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第二章

第十三話 未だ消えぬ脅威

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「フェクターさん起きてください! 獣魔が来ますッ!!」

 警告を受けた直後、僕は即座にフェクターさんを起こそうと叫びを上げた。

 更にコンテナちゃんには「今からかなり揺れるので気を付けて」と伝える。
 戦闘中まで面倒を見きれるほどの余裕はまず無いと思うから。

「獣魔が来るって本当か!?」

 そうしている間にフェクターさんがすっ飛んでやってきた。
 よほど焦っているのだろう、自慢のオールバックが乱れている。

「はい、しかも最悪の場合は一番マズい奴が来ます!」
「もう全部倒したんじゃないのか!?」
「そのはずだったんですが、センサーの警告が正しいのなら……!」

 けどそんな事なんてもはや気にしてはいられない。
 もし本当にエイゼム級が居るのなら、今すぐ退避しなければならないんだ。

 あんな化け物、僕一人で勝てる訳が無いんだから。

「ならすぐ転魂を行い、ヴァルフェルで村人を救助する!」
「それなら僕が――」
「いや、この村を守るのは私の使命だ! それに来たばかりな君一人で村人を救いきるのは無理がある」
「くっ、わかりました!」

 だから今は逃げる事を最優先に考えよう。

 その意図がしっかり伝わったのか、フェクターさんの行動も早かった。
 即座に転魂を済ませ、すぐに己の分身へ飛び乗っていて。

 なので僕も起動を確認したと同時に納屋から飛び出す。
 するとその途端――

「ギィィィーーーッ!!!」
「ッ!?」

 僕目掛けて、中型セリゴ級が飛び掛かってきたんだ。
 どうやらもう尖兵が表に出て来ていたらしい。

 それを空かさず屈んで躱し、回り込む様にして頭を掴み、地面へ叩き付ける。
 そうして頭部を潰して動きを止めてからフェクターさんへと振り向いた。

「すごい、中型を素手で……!?」
「フェクターさんッ! 予備の武器はありますかッ!?」
「あ、ああ! 精霊機銃じゃないが旧式のマルチライフルがある! 使ってくれ!」

 先日の決戦のおかげで戦闘経験値が上がっている。
 これくらいなら容易く出来るくらいに。

 でも全てこう対処できるとは思えない。
 なのでフェクター機から放り投げられた長銃一丁を受け取り、早速と周囲へ三発ほど発射する。

 その目的は周囲への索敵のため。
 そんな思惑の通り、弾丸の光で夜闇の畑が一瞬だけ炙り出された。

 四匹ほどの蠢く影と共に。

「すまない、待たせた! 私はこれから西の二軒を回ってそのまま脱出する! 君はこの街道を真っ直ぐ進んだ先にある南の二軒を頼む! 家が連なっているからすぐわかるはずだ!」
「了解! フェクターさん、死なないでくださいね!」

 そこで手前の二匹を順次撃ち抜いた後、言われた通り二手に別れた。
 残りの二匹も掃討してフェクター機を援護しつつ。

 初撃で弾道補正は済んでいるし、暗視カメラに切り替えたから問題はない。
 後はフェクターさんが無事やりきるのを信じるだけだ。

『こちらフェクター。聞こえるか?』
「あれ、フェクターさん!? どうして軍用通信チャンネルを知っているんです!?」

 そんな時、いきなりそのフェクター機から通信が届く。
 突然の事でビックリだ。

『わからん。だが通じたのでこのチャンネルでやり取りし合おう』
「わ、わかりました!」

 それでチャンネル制御コンソールをふと確認したんだけど。
 そうしたらいつの間にか状態が『外部操作』に切り替わっている。

 いったい誰が、いつの間に!?
 もしかしてコンテナちゃんの仕業なのか!?

 でも思考リソースをそんな事に浪費する余裕は無い。
 だから今は境遇だけを信じてそのまま道を突き進んだ。

「見えた! 連なった家が二軒!」
『そこにオルド夫妻とウィケンジーさんが住んでいる! 三人を頼む!』
「はい!」

 そこでふと後方カメラを見れば、二匹の獣魔の接近を確認。
 小型と中型一匹づつと大した事は無い。
 けどこいつらが居たら救助なんて無理だ。

 なので腰部、肩腕を捻らせて走りながら奴等を撃つ。
 そう始末してから間も無く、民家の傍へと辿り着く。

「オルド夫妻、ウィケンジーさん、獣魔が来ています! 今すぐ逃げてください!」
 
 それでこう叫びを上げてみたら、すぐに民家から人が出て来た。

「あ、あの、どなたさまで?」
「フェクターさんの友達です! あの人に頼まれて救助しに来んです!」
「まぁ……」

 恐らく銃声に気付いて起きていたんだろう。
 だけどいずれも相当な老人で足腰が弱そうだ。
 これは全員、僕が抱えて逃げないとダメかも知れない!

