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第43話 魔戦王と皇帝
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ガウリヨン帝国の皇帝テメネス。
老いながらも帝国を世界一にまで発展させた最高峰の指導者。
しかしそんな栄誉を飾った彼も、いまやミイラ寸前な姿で目前にいる。
その豹変っぷりは私がつい憐れんでしまうくらいにひどいものだった。
なまじデュランドゥの記憶があるからなおのこと。
「しかしあの強欲アウスティアが貴様のような小娘を王にすえるなど……随分と変わったものだな」
「えぇ、王が魔物となってしまえば否が応でも変わります。世界を救ってやりたいと思えるほどに」
「そうか、ならばここまで救ってきたという事か……」
「えぇ、もちろん」
ただその心は未だ昔のまま。
記憶にある強情さは微塵も削がれてはいないみたい。
今にも死にそうなのに、鼻で笑う事までしてみせていて。
「ならばこの老いぼれになどもう用はあるまい。さっさと下民を連れてどこかへ行け」
「そうはいきません。私は貴方にも用があるのですから。テメネス皇帝陛下?」
「……このように民から見限られた者をまだそう呼ぶか?」
「もちろん。何があろうと貴方が現皇帝である事に変わりはありませんので」
かすれた眼からはまだ何か力を感じる。
その正体は皇帝としての威厳か、それとも意地か。
だから私は敬意を払うのだ。
彼はこう言いながらも皇帝である事を自ら否定しなかったから。
六年前のあの時から変わらないのなら、むしろ好都合というものよ。
「それで儂に何用だというのだ小娘」
「残念ながら用があるのは私ではありません。心の中にいるもう一人の私が貴方とお話したいそうなのです」
「なに……?」
もしかしたら、ずっとこの日を待っていたのかもしれない。
絶対にこの地に足を踏み入れたくないと思いつつも、どこか心残りで。
やっぱり彼の故郷でゆかりの多い地だから、何かをしてあげたいと。
特に因縁の相手とまた会うなんて、もう面白そうじゃない?
「……いよぉクソッタレジジィ、しぶとくまだ生きてやがったか」
「ッ!? その口調はまさか……デュランドゥか!?」
「その通りだぜ。ククク、あまりにも面白い事になっているから帰って来ちまった」
だから今だけ、私の身体をデュランドゥに貸すことにした。
これで六年前から溜め込んだ鬱憤を思う存分に晴らせるだろうから。
「まさか、貴様が生きていたとはな……」
「まぁ厳密にいやぁ霊界で魂化した時点で死んだも同然だがな。けどこうして記憶も力も魂も残したままこの娘に転生できた。霊界に送り込んでくれて助かったぜ、おかげで魔戦王という肩書を棄てる事ができたからな」
「そうまでして生きる理由があったのか?」
「おぉ、俺には心残りがあるからな。テメェに色々と言いたい事がよ」
彼の想いはずっと私にも見えていたわ。
皇帝にだけではなく、自分を追い込んだ者達に対しても。
もしかしたらデュランドゥはそんな記憶を私に見せたくなかったのかもしれない。
それで魂に閉じこもって、普段は出てこなかったんだ。
けどシャウグハイとの戦いで私は成長し、彼の心と寄り添えた。
おかげで今では自由に彼と心を交わす事ができるの。
それで完全に見えたのよ。彼の中にうごめく様々な想いが。
自分を追放した事への怨念と、人々にわかってもらえない事への諦念が。
「存分に後悔したろ? 俺がいなくなって世界がこうも変わっちまって」
「……儂は言うたぞ、『後悔なぞするものか』と。この結果が儂の決断の末ならば、潔く受け入れてこのまま人知れず滅びるのもよかろう」
「あいっかわらず頑固なジジィだ。そこんとこはちっとも変わりゃしねぇなァ」
「性分、だからな……」
そして、そんな中にも感謝の気持ちが紛れていたという事も。
だからか今、私は微笑んでいた。
それは決して蔑むような笑いではなく、とても穏やかに。
