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第2章 公爵夫人の魔力相談室
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『僕のせいで任務が失敗してしまった。皆で力を合わせて、正規の騎士になろうと約束したのに。僕のせいで』
私は少しだけ目を開けて、うつむくノア君を見る。彼は口に出して言葉を喋っているわけではない。
だが、自責の念は痛いほどに伝わってきた。
罪悪感が彼の心を縛り付けて、魔力をもつれさせてしまっている。彼自身を許せない思いが、抵抗となって私の魔力を阻んだ。
そっと隣のアレクシスを見れば、彼は部下を心から心配する目で見ていた。アレクシスがこんなにも心配する以上、ノア君の失敗それ自体はおおごとではないのだろう。
私はノア君に今日、初めて出会ったばかり。人となりをよく知らないし、騎士団の仕事の重要性だってわかっていない。
でも、まだ少年のノア君が自分自身をがんじがらめにしているのは、本当に気の毒だった。
――力になりたい。また前を向いて歩いていけるように。
魔力とは精神の力。
言葉にならない声で、私は彼に語りかける。
『辛かったね』
『ううん。辛いのは任務失敗で昇進が延期になった仲間たちだ。僕のせいなんだ』
答えがあった。ノア君の様子を見るに、無自覚な心の声が漏れ出ている。
『仲間たちは君を責めたの?』
『いや。みんな僕は悪くないと言う。だからこそ苦しい』
もつれた魔力が揺れた。
『責められていないのに、苦しいの?』
『そうだよ。だって、どうやって償っていいのか、わからない……』
ぐしゃり。一度は解けかかった魔力が、再び絡まる。
そうか。この子は償いがしたいのか。
優しい子だ。周囲が許しているのに、自分だけが許せないでいる。
『じゃあ、こうしよう』
だから私は言った。
『仲間たちに君の気持ちを素直に伝えて、償いたいと言うの。償い方を一緒に考えましょう』
『けど……みんな、いいよと言うばかりで』
『それじゃ気が済まないと、正直に言ってみたら? それでもいいよと言われたら、もう自分で決めちゃおう。償いになると思うこと、やってみればいい』
『……それで、いいの?』
『いいのよ! 君の心は、君が決めればいいのだから』
「悩みも、迷いも、心のままに。紐解くのは、誰がため」
詠唱が響く。
今まで感じていた抵抗が、するりと解けるように消えた。ノア君が、調律の力を素直に受け入れてくれている。
どのくらい時間が経っただろうか。
固く結ばれていた最後の結び目が、ふっと解ける感覚があった。その瞬間ノア君の身体から、清らかで力強い魔力が溢れ出した。せき止められて淀んでいた川が、再び流れ出すように。
「……あ……ああ……!」
ノア君は自らの両手を見つめた。そこに美しい魔力の光が灯るのを見て、ぽろぽろと涙を零す。彼が腰の剣を抜き放つと、その刃はまばゆい光を帯び、見事な輝きを取り戻している。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます、公爵様、奥様!」
「いいえ、ノア君。もつれを解いたのはあなたの力よ。私は手助けをしただけ」
何度も頭を下げる若い騎士と、その肩を力強く叩くアレクシス様。その光景は、私の胸を温かいもので満たした。
二人を送り出した後、書斎には一つの仕事を終えた充実感が漂っていた。疲労感すら心地よい。
セオドア様が、黙って私のために温かいお茶を淹れてくれる。
「君は、素晴らしいことをしたな」
カップから立ち上る湯気の向こうで、彼が誇らしげに微笑んでいた。
人を救うことは難しい。専門外だし、責任も重い。でもこんなにも心が温かくなるものなのだと、私は初めて知った。
「ねえ、セオドア様」
「なんだ?」
「私たち、『賢者の塔』で、こんな風に魔力のことで悩んでいる人たちの相談に乗るのは、どうでしょう?」
私の突拍子もない提案に、彼は一瞬目を丸くした。だが、すぐにいつものあの優しい笑みを浮かべる。
「君がそうしたいなら。アリアーナ公爵夫人の『魔力相談室』か。……ふふ、悪くない響きだ」
「あら。公爵夫人だけではありませんよ。公爵夫妻の、です」
二人で顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。
私の調律の力と、彼の的確で深い洞察力。二人の力を合わせてこそできる仕事だ。
