろおッ!!」

 しかもそう叫び、すぐさまふもとへと向けて飛び降り始めていて。
 僕や仲間達もひとまずそれに続き、急いで下り走る。

 するとその時、センサーが何かを検知。
 突如として異常を発した。

『異常振動を検知。危険デンジャー危険デンジャー
「異常振動!? これって一体ッ!?」
「来るぞッ! 衝撃に備えろォ!!」

 でもその異常の原因を確かめる事なんて出来やしなかったんだ。
 だって直後、僕達は突発的な大地震に見舞われていたのだから。

 これは自然的な地震なんかじゃない。
 なにせこの地方では地震活動なんで起きた事が無いのだから。

 あるとすれば――故意的に引き起こされた揺れしかない。

 大地が裂ける。
 木々を飲み込みながら。
 僕達が必死に逃げ惑う中で。

 更には地割れが崩落していき、ツィグ小隊をも飲み込んで。
 次々と通信途絶していく中、地割れの中から何かがせり上がって来た。



 もはや山だった。
 山が盛り上がり、新たな山が生まれたかの様だった。

 それ程までに巨大で、陽光を塞いで闇を作る程にドス黒い何か。
 それが突如として僕達の前に現れ、鎮座したのである。



 戦慄を隠せない。
 それだけの威圧感が、暴力性が、この目の前の巨体から放たれていたからこそ。

 コイツこそが超大型獣魔【エイゼム級】。
 その究極なまでの邪悪な姿に、僕はただ圧倒されるばかりだったんだ。
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