陛下を捨てた理由

甘糖むい

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「……本当に、毎晩」
「まあ、お可哀想に」

廊下の角から漏れる囁き声は、もはやジェニエルにも制御できないほど大きくなっていた。
声の主は、若い侍女たち。
口元を隠しながら、与えられた仕事を放棄して半ば興奮したように囁き合っている。

「ジェニエル皇后殿下」

ジェニエルの後ろを歩いていたエレナが、わざとらしく名前を呼んだ。
その一言で、侍女たちははっと顔を上げ、青ざめた表情で慌てて頭を下げる。
だが、その目に宿る憐れみと好奇の色だけは、隠しきれていなかった。

ジェニエルは、彼女たちを見下ろすことも、叱ることもせず、完璧な微笑みを浮かべた。
それは皇后としての感情をすべて覆い隠すためのものだった。

「おはよう。今日はいい天気ね」

穏やかに告げると、空気が一瞬張り詰めた。
侍女たちはお互いの顔を見合わせ、どちらからともなく小さく礼をして、
ぎこちなく去っていった。
その背中が見えなくなると同時に、背後から再び小さな囁きが聞こえてくる。

「やはり……お気になさっていないのかしら」
「あるいは……もう、諦めて……」

ジェニエルが待っている間、セオドールは変わらなかった。
どれほど言葉を尽くしても、彼の興味はいつもオリヴィアに向かっていた。
セオドールがどこで眠るのか、もう誰も隠そうともしない。
皇后の威厳も、婚姻の誓いも、すでに形骸化していた。
侍女たちの囁きは、もはや噂ではなく皇后の敗北という真実が広められていた。
けれどジェニエルは、それをただ静かに受け止めた。

もう時間はない。
このままでは、王家そのものが民の笑いものになる。
彼らの冷たい囁きが、宮廷を越えて民の間に広がるのも時間の問題だった。
ジェニエルはそれを感じ取っていた。

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