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本は、ずっと布団の中にあった。
寝る時は布団の下に、起きてる時は布団に挟まっている。
なかなか、読む機会がない。
夜は暗いし、みんなさっさと寝る。
お父の仕事場でもある長屋では、1人になる時間などほとんどない。
三吉一人のために行灯をつけたりなんて出来ないし、我が家はそんな余計な油を買うお金はない。
昼間は寺子屋か外で遊ぶか、家の手伝いだってある。
子供だって三吉くらいになればそれなりに忙しい。
一太は相変わらずいたりいなかったり、夜までいない時もあれば、昼ちかくまで寝ていることもある。
仕事を探している、とお母から聞いた。
そのせいか、家で仕事しているお父もなにも言わない。
ただお互いに口を聞かないのだ。
でも三吉にはお父があまり機嫌が良くないのを感じていた。
一太も三吉に話しかけては来ないし、三吉からも話しかけにくかった。
そんな中で、表に何も書いてないとしても家であの本を読む気にはなれなかった。
今日は向かいに住む三つ下の乙吉を連れて使いに出た。
乙吉はまだ4つということもあるが、男の子にしてはおとなしく、周りが何かと気にかけている子だ。
「行こう」
三吉がいうと乙吉は頷く。
手を繋いでまた歩き出す。
行き先は子供の足だと少し遠いが、周りに人通りもある。
乙吉はなぜか時々立ち止まって三吉が先を促すと歩き出す。
三吉のことを慕ってくれているのか、よく後をついてくるので同じ吉のつく名前同士でお吉組などと長屋で呼ばれることもある。
末っ子の三吉としても満更でもない。
今では時々乙吉のことを乙吉のお母に直接頼まれることもある。
今日の用事は乙吉のお母の内職の縫い物を届けることだ。
乙吉のお母は茶屋の下働きをしているが、裁縫が得意で古着屋から小さな繕いの仕事をもらっている。
一日中働く乙吉のお母。
時々あざをこしらえていたり、朝からお腹を空かせている乙吉を見ていると、自分は恵まれていると三吉は思う。
住まいは長屋だし、長屋もあまり上等の長屋ではない。
お父とお母の稼ぎでは食っていくので精一杯だし、自分を含めて子供はみんななるべく早く働きに出ないといけないだろう。
でも、みんな元気で仲が良くて、お父もお母も働きものだ。
乙吉のお父のように酒を飲んで暴れたりしない。
寺子屋にも通わせてくれる。
古着屋は届けた品を検分すると、新しい仕事をくれた。
それを抱えて帰ろうとすると「ちょっとまちな」
と古着屋の親父に呼び止められた。
「これ持っていきな、2人で食え」
串に刺した団子2本差し出してきた。
「団子だ、ありがとう」
子供がお使いに行くと時にこんな役得がある。
三吉は礼を言って一本受け取って、乙吉に促す。
乙吉はおずおずと手を伸ばして団子を受け取って、小さな声で礼をいった。
古着屋の親父は、じっと乙吉を見ていた。
繕い物の入った風呂敷は三吉が持って、歩きながら団子を食べた。
団子は少し硬かった。
多分昨日の残り物だろう。
隣を見ると、乙吉はあっという間に食べてしまい、串についたタレを舐めていた。
古着屋の親父は、乙吉の家のことを知っているのだろう。
お父が酒を飲んで暴れ、殴られたり、稼ぎが酒代に消えて飯が食えないことも多いということを。
この団子は、乙吉のためにわざと残されていたのかもしれない。
団子を乙吉に譲ってやればよかったと思った時にはもう半分以上食べてしまっていた。
そして夜、布団に入ってから古着屋の親父に、なんで古着屋になったのか聴いてみたらよかったと気がついた。
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