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第四章

第三十話 逃避行の果てに

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「君、お腹が空いているかもしれないけど今は我慢してね。できるだけ食べられそうな物を探してみるから」

 ここまでに色んな疑問が積み重なり続けた。

 僕の本体はどうして皇帝陛下を殺したのか。
 アールデュー隊長の真意はどうだったのか。
 レティネさんはなぜメルーシャルワにまで攻めてきたのか。
 レジスタンスの女性はいつからアールデュー隊長と知り合いなのか。
 超大型獣魔はいったいどこへ行ったのか。

 そしてコンテナ少女はいったい何者なのか。

 どれも考えた所で答えは出ない。
 ただ解決したいタスクとして積まれ、僕の記憶容量を圧迫するばかりで。
 いっそまた転魂して全てを忘れてしまいたいとさえ思う。

 けど結局それは逃避でしかない。
 むしろ僕達を更に追い詰めてしまう原因にもなるだろう。
 だからやっぱり、ゆっくりにでも全て解決しなければいけないんだ。

 例えどんなに胸を痛めても。
 例えどれだけ不幸を撒き散らしても。

 それでも僕達は進み続けて、歪みを直していこう。
 それが犠牲になった人達への手向けになるのだと信じて。

「レコは、だいじょうぶ?」
「うん、これくらいへっちゃらさ」

 そんな想いを過らせつつ、山林を進む。
 皇国はもう秋の暮れだというのに、メルーシャルワの山は今でも青々しい。
 やっぱり大地の属性バランスが違うだけで結構な温度差が生まれるんだな。

 だから食べれる物とかもすぐ見つかるかなって思ったんだけども。

 やっぱり僕は認識能力が劣っているらしい。
 人の食べれる物がどれかわからず、センサーにいっさい反応しないんだ。

 コンテナちゃんはこうやって心配してくれているけど、それなりに空腹なのだと思う。
 商談に出た時からもう半日以上何も口にしていないからね。
 だからなんとか食料を得たいのだけど、どうにも上手く行かない。

 それにもう夜になりかけている。
 真っ暗になればなおさら何も見つからなくなるだろう。
 そうなれば朝まで飲まず食わず――それだけはなんとか避けなければ。

「食べれそうなもの、見える?」
「わかんない」

 頼りのコンテナちゃん自身もどうやら僕と同じらしい。
 機械には詳しくても草木にはめっぽう弱いようだ。

 この辺りで一発、好物のハンバーグとか実ってたらいいのになぁ。

「ハンバーグたべたい。やきとりたべたい」
「探せばそこらへんに生えてるかも」
「どこかにないかなー」

 そもそも生える物かどうかさえ知らないけれども。
 食べ物はずっと人任せだったから手に入れ方がわからないんだ。

 これならいっそ、誰かから教えてもらえばよかったよ。
 この身体で手に入れられるかどうかは別としてね。



 ――そして結局、何も得られないまま夜を迎えてしまった。

 もう暗視カメラじゃないとロクに歩けやしない。
 しかもこの状態じゃ色もわからないから何かを探すのはまず無理だろう。

 ただ幸い、コンテナちゃんはもう眠ってしまっている。
 寝ている間は食べなくていいらしいし、しばらく猶予があるのは助かるかな。

 だからと諦めず周囲を探しつつ歩く。
 せめてパンでもいいからと願いつつ。

「これじゃだめだ。 このままじゃ彼女が飢え死にしてしまう……!」

 ならいっそその辺りの草を食べるとか。
 けど毒とかもあるはずだから迂闊に食べさせられない。

 例えば今足元にある、赤くてつぶつぶがある三角の実とか危なそうだし。
 さっきもあって、つい潰したら汁がじゅわぁって出て怖かったんだ。

 こんな罠だらけの中、人はどうやって食べ物を見つけられるんだろう。

「せめてこの子だけでも生かさなきゃ。でなきゃ逃がしてくれた科学者さんに申し訳が立たない!」

 クッ、自分はなんて無力なんだ。
 フェクターさんもダンゼルさんも助けられず、食べ物さえ見つけられない。
 こんな僕なんて、ただの運搬車両とかわりゃしないじゃないか!

「……いや、科学者さんはこの際もうどうでもいい。僕はただコンテナちゃんに生きてもらいたいんだ。この子は本当にいい子なんだからさ」

 気付けばもう、エネルギーも残り少ない。
 先ほどの戦闘でほとんど使ってしまって。

 このままじゃ夜を明かす事だって出来ないかもしれない。

「ならいっそ僕だってどうでもいい! 僕は機械で、もう生きる意味も見当たらないんだ! けど彼女はまだ小さくて、これから一杯楽しんでいかなきゃいけない! だから、だからお願いだよ! 誰でもいい、どうか彼女を救ってあげてください……!」
 
 なら次の被害者は、コンテナちゃんなのか!?
 そんなの……そんなのは絶対に嫌だッ!!

