追放された修道女の屋台革命~B級グルメで王都の胃袋を掴みます~

灰猫さんきち

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4章

89:小さな違和感

 ヴェロニカは知らない。割れ鍋亭と旅するキッチンを切り盛りするのが、かつて彼女が追放したルシルだと。
 ナタリーと協力しながら、修道院の内部に目を光らせているのも知らない。
 ヴェロニカにとって「邪魔者」はあくまでそれだけで、名前を持つ相手だと認識できていないのだ。

 危うい足元を見ようとせず、彼女は身勝手な怒りを燃やしていた。





 一方その頃、王城では。
 第二王子の執務室で、アルフォンスが部下から報告を聞いていた。

「――以上の経緯で、シスター・ルシルの店は食料ギルドの妨害を跳ね返しました。今も行列のできる店と屋台として、王都の民たちに大人気です」

「商売の話に神殿まで持ち出すとは。シスターもなかなかやり手だね。それとも、いいブレーンを見つけたのかな」

 アルフォンスは面白そうに笑う。

「で、彼女に認可を与えたのはシルヴェスター神官長か。以前の私の匿名告発で、ヴェロニカ院長を制裁したのも彼だったな」

 アルフォンスは神殿の勢力図を思い浮かべる。
 シルヴェスターは年若い神官長で、政治的には中立の立場。どの派閥にも属しておらず、逆に言えば後ろ盾を持っていない。

(一度、接触してみるのもいいかもしれない)

 今は兄である第一王子が王太子に収まっている。しかしこの国の伝統上、王位継承争いが終わったわけではない。
 アルフォンスは相応に野心のある青年だが、それ以上にアステリア王国を憂う心を持っていた。

(兄上は、民のことを見ていない)

 宰相と結託し、金策に勤しんで役人の買収を進めている。自分たちの都合のいい政策を推し進めるために、民の犠牲など考えてもいない。彼らの政治とは王宮内で完結するものだ。王宮の外で暮らしている民衆を踏みつけにして、顧みていない。

 その最たるものが食料ギルドだった。宰相の匙加減一つで小麦やその他の食料品を値上げして、莫大な利益を得ている。民衆の苦しい暮らしぶりなどおかまいなしに。
 ルシルのように気に入らない相手は、権力を背景に虐げる。もっとも今回は、反撃を食らったが。

(修道院を追い出されたシスターが、あんなに頑張っている。私も負けていられないね)

 アルフォンスは顔を上げた。

「シルヴェスター神官長に書状を書く。他に知られないよう、極秘で届けてくれ」

「はっ。かしこまりました」

 彼はペンを取り上げて、さらさらと書き始めた。
 内容は、今回は当たり障りのないもの。ヴェロニカの告発がアルフォンスだと匂わせて、ルシルの知人であると明かす。
 シルヴェスターが信頼に値する人物であれば、ゆくゆくは自分の派閥に引き込みたい。そんな思惑だ。

 手紙を書き終えて、部下に託す。
 アルフォンスは窓際に立って眼下に広がる王都の町並みを眺めた。
 夕焼けに染まる町並みは、金色で美しい。

「……?」

 だが、ふとアルフォンスは眉をひそめた。
 何か小さな違和感がある。それは王都の町並みではなく、王宮から感じられる。淀みのような、奇妙な魔力。

 しかし違和感はすぐに消えた。アルフォンスは確かめようとするが、もう霧散してしまっている。

「何だったのかな」

 彼はため息をついて、机に戻った。最近、少し疲れが溜まっている。
 また、ルシルの屋台に買い食いに行きたい。そんなことを考えながら、アルフォンスは書類仕事を再開した。
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