「昔からテメェはそうだ。俺を見つけて勝手に保護し、その上で願いを押し付けて俺に何もかもをやらせてきた。自分の思い通りに、無理無茶かまわずによぉ……」
「それが国の為だと思った」
「そうして無理難題を命じたあげく、破界神の討滅まで言い渡しやがった」
「それが世界の為だと思った」
「にもかかわらず、テメェラは俺を世界から追い出そうとしたな……!」
「それが民の為だと――」
「違うだろ、それはよおッ!!」
「――ッ!?」
けど突如、溜まった想いが爆発するかのごとく怒声が響く。
あの強情なテメネス皇帝が押し黙ってしまうほどに強く。
「……何を恥ずかしがっていんだよテメェは。そんなタマか? 俺ァ知ってるんだぜ? テメェが本当は何を思ってきたのかをよ」
「何を根拠に……」
「この部屋に居続けている事が何よりもの証拠じゃねぇか」
「ッ!? 貴様、この部屋が何か知って!?」
「ここは魔防領域の動力室。つまりテメェはその身をもってこの城を守り続けてきたんだろうが!?」
「……」
ただ、その怒りは決して皇帝を罵倒するようなものではない。
こうして彼の本心を引き出す為にあえて怒鳴り付けたんだ。
その奥底にある本意を、彼自身から明かしてもらう為に。
「今までに一体何を犠牲に捧げた? 目か? 舌か? 手足か?」
「……耳と声以外、全部だ。次はこれも捧げるつもりだった」
「そうかよ。ったく、まさに救えねぇジジィだ。クソ市民どもを守る為に自身を犠牲にするなんざなぁ」
「それが、儂の使命だからな」
「言ってくれるぜ、英雄の俺を救えない奴がよ」
「……すまなかった」
そんな隠れた本心が徐々に紐解かれていく。
凝り固まった強情な想いをデュランドゥが溶かしていく事によって。
このやり取りは本来なら六年前に交わすべきだった。
けど頑なな心と世界の目が邪魔をして叶わなかったんだ。
しかし今、そのしがらみはもう無い。
皇帝の地位も、世界の目も、そして二人の間柄さえもはや存在しないのだから。
「だが俺はこれも知っているぜ。テメェが最後まで俺をかばっていてくれた事をな」
「……それでも、世界の流れには逆らえなかったのだ」
「異界送りにしたのも、本当は俺が生き残る事を願ってやったんだろ?」
「……貴様の首を切り落とす役目などごめんだったからな」
「だから俺は今ここにいられるんだぜ」
「っ!?」
「ハッ、もう俺はテメェを怨んじゃいねぇよ。むしろ感謝している。おかげでミルカとも出会えたしな。コイツはいいぞ、俺やテメェ以上に世界を変えてくれるかもしれねぇ逸材だからな!」
だから今の二人はとても自然に話せていた。
気付けばまるで、心を許した友のように。
ううん、それは違うかな。
きっとそれ以上ね。
だって二人は、実際にそんな関係なのだから。
「だからよ、もういいんだ。もう何も無理する必要はねぇ。後はもうミルカに任せてやってくれ。コイツなら不器用なテメェよりもずっとより良く世界を導いてくれるはずだからよ」
「そうだな……ようやく、この重荷を降ろす時がきたのだな」
「あぁ、だからゆっくり休んでくれよな、親父……」
そう、二人は血の繋がった親子なのだ。
ただ運命のすれ違いで、血縁であると公表できないだけの。
そんな運命のいたずらが呼んだ過ちが今、ようやく正された。
互いに強情だから、ずっとすれ違ってきていて。
でも向いている想いの方向が一緒だったから、どこまでも突き進められた。
最高の皇帝と、最強の戦士……共に誇れるほどに。
だけど世界のしがらみがその運命をゆがめてしまったのだ。
寄生魔物の陰からの侵略と、民衆というかけがえの無い者達の手によって。
きっと苦しかったに違いない。
だから誰にも相談できず、押し黙って、押し込んできて。
見限られた今もたった一人で、己の後悔と魔物の脅威に抗い続けてきた。
けどこうしてやっとすべてを吐き出す事ができたから、もう本望だったんだ。
それゆえにこの時、現皇帝テメネスは静かに息を引き取った。