こうして、かつて呪われた公爵が住むと恐れられた賢者の塔は、王国で一番風変わりで、お節介な相談室になるのだった。
私は少しだけ目を開けて、うつむくノア君を見る。彼は口に出して言葉を喋っているわけではない。
だが、自責の念は痛いほどに伝わってきた。
罪悪感が彼の心を縛り付けて、魔力をもつれさせてしまっている。彼自身を許せない思いが、抵抗となって私の魔力を阻んだ。
そっと隣のアレクシスを見れば、彼は部下を心から心配する目で見ていた。アレクシスがこんなにも心配する以上、ノア君の失敗それ自体はおおごとではないのだろう。
私はノア君に今日、初めて出会ったばかり。人となりをよく知らないし、騎士団の仕事の重要性だってわかっていない。
でも、まだ少年のノア君が自分自身をがんじがらめにしているのは、本当に気の毒だった。
――力になりたい。また前を向いて歩いていけるように。
魔力とは精神の力。
言葉にならない声で、私は彼に語りかける。
『辛かったね』
『ううん。辛いのは任務失敗で昇進が延期になった仲間たちだ。僕のせいなんだ』
答えがあった。ノア君の様子を見るに、無自覚な心の声が漏れ出ている。
『仲間たちは君を責めたの?』
『いや。みんな僕は悪くないと言う。だからこそ苦しい』
もつれた魔力が揺れた。
『責められていないのに、苦しいの?』
『そうだよ。だって、どうやって償っていいのか、わからない……』
ぐしゃり。一度は解けかかった魔力が、再び絡まる。
そうか。この子は償いがしたいのか。
優しい子だ。周囲が許しているのに、自分だけが許せないでいる。
『じゃあ、こうしよう』
だから私は言った。
『仲間たちに君の気持ちを素直に伝えて、償いたいと言うの。償い方を一緒に考えましょう』
『けど……みんな、いいよと言うばかりで』
『それじゃ気が済まないと、正直に言ってみたら? それでもいいよと言われたら、もう自分で決めちゃおう。償いになると思うこと、やってみればいい』
『……それで、いいの?』
『いいのよ! 君の心は、君が決めればいいのだから』
「悩みも、迷いも、心のままに。紐解くのは、誰がため」
詠唱が響く。
今まで感じていた抵抗が、するりと解けるように消えた。ノア君が、調律の力を素直に受け入れてくれている。
どのくらい時間が経っただろうか。
固く結ばれていた最後の結び目が、ふっと解ける感覚があった。その瞬間ノア君の身体から、清らかで力強い魔力が溢れ出した。せき止められて淀んでいた川が、再び流れ出すように。
「……あ……ああ……!」
ノア君は自らの両手を見つめた。そこに美しい魔力の光が灯るのを見て、ぽろぽろと涙を零す。彼が腰の剣を抜き放つと、その刃はまばゆい光を帯び、見事な輝きを取り戻している。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます、公爵様、奥様!」
「いいえ、ノア君。もつれを解いたのはあなたの力よ。私は手助けをしただけ」
何度も頭を下げる若い騎士と、その肩を力強く叩くアレクシス様。その光景は、私の胸を温かいもので満たした。
二人を送り出した後、書斎には一つの仕事を終えた充実感が漂っていた。疲労感すら心地よい。
セオドア様が、黙って私のために温かいお茶を淹れてくれる。
「君は、素晴らしいことをしたな」
カップから立ち上る湯気の向こうで、彼が誇らしげに微笑んでいた。
人を救うことは難しい。専門外だし、責任も重い。でもこんなにも心が温かくなるものなのだと、私は初めて知った。
「ねえ、セオドア様」
「なんだ?」
「私たち、『賢者の塔』で、こんな風に魔力のことで悩んでいる人たちの相談に乗るのは、どうでしょう?」
私の突拍子もない提案に、彼は一瞬目を丸くした。だが、すぐにいつものあの優しい笑みを浮かべる。
「君がそうしたいなら。アリアーナ公爵夫人の『魔力相談室』か。……ふふ、悪くない響きだ」
「あら。公爵夫人だけではありませんよ。公爵夫妻の、です」
二人で顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。
私の調律の力と、彼の的確で深い洞察力。二人の力を合わせてこそできる仕事だ。
こうして、かつて呪われた公爵が住むと恐れられた賢者の塔は、王国で一番風変わりで、お節介な相談室になるのだった。
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