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第28話 噂の姉、帰る

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 エルプリヤさんの訪問からまた一ヵ月が過ぎた。

 実はあれからというもののまだ旅館には行けていない。
 早く行きたい気持ちもあるけど、少し生活に変化が起き始めていたから。

 ちょっと会社の業績がよろしくない。
 ……というより、不祥事が発覚してしまったもので。

 例のお荷物部長がまたやらかしたのだ。
 競合他社への機密情報リーク――それで会社の乗り換えを狙っていたらしい。
 しかもこれはだいぶ前から恒常的に行っていたという。

 けどその現場を偶然、うちの社員が見つけて発覚。
 結果、刑事沙汰にまで発展する事となった。

 当然の事ながら、お荷物部長は逮捕で懲戒免職。
 ついでにあとで起訴されて裁判も起こるとの事。
 リーク先の関係者も同罪で同様の処置が下った。

 だがその結果、多くの顧客が離れてしまったんだ。
 情報を漏らす会社とは付き合えないってね。
 ほんと酷い置き土産だ。

 そのせいで今、うちの会社は岐路に立たされている。
 どこかの会社に吸収合併されるか、あるいは倒産か。
 でも中小企業だから引き取ってくれる所がすぐ見つかる訳でもない。
 これが技術系ならまだチャンスはありそうだけど、うちはしがない商社だからね。

 高卒の僕を雇ってくれた恩があるから、本当なら会社を辞めたくはない。
 それに今まで色々と教えてもらったし、給料も悪くなかったし。

 しかし時代の波には逆らえそうもない。
 そのおかげで同僚から「そろそろ再就職先を探しとけよ」って言われてしまった。
 とても世知辛いと思う。

 それで今日は有給休暇を消化するために休み。
 ちょっと再就職先を探そうと、転職サイトとかを眺めている。
 果たして僕の働けるところがあるのやら。

 ――そう悩んでいた時だった。

「おーっ! 帰ったぞー弟よーっ!」
「えッ!? 現美うつみ姉さん!?」

 いきなりドカンと玄関から音が鳴り響き、こんな大声までが届く。
 それで玄関に急いで向かえば、姉さんが玄関に座っていた。

 しかも昼間だっていうのに既にべろんべろんだ。
 久しぶりの帰宅が泥酔状態ってどういう事なのさ!?

「な、何があったの!?」
「あーーー聞くな夢! すべては私の不徳のなすとこぉ~!」
「なんとなくわかった。彼氏にフられたでしょ?」
「おんまえはーエスパーかあー!」

 普段はおしとやかなお嬢様的の姉さんも、お酒が入るとここまで粗暴になる。
 なので家では飲酒禁止というルールがあるくらいだ。
 そんなルールをまさか外で飲んでかわすとは思わなかったよ……。

 ひとまず姉さんを引きずり、リビングに連れて来てから水を出す。
 それでちょっと顔を拭いたりとかして、少し落ち着かせた。
 なぜ帰ってきたのか詳しい事情を聞くためにと。

「それで姉さん、家は?」
「引き払ったー」
「仕事は?」
「やってられっかー」
「家財具は?」
「まんすりー!」
「そ、そう……つまりほぼ手ぶらって事ね」

 どうやら姉さんは実家に戻ってくるつもりだったらしい。
 背中に背負ったリュックサックがあとのすべてを物語っている。
 ついでに言えば元々倹約家だから、手持ちの道具はほとんど無いのだろう。

 さすがに貯金をしていない事は無いと思うけど、ちょっと不安だ。
 もしかしたら僕ももうすぐ同じような状況にならざるを得ないかもしれないから。

 家はあっても、食べる事ができなくなったら大問題だし。

「夢ぇ、お姉ちゃんを慰めえてぇ~」
「あっ、ちょ!?」

 だがそれ以上の問題が今ここで起きそうになっている!

 姉さんが僕の体にのしかかり、押し倒す。
 それどころか僕の服を脱がそうとしているし、色々マズい!

 姉さんは昔、夜のお仕事もこなしていた。
 こういった行為にはとても強いだろうし、おまけに言うと結構可愛い!
 だからこのまま本番行っちゃったら、僕もう拒否できる自信が無いよ!?

 近親相姦なんて冗談にもなりゃしない!
 それだけはなんとか避けないと!

「ダメだ姉さん! それだけはぁ!」
「夢ならタダだからぁ! 最後までタダでしたげるからぁ!」
「そういう問題じゃなあい! うわぁああ!?」

 けど姉さん、力が強い! いや、テクニックがやばい!
 体格は同じくらいかちょっと細いのに、なんか僕の動きを封じて来る!
 もしかしてこれが風俗で学んだ体技だとでもいうの!?

 ひええええええーーーーーーっ!!
 気付いたら僕の牙城がもうパンツだけにいいいいいい!?

「ね……イっちゃお? 一緒に、お母さんに届くくらい……!」
「ダメ、ダメだから! そんなんでお母さんに逢ったら絶対ひっぱたかれるから!」
「だいじょうぶ、その時は、お姉ちゃんがお母さんになって あ げ る」
「意味がわからなぁーーーい!!!!!」

 最後の牙城を守り、ただただ必死に抵抗する。
 もう「ビッ、ビリイッ!」ってトランクスが鳴ってるけども!

 ア、ア、ア、アカーーーーーーン!

 ――いくら姉さんでも四年前はこんなにアグレッシブじゃなかったはずだ。
 なのに一体何がこの人を変えたって言うんだ! あ、お酒でした。

 お酒えええ! 僕は君を恨むぞおおおおおおーーーーーー!

「あの、夢路さん……一体何をなさって?」
「「えっ?」」

 けどその途端、聞き覚えのある声が場に上がる。
 それで二人で見上げてみれば……なんかエルプリヤさんがいた。

「……夢君、彼女できたんだ?」
「まぁ、彼女だなんてそんなっ! もお~違いますわぁそんなぁんっ!」

 でも僕にとっては最悪のシチュエーションだ。
 もう「酒殺す」という殺意にまで発展するくらいに。
 何が悲しくて、近親相姦一歩手前の気まずい姿を気になる女性に見られなければならないのか。

「エルプリヤさん、これはですね色々ありまして不可抗力というものでして」
「大丈夫ですっ! 私自身は生殖行為を眺める事も好きですから!」
「これは見てちゃいけないやつ! この人、僕の姉さんですから!」
「えっ、それの何がいけないのですか?」
「ダメだこの人、地球人でのその危険さがわかってなぁーーーい!」

 ただエルプリヤさん、むしろなんだかワクワクしているんですけど?
 僕と姉さんが合体するのを今か今かと鼻を荒くして。

 とはいえ、こうもなると姉さんもさすがに引くらしい。
 なんだかバツが悪くなったようで、僕から離れてゆっくりと体を起こす。
 ついでに立ったままの僕自身にスパァーンと平手打ちを加えつつ。

「にしてもまさか同棲してたなんてぇ。そういう事、早く言いなさいよぉ~」
「ち、違うよ姉さん! 僕は同棲なんてしてなくて――そうだ、エルプリヤさんどうしてこの家に……あれ?」

 けどこの時、僕は気付いてしまったのだ。
 今この場所が決して実家ではないという事に。

 僕達が座り込んでいたのは旅館えるぷりやの玄関口だという衝撃の事実に。

「あれぇ~? いつの間にこんなとこ来ちゃったあ~? あ、わかったあ! 夢だこれぇ、夢君と夢だぁ~!」
「そ、そんなバカな、姉さんと一緒に旅館に来てしまった……!?」

 一体何が起きている!?
 こんな事、あっていいのか……!?
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