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第3章 魔物の絹と新しい服
57:ブラジャーを作る
しおりを挟む早めに服を渡しておいた金属鎧の人たちから、感想の聞き取りをした。
「チュニカに比べると着づらいと思ったが、ボタンの開け閉めに慣れればそうでもない」
「袖が肩にフィットして動きやすかった」
「今までは肩当てが腕にこすれて傷になっていたんだが、袖のおかげでなくなった。痛くなくてありがたい」
と、好意的な意見が多い。
遠慮しないで正直に教えてと言ったのだが、本当にそうだと返されて終わってしまった。
私はさらに質問をする。
「ズボンはどう? 動きを邪魔したりとかしなかった?」
「むしろ動きやすくなったよ。チュニカだと裾が足に引っかかる時があったんだが、ズボンならそんなこともない」
「下着と同じ形だから、おさまりもいい」
「そっか! 良かった」
問題はないようだ。
少し遅れて革鎧や軽装の冒険者たちからも話を聞いたが、こちらも同じように好評だった。
「良かったね、リディア」
ティトスが笑いかけてくる。私も笑顔を返した。
「うん、これでレポートは十分。あとは首都に戻って、フルウィウスさんとネルヴァ様に報告しなきゃ」
「首都に戻るなら護衛するか?」
と、デキムス。
フルウィウス家の護衛もいるから戦力としては足りているけれど、彼らは服のテストに協力してくれた。テスターの生の声を届けるのも必要だろう。
「お願い。服の着心地をフルウィウスさんに直接伝えてほしいし」
「了解。出発日が決まったら教えてくれ」
私が頷くと、デキムスはうーんと伸びをした。
「さて、下着が汚れてきたからそろそろ洗濯しねえとな。おいお前ら、小便集めておけよ」
「おうよ」
デキムスの言葉に当然にように返事する冒険者たちに、私は戦慄した。
そうだった! オシッコ洗剤だった!
「ちょっと待って!!!」
突然大声を上げた私に、冒険者たちは「なんだ、なんだ」という顔をする。
「今後は二度とオシッコで洗わないで! すごくいい洗剤があるから!」
「へ? リディア嬢ちゃんは洗剤まで作ってるのか。でも別にいいよ、足りてるから」
「駄目!! あのね、その下着はオシッコで洗うと傷んじゃうの。だから石鹸で洗って!」
「えー?」
布が傷むわけではないが、私の心が死ぬほど痛むのは本当である。だから嘘ではない。
「石鹸! これ!」
私は工房へ走って石鹸を取ってくると、デキムスに押し付けた。
「タダでくれるのか?」
「最初の一個はタダであげる。次からは一個につき銅貨五枚。体も洗えて、一個あればだいぶ長持ちするから」
石鹸の値段は既にフルウィウスと相談して決めている。
作る手間も材料費もそこまでではないので、安価になった。
軍の備品として卸す他、富裕層や一般市民にも売っていく予定だそうだ。
この絹織物工房では必需品になっているので、手持ちは多めに取ってある。
「高くはないが、別に小便でも……」
「絶対駄目!!!」
デキムスと冒険者たちは微妙な顔をしていたが、「まあリディアがそう言うなら」と受け入れてくれた。
こんなところまでオシッコ洗剤がついて回るとは。マジ勘弁である。
兵士用の上着と下着は解決したが、首都に戻る前にもう一つ作りたいものがあった。
女性用下着、特にブラジャーだ。
女性であっても冒険者は肉体労働。今は晒のように胸に布を巻いて固定している。
宿屋のホールに女性たちを集めて、話を聞いた。
「胸を潰すように布を巻いていて、苦しいのよ」
カリオラが肩をすくめた。
せっかくグラマラスな体型をしているのに、もったいないないどころか苦しいなんてあんまりだよ。
「型崩れするのも嫌だよね」
私が言うと、他の女性冒険者たちも頷いている。過酷な職業とはいえファッションや美容に興味がゼロではないのだ。
さて、ブラジャーは服のようにSMLの三種類では足りない。前世の基準でも細かいサイズ分けがなされていた。
