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第2章:独角党

16.奴隷商クブカ

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「ひ…」

 奴隷商のクブカは護衛たちがなす術もなくやられていくのを顔面蒼白で見守っていた。

 いや、見守るしかできなかった。

 今や護衛たちは全員意識を失って地面に伸びていた。

「なんだ、殺してないじゃん。つまんない」

 完全に意識を失った男たちを足でつつきながらメフィストが面白くなさそうに口を尖らせている。

「馬鹿言うなよ。こんなところで殺したら死体の始末が大変だろ。こういうのは数日動けなくさせるだけでいいんだって。そんなことよりも…」

 全員動かなくなったことを確認したエヴァンはクブカの方へ振り返った。

「ひぃ…!」

 それを見たクブカが発作でも起こしたように全身を硬直させる。

「まあまあ、そう怖がりなさんなって。クブカ…だっけ?おたくにちょっと頼みがあるんだよ」

 エヴァンはそう言いながら幌馬車に飛び乗るとクブカの隣に腰かけた。

「俺はエヴァン、って言うんだ。よろしくな」

「な…なんでございましょうか…。か、金なら僅かですがどうぞ持っていってください」

 冷や汗を滝のように流しながらクブカが革袋を取り出した。

「いやいや、欲しいのは金じゃないんだ。さっきも言った通りあそこにいるメフィストは非登録の魔族でね。このままじゃ町に入れないんだよ」

 エヴァンは倒れた男たちから金を回収しているメフィストを指差した。

「この国じゃ奴隷売買はご法度だけど奴隷自体は今もいるし闇で取引されてるのは周知の事実だろ?で、おたくはまさにその奴隷をネースタに運ぼうとしてるわけだ」

 エヴァンはそう言うと荷馬車の中にかけられていたぼろ布をはぎとった。

 ぼろ布の下には鉄製の檻があり、その中に10人ほどの少年少女が閉じ込められていた。

 みな一様に痩せこけ、怯えたような眼でエヴァンとクブカを見ている。

「おおかた貧しい村から子供たちをかき集めてきたってところか。で、そこで転がってる連中が実行部隊ってことなんだろ?」

「い…いや…こ、これは…その…」

 しどろもどろになるクブカにエヴァンは手を振って話を続けた。

「まあまあ、別にあんたをどうこうしようって訳じゃないって。つまり俺たちも奴隷として町に入れてもらいたいんだよ。あんたなら門兵もフリーパスなんだろ?」

「え、ええ…まあ。その位でしたら構いませんが…」

「そいつは良かった!これで交渉成立だ!おーい、メフィスト出発するぞ!」

 エヴァンは強引にクブカの手を握るとやにわに立ち上がり、荷台に移って檻の鍵を切り飛ばした。

「ちょ!な、何をしてるんですか!」

「なにって、この奴隷たちを解放するんだけど?」

 驚くクブカにきょとんとした顔で答えるとエヴァンは檻の中の子供たちを外へと出した。

「し…しかし…そのガキたちは…」

「悪いけど俺たちのことを知る人間はできるだけ少なくしときたいんだよ。なに、この借りはいつか必ず返すからさ。いいだろ?」

 エヴァンはクブカの返答を待たずに子供たちを並べるとその前にしゃがみこんだ。

「お前さんたちはここで解放だよ。家に帰るのも別の場所に行くのも自由だ。とは言ってもそこで寝てる連中が目を覚ます前にできるだけ遠くに行くことを勧めるけどね。馬には乗れるんだろ?」

「は、はい…」

 一番年長と思しき少年が震える声で頷いた。

 まだ何が起きたのか理解できていないようだ。

「よし」

 エヴァンは頷くと男たちが乗っていた馬を子供たちの前に引っ張ってきた。

「こいつを使うといい。悪いけど帰り道に付き合うことはできないからここから先は自力で何とかしてくれ。ついでに食料や水も持っていくといい。あとこれは餞別だ」

 そう言いながらメフィストがかき集めてきた革袋を手渡していく。

「ちょっと!それがあたしが集めたんだぞ!」

「悪魔に金は必要ないだろ」

 メフィストの抗議を無視してエヴァンは子供たちを馬に乗せていった。


「い…いいん…ですか?」

 馬上から少年が今も信じられないというようにエヴァンを見つめてくる。

「いいっていいって。それよりも気をつけて帰るんだぞ。あと俺たちのことは内緒な。誰かに聞かれたら上手いこと逃げてきたとか誤魔化してくれよ」

「は、はい!ほ、本当にありがとうございます…このご恩は決して忘れません!」

 子供たちは眼に涙を浮かべて何度もお礼を言いながら去っていった。

 エヴァンは子供たちが街道の彼方に消えるのを確認すると馬車に乗り込んだ。

「よし、これで片付いたな。メフィスト、この檻の中に入っておいてくれ。何かあったら捕まえてきた奴隷だとごまかさなきゃいけないからな」

「ちぇ、なんであたしがこんなことを」

 ぶつぶつと文句を言いながらもメフィストは檻の中へと入る。

 メフィストにケープを被せ、更に檻にぼろ布をかけるとエヴァンは御者台に乗り込んだ

「これでよし、じゃあ出発しようぜ」

「ひいいん…これじゃあ大損ですよ…あんたは悪魔だ!」

 クブカが眼に涙を浮かべながらぼやいた。

「まあまあそう言いなさんなって。こんな商売してるんだ、こんなことはしょっちゅうだろ?それに悪魔じゃないぞ。れっきとした人間だ」

「ものの例えですよ!畜生!もうこんなことはまっぴらだ!着いたらとっととどこなりへ行ってくださいよ!」

 クブカは諦めたように手綱を振るうと幌馬車を出発させた。

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