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第2章 公爵夫人の魔力相談室
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「見ての通り、完璧な密室だ。扉の錠前は壊されていないし、部屋を覆う魔力結界にも異常はない」
アレクシスがお手上げ、といった様子で肩をすくめる。セオドアが壁や床を丹念に調べている間、私は部屋の中央に立ち、目を閉じて意識を集中させた。
「調律」――。
犯人が残した魔力の残滓を探るが、あまりにも希薄。プロの仕事だ。だが私の感覚は、その希薄な魔力のさらに奥に、別の何かがあるのを捉えていた。
犯人のものではない。悪意も恐怖も焦りもない。ただ純粋で、いっそ無邪気な……まるで『小さな生き物の好奇心』のような感情のきらめき。
「どうした、アリアーナ?」
私の怪訝な表情に、セオドアが気づいて声をかける。
「犯人は、一人ではなかったのかもしれないわ」
私はゆっくりと目を開けると、天井を見上げた。隅に装飾が施されている。よく見ればそれはカモフラージュされた通風口だった。
微かな魔力はそこにこびりついている。
「いいえ、これは……人の感情じゃない」
私の呟きに、セオドアとアレクシスが訝しげな顔で同じ場所を見上げる。雨上がりの薄曇りの空のように、事件の真相はまだ厚い謎の雲に覆われていた。
「人の感情じゃない?」
私の呟きに、アレクシスは訝しげな顔になる。私と天井の通気口を交互に見た。
「おいアリアーナ、まさかネズミか何かが犯人だなんて言うんじゃないだろうな」
「いいえ。たとえネズミであっても、この細い鉄格子をすり抜けるのは無理でしょう」
鉄格子はごく細かい網目状になていて、通れるとしたら羽虫くらいのものだろう。虫を使い魔にする魔術師はいなくはないが、小さな虫では首飾りを盗めない。
ただ、よく見れば鉄格子は下端が少し崩れていた。このくらいのスペースがあれば、ネズミくらいなら通れるかもしれない。
しかし盗みに入る時に、都合よく崩れるものだろうか? ここは王宮の宝物庫。たとえ通気口であっても、メンテナンスが放置されるとは思えない。ごく最近崩れたものと見て間違いないだろう。
「魔術師の使い魔であれば、この魔力の残滓は矛盾しないわ。鉄格子が崩れているのが気にかかるの」
私の言葉を、セオドアは真剣な顔で受け止めていた。彼は通気口の真下に立つと、片眼鏡型の魔道具でその構造を精密に分析し始める。
「なるほど、面白い。アリアーナの言う通りだとしたら、全ての辻褄が合う」
彼は片眼鏡を外すと、自信に満ちた声で言った。
「犯人はこの通気口を使ったんだ。人間には到底通れないが、猫やネズミくらいの大きさの生き物なら話は別だ。その生き物に何らかの手段で鉄格子を通させて、結界を解除する魔道具を運ばせたのだろう」
完璧な密室に穿たれた、唯一の抜け穴。それは、常識に囚われた人間の目には、ただの装飾にしか見えない死角だった。
賢者の塔に戻った私たちは、応接室で作戦を練っていた。
「問題は、どうやってその通気口を調べるかだ。鉄格子はもちろんだが、通気口も人間が入れる大きさじゃないからな」
「使い魔が鉄格子を通り抜けた手段も謎よ。あの通風口に入れるような小動物は、力が弱い。力ずくで壊したりするのは不可能です」
「むう……」
アレクシスが腕を組んで唸る。
その時私の足元で、話が分かっているのかいないのか、黒猫の精霊ファントムが「にゃあ」と鳴いた。彼は先ほどから、私が現場から持ち帰ったハンカチ(証拠として空気の標本を採取していた)の匂いを、しきりに気にしている。
その姿を見て、私とセオドアは同時に顔を見合わせた。
「適任者が、一匹いるじゃないか」
アレクシスがお手上げ、といった様子で肩をすくめる。セオドアが壁や床を丹念に調べている間、私は部屋の中央に立ち、目を閉じて意識を集中させた。
「調律」――。
犯人が残した魔力の残滓を探るが、あまりにも希薄。プロの仕事だ。だが私の感覚は、その希薄な魔力のさらに奥に、別の何かがあるのを捉えていた。
犯人のものではない。悪意も恐怖も焦りもない。ただ純粋で、いっそ無邪気な……まるで『小さな生き物の好奇心』のような感情のきらめき。
「どうした、アリアーナ?」
私の怪訝な表情に、セオドアが気づいて声をかける。
「犯人は、一人ではなかったのかもしれないわ」
私はゆっくりと目を開けると、天井を見上げた。隅に装飾が施されている。よく見ればそれはカモフラージュされた通風口だった。
微かな魔力はそこにこびりついている。
「いいえ、これは……人の感情じゃない」
私の呟きに、セオドアとアレクシスが訝しげな顔で同じ場所を見上げる。雨上がりの薄曇りの空のように、事件の真相はまだ厚い謎の雲に覆われていた。
「人の感情じゃない?」
私の呟きに、アレクシスは訝しげな顔になる。私と天井の通気口を交互に見た。
「おいアリアーナ、まさかネズミか何かが犯人だなんて言うんじゃないだろうな」
「いいえ。たとえネズミであっても、この細い鉄格子をすり抜けるのは無理でしょう」
鉄格子はごく細かい網目状になていて、通れるとしたら羽虫くらいのものだろう。虫を使い魔にする魔術師はいなくはないが、小さな虫では首飾りを盗めない。
ただ、よく見れば鉄格子は下端が少し崩れていた。このくらいのスペースがあれば、ネズミくらいなら通れるかもしれない。
しかし盗みに入る時に、都合よく崩れるものだろうか? ここは王宮の宝物庫。たとえ通気口であっても、メンテナンスが放置されるとは思えない。ごく最近崩れたものと見て間違いないだろう。
「魔術師の使い魔であれば、この魔力の残滓は矛盾しないわ。鉄格子が崩れているのが気にかかるの」
私の言葉を、セオドアは真剣な顔で受け止めていた。彼は通気口の真下に立つと、片眼鏡型の魔道具でその構造を精密に分析し始める。
「なるほど、面白い。アリアーナの言う通りだとしたら、全ての辻褄が合う」
彼は片眼鏡を外すと、自信に満ちた声で言った。
「犯人はこの通気口を使ったんだ。人間には到底通れないが、猫やネズミくらいの大きさの生き物なら話は別だ。その生き物に何らかの手段で鉄格子を通させて、結界を解除する魔道具を運ばせたのだろう」
完璧な密室に穿たれた、唯一の抜け穴。それは、常識に囚われた人間の目には、ただの装飾にしか見えない死角だった。
賢者の塔に戻った私たちは、応接室で作戦を練っていた。
「問題は、どうやってその通気口を調べるかだ。鉄格子はもちろんだが、通気口も人間が入れる大きさじゃないからな」
「使い魔が鉄格子を通り抜けた手段も謎よ。あの通風口に入れるような小動物は、力が弱い。力ずくで壊したりするのは不可能です」
「むう……」
アレクシスが腕を組んで唸る。
その時私の足元で、話が分かっているのかいないのか、黒猫の精霊ファントムが「にゃあ」と鳴いた。彼は先ほどから、私が現場から持ち帰ったハンカチ(証拠として空気の標本を採取していた)の匂いを、しきりに気にしている。
その姿を見て、私とセオドアは同時に顔を見合わせた。
「適任者が、一匹いるじゃないか」
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