メアーズレッグの執行人

大空飛男

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シナリオは動き出す

2-1

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『依頼内容はミイナ・コールの誘拐に加担しのちに彼女を連れ出すこと
彼女を連れ出したのち保護して欲しい。
保護の為の犠牲は厭わない。
四日後の夜。彼女はお忍びでオペラに出席する。ダウンタウンにあるセンターオペラハウス。そこが会場だ。当然ながら、VIP席でね。
しかし幸運の女神と言われる彼女を誘拐するのは至難の技だ。おそらく護衛を多数付けられ、虫も入り込めないだろう。ではどうすればいいか?
答えは簡単だ。実はこの依頼とは別に、ある作戦を企てている連中がいる。彼らは宗教団体の過激派組織だ。ピースアイランドに蔓延る狂信者たちの集まり、それがテロを起こすのだよ。その目的はいとも簡単だ。困窮した組織の資金面を潤すための、身代金目的の誘拐。加えて、暴動によるシンパの増加を目的としている。
まあ、とはいえ彼らは烏合の衆だ。PIPD(ピースアイランド市警)の出動も時間がかかるだろうし、公的な邪魔は入りにくい。それに君の腕なら、彼らをはねのけ彼女を混乱に乗じて誘拐する事が可能だろう?チャイニーズマフィアのビルですら単身で制圧出来てしまう、キミならね。
勿論、報酬もある。それは追って伝えよう。
では健闘を祈っているよ――』



