上 下
9 / 39
第二章

第八話 レコ、戦場に取り残される

しおりを挟む
『ザッザザー……システム再起動。こんにちは、レコ・ミルーイ二等騎兵』

 こんな声と共に、意識と視界が徐々にハッキリとしていく。
 真っ白だった全てが色付き始めていく。

 そうして映ったのは、白い霧に包まれた山間で。
 空が僅かに白んでいるから、恐らく今は朝方あたりかな。

 にしても動きがまるで何も無い。
 動物さえもいないらしく、一切の静寂に包まれている。

 じゃあ戦いは一体どうなったのだろうか?

 そこでひとまず身体を持ち上げてみる。
 各部アクチュエーターが異音を発しているけれど、動く分には支障は無さそう。

 そうして泥まみれの身体を起こして振り向いてみたのだけれど。
 そんな僕の背後には驚くべき物が鎮座していた。

 エイゼム級である。

 でもその身体の半分は消し飛び、もう既に動いていない。
 残った体も焼け焦げていて、一部はもう炭化した後だ。
 傷口から黒い血が滴った跡もあり、地面を広く黒に染め上げている。

 で、よく見ればそんな黒の大地は僕のすぐ傍まで広がっていて。
 なんだか怖くなって、慌てて四つん這いで離れてしまった。

 ただそうして動いたからわかる。
 意識が飛んだあと、一体何が起きたのかって。

 大地が丸く大きくえぐれていたんだ。
 エイゼム級の身体と同じ様に、山の一部ごと。
 恐らくは作戦領域の半分は飲み込まれていると思う。

 それ程までの威力だったんだろうね、エイゼムバスターカノンっていうのは。

 なのに僕はよく無事だったなと思う。
 爆心地の近くだったっていうのに。

 それはきっと、仲間がカノン砲弾爆発の反動で飛ばされてきたからだろう。
 それでたまたま壁になって、偶然にも僕を守る形になったんだ。

「運生き残っちゃったかぁ。仕方ない、自滅プログラムを発動しよう」

 ただ、これは決していい事とは言えない。
 だってヴァルフェルは戦いが終わったら、必ず死ななければならないから。

 というのも、ヴァルフェルにも魂があるから人権が生まれちゃう。
 だけど記憶もほぼ無いし、そもそも魔動機だから日常生活なんて無理な話で。
 おまけに市民へ銃を向けたりする事案もあったりで、治安上よろしくないってね。

 そこで転魂したヴァルフェルのメモリーは必ず壊される事になったんだ。
 例えば戦闘で壊れたり、基地で魂を消去したり、電池切れになったり。
 あとはこの自滅プログラムで機能停止するとかね。

 そうしなければいけないって意志は持ってるから抵抗は無いよ。
 せいぜい「あとは任せたよ本体」って思うくらいさ。

 ……だったんだけども。

『システムエラー。自壊プログラム起動不能。一部機能に障害あり』
「ええー、そんなぁ~!」

 どうやらその手段も失われてしまったみたいだ。
 つまり僕は自滅できそうにない。

 これは参ったぞ。
 もしこのままお国に帰ったら規約違反で本体もが捕まりかねない。
 そんな事になるのだけは絶対に避けたいなぁ。

「バッテリーはあと一日分くらいか。これが切れるまで歩き続けるしかないや……あとは友軍にうっかり見つからない事を祈ろう」

 だとすれば後はもうエネルギー切れしか手段がない。
 自分のバッテリーを抜けない制約なんて無ければ引っこ抜いちゃうのに。

 にしたって、なんで一日も保つバッテリーなんて搭載してるんだか。
 せめて半分くらいの容量にして欲しかったよ。

 ……こう嘆いていても始まらないか。
 歩かなきゃエネルギーは減りそうも無いからね。

 なのでひとまず山のふもとへ降りてみる事にした。

 その道中、動かなくなった仲間達を幾つも見つけたよ。
 戦いで共に走っていた戦友達の成れ果てを。

 だからかな、ふと思ったんだ。
 ヴァルフェルが壊れたなら、その魂は一体どこへ行くのだろうか、と。
 人と同じく星へと還り、新たな命へと転生するのだろうか。
 例え本体がまだ生きているのだとしても。

