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人の視線、視線、視線。
噂だけが広がり、皆が不敬にならないようにと様子を見るように、ずっと視線に晒されていれば息が詰まるというものだ。
ヒロインや攻略対象達が何か言ってくるわけでもなかったのだけれど、十分に気疲れする。
ひとつのミスもないようにと、公爵令嬢として気を張っているのは初めてだと思う。
「帰りに何か美味しい物でも食べに行く?」
表面上は何事もないようにしていても、内心ぐったりしているのを見抜いたのだろうルイスが提案してくれた。
いくら教育を受けて公爵令嬢らしい佇まいを教えられていたとしても、前世の記憶が邪魔をする所もあるのだ。
ぶっちゃけ、前世での気楽な生活を知っていれば、窮屈でしかない。いつもは適度に気を抜いていたというのに。
「……いく」
ルイスにだけ聞こえるような声で答える。
平民に紛れて、一般人になりたい。誰の目も気にする事なく遊びたい。
そそくさと帰り支度をし、馬車へと乗り込むと、街へと遊びに繰り出した。
「あー楽しかった!」
「にしても、遊びすぎでは? もう暗くなってきましたよ」
存分にウィンドウショッピングを楽しみ、すっきりした私は大満足なのだけれど、ルイスは少し心配そうだ。と言っても、後はもう馬車で邸に帰るだけだ。
「まぁ、十分気分転換できたし!」
「義姉上が満足できたなら、それで良いですけど」
美味しい物を食べて、綺麗な物を見て、憂鬱な気分が抜けた私は馬車の背もたれに体重を預けてリラックスしていれば、いきなりガタンッと馬車が揺れた。
「えっ」
「どうした!?」
座席からズリ落ちそうになった私は、体制を整えて座り直し、窓から外を見る。
既に暗く、街から貴族の住居へと続く道は誰も居ない。
何かにぶつかったのか、車輪が引っかかったのか。ぶつかったのが、もし人であったら……。
慌てて外に出て確認しようとしたら、ルイスに腕を掴まれ、引き寄せられた。
「えっ」
「様子がおかしい」
「ギャッ!」
御者の短く小さな悲鳴が聞こえたかと思えば、そこからは静寂に包まれている。
確かにこの状況はおかしい。事故にあったと考えるよりは、馬車が襲われたと考える方がしっくりくる。
嫌な思考に、冷や汗が背筋に流れた瞬間、荒々しく扉が開かれた。
「出ろ」
「ミアッ!」
扉に近かった私の手が引かれ、抵抗する間もなく、問答無用で外に出される。
すぐにルイスも馬車から出てきて、相手の腕を払いのけ、力強く私を引き寄せる。
「ひっ」
「見るな」
ルイスが私の視界を被うように抱きしめる。
視界の端に映ったのは……馬車の前方から流れる、赤い液体だ。
噂だけが広がり、皆が不敬にならないようにと様子を見るように、ずっと視線に晒されていれば息が詰まるというものだ。
ヒロインや攻略対象達が何か言ってくるわけでもなかったのだけれど、十分に気疲れする。
ひとつのミスもないようにと、公爵令嬢として気を張っているのは初めてだと思う。
「帰りに何か美味しい物でも食べに行く?」
表面上は何事もないようにしていても、内心ぐったりしているのを見抜いたのだろうルイスが提案してくれた。
いくら教育を受けて公爵令嬢らしい佇まいを教えられていたとしても、前世の記憶が邪魔をする所もあるのだ。
ぶっちゃけ、前世での気楽な生活を知っていれば、窮屈でしかない。いつもは適度に気を抜いていたというのに。
「……いく」
ルイスにだけ聞こえるような声で答える。
平民に紛れて、一般人になりたい。誰の目も気にする事なく遊びたい。
そそくさと帰り支度をし、馬車へと乗り込むと、街へと遊びに繰り出した。
「あー楽しかった!」
「にしても、遊びすぎでは? もう暗くなってきましたよ」
存分にウィンドウショッピングを楽しみ、すっきりした私は大満足なのだけれど、ルイスは少し心配そうだ。と言っても、後はもう馬車で邸に帰るだけだ。
「まぁ、十分気分転換できたし!」
「義姉上が満足できたなら、それで良いですけど」
美味しい物を食べて、綺麗な物を見て、憂鬱な気分が抜けた私は馬車の背もたれに体重を預けてリラックスしていれば、いきなりガタンッと馬車が揺れた。
「えっ」
「どうした!?」
座席からズリ落ちそうになった私は、体制を整えて座り直し、窓から外を見る。
既に暗く、街から貴族の住居へと続く道は誰も居ない。
何かにぶつかったのか、車輪が引っかかったのか。ぶつかったのが、もし人であったら……。
慌てて外に出て確認しようとしたら、ルイスに腕を掴まれ、引き寄せられた。
「えっ」
「様子がおかしい」
「ギャッ!」
御者の短く小さな悲鳴が聞こえたかと思えば、そこからは静寂に包まれている。
確かにこの状況はおかしい。事故にあったと考えるよりは、馬車が襲われたと考える方がしっくりくる。
嫌な思考に、冷や汗が背筋に流れた瞬間、荒々しく扉が開かれた。
「出ろ」
「ミアッ!」
扉に近かった私の手が引かれ、抵抗する間もなく、問答無用で外に出される。
すぐにルイスも馬車から出てきて、相手の腕を払いのけ、力強く私を引き寄せる。
「ひっ」
「見るな」
ルイスが私の視界を被うように抱きしめる。
視界の端に映ったのは……馬車の前方から流れる、赤い液体だ。
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