 星神様でもいい。
 土地神様でも構わない。

 お願いだ、誰か助けて。
 どうか彼女を助けてあげて。



 頼むから彼女を、死なさないで……!



 そう心で叫びながら、僕は歩き続けた。
 夜道をただ静かに、機械音だけを響かせて。
 前を見る意識リソースすら願いに割きながら。

 するとそんな時だった。

「えっ?」

 一心に願っていた僕の意識が、突如として目前へと向けられて。
 そうして気付けば、なぜか民家らしい家の前にいた。

 本当にいつの間にかって感じで、着いた実感が無いくらいに。

 不思議な光景だった。
 夜だけど、明かりが一杯灯っていて。
 ここだけが拓かれていて、地面が平地みたいに安定している。
 それどころか畳石さえ引かれているからとても歩きやすいんだ。

「おや珍しいね、こんな夜更けにこんな珍妙な客人が訪れるなんてさ」

 そして何より、人がいる。
 白髪で茶こけた肌のお婆さんが一人。
 でも姿勢は真っ直ぐだし、杖を突いている風も無い。
 とても健康そうでまだまだ若くも見える感じだ。

「あれ、僕、山の中を歩いていたと思うんですが」
「そう思うならそういう事なんだろうよ」
「はぁ……」

 それに家自体も立派だ。
 二階建てでとても一人で住んでいるとは思えない程に大きい。
 おまけに土地周囲はもこもことした生垣で囲まれて青々しいという。
 なんか池もあるし畑もあるし、手入れも行き渡っててすごく綺麗だ。

「あ、そうだ! ぶしつけで申し訳ないのですが、食べ物を分けてくれませんか!? お腹が空いているんです!」
「アンタが食べるのかい!?」
「あ、違います。今僕の背に女の子がいまして」
「あぁ~そういう事かい。……わかった、いいよ。何か喰えるもん見繕ってきてやろう」
「ありがとうございます!」

 明るいのは、プカプカ浮かぶランプがたくさんあるからだ。
 土地中に大小さまざまな浮きランプがあって、とても幻想的で。
 これ、いったいどういう仕組みで浮いてるのか不思議でならないよ。

「……レコ、ごはんみつかった?」
「あ、起こしちゃったかな。うん、食べ物もらえそうなんだ。だからもうちょっと待ってね」
「うん、まつー」

 これだけ明るいから起きちゃったんだろうね。
 少し元気になったのか、僕の肩に乗り掛かって来た。

 するとお婆さんも籠を抱えて戻ってきて。

「おやまぁ……土地の生命波動が少し震えたからもしやと思ってたが、本当にアテリアの子だったのかい」
「あ、おばあさんもこの子の事がわかるんですね」
「そりゃね、伊達に長生きしてないよ。ほら、これを食べな。たくさんあるから慌てずにね」
「やったー!」

 どうやらお婆さんもコンテナちゃんの正体を知っているようだ。
 それでありながらも動揺した様子は無いけれど。

 とすると、もしかしてこの人も犯罪者とかそういう類なのだろうか。

 まぁ余計な詮索は失礼だからやめておこう。
 食べ物を分けてくれた人、それだけでいいじゃないかってね。

 コンテナちゃんも元気よく飛び降りては、貰った物を喜んでモグモグと食べている。
 よほどお腹が空いていたんだろうなぁ、ごめんよー。

「にしてもこの子、ちと臭いねぇ。ちゃんと体洗ってやってるのかい?」
「洗浄作業なら時々やっていたみたいです」
「時々……年頃の子なんだから毎日やるもんだよ、そういうのは」
「す、すいません、善処します」

 にしてもこのお婆さん、色々と細かいです。
 確かに至らない所が多いのも確かだけどぉ!

 どうかもう少しお手柔らかにして欲しい。

「アンタも相当機械寄りに転魂してるみたいだね。ちと思い切り過ぎだよ。FTPS値の選定間違っているんじゃないかい? 技術班にエーテリンク指数の設定値確認したかい? VQM感応レベルを超えると記憶障害や精神障害が起きるんだよ?」
「ごめんなさい何言ってるかサッパリわかりません……」
「はぁ~まったく、ヴァルフェルになる奴は騎士レベルだけかと思ったが、昨今はそうじゃないのかねぇ」
「エセ騎士でめんぼくない……」

 しかもなんだかヴァルフェルにもとても詳しいみたい。
 僕が知らない事まで並べられて絶賛混乱中です。
 細か過ぎてもう訳がわからないよ! なんなのTPとかVMって!?



 うーん、どうやら迷った挙句にすごく変な人と出会っちゃったみたいだ。
 食べ物を分けてもらったのは嬉しいんだけどね。

 その分だけ小言を言うのは勘弁して欲しいなぁ……。
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