息子の手に支えられる中で、安らかと。
何の因果か、今日は私の誕生日だった。
魔戦王デュランドゥが処刑されてからちょうど六年後の出来事である。
老いながらも帝国を世界一にまで発展させた最高峰の指導者。
しかしそんな栄誉を飾った彼も、いまやミイラ寸前な姿で目前にいる。
その豹変っぷりは私がつい憐れんでしまうくらいにひどいものだった。
なまじデュランドゥの記憶があるからなおのこと。
「しかしあの強欲アウスティアが貴様のような小娘を王にすえるなど……随分と変わったものだな」
「えぇ、王が魔物となってしまえば否が応でも変わります。世界を救ってやりたいと思えるほどに」
「そうか、ならばここまで救ってきたという事か……」
「えぇ、もちろん」
ただその心は未だ昔のまま。
記憶にある強情さは微塵も削がれてはいないみたい。
今にも死にそうなのに、鼻で笑う事までしてみせていて。
「ならばこの老いぼれになどもう用はあるまい。さっさと下民を連れてどこかへ行け」
「そうはいきません。私は貴方にも用があるのですから。テメネス皇帝陛下?」
「……このように民から見限られた者をまだそう呼ぶか?」
「もちろん。何があろうと貴方が現皇帝である事に変わりはありませんので」
かすれた眼からはまだ何か力を感じる。
その正体は皇帝としての威厳か、それとも意地か。
だから私は敬意を払うのだ。
彼はこう言いながらも皇帝である事を自ら否定しなかったから。
六年前のあの時から変わらないのなら、むしろ好都合というものよ。
「それで儂に何用だというのだ小娘」
「残念ながら用があるのは私ではありません。心の中にいるもう一人の私が貴方とお話したいそうなのです」
「なに……?」
もしかしたら、ずっとこの日を待っていたのかもしれない。
絶対にこの地に足を踏み入れたくないと思いつつも、どこか心残りで。
やっぱり彼の故郷でゆかりの多い地だから、何かをしてあげたいと。
特に因縁の相手とまた会うなんて、もう面白そうじゃない?
「……いよぉクソッタレジジィ、しぶとくまだ生きてやがったか」
「ッ!? その口調はまさか……デュランドゥか!?」
「その通りだぜ。ククク、あまりにも面白い事になっているから帰って来ちまった」
だから今だけ、私の身体をデュランドゥに貸すことにした。
これで六年前から溜め込んだ鬱憤を思う存分に晴らせるだろうから。
「まさか、貴様が生きていたとはな……」
「まぁ厳密にいやぁ霊界で魂化した時点で死んだも同然だがな。けどこうして記憶も力も魂も残したままこの娘に転生できた。霊界に送り込んでくれて助かったぜ、おかげで魔戦王という肩書を棄てる事ができたからな」
「そうまでして生きる理由があったのか?」
「おぉ、俺には心残りがあるからな。テメェに色々と言いたい事がよ」
彼の想いはずっと私にも見えていたわ。
皇帝にだけではなく、自分を追い込んだ者達に対しても。
もしかしたらデュランドゥはそんな記憶を私に見せたくなかったのかもしれない。
それで魂に閉じこもって、普段は出てこなかったんだ。
けどシャウグハイとの戦いで私は成長し、彼の心と寄り添えた。
おかげで今では自由に彼と心を交わす事ができるの。
それで完全に見えたのよ。彼の中にうごめく様々な想いが。
自分を追放した事への怨念と、人々にわかってもらえない事への諦念が。
「存分に後悔したろ? 俺がいなくなって世界がこうも変わっちまって」
「……儂は言うたぞ、『後悔なぞするものか』と。この結果が儂の決断の末ならば、潔く受け入れてこのまま人知れず滅びるのもよかろう」
「あいっかわらず頑固なジジィだ。そこんとこはちっとも変わりゃしねぇなァ」
「性分、だからな……」
そして、そんな中にも感謝の気持ちが紛れていたという事も。
だからか今、私は微笑んでいた。
それは決して蔑むような笑いではなく、とても穏やかに。
「昔からテメェはそうだ。俺を見つけて勝手に保護し、その上で願いを押し付けて俺に何もかもをやらせてきた。自分の思い通りに、無理無茶かまわずによぉ……」
