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うつ病ろろ②
しおりを挟むカシマたんに連れていかれた談話室は、18階の食堂に隠れるように、ひっそりと後にあった。
小さなシンクとポットと冷蔵庫と真ん中に丸いテーブル1つと席が4つと、ずいぶんこの会社にしては小さな場所だった。
「この談話室は、私みたいな引きこもりの社員さんや1人になりたい人のために、社長が作ったんですぅ」
カシマたんが手慣れたてつきで、3人分のアールグレイの紅茶をいれてくれた。
「引きこもってた20年間、食事は自分で作ってたんです」
居心地の悪そうにカシマたんは、じっと見ていた俺に言うが、俺なんていまだに料理や家事は母親に頼りきりだ。
「ろろさん、ろろさんの好きなアールグレイにハチミツ入りですぅ」
テーブルに突っ伏して泣いているろろさんの横に座り、カシマたんはなだめるように言った。
カシマたんが、俺の前にもハチミツ入りのアールグレイが入ったマグカップをおいてくれる。
「今日は社長も出張でいませんが、とりあえず、飲みましょう・・・」
カシマさんの言葉で緊張していたのか、俺はアールグレイをがぶ飲みした。
「私・・・うつ病なの。会社に面接で何社も落ちてたら、だんだん面接官が両親に見えてきて・・・」
2杯目のハチミツ入りのアールグレイをカシマたんから受け取り、俺は首をかしげた。
「ろろさんのお母様は、3回離婚されていて腹違いの姉弟が3人いらっしゃるんですぅ・・・お母様とも今のお義父様とは合わないらしく・・・」
ヘビーな話をカシマたんは淡々と話す。この会社、プライベートがつつぬけだ・・・。
「ロリータファッションの娘なんて、恥だって、なんで、ふ、普通になれないんだって・・・ケンたん、普通ってなんだとお、思う?」
ろろさんが泣きながら小さな声で話す。その質問に俺は答えられない。
普通・・・。誰にとって、どの世界にとっての普通だろう・・・。
「会社の面接に落ちまくって、ある日何にも出来なくて、メンクリ行ったら、うつ病で、就活は休みなさいって言われたけど・・・最後の会社がマリネンの面接で・・・」
この格好のまま面接に行ったの。と言う言葉が小さな談話室に消えていく。
「普通」と言われる会社では、完全に落とされるだろう。
髪の毛がバサバサで上下赤いジャージで涙目で面接を受けるろろさんのイメージだけは想像できた。
「・・・そしたら、マリネンが言ったの、ろろちゃんは、ロリータもジャージも似合う!合格!普通なんて、地球が自転するくらいで充分!うつ病がひどい時は休んで、調子が良い時は来社してね!って・・・ぅああああああっんんん」
ろろさんが当時を思いだしたのか、またテーブルに突っ伏して泣き出した。
「それからぁ、ろろさんは責任感が強いので、休んでも月給は出るのにぃ、そんな自分が許せないと言って、ジャージでも這いつくばって、来社してぇ、1日、相談室にこもるんですぅ」
カシマたんが静かに語る。腫れ物にさわるでも同情でもない声で、本気でろろさんを心配している。
俺は、このニート株式会社が4000人も社員を抱えてもこの不景気に残り続けている理由が少し分かった。
それから3ヶ月後の初秋には、ろろさんはロリータファッションで白いフリルをふわふわさせながらロビーを歩いていた。
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