 でもその答えは出てきそうにない。
 僕らヴァルフェルにはそういった思考論理が無いからね。
 自ら新しい答えを導き出すのが非常に難しいんだ。

「それじゃあ皆さん、よき星への廻帰の旅路を」

 それでせめてもの救いにと、亡き人への手向けの言葉を贈る。
 ヴァルフェルになっても覚えていて良かったと今更ながらに思うよ。

 そうして残骸を見送りながら、更に坂を歩き下る。

 にしても本当に静かだ。
 恐らく、獣はほとんど獣魔に喰われてしまったんだろう。
 あるいは恐れて山から離れたか。

 それと獣魔の黒血は非常に臭く、長い事残るらしい。
 なのでこの山はしばらく獣も寄り付かない不毛の場所になるだろうね。
 なんだか汚いので触れたくもないや。

 それで嫌がって、黒く染まった土を大きく避けながら歩いていたのだけれども。

 その時、ふと木々の合間から何かがチラリと見えたんだ。
 林に相応しくない光沢を含んだ異質感が。

「あれ、なんだろう?」

 ヴァルフェルになっても好奇心というものは残る。
 だからか不思議と気になってしまって。
 好奇心の赴くままに歩み寄ってみる。

 すると見えたのは真っ白いコンテナで。

「なんだこれ、こんな装備持ってるヴァルフェルなんていたっけかな」

 しかもよく見ればヴァルフェルの背に換装出来るタイプのものだ。
 そんなものが白いパラシュートと共に落ちているという。

 それが不思議で仕方なくて。
 思い切って傍まで歩き寄ってみたんだけど。

 その時、僕はコンテナに刻まれていた文字を見てドキリとしてしまった。

「こ、これって……ト、トルトリオンじゃないかあッ!!?」

 そう、あの噂の新兵器だ。
 不発で終わり、僕達を危機におとしめた残念爆弾である。

 どうやら投下した後、ここまで流されてきたらしい。

「うーん、これを放置するのはさすがに不味いよね」

 不発なら危険は無い。
 それに獣魔だけを焼き尽くすなら、例え暴発しても悪影響は無いだろう。

 とはいえ爆弾は爆弾だ。
 このまま置いておけば、それはそれで罪に問われてしまいかねない。

「そうだ、これを持ち帰ろう! そうすれば罰せられずに済むかもしれない!」

 そこで僕は思い付いたんだ。
 この新兵器を持ち帰るのは正当な帰還理由になるんじゃないかって。
 なんたって新兵器だからね、今後の研究に役立ったりするかもしれない。

 さっすが僕! 身体は弱いけど頭脳には自信があるのさ!
 ……まぁもうヴァルフェルだから関係無いけど。

 そんな自信のままに、恐る恐るコンテナへと近づいていく。
 で、腕ごと伸ばした人差し指でチョンチョンと突き、安全を確認だ。
 平気でも爆弾だから怖い物は怖いし。

 それで安全確保したつもりだった。
 だからもう安心だなんて思って、そっと手に掛けたんだ。

 そうしたら――

「うわッ!?」

 突如として、コンテナの扉が勝手に開き始めた。
 しかも何やら奇妙な音を上げながら。

 ……この音、知ってるぞ。
 そう、あのゼンマイを巻いたら鳴るやつだ。
 名前は忘れたけど、そう、子どもにあげると喜ぶような。

 そんな音に驚き、身を引かせて警戒する。
 何が起こるかわからないから慎重にと。

『このコンテナを見つけた方が善意ある御仁である事を願い、託したい』
「わッ!? 喋ったッ!? ――いや、これは記録音声!?」

 けどそんな時、今度はこんな声まで聞こえてきて。
 僕が驚いておびえていようとも拘らず、その声は立て続けにしゃべり続けた。

『私はこのトルトリオンを造った科学者の一人だ。だがその忌まわしき仕様を知り、良心の呵責かしゃくにさいなまれてしまった。この様な残酷な兵器があって良いのかと』
「こいつ、何を言って……」
『そこで私は、トルトリオン実戦投入決定を機に、密かに内部を改造して爆弾機構を取り除いた。そして彼女を送り出す事にしたのだ。もし運に恵まれ、無事に世に出る事が出来たならば、第二の人生を送って欲しいと切に願って』

 何を言っているかはさっぱりわからない。
 ただ、どうにも慈しみを感じる声に思えてならなくて。
 気付けば警戒を解き、ゆっくりと歩み寄っていた。

『もし貴方が人らしい善意をお持ちなら、どうか彼女を救って欲しい。願わくば、この様な兵器に組み込まない様な理解ある地へと連れて行ってあげて欲しい。それが私の――ザザー……』
「貴方って、僕の事なのだろうか……」

 と、ここで音声は止まり、再び山林に静寂が戻る。
 幾つもの疑問を残したまま。

 こんな時、本体の僕だったらどう思っただろうか。
 今の声の主を前に、どうしたいと考えただろうか。
 その答えもが上手く導き出せず、モヤモヤが止まらない。

「うう~、ヴァルフェルである事がこんなに悩ましいなんて~! こうなったらもうなる様になれだ!」

 でももう考えるのは無駄だからよそう。
 コンテナの中に何が入っているのか、それを確かめてから決めればいいんだ。

 そう覚悟を決め、恐る恐るコンテナの中を覗き込む。
 ありもしない唾を呑むが如く「ゴクリ」と呟きながら。

「え……そんな、なんで……!?」

 そしてその驚くべき内包物を前に、僕は驚愕せずにはいられなかった。



 コンテナの中にいたのはあろうことか――幼い少女だったんだ。
 それも年端も行かない、幼児とも思えるくらいに小さな。



 そんな少女を前に、僕はただ唖然とするばかりだった。
 どうしてこんな子が新兵器の中にいるのかと。

 なんだか疑問だらけで、僕のメモリーが焼き切れてしまいそうだよ……! 
しおりを挟む

処理中です...