「それが国の為だと思った」
「そうして無理難題を命じたあげく、破界神の討滅まで言い渡しやがった」
「それが世界の為だと思った」
「にもかかわらず、テメェラは俺を世界から追い出そうとしたな……!」
「それが民の為だと――」
「違うだろ、それはよおッ!!」
「――ッ!?」
けど突如、溜まった想いが爆発するかのごとく怒声が響く。
あの強情なテメネス皇帝が押し黙ってしまうほどに強く。
「……何を恥ずかしがっていんだよテメェは。そんなタマか? 俺ァ知ってるんだぜ? テメェが本当は何を思ってきたのかをよ」
「何を根拠に……」
「この部屋に居続けている事が何よりもの証拠じゃねぇか」
「ッ!? 貴様、この部屋が何か知って!?」
「ここは魔防領域の動力室。つまりテメェはその身をもってこの城を守り続けてきたんだろうが!?」
「……」
ただ、その怒りは決して皇帝を罵倒するようなものではない。
こうして彼の本心を引き出す為にあえて怒鳴り付けたんだ。
その奥底にある本意を、彼自身から明かしてもらう為に。
「今までに一体何を犠牲に捧げた? 目か? 舌か? 手足か?」
「……耳と声以外、全部だ。次はこれも捧げるつもりだった」
「そうかよ。ったく、まさに救えねぇジジィだ。クソ市民どもを守る為に自身を犠牲にするなんざなぁ」
「それが、儂の使命だからな」
「言ってくれるぜ、英雄の俺を救えない奴がよ」
「……すまなかった」
そんな隠れた本心が徐々に紐解かれていく。
凝り固まった強情な想いをデュランドゥが溶かしていく事によって。
このやり取りは本来なら六年前に交わすべきだった。
けど頑なな心と世界の目が邪魔をして叶わなかったんだ。
しかし今、そのしがらみはもう無い。
皇帝の地位も、世界の目も、そして二人の間柄さえもはや存在しないのだから。
「だが俺はこれも知っているぜ。テメェが最後まで俺をかばっていてくれた事をな」
「……それでも、世界の流れには逆らえなかったのだ」
「異界送りにしたのも、本当は俺が生き残る事を願ってやったんだろ?」
「……貴様の首を切り落とす役目などごめんだったからな」
「だから俺は今ここにいられるんだぜ」
「っ!?」
「ハッ、もう俺はテメェを怨んじゃいねぇよ。むしろ感謝している。おかげでミルカとも出会えたしな。コイツはいいぞ、俺やテメェ以上に世界を変えてくれるかもしれねぇ逸材だからな!」
だから今の二人はとても自然に話せていた。
気付けばまるで、心を許した友のように。
ううん、それは違うかな。
きっとそれ以上ね。
だって二人は、実際にそんな関係なのだから。
「だからよ、もういいんだ。もう何も無理する必要はねぇ。後はもうミルカに任せてやってくれ。コイツなら不器用なテメェよりもずっとより良く世界を導いてくれるはずだからよ」
「そうだな……ようやく、この重荷を降ろす時がきたのだな」
「あぁ、だからゆっくり休んでくれよな、親父……」
そう、二人は血の繋がった親子なのだ。
ただ運命のすれ違いで、血縁であると公表できないだけの。
そんな運命のいたずらが呼んだ過ちが今、ようやく正された。
互いに強情だから、ずっとすれ違ってきていて。
でも向いている想いの方向が一緒だったから、どこまでも突き進められた。
最高の皇帝と、最強の戦士……共に誇れるほどに。
だけど世界のしがらみがその運命をゆがめてしまったのだ。
寄生魔物の陰からの侵略と、民衆というかけがえの無い者達の手によって。
きっと苦しかったに違いない。
だから誰にも相談できず、押し黙って、押し込んできて。
見限られた今もたった一人で、己の後悔と魔物の脅威に抗い続けてきた。
けどこうしてやっとすべてを吐き出す事ができたから、もう本望だったんだ。
それゆえにこの時、現皇帝テメネスは静かに息を引き取った。
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