今回は六人と少人数なので、一人ひとりサイズ測定をしてオーダーメイドで作ることにした。
いろいろ考えたが、やはり彼女らは激しい運動をする職業。ワイヤー入りでしっかりと胸を支えるべきだろう。
形は胸全体を覆うフルカップにする。
ブラジャーはカップ部分と、カップを支えるパッドとワイヤー、肩紐のストラップ、それから背中に回す部分でできている。
しっかりと固定するためにも伸縮性のある布が欲しいところだ。
カップ部分はお椀のように立体的に縫うために、三枚のパーツを縫い合わせる。それぞれ先の尖った楕円形である。
球形を平面図にするとこんな形になるんだよね。
パッドもカップに合わせて作り、羊毛を詰めた。ふかふかでいい感じだ。
カップの下部分にワイヤーを入れるスペースを作って通す。
で、ここからが問題だった。
脇から背中にかけての部分は、しっかりと体にフィットするため伸縮性が欲しい。前世であればパワーネットという特に強力に伸び縮する生地が使われていた。
「やっぱり糸を編むしかないか……」
斜めのバイアス程度では伸縮性が足りない。
というわけで、棒針編みでゴム編みをすることにした。棒針はかぎ針の時についでに作ってもらっていたので、手元にある。
ゴム編みは表目と裏目を交互に組み合わせて編んでいく手法。特に難しい編み方ではないから、工房の職人たちに教えて覚えてもらった。細い糸なので編むのはちょっと大変だったけど、どうにか出来上がった。
ついでに肩紐も編む。
ストラップの長さを調整する金具と、後ろで留める金具の作成は村の鍛冶屋に頼んだ。金属なので肌に直接触れない部分に使うよう設計するのも忘れない。
全てのパーツが揃った。あとは縫い合わせるだけだ。
そうして出来上がったブラジャー第一号は、カリオラのもの。
さっそく宿屋へ行って身につけてもらう。
最初は金具で留めるのに戸惑っていたので、手伝った。
「どうかな?」
「……いいわね。胸にぴったりフィットして、苦しくない。それなのにちゃんと支えられている」
カリオラは部屋の中で歩いたり、ジャンプしたりした。
「うん、いいわ。全く揺れなくて快適」
カリオラはにっこりと微笑んだ。
部屋の外で待機していた女性冒険者たちが入ってきて、胸を張るカリオラを羨ましがっている。ぺたぺた触っている人もいた。
「いいなー! なにこれ、ふんわりしてない?」
「羊毛のパッド入りなの。肌に当たる部分は絹だから、肌触りいいよ」
「布でこんな形を作れるのね。あら、肩紐と背中の部分はよく伸びるわ」
「糸を編んで作ったんだよ」
女性冒険者たちが口々に自分のも欲しいと言うので、もう少し待ってねと返す。
カリオラの試作一号がきちんとできたから、基本パーツは揃っている。あとは各人用にサイズ調整をすればいい。
数日かけて全員分のブラジャーを作って手渡した。喜んでもらえたよ。
ついでにお手入れ方法も伝えておいた。石鹸で優しく洗って、ワイヤーの歪みに注意。
ある程度は消耗品と割り切って、傷んできたら新しいものに取り替えてほしいと言っておいた。ワイヤーが折れたりしたら危ないし。
冒険者たちには世話になったから、今後も原価程度で譲ってもいいね。
(世界は違っても、女性の悩みは一緒)
ふと、そんなことを思う。
私の知る知識と技術が役に立って良かったと思う反面で、どこか取り残されたような寂しい気持ちになった。
私は前世の記憶があるけれど、今はもう日本人ではない。けれど記憶があるために、純粋なユピテル人でもない。
悩みが同じであるからこそ、私という存在の異質さが際立つ、……気がする。
気にしても仕方ないと思っても、どうにもその思いが拭えなかった。
いけない、いけない。気持ちを切り替えよう。これで当面の仕事は全て終わった。
一度首都に戻って、フルウィウスとネルヴァに報告しよう。
宿屋の外に出て空を見上げれば、青空が高い。
季節は夏を通り過ぎ、秋になろうとしていた。
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