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第二章

第十九話 国境防衛網突破作戦

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「頼むからそのガキの首根っこしっかり捕まえててくれ。墜落したくなきゃな」

 コンテナちゃんがようやく僕にその声を聴かせてくれた。
 思っていた以上の問題児だったって事もわかったけれど。

 そんな子も今は黙ってオヤツのクッキーをむさぼり中だ。
 食べている時はやっぱり子どもらしいや。

「よほど腹ァ減ってたみてぇだな。前のメシはいつ、どれくらい喰わせたんだ?」
「一日前にパンを二個もらって食べていましたね。一週間くらい保つかなって思っていたんですが」
「んな訳あるかい、そりゃ一日分だ! ……ったく、ヴァルフェルになるとそういう大事な事まで忘れちまうのかよォ?」
「うーん、個体差はあるかも。僕は初陣だったので、とにかく戦い以外の事を忘れようと必死でしたから」

 ダンゼルさんもこうして話してみれば理解してくれるいい人だった。
 「子どもは嫌いだ」なんて言ってたけど、今の僕よりはずっと親身だと思う。

 なるほど、人はパン二個では一日しか保たない。覚えたぞ。
 じゃあ定期的に補給しないとね。
 寝てる時に食べさせても平気なのだろうか。

「今度はマトモなメシにありつけるといいな――チッ、やはりそう簡単には国外に出れそうにねぇか」
「え?」

 けど、そんな新しい疑問に首を傾げていた時だった。
 突然ダンゼルさんの雰囲気が変わり、機体が大きく傾き始めていて。

 拍子に転がり始めたコンテナちゃんを手で支えつつ、操縦席へとカメラを向ける。

「何があったんです!?」
「皇国軍だ! 奴等、国境付近で既に布陣を引いてやがったッ!」
「ええッ!?」

 更には「ドーン!」という音と共に機内が揺れて。
 周囲に吊られたヴァルフェルがぶつかり合い、絶え間ない衝撃音に包まれる。

 おそらく対空砲撃が始まったんだ。
 有無を言わさない辺り、ダンゼルさんをもまとめて消すつもりらしい!
 相変わらず無茶苦茶じゃないか!?

「チィ、進路選定ドジったか! 奴等め、どうやらお前さん達を見逃がすつもりは無い様だぜ!?」

 それでもダンゼルさんの旋回運動のおかげで九死に一生は得たみたいだ。
 とはいえ、この調子だと二回目は無いかもしれない……!

 ダンゼルさんは僕達を早く降ろそうと最短コースを狙っていたんだろう。
 けど進路がわかり易かったから軍も早く展開できてしまった。

 それなら落ち度は僕にもある。
 急がせてしまったのは、僕がやり過ぎたせいなんだから。

 だったら、その責任は僕自身が果たさなければならない!

「ダンゼルさん、彼女をお願いします!」
「なッ!? てめぇどうする気だ!?」
「僕が応戦します! ダンゼルさんは機を見て国外へ脱出してください!」
「マジかてめぇ!? それあの皇国軍の団体相手にマジで言ってんのかあ!?」

 ダンゼルさんが戸惑うのも無理は無い。
 相手は数がわからないくらいに多く、武装も不明で。
 対するこちらはヴァルフェルたった一機なんだから。

 でもね、突破できない事はないって考えているよ。
 なぜなら皇国軍の布陣は恐らく、形だけだから。

 なんたって僕が暴れてからまだ一時間も経っていない。
 そもそも僕らがここを通らない可能性だって充分にありえた。
 そんな緊急かつ不確定情報で展開できる戦力には限りがあるんだ。
 
 なら、僕が穴を見つけて突破すればいい!

 そこで僕はすかさず、コンテナちゃんを操縦席へポーンと放り投げて。
 それでダンゼルさんが受け取ったのを確認し、即座に後部ハッチを開く。

 そして僕は迷わず機外へと飛び出した。

 空が赤い。
 もうすぐ夜が訪れようとしているんだ。
 なら無事に切り抜けられれば、闇に紛れて脱出できるかもしれない。

 僕はそう願いつつ、降下する中で右肩の大型砲を構えた。
 景色の先にある国境の壁へと向けて。

 今なお続く対空砲火の元を狙う為に。

 直後ほとばしる閃光。
 彼方で幾つも上がる爆炎。
 先制攻撃によってこう垣間見えた戦況が僕に教えてくれる。

 相手の戦力はまだ、僕一機でもなんとかなるレベルなのだと。



 僕が降り立ったのは、ひらけた林の中だった。
 けれど周囲は木々に囲まれており、敵の姿を一望する事は叶わない。

 ただそれでも、今の僕は妙な自信に溢れていた。
 僕だけでも何とか出来る――そう思って止まらないくらいに。

「エレメンタルサイクラー出力値正常、エーテルリアクター重加速開始。各部アクチュエータ駆動に問題無し、各種センサ同期確認よしッ!」

 だからか、戦闘前準備も冷静に進める事ができていた。
 なんなのだろう、この妙な落ち着きは。

 いいや、気にするなよ僕。
 今は無心でただやりきるだけだ!

「――フルアクティヴ、GOゴゥッッッ!!」

 その想いで今、僕は大地を蹴って駆け抜けた。
 一瞬でトップスピードへと至る程に力強く。

 脚部の調子はとてもいい。
 相当な高度から落ちたのに、まったく影響が無かったんだ。
 さすが最新鋭機、こんな高高度投下でも耐えられる様になっていたんだな。

 そんな恩恵に感動しつつ、木々の間を鋭く抜けていく。
 この動きは先の決戦で死ぬほどやったからもう迷いは無い。

 なので早速現れた敵を撃ち貫くのにさえ躊躇いは無かった。
 
「やっぱり僕が狙いか! そんなに僕を皇国の敵に仕立てたいのか、お前達はァーーーッ!!」

 幸い、敵には無人機またはヴァルフェルしかいない。
 それも旧式の、反応速度がそれほど高くない奴だ。
 そんなものが今の昂った僕を止められる訳が無いだろう!

 経験が、本能がトリガーを引く。
 例え幹に隠れた相手だろうと躊躇なく。

 そうして炎の一閃が木の幹ごと貫き、彼方の鉄塊を融解させる。
 更には戸惑う他機体の懐へ潜り込み、ブレードで一閃。

 けどそんな僕を撃ったってもう無駄だ!

 なぜなら今、僕は宙を跳ね飛んでいるから。 
 空かさずワイヤーフックを撃ち出し、木を間を高速で飛び抜けたのだ。
 その中で空中からファイアバレットを撃ち、立て続けに三機撃破。

 相手からも銃弾が飛び交うが、この弾道は予測済み。
 ワイヤー引き込み速度調整で躱しつつ、カウンターのアームバルカンで牽制だ。
 そうして怯ませた間に着地を果たし、一気に駆け抜ける。

 そんな僕のサーチセンサーには、回り込もうとしている伏兵が数機。
 けどその進路も予測通り、教科書並みの読み易さだッ!

 ゆえに直後、その伏兵達が爆炎に焼かれて木っ端微塵に。
 さっき予め、空へと爆裂砲弾を放っておいたんだ。
 木々で頭上が見えにくいのは相手も同じだからね、利用させてもらったよ。

 で、その爆風さえ機動力に換え、攻め寄る敵陣へと一気に斬り込む。

 そんな僕の機動力は前世代型とは比べ物にならないくらいに高い。
 斬撃を加えてから即座に離れるなんて芸当は余裕さ。 
 そこを狙って銃を撃ったところで当たる訳も無い。

 むしろそんな迂闊な攻撃が、僕に敵の立ち位置を教えてくれる。
 あとは精霊機銃とアームバルカンで応戦し、一匹一匹づつ潰せばいい!

 ――だがそう息巻いていた時だった。
 不意に僕の真横を熱線が突き抜ける。

 どうやら、さすがに全てを躱すのは厳しかったらしい。
 
 躱したと思った矢先、僕の視界にエラーメッセージが響く。
 なんと大型砲の砲塔に熱弾が掠り、融解していたんだ。

 そこで咄嗟に砲台を切り離し、回転蹴りで蹴り飛ばす。
 それが敵の目の前で爆発、一機を巻き込んで炎上だ。

 ただ、それでも敵の攻撃は衰えを知らない。
 更には空から爆裂砲弾が無数に降ってくるという。
 これを躱す事は容易でも、爆風が煽って来るから結構やり辛い。

 なのでそんな砲弾をフリーズバレットで空中狙撃して無効化。
 地面に転がった所で敵機集団の中へと蹴り返す。
 そうすればビビった奴等が慄き腰を抜かしたぞ!

