上 下
7 / 39
第一章

第七話 戦いは終局へ

しおりを挟む
『総員に通達! エイゼム級が出現した! 残存機は直ちに奴の進軍を抑えろ! これは最重要指令だッ!』

 それは僕達がエイゼム級と邂逅した時の事だった。
 受信機が司令部からの通信を受け、全員に攻撃指示を促していて。

 けど既に、奴の作った地割れに飲み込まれて戦力の半数が失われてしまった。
 その事実を知っていたからこそ、躊躇する程に戦慄せざるを得なかったんだ。

 超大型獣魔エイゼム級。
 その身長は見上げても見上げきれないくらいに大きい。
 ベベル級が可愛く思えてしまう程だ。

 その姿はまるで甲虫。
 目が無く、触角は角の様に硬く短く、幾つもある巨大な牙が絶えず動いていて。
 巨大な十二本の爪状節足で立っており、一本一本が塔の如く極太で強靭。
 それらの節々に細かく生えた棘が凶暴性を示しているかのようだ。

 そんな巨体が今、動き出そうとしている。
 眷属が向かった東方面へと地響きを立てつつ。
 動きこそ鈍いが、一歩が大き過ぎるからこそ遅れはしないだろう。

「畜生ッ! 奴はツィグ中隊を最初から潰す気だったんだッ! レティネ部隊の威力がわかるならツィグ部隊の性能だって判別できるってなぁ!」
「そんな、そんな知能が奴等にあるっていうんですかッ!?」
「もうそう思うしかねェだろ! 奴は間違い無く、俺達を潰して体勢を立て直すつもりなんだろうよお!」

 しかしこうして論議を交わしている間にも戦況が通信機から流れて来る。
 司令部によると、ツィグ部隊はほぼ全壊。
 残存機が十六機と数えるにも乏しい状態だ。

「だがやるしかねぇ! 群勢はレティネに任せて、ツィグの残存兵力と共にエイゼム級の足を止めるッ! 四番五番は反転して戦列に加われ!」
『アールデュー・ファイブ了解、これよりエイゼム野郎を撃つ!』
『よ、四番機小隊、今の地震で隊長機ロスト、指示を願いますッ!』
「なら四番は五番と合流しろッ! 急げえッ!!」

 それでもやらなければならない。
 もしエイゼム級を取り逃がせば作戦失敗、近くの街や村が獣魔に襲われる事となるだろう。

 そうなったらもう悲劇しか待っていないのだから。

「よし、俺達もエイゼムを撃つぞッ! 命を懸けろ野郎どもッ!」
「「「おおおッ!!」」」
「やるしかないのか……ッ!」

 だから僕達も直ぐに戦闘を開始。
 エイゼム級の周りを走りつつ、奴の節足へと一斉に銃弾を放つ。

 大きいからといって決して弾が効かない訳じゃない。
 実際、ファイアバレットが奴の足に突き刺さり、無数の破片を撒き散らしていて。

 余りにも大きいから影響は微々たるものだけど、積み重ねればいずれは折れる。
 それを期待して、今はただ一心不乱に撃ち続けるしかないんだ。

『総員に通達。間も無く新兵器が奴に向けて投下される。獣魔だけを焼き尽くせる【トルトリオン魔光波弾頭】だ。しかし当てるのが容易では無く、奴の動きを止める必要がある!』
「聞いたか野郎ども! こうなったら全力で奴の足を一本でも二本でもへし折れッ! それが出来なきゃ俺達の負けだあッ!!」
「「「サーイエッサー!!」」」

 僕も二丁の銃を撃ち放ち、確実に奴の足を攻撃しまくる。
 あれだけの巨体だからほとんど外す事もない。

 そのおかげで遂に足の一本が損壊。
 爪状足の中腹からバギリと折れ、地響きを立てて倒れた。

 ただそれでもエイゼム級は物ともしていない。
 十二本中の一本が折れただけじゃ全く影響が無いみたいだ。

 けどその間にも、ツィグ部隊や三~五番機小隊が猛攻を続けていて。
 彼方の別の足へと向けて赤い光筋が何本も刻まれていた。
 特にツィグ部隊の方は火力が凄まじく、出遅れたのに僕達と同時にもう一本を破壊していたというのだから驚きだ。

 この火力なら、いけるんじゃないか……!?

 そう思っていたのだけれども。

「油断するな、奴の攻撃が来るぞーーーッ!!」
「うわあああッ!?」

 途端、僕達の視界が闇へと包まれる。
 エイゼム級の巨脚一本が僕達を潰そうと掲げ上げられていたのだ。

 そしてすさまじい速さで一突き。

 その瞬間、出遅れた二機のヴァルフェルが巻き込まれて消えた。
 まるで砕かれたクッキーの如く粉々にされながら。
 なんて圧倒的な質量攻撃なんだ……!

 そう振り下ろされた足へ攻撃を加えて応戦する。
 もう足を止めている暇なんて無い。
 少しでも止めれば、踏みつぶされて一瞬で終わりだ。

 そのせいか、小隊の皆はもう連携なんて取っていない。
 各個に動き回り、木々を避けつつ自分だけのルートを走っている。
 纏まって動けば一斉に潰されかねないからこそ。

 だから僕も砲身の焼き付いた銃を棄て、元隊長の銃で必死に応戦する。
 すると更にもう一本の足が折れ、敵の動きを鈍らせた。

『【トルトリオン魔光波弾頭】投下まであと一分。それまで持ち堪えろ!』
「長い一分になりそうだ」
「それだけありゃ女を抱く妄想が十回は出来そうだぜ」
「そんな記憶を持って来てるから反応が鈍いんじゃねぇのか!?」

 戦況はまだ優勢とは言えない。
 この間にもツィグ混成部隊が半壊。
 三~五番機小隊からも悲鳴が上がって来る。
 レティネ中隊も群勢を抑えきれておらず、このままエイゼム級が合流すれば流出は必至だ。

 けどもう少し。
 もう少しだけ耐えれば戦いは終わるんだ。

 そう願い、ただひたすらに銃を放って走って避ける。
 新兵器に全てを託して。

『間も無く投下を開始する。五、四、三、二――トルトリオン投下射出!』

 そんな時だった。
 エイゼム級の頭上遥か上空に小さな輸送機が飛んできて、何かを投下する。
 パラシュート付きの何か箱の様な物体を。

 それが風に煽られつつも確実にエイゼム級の頭上へと漂い始めていて。

「いけッ! ブッ殺せえッ!」
「やっちまえーーーッ!」

 その新兵器を前に、皆が興奮するがままに叫びを上げる。
 この戦いがすぐに終わる事を願って。

『トルトリオン爆破シークエンス開始……各員、衝撃に備えろ!』
「何が起こるかわからん、全員かがめぇ!」

 それで皆、指示されるがままに大地へ膝を突く。
 中には滑ったり、転がったりする者もいたけれど。
 それでもめげずに大地へ貼り付き、爆発の時を待っていて。



 ――けど、その時は一向に訪れる事が無かったんだ。



「……なぜ何も起きないッ!?」
「おいおい、まさか不発かッ!?」
「ふざけんなよ開発班ッ!!」

 最悪の展開だった。
 作戦の要だと思われていた新兵器がまさかの不発。
 そして全員が足を止めてしまったという事実が、状況を更に悪化させたのだ。

 敵はその間にだって動き続ける。
 ゆえに、今この瞬間にも一本の足が振り下ろされ、僕の仲間が三機消えた。
 彼方でも五番機小隊が丸ごと潰され、一気に戦力が低下してしまって。

「冗談じゃねぇ! こんなの勝てるものも勝てねぇよおッ!」

 それで急ぎ起き上がって走り始めたのだけど。
 既にエイゼム級はゆるりと転身を始め、東へと向かい始めていた。

 クッ、このままじゃ逃げられてしまう!

「問題無いッ! だったら、いつも通りの作戦を執るだけだッ!」
「いつもの……!?」

 なんて思っていたのだけれど、どうやら策はまだあったみたいだ。
 新兵器に頼らないであの巨体を討つ作戦が。



『総員に通達! トルトリオン魔光波弾頭による爆破は失敗に終わった。よってこれより【エイゼムバスターカノン】を使用する。現地戦闘員は覚悟を決めよ!』



 それが【エイゼムバスターカノン】。
 エイゼム級を破壊する為に建造された超巨大魔導砲塔である。
 指令本部は新兵器失敗も加味し、既存の必殺兵器も既に用意していたらしい。

 でもこの時、僕はまだ知らされていなかったんだ。
 人類の英知が造り上げたこの兵器がどれだけの破壊をもたらすのかを。
 その破壊力はもはや、造った人類さえもが抑えきれない程に強大なのだと。

 そして直後に空へ刻まれた一筋の閃光を前にして、初めて僕は思い知る。
 これは全てを焼き、全てを消すほどの輝きだと。

 そんな破壊の力にはもはや、敵も味方も関係無いのだと。



 その閃光から生まれた輝きに包まれて、その意識さえも飲み込まれながら……。
しおりを挟む

処理中です...