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第2章:独角党

17.ネースタの町

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「そろそろネースタに着きますよ」

 クブカの緊張した声でエヴァンは目を覚ました。

 既に辺りは薄暗くなりかけており、行く手には石の城壁に囲まれたネースタの町が黒い影となってそびえている。

「ずいぶんと時間がかかったな」

 エヴァンがあくび混じりに答えた。

「この時間に立ち番をしてる門兵と話をつけてあるんです」

「おい、メフィスト。そろそろ着くから隠れててくれ」

「んあ?なんだまだ着いてなかったのか」

 檻の中で高いびきをかいていたメフィストが目をこすりながら身を起こした。

「まったくこの人らは…私にばかり働かせて」

 横でクブカがぶつぶつぼやいている。

「まあまあ、それよりも上手いこと頼んだぜ。俺はあんたの手伝いってことで」

 エヴァンはそう言うとフードを目深にかぶった。


 クブカの操る幌馬車はやがて門の前に辿り着いた。

 夜が近いせいか他に門を通る者はいない。

「どうも~!夜分にご苦労様です」

 クブカが愛想のいい声で門兵に挨拶をした。

「おお、あんたか。そう言えば今日だったな。ん?いつもの連中はどうしたんだ?」

 門兵はクブカと認めると肩の力を抜いて気さくに話しかけてきた。

「あ、ああ…あの連中なら今日はなんか別の用事があると言って途中で別れたんですよ。まったく、いつも勝手なことばかりして困っちまいますよ」

「あんな連中じゃあしょうがないな。あんたもそろそろ気を付けた方が良いぞ。奴らは金になるんだったら雇い主だろうが襲ってくるからな。そう言えばそっちのも見かけない顔だな」

 門兵はそう言ってエヴァンの方を見上げた。

「こ、こいつは知り合いの親せきでして、私の商売に興味があるとかいうんで手伝ってもらったんですよ」

 クブカは汗を流しながら必死にごまかした。

「どうも。エヴァンと言います。今後ともよろしくお願いします」

 エヴァンはフードを軽く持ち上げると門兵に向かって会釈をした。

「ふん、こんな男の商売に興味があるなんて碌なもんじゃないな。悪いことは言わないから考え直した方が良いぞ。まあ俺が言えた義理じゃないしもらえるものさえもらえればそれでいいんだけどな」

 門兵はそう言うと親指と人差し指をこすり合わせてみせた。

 金を意味するジェスチャーだ。

「へへへっ、わかってますって」

 クブカは愛想笑いをしながら革袋から数枚の銀貨を取り出して門兵に握らせる。

 門兵はそれをちらりと見るとポケットにしまい、通行許可証を差し出した。

「じゃあ他の連中に見つからないうちにさっさと連れていくんだぞ」

「承知してますって。それじゃ、またよろしく頼みますよ」

 こうして幌馬車は門を通り抜けてネースタへと入っていった。

 日が暮れているというのに通りには明かりが幾つも灯され、道行く人々も多いことからこの町が栄えていることがよくわかる。

 幌馬車はやがて中庭のあるちょっとした屋敷の中へと入っていった。

「着きましたよ。約束は果たしたんだからさっさと降りてくださいよ」

 クブカが盛大に安堵のため息を漏らす。

「助かったよ」

 エヴァンは馬車から飛び降りると大きく背中を伸ばした。

 荷台からメフィストも降りてくる。

「じゃあ早く出てってください。あんたらがここにいることがばれたら厄介なんてもんじゃない。あ、出る時は裏口を使ってくださいよ」

「わかったわかった、それじゃあ世話になったな」

「全くですよ。金輪際関わり合いにならないことを祈って盛塩でもしておかないと」

 クブカのせいせいしたという言葉を背にエヴァンとメフィストは屋敷を出た。


「で、これからどうすんだ?」

「まずはお前の登録証を手に入れないとな。こっちだ」

 エヴァンはそういうとメフィストを連れて歩き出した。

「ここには以前住んでたことがあってな。この町の偽造屋も知った顔なんだ」

 そう言いながら2人は薄暗い路地の中を進んでいった。

 時折通りに立っている人々がフードを目深にかぶったメフィストを訝しげな眼で見てくる。


「ここだ」

 エヴァンが立ち止まったのは裏路地にへばりつくようにドアを張り付かせた小さな酒場だった。

 内部の騒々しい喧騒が外まで漏れてきている。

 2人がドアを開けるとそれがぴたりと止んだ。

 酒場の中の視線が2人に向かって一斉に注がれる。

 エヴァンはそれを無視して中を通り抜け、奥の細い廊下へと足を進めた。

 エヴァンたちが通り過ぎると酒場は何事もなかったかのように再び喧騒を取り戻す。

 廊下の奥にいる髭面の大男が2人の前に立ちはだかった。

「なんの用だ」

「ニンベンに伝えてくれ。エヴァンが来たと」

 大男はその言葉に軽く頷くと部屋の奥に入り、やがて手招きをして2人を呼び寄せた。

 そこは棚が壁を埋めている雑然とした小部屋で、真ん中にある大きな机の向こうで長髪の中年男が天板に足を投げ出していた。

「よおエヴァン、久しぶりだな。4~5年ぶりか?」

「ニンベン、相変わらずだな。今も羽振りが良さそうじゃないか」

「何言ってやがる。毎日廃業しようかどうか迷って酒も喉を通らねえよ」

 ニンベンそうにやりと笑うとエヴァンと肘をぶつけ合わせた。

「知り合いなのか?」

「ああ、この偽造屋ニンベンには昔世話になってな。その頃からの腐れ縁なのさ」

 不思議そうに耳打ちしてくるメフィストにエヴァンが答えた。

「5年くらい前だったかな。そこの自称勇者様から身分証を作ってくれと言われたのが出会いだったな。お互い年を取ったもんだ」

 ニンベンはそう言うと椅子に座り直し、改めてエヴァンを見つめた。

「で、何の用だ?わざわざこんな所まで来たんだ、旧交を温めに来たわけじゃないんだろ?」

 ニンベンの目はエヴァンの後ろにいるメフィストに注がれていた。

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