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最終章 夢の叶う時
76:開演
しおりを挟むこの劇場は野外なのだが、屋根部分には丈夫な帆布で覆いを作っている。
おかげで午後の日差しはさえぎられて、客席は快適な状態だった。
客席の入りは八割程度だろうか。満員御礼には届かないものの、悪くない。
「それでは、演劇を始めます。題目は『始祖たちの旅』!」
私は舞台の中央に立って声を張り上げた。ぱらぱらと拍手が鳴る。
始祖たちの旅とは、ユピテルの国を作ったとされる人々の伝説である。
断片的だったり、民間伝承の寄せ集めで矛盾があったりもするが、今回は大筋で最もメジャーなものを選んだ。ユピテル人であれば誰もが知る有名なエピソードをチョイスしてみたよ。
私の本命はファッションショーだ。
でも、この国でファッションショーなどという概念はない。
だから導入部は演劇、それも誰もが知っているようなお話を演じて、まずは舞台の世界に入り込んでもらおうと思ったのだ。
私が舞台の袖に下がると、赤い布を持った人々がやって来た。カリオラが背後から風魔法を使って布をはためかせる。
金属のざるに小石を入れてシャカシャカと振り回せば、効果音付きの炎の演出になった。
大きな書き割りは、黒い空を背景にした城塞。
今まさに炎に包まれて落城しようとしている様子が舞台に描かれた。
舞台前の楽団が、低く悲しげな曲調を奏でる。
なかなかの迫力に、おお、と客席からどよめきが上がった。
これは始祖たちの旅のはじまり。
古い時代、グラエキアの二つの国が神々の思惑に巻き込まれて戦争を始めた。
ユピテルの始祖は負けて追われる身となり、苦難の旅が始まる。
原初の炎の女神からもらった灯火を手に、始祖たちは海へと繰り出した。
「我々の故郷は炎に消えた」
「新天地を探そう。神託の下った新たなる土地を」
舞台の上の布は、今度は青と白になった。
二人でそれぞれ布端を持って、上下に振る。それを何人もでやれば海と波の表現の出来上がりだ。
効果音はタライに小石を入れて、ゆっくりと左右に振った。ざざーん、と波に似た音がする。
布の海の中を木の板に描かれた船が進んでいく。行く手には、島。
しばらくは伝承どおりに話は進んでいった。
怪物に出会ったり、つかの間の休息を得たり、死んだと思っていた同胞に再会したり。
始祖たちの長い旅が続いていく。
お客さんはハリボテの怪物に驚き、再会に拍手をして、舞台を楽しんでいるようだった。
「よし。お客さん、だいぶ引き込まれてる」
客席の様子を見て、私はこっそりと頷いた。
つかみとしてユピテルの伝説を劇にしたけれど、私の本命は別にある。
今、絵の船が向かう次の島。そこからが私たちの本番になる。
始祖たちがその島に上陸すると、乙女たちが出迎えた。エラト、サリア、ミミの三人だ。
「ようこそいらっしゃいました」
「ここはニンフたちの夢の島」
「旅人に一時の安らぎを。不思議の夢を見せる場所でございます」
三人はさすがに舞台慣れしているね。セリフをなめらかに喋って、始祖役の人たちの手を取った。
客席から口笛が鳴る。たぶんエラトの店の常連たちだろう。
場所は島の森に移って、宴のシーンになる。明るく楽しい曲調は、やがて静かなものに変わっていく。
宴が終わると、始祖たちはまどろみ始めた。
そうして夢を見ているという形で、舞台が回り始めた。
最初に現れたのは、現在のユピテル軍の武装に身を包んだ兵士たち。
十人ほどで隊列を組んでやって来た彼らは、長袖に長ズボンの服を着ている。書き割りの背景は万年雪の山々だ。
薄絹を吹き流しのように流して、吹雪の表現。
尾根を超えてさらに先へ。そうして進んだ先で柵を立て、陣地を作った。
そこへ現れたのは異民族の大群。
役者の数が足りなかったので、カカシのような人形で人数を水増ししてみた。
異民族――セグアニ人に見立てた彼らはユピテルの陣地を攻めあぐねて、諦めて山へ進もうとする。
「戦友諸君、今こそ勝負の時!」
勇猛な曲に乗せて、司令官役が叫んだ。
セグアニの背後をついて、ユピテル軍が躍りかかる。セグアニ人は追い散らされ、くるくる回りながら退場していく。
この劇が先だっての戦いの様子を表していると気づいて、客席から大きな拍手が起きた。
次は西の平原の決戦だ。
ネルヴァから教えてもらったとおりに、味方と敵の軍を配置する。ユピテル軍は右手に、セグアニ軍は左手に。
両軍の激突と騎兵の側面攻撃。
本物の馬は持ち込めないので、木の棒に藁の馬の頭をつけたもので表現した。冷静に見ればちょっとあれなんだけど、ここは舞台の雰囲気と勢いで押せばいいのである。
両軍が入り乱れる演出と迫力たっぷりの楽曲に、客たちは大興奮。
ユピテルの劇は数人程度の役者で回すことが多く、こういう群舞は珍しい。だから迫力を感じ取って拍手喝采してくれた。
場面は凱旋式のパレードに変わる。
これは本物を昨日見たばかりだから、かなり簡略化をした。鎧兜を脱いで服だけになった兵士たちが練り歩いて、花びらが舞う。
そうして兵士たちが袖に引っ込んでも、しばらくは花びらが舞い続けていた。
「さあ。本当の本番は、ここから」
私は呟いた。
「うん? もう終わり?」
「せっかく盛り上がったのに」
誰もいなくなった舞台を見て、客たちが戸惑いの声を上げた。
ざわめきが少し高くなったところで、舞台に人影が現れる。
半袖ハーフパンツの兵士と長袖長ズボンの兵士が肩を組んで歩いてきて、舞台の中央で手を振った。観客も振り返す。
次に舞台に上がってきた男女を見て、客席は軽くどよめいた。
「何、あの服?」
その衣装は形だけであればユピテルのものとそんなに違わない。男女ともにゆったりとしたワンピースを着ている。
けれど女性の肩周りは豪奢な宝石とビーズの刺繍が施された帯が巻かれていて、午後の日差しにきらきらと輝いていた。
男性の服は金糸の刺繍がびっしりとされていて、全身金ピカ。豪華を通り越して派手派手であった。
これらの服は、前世のビザンツ帝国を参考にして作った。
ビザンツ帝国は古代と中世の中間に位置する国。ローマ帝国の後継を自称しながらもキリスト教の影響を強く受けて、文化的に独自のものを築いた国だ。
ビザンツを題材にした漫画を前世で愛読していたおかげで、コスプレ衣装を作った経験があった。ビザンティン文化はとにかく豪華で派手で、見ているだけで楽しいのだ。
今回作った衣装は、さすがに本物の宝石を使うと予算オーバーだったので、ガラスで代用している。
ガラスは重いので中空にしてもらったりなど、細かい工夫が盛り沢山だ。
それでもかなりの重さになってしまったから、ビザンツの衣装を着る役者は力自慢を選んだ。
キラキラ輝く異国の――いや、異世界の衣装を前に、観客たちはあっけに取られている。
でも、まだこれから。
ファッションショーは今から始まるのだから!
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