 ならあとは一緒に氷漬けになってしまえ!
 フリーズバレット一斉掃射だ!

 するとたちまち、前方が魔動機まじりの氷壁で覆われる事に。
 僕一機に振り回され過ぎだ、密集し過ぎたんだよ。

 そのおかげで僕は氷壁を軽快に跳び超える事ができていた。
 想像以上に敵を巻き込む事ができたみたいだからね。

 ――とまぁこんな感じで応戦してようやくわかる。
 アールデュー隊長が教えてくれた秘密の方法の真価が。

 気を昂らせ、己を信じ、そして機体に身を委ねて。
 それを素直に受け入れ、自身が無敵のヒーローであると誇示して戦う。

 それは決して恥ずかしい事でもなんでもない。
 科学的根拠は無くても、間違い無く自身を極限に高める手段なんだってね。



 おかげで今、僕は無数の敵相手に太刀打ちできていますよ。
 教えてくれてどうもありがとうございました、アールデュー隊長!



 こうして僕は並みいる敵達を相手に一人で戦い続けた。
 獣魔と比べたら可愛いって思えるくらいに優しかったよ。

 おそらくこの戦果は相手が未熟だったおかげなのもあると思う。
 あるいは適正値がそれほど高くない兵士が転魂したんだろう。
 正式な騎士が乗ったヴァルフェルは旧式でも僕みたいに動けるからね。

 それで今、僕は無事に国境の壁を乗り越える事ができたんだ。
 無数の残骸を背にして、堂々とね。

 追っ手も来ているがもう遅い。
 国境を越えた以上、手出しは早々出来ないだろうさ

 でも折角だからと、僕はもう一発だけ爆裂砲弾を撃ち放つ。
 で、壁の向こうが爆発炎上する中、僕は隣国へと降り立った。
 あとは爆発の混乱に乗じて走り抜ければミッション成功だ。

「ダンゼルさんは無事に脱出できただろうか」

 心残りなのはダンゼルさんの輸送機の動向が見えなかった事。
 戦闘に集中しようと、敢えて気にしないでおいたんだ。

 まぁあの人だから多分平気だと思うけれど、心配だなぁ。
 コンテナちゃんは邪魔してないだろうか、わがまま言ってないかな?

 なんて思いつつ走っていたんだけども。

「あっ!」

 どうやら僕の心配なんて無用だったみたいだ。

『こちらダンゼル。聴こえるかぁ坊主?』
「聞こえます! よく僕のチャンネルがわかりましたね?」

 というのも、いきなりこんな通信が飛び込んで来たから。
 実はこのチャンネルって結構セキュリティ甘いのかな?

『このガキが通信を繋いだんだ』
『レコ!』
「あぁ~やっぱり君が全部やってたのかぁ……」

 でもどうやら違ったらしい。
 あのコンテナちゃんが全部やっていたんだ。
 フェクターさんの時もおそらくは。

 まったく、こんな事ができるなんて末恐ろしい子だなぁ。

『そのまま走り続けろ。そうしたらこっちがランディング走行で合流するから、その拍子に飛び乗れ。失敗するなよ?』
「ラージャ!」

 ダンゼルさんも僕との約束をしっかり守ってくれた。
 おまけにまた僕を回収してくれるらしい。もう国外に出たっていうのにさ。

 ほんと、いい人に出会ってよかった。
 口があったら笑顔を浮かべたいくらいにね、ふふっ!



 その後、輸送機が言われた通り、僕の背後から地上を滑ってやってきて。
 僕がそこでうまく飛び乗り、無事に機内へと戻る事ができた。

 そのおかげで僕達はやっと安息の地へと辿り着けたんだ。
 中立国家【花華はなばなの国メルーシャルワ】へと。
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