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第2章:独角党

19.バンガー町長

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「久しぶりだなあ、麦束のエヴァン。どこに消えてたんだ?」

 エヴァンよりも頭一つ分でかいその男が上から睨めつけている。

 短く刈り込んだ灰色の髪、頬に走る刀傷、背中に背負った使いこまれた巨大な戦斧がその男が経験豊富な冒険者であることを雄弁に語っていた。


「いや、ようやく棒きれになったみてえだな。めでてえじゃねえか」

 男はエヴァンのシャツに縫い付けられた認定証ライセンスをじろりと見た。

 言葉とは裏腹にその口調には喜びどころか刺々しさすら含まれている。

「ドルゴじゃないか。そっちこそまだこの町で冒険者をやってたんだな。そっちは銀狼になったのか。最後に会った時は確か猟犬だったよな」

「おためごかしはいい」

 ドルゴはエヴァンの会話をぴしゃりと跳ねのけるとずいと顔を近づけてきた。

「おめえ、さっき魔族がどうのと言ってたよな。そりゃあどういうことか聞かせてくれねえか。そこの女魔族べしたが何か関係してんのか」

「なんだよ突然に。魔族がなにかお前さんに関係あるのか?」

「質問してんのはこっちだ。それともなにかよ、答えたくねえわけでもあんのか?」

「それこそこっちの都合だよ。お前さんに答える義理はないね」

 ドルゴが更に迫力を出してきたがエヴァンは全く気にしていなかった。


「てめ…っ…うぉっ!?」

 そんなエヴァンを見て激高したドルゴがシャツに掴みかかった。が、その瞬間に焼けた鉄棒でも掴んだかのように飛び退った。

「な、なんだ?ドルゴ、どうしたんだよ?」

「そいつに何かされたのか?」

 ドルゴの急変を見て周囲にどよめきが沸き起こる。

 しかし一番驚いていたのは当のドルゴだった。

 ドルゴの銀狼級というランクは伊達ではない、いままで行く度もの死線を乗り越え、そこらの相手には負けないという自負もある。

 その冒険者としての本能がエヴァンが危険だと告げていた。

 危険なんてものではない、まともに相手にしたら己など瞬時に肉塊になり果てるだろう。

「…て、てめえ…本当に…あのエヴァンなのか…?」

 全身から汗を噴き出しながらドルゴが呟いた。




「何を騒いでいるのですか?」

 上から声が響いてきたのはその時だった。

 見上げると吹き抜けになっている上階から降りてくる影が見えた。

 それは薄くなりかけた髪をぴったりと撫でつけ、小さな口髭を生やした男だった。

「バンガーさん」

「なんでこんな所に町長が?」

 冒険者たちが驚いたようにざわめく。


「誰だあいつ?」

 みんなの注目がよそに移ったのを見てエヴァンは小声でメリダに尋ねた。

「町長のバンガーさんだよ。エヴァンが出てってから町長になったから知らないかもね~」

「へえ、あいつが…」

 エヴァンは階段から降りてくるバンガーを興味深そうに観察した。

 派手でないがこざっぱりとした服に身を包み、温厚そうな笑みをたたえたいかにも紳士然とした中年男だった。

「みなさん、夜ももう遅い。騒ぐのはほどほどにお願いしますよ」

「す、すいません、つい…それよりもバンガーさんこそなんでこんな所に」

「ギルドの経営について会合をしていたのですよ。これも私の職務の1つですからね」

 バンガーは冒険者たちと気さくに会話をしている。

「バンガーさんはねえ、このギルドの大スポンサーでもあるんだよ。私のお給金もあの人あってのことってわけ。どうせなら愛人にしてくんないかな~」

 カウンターに肘をつきながらメリダが物欲しそうに呟いている。

「おや、あなた見かけない顔ですね」

 バンガーがエヴァンに気付いた。

「それにそちらのお嬢さんは…」

 挨拶をしようと近づいてきたところでエヴァンの後ろにいるメフィストに気付き、言い淀む。

「すいません、こいつは俺の奴隷です。メフィストって言うんです」

「誰が奴隷…むごもご」

 抗議の声をあげようとするメフィストの口を押さえながらエヴァンはバンガーに挨拶をした。

「俺はエヴァンと言います。数年前までここで冒険者をしてたんでちょっと挨拶がてら寄ってみたんです」

「そうだったのですか」

 バンガーは把握したというように軽く頷いた。

「さきほど魔族がどうのと言っていたようですが、それはこちらのお嬢さんと何か関係があるのですかな?」

「それは…そ、そうなんですよ!実は魔族を奴隷にしたはいいものの、持て余しちゃってっ…てえ!」

 メフィストに足を踏まれたエヴァンが顔をしかめる。

「どうかしたのですか?」

「い、いえ…それで同族なら高く買い取ってくれるんじゃないかと探してたんですけど…俺がいた頃は魔族が結構いたはずなのに今は全然いなくなっているんですね」

「そういうことですか…」

 バンガーは頭を振りながらため息をついた。

「あいにくとこの町はここ数年で魔族との関係が急速に悪化してしまったのです。今ではほとんどの魔族が引っ越してしまいました。残念ですがあなたの望む方は見つからないでしょうね」

 そういうとキリっとした顔でエヴァンを見つめる。

「それにこの町では奴隷売買は禁止されています。売買を持ち掛けるだけでも罪に問われるので気を付けてください」

「す、すいません…」

「わかればよろしいのです」

 たじたじとなったエヴァンを見てバンガーはふっと相好を崩した。


「この町には魔族を快く思っていないものも大勢います。あまり目立った行動はしないようにお願いしますよ。それでは、このネースタでごゆっくりと滞在してください。昔の住人を喜んで歓迎いたしますよ」

 バンガーはそれだけ言うと軽く会釈をしてギルドを去っていった。

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