 だからと屈み、開いた左手を地面へ差し出した。

「みなさん、この手の指に跨って乗ってください。狭いですが振り落とされないよう掴まり合って! 僕もしっかり支えますから!」
「は、はい……」

 その間にも獣魔が接近してきたので、掲げた銃で応戦。
 怯える村人に「大丈夫です、急いで!」と促す。

 他に来る獣魔はいない。
 フェクターさんも順調なようで、通信機から村人誘導の声が漏れて来る。
 この調子ならなんとか全員助けられそうかな。

 ――そう、思い込んでいたんだ。

『異常振動を検知。危険デンジャー――』
「ううッ!?」

 だがその瞬間、警告音と共に大地が揺れる。
 それも突き上げるが如く、周囲の景色をブレさせる程に激しく。
 しかもそんな状況が、僕の危機回避反応を不意に働かせてしまって。

 気付けば僕一人だけで、空高く跳ね上がっていた。

 それですぐ大地を見下ろしたら、地面が割れ落ちていて。
 農地も民家も、そして村人をも飲み込み、更に広がっていく。

 それもまるで渓谷のような、大きな大きな裂け目として。

「嘘、だろ……!?」

 そんな中で上昇慣性を失い、僕もが落下していく。
 そこでまだ崩落していない場所へと向け、右腕のワイヤーフックを撃ち出した。
 上手く行けばきっとどこかに引っ掛かってくれるはず。

 そして僕自身はまだ、運が良かったらしい。

 たちまち体に制動が掛かり、崖へと向けて飛び込んでいく。
 そうして崖へと到達した途端、指先・爪先を壁面へと突き刺し体を固定。
 更には片側づつ抜いては刺し、少しづつ崖を登り始めた。

『な、なんだこれは、う、うわァァァーーー!?』
「フェクターさんッ!?」
『た、助けて! 誰か助け――ザザー……』
「そんな……くっそぉぉぉーーーーーーッッ!!!」

 でもそんな最中にあのフェクターさんの悲鳴が聴こえてきて。
 思わず、崖の岩肌を砕く程に右拳が握られる。

 あの人には死んでほしくなかったのに。
 事件の生き証人としてずっと居て欲しかったのに……ッ!

 なんなんだ、一体なんなんだよこんな事した奴はッ!!

 そう心で怒りを迸らせ、思わず谷へと視線を向ける。
 けれど僕のメインカメラが捉えたのは、これ以上無い絶望だったんだ。

 今の怒りがたちまち萎えて消えてしまう程の。

「そんな、まさかそんな……!?」

 僅かに蠢く様子が見えたんだ。
 全容こそわからなかったけれど、確かに奴はそこにいたのだと。

 谷底全体を埋め尽くさんばかりに巨大な何かが。

 ゆえに、もう声すら殺さずにはいられなかった。
 僕が想像していた以上に大きくて、おぞましくて、そして圧倒的だったから。

 先日戦ったエイゼム級でさえもこれ程じゃなかったと思えるくらいに。

「はっ!? そうだ、逃げないと!」

 でもどうやら僕を狙っているという訳では無さそう。
 崩落はもう収まり、地の底の蠢きも闇の中に消えたから。

 その事実に気付き、再び崖を登り始める。
 そうしてようやく登りきり、街道へと乗り上げたのだけど。

「なんて……なんて無力なんだ僕は! クッ!」

 村一つを飲み込んだ裂け目を前に、嘆かずにはいられなくて。

 誰一人助けられなかったんだ。
 救ってみせるってあれだけ豪語していたのに。
 こんなに情けないと思った事はきっと今まで他に無いよ……。

「フェクターさん……僕は結局、貴方の言った通り無念を晴らせませんでした。本当にすみません……」

 余りに悔しくて、機械の体なのに肩を落とす。
 いっそ心まで機械だったらどれだけ救いだったか。

 けれど人の心があるからこそ、仇を取りたいとも思えるんだ。

 だから僕は心に決意し、踵を返す。
 今日起きた事、聞いた事を全て余す事無く、皇国へと必ず伝えようと。

 今はまだ、手放しで喜んでいる暇なんてまったく無いんだって。
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