陛下を捨てた理由

甘糖むい

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「これは願いではない、命令だ。オリヴィアを妾妃とする」

一人静かに筆を執っていたジェニエルを尋ねてきたセオドールはジェニエルの部屋に入って来るなり不遜に言い放った。
その動作に、もはや王の風格はない。
あるのは、暴君となり下がった恋に溺れる男の姿だった。
ジェニエルは、しばらく黙っていた。
やがてゆっくりと顔を上げ、優しい笑みで答えた。

「……妊娠されているのですね」

その声音はやわらかく、どこまでも穏やかだった。
だがその奥底には、もはや何も残ってはいなかった。
燃え尽きた灯火のように、心の中で何かが静かに消えていく音がした。

「お前には関係ない」

それは、もはやセオドールの常套句だった。

「貴族たちの反発を抑えられますか?」

問いかける声は、静かでそれでいて確信をついていた。
セオドールは視線を逸らし、短く息を吐くとため息交じりに答えた。

「……皇后としてそれくらいなら出来るだろう」

その言葉に、ジェニエルの微笑がわずかに揺らぐ。
ジェニエルの存在は、彼にとってもう自分にとって都合がいいだけの道具だとわかる言葉だった。

――ああ、これで終わりなのね。

ジェニエルは心の中でそう呟き、静かに息を整えた。
彼女がどれほど愛し、尽くし、支えてきたとしても、それは彼の記憶の中ではただの義務の一部でしかない。
報われないことを悲しむ気力さえ、もうなかった。

長い間、彼を支えるために生きてきた。
王妃として、妻として、友として。
セオドールに何かして欲しい訳ではなかった。
ジェニエルが望み、好きでしたことなのだから。
それでも、最後に返されたのは責任の押し付けだった。

真新しい便箋にインクが一滴、落ちた。
黒い染みが、じわりと広がっていく。
それを見つめながら、ジェニエルは全てを終わらせるために短い言葉をしたためた。
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