7 / 86
第1章 ニンフのお店
07:エラトの店
しおりを挟むエラトというのは私の幼馴染のお姉さんだ。年は五つ上の十五歳。
この国であればそろそろ結婚話などが出てくるお年頃である。
そのエラトお姉さんの家では食堂を営んでいて、美味しいと評判。
やや小さい路地の角地の建物、一階に店がある。
ただちょっと位置が悪いせいか、料理の評判の割にはお客が入っていなかった。今日も夕食時なのに、席は半分も埋まっていない。
「あっ、リディアちゃんとセウェラさん! いらっしゃい、そこの席にどうぞ」
店に入るとエラトがすぐに気づいてくれた。
彼女は可愛らしい容姿と気立ての良い性格の持ち主で、食堂の人気者。
このお店はお酒も出すが、あくまで食べ物がメイン。健全なお店なのである。
ところが可愛いエラト目当てでやって来るエロ野郎どもが跡を絶たず、今も絡まれていた。
「ね~エラトちゃん、仕事終わったら俺とどう?」
「うちはそういう店じゃありませんから。前にも言いましたよね?」
ユピテル共和国の飲食店では、ウェイトレスが売春をする場合がある。
前世の感覚からすればひどい話だが、この国ではごく当たり前。
けれどこの店は家族経営ということもあり、お触り禁止を貫いていた。
「オイコラてめぇ、うちの可愛い娘に何しやがる!」
ドスッ。厨房の奥から包丁が飛んできて、エラトに絡んでいた男の横の柱に突き刺さった。
さすがに男は青ざめて退散していく。
憤怒の形相で厨房から出てきたエラトの父に、周囲の客がどっと沸いた。
「さっすが親父さん、今日もキレキレの投擲じゃねえの」
「危ないよなあ。エラトちゃんに手出ししたら命がないのに、よくもまあ懲りずに来るもんだ」
店にいるのは常連の皆さん。昔なじみばかりなので、小さい頃からエラトを知っている。
娘のように可愛がっているせいで、下手に手出しする男が来ても完全にアウェイだ。
「リディアちゃん、びっくりさせてごめんねー。父さんも包丁は投げないでって毎回言ってるのに」
「あのくらいやらなきゃお前を守れねえだろうが。ったく、もっと危機感持ちやがれ」
エラト父はぶつくさ言いながら厨房に戻っていく。厨房のカウンターではエラト母が苦笑していた。
カウンターにはいくつか穴が空いていて、鍋がはめ込まれている。
美味しそうな湯気が立っているのが見えた。
二人席に座る。さっそくエラトがやって来ておすすめメニューを教えてくれた。
「今日はそら豆とベーコンのスープがおすすめ。いいそら豆が入ったの。あとはベリコ地方のソーセージ! うちの店の特製魚醤ソースで絶品よ」
「じゃあ、そのスープとソーセージください。あとはパン」
「私用に水割りワインもお願いね」
と、お母さん。
「リディア、今日はお祝いだからもっと頼んでもいいわよ」
エラトが振り返る。
「お祝い? あ、そっか。リディアちゃん今月誕生日だもんね、おめでとう。で、スキル鑑定だ! どうだった?」
「あー、それが。繊維鑑定だった」
ちょっと苦笑しながら言うと、エラトは目を丸くした。
「限定鑑定かー。でも繊維関連なのね。いいじゃない、きっとお母さんみたいに織物や刺繍の職人になれるわ!」
「うん、そのつもり」
もちろん職人になるだけじゃなく、もっと大きなことをやっちゃうつもりだけどね。
しばらくして料理がやって来る。
「あれ? このオムレツどうしたの?」
注文していない料理がテーブルに載せられて、私は首を傾げた。
エラトがウィンクする。
「もちろん、リディアちゃんのお祝いプレゼントよ。ミルクをたっぷり入れてふわふわにして、ハチミツをかけてあるから。美味しいよ!」
「すごい、豪華」
ミルクはともかく、卵やハチミツはけっこうな高級食材だ。
オムレツは大きくてこんもりとしている。卵をいくつ使ったんだろう。
「いただいてしまっていいの?」
お母さんがちょっと困ったように視線を向けるが、エラトは明るく笑った。
「もちろんいいよ! スキル鑑定は一生に一度のことだもの。お祝いさせてね」
「ありがとう!」
豆のスープもソーセージも、もちろんオムレツもおいしくて、私は遠慮なくもりもりと食べてしまった。
「リディアちゃん、おめでとう」
常連の昔なじみの皆さんもお祝いを言ってくれる。
「あの小さい赤ん坊だったリディアちゃんが、スキル鑑定とはねぇ。あたしも年を取るもんよ」
「ほんとにな」
「ほら、リディアちゃん。これも食え」
「みんな、ありがとう!」
みんなちょっとずつ料理を分けてくれるので、食べきれないほどだ。
こんなにお腹がいっぱいなのは、この世界に生まれ変わってから初めてかもしれない。
この時ばかりはファッション改革も計画の第一歩も忘れて、みんなの好意と美味しい料理を全力で味わったのだった。
45
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる