何の能力も与えられずに異世界転移してしまった小娘ですけど、残忍な伯爵夫人だけは絶対に許せないので成敗させて頂きます

牧神堂

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第一章

7話 いい人そうだけどヤバい!

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「いかにもそうだよ、天使のようなお嬢ちゃん。そして、私がここにいるのはこいつを捕まえるためさ」
 そう言って、おっさん・・・伯爵は、もうほぼ眠りに落ちたらしき獣の頭をポンポンと叩いた。うん、やっぱりこの世界の人の目で見てもチドルは天使っぽく見えるんだ。

 いや、それはとりあえずいいの。
 逆に思い切り怪しく見えるに違いないあたしはどうなる?
 いきなりこの国のトップに出くわしちゃったわけだよ。
 さすがにチドルみたいに簡単に丸め込める相手じゃないでしょ?
 緊急事態で先延ばしになってるけど、獣の件が落ち着いたらこのおっさん・・・伯爵はあたしに色々問いただしてくるに違いない。どう説明すればいい?
 まずい、まずいよ、これ。

 獣が眠ってるのを見極めた伯爵は、スリーパーホールドを解いて獣の背中から下りてきた。
 うわあ、デカい。身長2メートルくらいありそう。それにごつい。筋肉ダルマ。
 腰までの鎖帷子の下、下半身にはピッチリしたタイツみたいな赤い脚衣を穿いている。中世ヨーロッパのホーズっぽい。あそこがやたら盛り上がってるのは股袋のコッドピースを被せてるからだね。あと先が尖んがった靴。
 伯爵はノシノシとあたし達に近付いてくる。
 小柄なあたしから見ると、この人もう巨人だわ。

「君達、この獣の害に困っていたのだろう?」
 伯爵はチドルに向かって、にこやかに言う。
「あっ、あうー、はい。殺された人いっぱいいます」
 チドルはすんごく緊張した様子。ま、そりゃそうか。
「その話を聞いてね。捕まえにきたんだ」
 あたしは思わず口を挟んだ。
「何でもっとたくさん人連れて来なかったんですか?」
 疑問が湧くと聞かずにはいられないの。
「お忍びで来たからね。言うと周りに止められるだろう? 領主自ら危険を冒して行くようなことじゃないって。かといって兵だけ派遣して誰か犠牲者が出るのもつまらんしね」
 犠牲者出とるやん。
「そんな危険な獣を飼っちゃうんですか??」
 あたしは更に聞いた。
 まさか飼い馴らして動物兵器にでもするつもりなのかな。人に慣れそうには見えないんだけど。
 そう思ったが、伯爵の答えは違った。
「この獣はね、もう稀少な種なんだ。滅ぼすのは忍びないからね」
 あれ? けっこう近代的な感覚持ってる感じ?
 村人のために乗り込んできたのも好感度高いし。
「ところで」
 伯爵は急に声色を厳かな調子に変えてあたし達を見据えた。
 あたしはビクリと身を固くする。
 やばい、追及される。
「女の子が二人きりで夜こんな所に来るなんて感心しないね」
 ・・・・・・いや、あんたが呼んだんだろ。

 伯爵はあたしの格好を何とも思わないんだろうか。
 何も言ってこない。
「用も済んだし帰ろうか」
 朗らかにそう言って帰り支度を始めた。
 帰り支度といっても獣を持ち上げて右肩に乗せ、巾着袋を腰に下げて左手にビーチボール大の太陽石を抱えるだけ。片手で持つか、あのデカい石。
 ヒグマを肩に担いで片手で押さえ、もう片っぽの手で大石抱きかかえて普通に歩く男の姿を想像してみて。
 有り得んわー。でも、この世界じゃこの筋力もアリなのかしら。

「こいつを担いだまま馬には乗れぬな。荷車をひいてくればよかった」
 伯爵は言った。
 この人けっこう雑なとこあるな。
「まぁ、君達もいるし歩いて帰ろうか。馬は明日部下を寄越して連れ帰ってもらえばよい」
 ぶつぶつ呟きながら進み出した伯爵をあたしは呼び止めた。
 すんごく気になってることがある。

「あのう・・・獣に殺された部下の人のご遺体はこのままでいいんですか?」
 伯爵は振り向いた。
「部下? ああ、その男は部下ではないよ。獣に殺されたわけでもない。それも明日誰かに始末してもらうよ」
 ・・・・・・えっと。
「部下じゃない?」
「ああ、獣を呼び寄せるための囮さ。城に忍び込んでいた隣国の間諜だ」
「ええっ? わざわざスパイの死体を持ってきて・・・」
「いやいや、死体なんか持ってくるのは余計な荷物になって面倒だろう。鮮度も落ちるし」
「鮮度・・・」
「馬の後ろに乗せて連れて来て、ここで生きたまま腹を裂いて新鮮な血の臭いで獣をおびき出したのだよ」
 ・・・・・・あー、うん。
 この人が平原の人間田楽を作った張本人だってこと忘れてた。
 フランクで気のいいおっさんだと思ったけど、敵には容赦ない。
 まぁね、戦のある世界の封建領主なんだからそれが普通なのかな。別に異常者ってわけじゃないだろ。
 慣れよう、慣れよう。


 あたし達三人は森を抜け、平原へと下りた。
「馬で来た道はえらく遠回りになるからね。ここを突っ切って行くよ」
 伯爵は顎で死体の森を指す。
 はいはい、分かってますよ。
 また臭い道をテクテク歩いてきゃいいんでしょ。
 それにしてもチドルのセリフがないな。いつまで緊張してんのよ。
 と思ったら、チドルが口を開いた。

「あのう、伯爵様」
「ん? 何だい? 天使のようなお嬢ちゃん」
 いちいちそれ言うの?
「あの、わたしのお姉ちゃん、お城でお勤めしてたんです」
 チドルは伯爵の顔色を窺うように言った。
「ほう! そうかね。過去形ということは、もう辞めてしまったのかい?」
「いえっ、お姉ちゃんはお城で事故に遭って死んじゃったの・・・です」
「む・・・それは・・・そうか。ううむ、申し訳ない。いや、うむ、本当にどう償えば良いのか・・・」
「ああっ! そ、そういうつもりじゃ。お姉ちゃん、ルイズって名前で」
「ルイズさんか。きっと良いお姉さんだったのだろうね」
「はい・・・」
 チドルの顔色に少し落胆の色が浮かんだのをあたしは見逃さない。
 でもチドル、それは仕方ないよ。国の領主が大勢いる使用人の名前をいちいち全員覚えてやしないだろうし。事故の報告すら特にされてないかもしれない。昔のヨーロッパには沢山いる使用人達を全部同じ名前で呼んでた主人もいたくらいだ。
「すごく良いお姉ちゃんでした」
 チドルが寂しそうに言う。
「今度お墓参りに行こう」
「えっ? ええっ!」
「一緒に行こう。まずは使いの者を君の家に行かせるから細かな事はその時決めて欲しい。住まいの目印はあるかね?」
 チドルは頬を紅潮させながら家の場所の説明を始めた。
 ふぅん、魔女狩りとか複雑なとこはあるけど、この人やっぱり一般領民にとっては良いお殿様なんだなぁ。

 チドルとの会話に区切りがついた時、伯爵はあたしの方を見た。
「そちらのお嬢さんはこの国の者ではないね?」
 へ?
 う、わああっ! いきなりきたぁぁ!!

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