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第一章
5話 もう死体はかんべんしてえ
しおりを挟むチドルは歩いてきた方向からちょっと進路をずらした方角へ走っていった。
声のする場所への最短距離を一直線に進んでるみたいだ。
や、それにしても速い。身軽だしね。
大荷物背負ったあたしのことも少しは気遣ってあげて下さい。
うわあ、明かりがどんどん遠くなるう。
さっき走ってこうなんて提案したあたしは楽天的すぎたな。
あたしはこけた。
「ぎゃーーーーーーーっ!!」
思わず漏れる悲鳴。
絹を裂くような可憐な悲鳴ではございません。
濁った絶叫ですみません。
だってさ、地面には人の欠片だと思われる肉片骨片がゴロゴロ転がってるんだもん。
暗くてよく見えてなかったけど、目線低くなると月明かりでもよく分かる。
ジグソーパズルのピースかよ。
ちゃんと組み合わせてあげると人の形になるのかな。
ああ、比較的通りやすくなってたさっきまでの道のりに比べ、こっちのルートは基本的に人が歩くような所じゃないでしょ。
前方の明かりが止まり、引き返してきた。
戻ってきたチドルは、硬直したままうずくまるあたしを見下ろして言う。
「もうっ。困ってる人がいるんだよ? 急ごうよ」
チドル・・・あんた鬼か。親切な鬼か。
とりあえずチドルはじれったそうにあたしの歩調に合わせてくれた。
進んで進んで、やがて巨大な黒い影となった高台の森が眼前に現れる。
途中何度もあの男の人が助けを呼ぶ声が聞こえてきてた。
何に困ってるんだろう。あたしらにどうにか出来ることなんだろうか。
とりあえず見に行って状況を把握し、場合によっては改めて人を呼びに行くしかないね。その場合、あの死体の森を行ったり来たりすることになるのか? ひぃ。
あたし達は草を踏み踏み森への斜面を上っていく。
上りきると少しひらけた場所に出た。
そこもあたしがチルドで出会った所と同じように森の入り口になってるみたいだ。
そして、目の前の木には一頭の馬が繋がれていた。
うん、馬だよね。
多少ウロコはあるけど馬だ。
鶏冠生えてて尻尾はワニみたいだけど馬だ。
だってほら、鞍付いてるし。大人しいし。
チドルはさっさと森の中に入り、あたしはその後に付いていく。
あのう、この森には何か恐ろしいケモノがいるんですよね・・・。大丈夫なのかな。
あれっ、チドル震えてる?
そっか、口数少なくなったと思ったらチドルも必死に勇気を奮い起こしてたんだ。
この子抱きしめたくなった。
「助けにきましたよー! どこー?」
チドルが森の奥に向かって可愛い声を張り上げた。
「おおっ! まさか人がいたか! ありがたい、こっちだ!」
すぐに反応がある。
「今いきまーす!」
あたし達は声がした方へザクザク進んでいった。
密生する木々の枝葉が暗がりで肌に擦り傷を作る。
でもこんくらいの傷はすでに森泊してた時にいっぱいこさえてるし平気。
それより季節が良かったのか分からないけど、蚊やヒルみたいな刺したり血吸ったりしてくる虫がいないのがありがたいんだよね。
少し行くと木が刈られているのか、広場っぽい場所へ出た。小さな公園くらいの広さかな。漠然とそう思う。
その広場の向こう端あたりに何やら蠢く大きな固まりの影が見えた。何か横たわってる?
何しろ頭上に繁る枝葉に月明かりは遮られてるし、チドルの太陽石の淡い光はそこまでは届かない。
何がいるのか分かんないんで緊張した。
「来てくれたか!」
その、人にしてはやけに大きな固まりが声を発した。
「何と! お嬢さん方の二人連れかね!」
チドルの明かりで向こうからはこっちが見えてるんだ。
「どうしましたかー?」
チドルが近づくのをやめて声を掛けた。
やっぱりちょっと警戒してるみたい。
「うむ。動けなくなって困っておるのだ。お嬢さん達が立っている近くに太陽石がないかね?」
男の声に言われてチドルが腕を突き出し、握った太陽石で周りをぐるりと照らしていった。
「あった! ありました!」
チドルの目線の先の地面にでっかい石がある。ビーチボールくらいの大きさ。
あれも太陽石なんだ。持てんだろ、あれ。据え置き型?
「よし、擦って明かりをつけてくれんか。悪いね」
男に指示され、チドルは振り向いてあたしを見た。
「ミチルも手伝って!」
荷物を置いて石のそばにしゃがみ込み、あたしとチドルはその表面を手の平で擦りだした。
必死こいて擦る。万遍なく擦る。
けっこう大変。デカい太陽石は使い勝手が悪いぞ。
やがて石はぼんやりと淡く光りだした。
そして、なおも擦り続けていると・・・。
パアアアアーーーーーーーッ!
すんごい強烈な光を放ち始めた。
辺りは昼間のように明るくなる。
「わあっ、高級品だあ!」
チドルの感嘆の声。
あたしはというと呆然としていた。
男に背を向けていたチドルに対し、向かい合うあたしは男のいる方へ顔を向ける位置にいる。
だから明るくなった時、すぐに目に飛び込んできたんだ。
恐ろしい光景が。
広場の真ん中で地面に仰向けになった男の人。黒いガウンみたいな服着てる。
はだけた部分は裸で、そのお腹は大きく裂けてて・・・・・・はらわたが引きずり出されてた。
平原の腐臭が漂ってきてるから血の臭いに気づかなかった。
血は乾いてない。まだ濡れてるように見える。死んでからそんな時間経ってないんだ。
そして、その人の向こう、声のしてた辺りには・・・・・・。
長い牙を剥き、真っ赤な大口を開けた牛ほどの大きさの灰色の獣がこっち向きにうずくまっていた。
あたしらを睨む眼は縦の瞳を持つ猫科の動物のそれ。けど可愛げはなく禍々しい。
第一印象はサーベルタイガーとライオンとグリズリーのキメラ。
顔つきと豊かなタテガミはライオン。短刀状の二本の牙はサーベルタイガー。盛り上がった肩と太い腕、ボリュームある身体はグリズリーを思わせる。もう怪物だ。
そいつが目を怒らせながら、ぐいと身を起こしかけた。
来る!
「チドルーーーーーッ!!」
あたしは叫んだ。
チドルが後ろを振り返り、奴を見て悲鳴を上げる。
絹を裂くような悲鳴だった。
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