転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい

灰猫さんきち

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第2章 ダンジョンの素材

43:デカい蛾

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 そいつとの邂逅は四階層のことだった。

「ティトス。明かりを壁際に移動させてくれ」

 デキムスが緊張した声で言う。荷物袋から布切れを取り出して三角に折り、頭の後ろで結んだ。
 まるでマスクのようだ。カリオラも続く。

「みんな、わたしたちと同じようにして。この先は毒鱗粉の巨大蛾が出るの。鱗粉を吸い込むと涙とくしゃみが止まらなくなるから、気を付けて」

「蛾どもは光に集まってくる。いつもなら松明を放り投げるんだが、今はティトスがいるからな。ティトス、蛾が来たら俺の言う方向に光を動かしてくれ。できるか?」

「うん!」

 マスクをしたティトスが頷いた。
 同時に暗闇の向こう側からバタバタとはためくような音が響いて、何匹ものデカい蛾が飛んできた。
 羽を広げたら一メートルはありそうな超デカい蛾である。毒を持っているとかやっかいな。
 胴体の部分にふさふさの毛が生えているので、あとで鑑定したい。
 あーでも、ちょっと気持ち悪いかも? いやいや、こんな程度で負けてたまるか!

 蛾たちは光に釣られるように壁際に飛んでいく。
 壁に張り付いたところをデキムスが剣で突き刺した。
 下手に羽を傷つけると鱗粉が飛び散るので、見事に胴体だけを斬っている。

 と、即死しなかった蛾の一匹がもがいて鱗粉が舞った。
 ちょうど近づいていた兵士が頭からかぶってしまいそうになり。

「炎よ」

 カリエラの打ち出した火球が、鱗粉ごと蛾を焼き払った。
 上がった炎の明るさに蛾が集まってくる。

「光よ!」

 けれどティトスがそれ以上の光を生み出して、蛾たちの気をそらした。
 兵士に群がりかけた蛾は光の方に飛んでいく。

「助かりました!」

 その隙に兵士が距離を取った。
 そうして十匹足らずの蛾を仕留めることができた。とりあえず次の蛾がやって来る気配はない。

「これ、持って帰るのは難しいよね」

「毒があるからなぁ」

 マスクの下でデキムスが苦笑いしている。

「よし。じゃあせめて繊維鑑定っと」

 蛾の胴体の部分に指を触れてスキルを使った。

『巨大蛾の体毛。羽と違って毒はない。油を含んでおり耐水性がある』

「ほぉ……」

 レインコートとか作ったら便利そう。ただ毛はだいぶ短いので、紡いで糸にできるかどうか。利用するとしたら毛皮だろうか。
 そして同時にデカい蛾の映像が脳裏に流れる。つい今しがたまで生きた本物がわらわら目の前にいたので、別に驚きはしない。
 ところが。

「これって!」

 デカい蛾の映像の背景に映り込んだものを見て、私は思わず叫び声を上げた。






 蛾たちが飛び回る後ろに白いものが見えた。
 それは間違いなく繭だった。蛾とのサイズを比べると五十センチ以上はありそうだ。
 いくつもの繭がダンジョンの壁や床に糸で張り付いている。
 そんな映像が確かに見えた。

「リディア、どうしたの?」

「ティトス、大変! 大発見かも」

 興奮する私に他の面々も何事かと視線を向けてくる。

「デキムス、カリエラ。もう少しこの階層を探索したいの。たぶん蛾の繭がある」

「繭? 見たことねえな。この蛾は強くはないが毒がやっかいで、素材になるものもない。素通りしてたからなぁ」

「繭が何かの役に立つのかしら?」

「うん! きっとすごい糸の材料になる!」

 絹糸がダンジョンで生まれるかもしれない。そう思うと興奮が止まらなかった。
 もちろん絹として使えるかどうかまだ未確定だが、何となく予感があった。
 この階層は下に下るための道の他に、細く入り組んだ通路がいくつもあるらしい。繭はその奥にあると思われた。
 通路には巨大蛾が多く生息している。だから冒険者たちは普段はあえて足を踏み入れようとしない。
 一つの通路に狙いを定め、ティトスの魔力の光で少しずつおびき寄せながら殲滅していった。
 そして。

「あった! 繭!!」

 飛び出しかけてデキムスに首根っこを掴まれる。

「お嬢ちゃん、もっと周囲に気を配りな。ほら、まだ蛾がいるだろ」

「あああ、ごめんなさい」

 安全第一、いのちだいじにとあれほど言っていたのに。
 ティトスの視線が痛い。
 それからはティトスが光を操り、兵士たちが剣を振るう。今度こそ蛾は全滅した。
 周りをよく見渡して、ヨシ! 気分はヘルメットをかぶった猫だ。

「繊維鑑定……」

『巨大蛾の繭。しなやかで強い糸は吸湿性・放湿性に優れている。摩擦に強く耐久性が高い。
 サナギが孵化するまではあと五日』

「……!」

 明らかに糸に適した情報が流れてきて、私は思わず唾を飲んだ。
 それに摩擦に強い? 耐久性が高い?
 本来の絹は摩擦に弱くて繊細。それじゃあ絹の弱点を克服してるってことになる。

「耐水性。耐水性はどう?」

 絹は水にも弱くて、水を吸って膨らむと乾かしても元に戻りにくい。だから水洗いが難しく、洗濯がやりにくい生地だった。

『耐水性は標準的』

 おお、スキルが答えてくれた。
 そして標準的ときたぞ。ということは、普通に洗濯できる程度の耐性があるということだ。

「やった。すごいものを発見した……!」

 繭の糸の性能を話すと、皆が目を丸くしている。

「まさかあの蛾の繭から糸を取るなんて。思いつきもしなかったわ」

 と、カリオラ。

「繭、腐るほどあるな。ただでさえ魔物はほとんど無尽蔵に生まれてくるんだ。いい狩り場じゃねえの」

 素材としての価値を見出して、デキムスは満足そうに周囲を見渡している。

「蛾の養殖はできないかな? 毎回ダンジョンのここまで来るのは大変」

 私の言葉にカリオラは首を横に振る。

「無理ね。魔物はダンジョンから出ると長く生きられないのよ。魔物氾濫で外に出てきた魔物も、長くても半月程度で皆死んでしまうの」

「そっか……」

 まあダンジョン内で魔物は無限湧きするらしいので、資源枯渇の心配はいらないかな。
 ティトスが言った。

「すごい発見があったことだし、一回帰る?」

「どうしようかな?」

 周囲には繭が十個以上ある。何せ一個が五十センチはある繭なので、全部持って帰れば荷物袋がいっぱいになるだろう。
 けれどこの階層に来るまではそこそこ大変だった。
 今すぐ帰るのはちょっともったいないような気もする。

「繭は中央の道まで運んでおいて、もう少しだけ進んでみてもいい?」

 帰還の魔法とかワープとかはないので、帰り道も地道に歩くことになる。
 それなら荷物をあとで回収するとして、もう少し探索してもいいのではないか。
 デキムスとカリオラは頷いた。

「構わんぜ。ティトスのおかげで蛾の被害を回避できたからな、余力がある。もう一階層行っとくか」

 というわけで、繭を運んだ私たちはさらに先の階層へと足を踏み入れた。
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