上 下
10 / 39
第二章

第九話 コンテナに詰められた少女

しおりを挟む
「爆弾が女の子だった……? 一体なんで……?」

 コンテナから聴こえて来た声もだけど、その中身もあまりに衝撃的だった。
 爆弾だと思っていた物の中に幼い少女が入っていたのだから。

 褐色の肌に、淡い黄翠きみどり色を含んだ長い長い銀髪。
 それと布一枚で作られた白い服。
 そんな子がコンテナ一杯のもこもこ毛布に包まれながら、丸まって眠っていて。
 
 しかもその子がそっと眼を開き、僕へと視線だけを向けた。

 髪色と同じ、黄翠の瞳だ。
 それでいて子どもらしい、くりっとした大きな眼で。
 でも触ったら潰れてしまいそうなくらいの弱々しさを感じる。

 だからなんだか手を出すのも憚れてしまって。

 そうしてただじっと眺めていたのだけど。
 すると少女は何を思ったのか、また目を閉じてしまった。
 それで気持ちよさそうに顔を毛布へと擦り付け始めていて。
 僕の事なんてまるで気にしていないみたいだ。

 今の僕を見たら普通は怖がりそうなもんなんだけど。

「随分と肝の据わった子だなぁ」
 
 それにコンテナからは一切出ようとしない。
 薄目を開いてちょくちょく見てくるんだけども。

 子どもの世話なんてした事ないし、加減なんて当然覚えてすらいない。
 だからどう扱ったらいいのかさえサッパリわからないんだ。

 でも、こんな山奥に一人放っておくのはさすがにまずいよね……。

「仕方ない、ここは人命救助を最優先にしよう。少し揺れるけど、我慢してね」

 なので止むを得ず彼女を保護する事にした。
 人命救助も立派な帰還理由になると思うし。

 そこでコンテナの扉を再び閉め、両腕で抱え上げる。
 背中のアタッチメントへ換装させる為にと。
 もちろん、出来る限り中身を回さないよう細心の注意を払ってね。

『アタッチメント接続エラー。対象物を固定できません』
「あれ、ロック機構が壊れてるな。仕方ない、外れて落ちるのもまずいし強制的に固定しちゃおう」

 けど僕の身体もガタガタだからかな、簡単にはいかなかった。
 そこで仕方なく、左腕部に搭載のバーナーで接続部を溶接する。
 ヴァルフェルなだけに、見ないでも作業できるのは助かるよ。

「それじゃあ行くとしようか」

 あとは平行歩行モードに切り替え、出来る限り振動を抑える。
 コンテナ内の子が中で弾まないように気を付けないとね。
 その辺りもヴァルフェル自体が機械的にやってくれるからなんて事は無い。

 そうして僕は少女を背にしながら山を下りた。
 ヴァルフェルの足はやはり速く、一時間も経たずに林からも抜けられたよ。

 なら後は皇都へ行くだけだ。
 まぁ途中で町や村があれば、そこで終わりでもいいんだけどね。



 そんな軽い気持ちを抱きつつ平原を歩くこと、およそ半日。



「あれは民家かな? やっと人里に着いたかぁ~……」

 空が赤みを帯び、地平線の彼方には深い青みもが滲み始めていて。
 そうなるまでに歩き続けた所で、ようやく家らしい物が見えてきた。
 地方だから思ったより開発が進んでいなかったみたいだ。

 とはいえ、見えるのはどれもボロボロなあばら屋ばかりで。
 いずれも離れて点在し、とても人が住んでいる様には見えない。
 それでも畑があって農作物も育っているみたいだから居るには居るんだろう。

 ……ただ、その畑も大半が随分と荒れているけれども。

「廃村、じゃないよね……?」

 不安はあるけど仕方がない。
 村人と出会える可能性もあるし、ひとまずは中を通るとしよう。

 そう思い切り、畑の中道を行く事に。
 整地はされているみたいなので、進む分には迷わなくて済みそうだ。

 それで荒れた畑の間を通って歩いていたのだけど。

「停まれ! そこのヴァルフェル!」
「ッ!?」

 そんな時、道の先から誰かが走って来て呼び止められる。

 中年くらいの歳の男だった。
 オールバック髪で眼鏡を掛け、体付きが全体的に細めな。
 それも皇国軍服を身に纏い、銃剣を両手で携えていて。
 見た感じだと、この村の駐在さんって所かな?

 にしても随分と古臭い武装だ。
 そんな装備じゃ獣魔に襲われたらひとたまりもないだろうに。

「待ってください、僕は怪しい者じゃありません! 国民識別No.0029843915、皇国軍所属、星衛騎士団団員レコ=ミルーイ二等騎兵です」
「ッ!? 騎士団!?」
「そ、そうです。あ、でも作戦終了で現在は帰投中でして、形式的には身分は適用されないはず? ……つまり、ただのヴァルフェル、かな?」
「ならなぜ自壊しない!?」
「先日の作戦で自壊機能が壊れてしまって。なので停止手段を求めてここまで来たんです」
「そ、そうなのか……」

 それでも無駄な争いは嫌いだ。
 だからこうして素直に事情を話し、敵意を収めてもらう事にした。
 人相手にムキになる理由も無いし、相手にケガさせたくないからね。

 どうやらその意図も伝わったみたいで、駐在さんも銃を背中に回してくれた。
 まぁいきなりヴァルフェルが来たら怖いし、警戒するのも仕方ない事さ。

「わかってくれてありがとうございます。けどもし迷惑なら村を通らないように進みますから」
「いや、そこまで気を遣う必要は無い。それに君は軍人とは思えない素直さと謙虚さを感じるし、害意は無いってすぐわかったからな」
「うーん、それは褒められてるのか咎められているのか……」

 それに必要以上に理解してくれたのか、微笑みまで見せてくれて。
 軍人としてはほんの少し納得がいかない理解だったけど、そこはこの際諦めよう。
 ひとまずアイバイザー底部をポリポリと掻いてやるせなさを誤魔化しておく。

 こう和解できた所で、僕は思い切って駐在さんに少しだけ事情を話す事にした。

「実は僕、戦場跡で少女を救助したんですよ。今は背中のコンテナにいるんですが」
「そうなのか。それで助けを求めてここまでやってきたと」
「はい。なので良ければ、彼女を引き取って頂きたいんです」

 実の所、僕は人間の事をあまり覚えていない。
 確かエネルギーを補給する為に「食事」という行為が必要、くらいしか。
 その程度しかない知識で少女を背負い続けるのは無理がある。

 なので駐在さんに出会えたのは幸運だったよ。
 少女を託せそうな良い人にも見えたから。
 それに、人の事は人に任せれば安心だしね。

 ――なんて、また軽く思っていたのだけど。

「すまない、それはできない」
「えっ?」

 どうやら僕の見込みは甘かったらしい。
 それだけ、この村は想像以上の複雑な事情を抱えていたみたいだ。
しおりを挟む

処理中です...