 話し言葉のように記載されていた概要の文章を一通り読み終えると、ジョージは資料の束を大雑把に投げ捨て、物申したい感情を抑え煙草を吸う。
 要するに今回の依頼は、『どう足掻いても女神が誘拐される未来が変わらないならば、それに参加して漁夫の利を得てしまえばいい』と、そういうことなのだろう。
 ジョージは資料にクリップ止めされていた写真を奪い取る様にして指に挟みこむと、瞳を動かした。
 映っているのは幸運の女神だろう。しかしそれにしては、イメージとはかなりのギャップがあった。
まずその女神とは、アジア系とスラヴ系のハーフで、病弱そうな色白な肌に青黒い髪色、幸が薄そうなたれ目に、何といっても本人の纏う雰囲気が何とも辛気臭そうな、十代半ばの少女だ。てっきり煌びやかな装束を纏う血色の良いブロンド髪のレディかと考えていたが、これがまったくの対照的であった。
 「…何が幸運の女神だ。不幸を運ぶ陰気な少女と言った方がしっくりくる」
 ジョージらぼやきながら興味が失せたように、写真を机に滑らせる。次に、書類と同じく置かれていた木箱に目を寄越した。
おそらくハングドマンが言っていた小道具とは、これのことだ。中身が何なのか、検討もつかない。一見すれば、ただの薄汚い箱にしか思えない。
とはいえあの男が渡したものだ。仕事で使えるものかもしれないと、まずは埃っぽい紙の梱包を大雑把に破りながら解いた。
中から出てきたのは意外にも立派な木箱。アンティーク調で装飾入りで、如何にもだった。
ジョージはデスクからケイバー製のサバイバルナイフを取り出すと箱の結合部に差し込み、テコの原理で隙間を大きくしていく。やがてフタが簡単に外れるようになると、そのままナイフに力を入れ、こじ開けた。
すると中に入っていたのは、言いえて妙な代物だった。
それが何なのかを言ってしまえば、箱に見合う、アンティークの銃。木製の部分は傷や汚れで味のある色合いに仕上がり、細かく精密な彫刻を施されたレシーバーが高級感を醸し出している。
また、名前もわかる。ウィンチェスターライフルだ。1800年代後半のアメリカにて、レバーアクションと言う当時にしては画期的な機構を用い、またさまざまなモデルに弾丸を使用できるこの銃は、西武を征した銃とも言われる傑作品であった。
それだけなら、何故言いえて妙なのか。それは、その形状にあった。
ライフルといえばアサルトライフルやボルトアクションライフルを大多数の人間が思い浮かべるだろう。長い銃身に肩に押さえつけ照準を安定させるストックが備わっている。そもそもライフルとは基的に遠距離の対象に発砲する火器であるのだ。
だがこの銃はどうだろうか。短く切り詰めた銃身に、銃を握る為だけまで落とされたストック。さらには排莢と装填を兼ね備える特有のレバーは大型化され、いうなれば奇抜な形状をした大型ハンドガンの様なカスタムが施されていたのだ
「ソードオフライフルとは…な」
銃身とストックを切り詰めた――所謂ソードオフ。銃身を切り詰めて、取り回しと携帯性を求めた改良である。
有名な所を言えば、水平二連式のショットガンだろうか。銃身を短くされたことでシェル内のペレットはその拡散性を増し、至近距離での威力を格段に上げることができるのだ。
しかしデメリットもある。それは有効射程が著しく落ちるのだ。ライフリング――銃身内で螺旋状に彫られた溝――の恩恵をその分受けず、弾道が安定しなくなる。
加えて言うなら、ウィンチェスターライフルはその名の通りのライフルとして作られた銃だ。ハンドガンのように携帯性に優れるわけもなく、ライフルの有用性をも喪失した、中途半端な銃になってしまう。
つまり、ジョージにとってこの銃の評価は、あまり良いものとは言えなかった。
「まさかガラクタを送られるとは。期待してを損した」
別段使えないわけではないが、求められる性能を十分に引き出せない、欠陥品であるのだ。
箱の状態からしても、もしや金になる物が入っているのではないだろうかと期待したジョージだったが、とんだ肩透かしを受けた気分になる。元々胡散臭い男から渡された物であるゆえに、過度な期待をしない方がよかったのだ。
「しかし…小道具と言っていたが…どうにも引っかかるな」
ならば、銃の有用性とは違う観点で考えてみる。
何故ゴミかどうかわからない物を、態々送っていたのか。嫌がらせと割り切るならそれまでだが、あの男の事だ。何かしら意味のある物を送ってきたと考えられる。
ならば逆転の発想として、仮にこれが必要になる状況があるとしたらと考えた。
まず物事を整理しよう。
やつの言い回しが気取った言い方では無いとしたら。
小道具とは、言葉どおりに考えると撮影や芝居などで演出の一つとして使用する道具だ。
つまり、俺は芝居の役者だと言うことになる。
根拠としてあの男は現状、シナリオが始まっていると言っていた。シナリオは演技を進める上での、地図のようなものだ。
またあの男は「それを正しくどう使うか見ものだ」と、まるで道具を使うサルを観察するような口ぶりだったと記憶している。つまりこのシナリオにおいて使う場面が有るのだろう。
ただ、問題がある。それは、何を想定して正しいと言ったのか、これがさっぱり解らない。ハットの男はシナリオだと言ったが、ジョージからすれば唯の依頼でしかない。せめて撃てば良い相手でも指定されていればまだ正しい使い方としてわかる。だがあいにく何もその指定を受けていない
ともかくそんな漠然とした憶測で、全てが過程から成り立っている卓上の理論でしかない。あれこれ考えるにも、ともかく情報も少なすぎる。
ただ一つ、これがシナリオと言うならば自分は役者として参加している訳だ。もっともジョージは自分が役者でもなければ脚本家でもないと理解もしていた。
それでも依頼を受けた――いや強制的に受けさせられた。参加したくもないシナリオに無理やり席を座らされた。
なら、難しく演じる必要なはない。今まで通りの自分を演じ続ければいい。演じるというよりは、ありのままの自分を魅せるというべきだ。都合よく演じれず、魅せる演技もない、なにもかもが素人の大根役者。せいぜい、シナリオを台無しにしてやろうと、ジョージは悪巧みを企て始めた。
「はっ、ま、何はともあれ、最後は晴れて意味のある幕引きができるっで訳だ。なあ、そうだろ?」
依頼の遂行を覚悟したジョージは、独り言を口にする。
ただそれは、問いかけだった。
答えは返ってこずとも、ジョージは問いかけが了承されるのを確信できた。きっと、今回で晴れて幕引きを、許してくれるだろうと。
ジョージは何気なくウィンチェスターを構えると、レバーコックを行い、やがてトリガーを引いてドライファイアを見せた。
それは問いかけの主に対して行ったものだ。無論、その場には誰もいないのだが。
かちりと乾いた音が、一つむなしく室内に響いた。
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