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第二章

第十七話 僕、そんなにわかりやすいですか?

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「ひとまず不時着機の所まで戻ろう。先の事を考えるのは、物資を補給しながらでいいし」

 皇国に追われた僕は、愛する家族達だけでなく僕本体をも失った。
 その理由も真相も何もわからないままに。

 ただ、不思議と悲しくはないんだ。
 恐らく転魂で記憶が薄れ、思い入れもが失われたからだろう。
 悲しみたいけれど悲しめない、そんなもどかしさだけが僕の心を揺さぶっている。

 何もかも理不尽だ。
 これならいっそ、騎士になんてならない方がずっと幸せだったかもしれない。

 そんな葛藤にさいなまれながら僕は来た道を戻り続けた。
 誰にも慰められる事の無い虚しさにも飽き飽きしながら。

 それでようやく不時着機の付近まで辿り着いたのだけど。

「おや、あの人だかりは……?」

 木の陰に隠れていた機体が露わとなった時、僕は少し驚いてしまった。

 機体に人がいっぱい群がっていたんだ。
 それも一人一人が何かを抱えて出てきたりと、とりとめなく。

 おそらく貧民が不時着機の存在を知って略奪しに来たんだと思う。
 にしても、たった数時間で随分な変わりようだなぁ。

 でも軍の所有物を勝手に盗むのは違法だ。
 なのでこれ以上罪を重ねさせない為にも彼等をどうにかしなければ。

 そこで僕は精霊機銃を空へと撃ち放ち、注目を集めさせる。

「そこの民間人、その物資は軍の所有物だから盗んではいけませーん! 今すぐ手に持った物を持って立ち去りなさーい!」

 そして再度発射。
 すると集まっていた人達がたちまち蜘蛛の子を散らす様に去っていった。
 うんうん、いい判断だ。

 盗られた物はこの際仕方ない。
 彼等にも生活があるだろうからね。
 僕だってもう軍属ではないし、同じ穴のムジナになるから責められないよ。

 まぁ僕に関しては真の死活問題になるから許して欲しい。

 それでひと気を失った不時着機へ歩み寄ったのだけど。
 そんな僕の前に、機内から悠々と歩き出て来た人物が。

「あ、まだいたのか。これは軍の所有物だから――」
「投棄物をどう漁ろうが俺の勝手だろう、はぐれ軍人のヴァルフェルさんよぉ」

 中年~初老な風の男だった。
 中肉中背で、顎一帯を覆い尽くすツンツン黒ひげが特徴的な。
 衣服も迷彩服なのか汚れているのかわからない不潔感がある。

 そんな男が如何にも怪しい雰囲気を醸し出して僕を見上げていて。

「は、はぐれてなんていませんっ!」
「軍属だったなら嘘は良くないぜぇ。そもそも皇国軍が警告なんざする訳がねぇ。こんな略奪見掛けたら即座に皆殺しだよォ」
「え、ええっ!?」

 しかも僕の事を既に見抜いている。
 なんなんだこの人、ものすごい観察眼だ。

「大体だな、略奪者相手に『持ってっていいから立ち去れ』なんて言うお人よしな軍人がいるか?」
「ぼ、僕はそういうスタンスですけど」
「……相当な甘ちゃんだねぇお前さんは。アンタみたいなのは希少種だよ。大抵の軍人はむしろ虐殺した後に物資を懐に入れるもんだ。奴等は下級民なんざウジ虫程度にしか思っちゃいねぇし、自分が正義で何してもいいと思ってるからな」

 だからなのか、初見にも拘らず一切動じない。
 それどころか機内に格納されたヴァルフェルを確認し始めていて。
 僕なんて全く意に介してないみたいだ。

「……」
「押し黙ったってこたァ思い当たる節があるんだろう?」
「まぁ、無い事は無いですね」

 ただ、この人の言っている事はわかる気がする。
 まさにさっき、僕はそんな事実を思い知ったばかりなんだから。

 だから僕は男が作業する姿を眺める事しか出来なかった。
 この男を立ち退かせる理由が思い浮かばなくて。

「おぉい【グノーン】、コイツは使えそうだから持って行ってくれぇ」
「ぐの~ん!」
「――えッ!?」

 それで立ち尽くしていた時だった。
 男のこんな声と共に、突如僕のすぐ背後から変な声が聴こえたんだ。

 それで思わず反射で跳ね退いて、銃口を向ける。
 ――のだけど。

「ぐの~ん!」
「こ、コイツ……ゴーレム!?」

 その先に居たのは土くれのゴーレムで。
 それも四つん這いで歩く獣型の、一般普及用で造られた物、だと思う。

 だからか一切戦意が無い。
 それどころか僕を無視して男の下へ。
 更にはヴァルフェルを片足で持ち上げて自身の背に乗せているという。

 そこでふと気付き、ゴーレムが来た場所へと視線を向ける。
 すると見た事の無い別の輸送機が林に囲まれた場所へと停まっていて。

 気付かなかった……!
 あれ、僕達が不時着機を利用していた時には無かったよね!?

「いいのかい軍人さんよ、敵意が無い者には――」
「あ、これはつい反射で。って、本当は貴方みたいな略奪者になら銃を向けてもいいんですよ! 撃っちゃダメだけど!」
「はは、そうだったな。でも今はアンタも同業者みたいなもんだろうがよぅ。なら山分けでどうだい? それで互いに手打ちとしようじゃないか」
「え……」

 しかも動揺が動揺を呼び、僕の心をこれ以上なく揺さぶって来る。
 元軍人としても、そして生き残って目的を果たしたい只のレコとしても。

 この人、いったいどこまで深く見抜いているんだ!?

「……そこまで見抜けてるならもう言う事ありませんよ。ただ、出来れば早く事を済ませた方がいいですよ。おそらくはもうすぐ、ここに正規軍が来ます」
「ほぉ? つまりあれか、お前さんの追っ手ってところかな?」
「そこは想像にお任せですね。正直、僕はもう何を信じたらいいかわからないから」
「随分とまぁ深い事情がありそうな事で」

 こう話している中、二機目を求めたゴーレム【グノーン】が歩いてくる。
 手際もいいから、この人達はきっとこういう仕事のプロなんだろうな。

 ――なら、少し発破をかけてみてもいいかもしれない。

「そこで貴方に一つ提案があります。決して悪くは無い話だと思う」
「ほう?」

 僕も生きるので必死なんだ。
 だったら利用出来る物は利用させてもらおう。
 それが相手の利益にもなるなら、決して悪い事にはならないはずだ。

「僕の取り分はいりません。むしろ積み込む手伝いもします。ですから、僕をあの輸送機で運んでいただけませんか? 出来れば国外に」

 どうせこのまま歩いて逃げても捕捉されかねない。
 国外に出ようにも国土が広いから何日も掛かってしまう。
 それは余りにも非効率だし危険が大いに伴うだろう。

 だったら、今すぐ離れればいい。
 それも最大速度で。

 その願いを叶えるのに、この人の持つ輸送機は最適なんだ。
 
「……俺がアンタを軍に突き出すかもしれんぜ?」
「それはない。貴方はおそらく武器商人、それも非合法の闇商人なんでしょう? そんな人が表立って軍と接触するとは思えませんから」
「ほぉ、単なる間抜けかと思ったら意外と鋭い所もあるじゃあないか」

 この際、体裁はかなぐり捨てよう。
 間抜けと言われたのはちょっと悔しいけれど!

 今は何としてでも生き残らなければならないからね。
 それだけ僕は重要な情報も抱えているのだから。

 さぁ、どう出る闇商人さん!?

「……なら六番と九番のスタンドからヴァルフェルを運び出してくれ。それと転魂装置も頂きたい。やってくれるな?」
「了解ッ!」

 どうやら、話にうまく乗ってくれたらしい。
 合理的に考えてくれる人で良かったよ。

 おかげで、比較的安全に皇国から脱出できそうだ……!



 こうして僕は男の指示に従い、ヴァルフェルと機器を輸送機に積み込んだ。
 それで僕自身をも乗り込ませ、輸送機は早々に場から退散する事ができた。

 そんな僕が輸送機の窓から覗き込めば、地上を歩くヴァルフェルが見えたよ。

 もう少し留まっていたら間違い無く戦闘になっていただろう。
 髪一重だったと思う。
 男も「あっぶねぇ所だったぜ」と漏らしていたし。

 けど、おかげで全て上手く行った。
 後はどうにかして国外脱出までこじつけるかだ。

 ま、そこまで無事とはいかなさそうだけどね……!
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