8 / 28
第一章
7話 いい人そうだけどヤバい!
しおりを挟む「いかにもそうだよ、天使のようなお嬢ちゃん。そして、私がここにいるのはこいつを捕まえるためさ」
そう言って、おっさん・・・伯爵は、もうほぼ眠りに落ちたらしき獣の頭をポンポンと叩いた。うん、やっぱりこの世界の人の目で見てもチドルは天使っぽく見えるんだ。
いや、それはとりあえずいいの。
逆に思い切り怪しく見えるに違いないあたしはどうなる?
いきなりこの国のトップに出くわしちゃったわけだよ。
さすがにチドルみたいに簡単に丸め込める相手じゃないでしょ?
緊急事態で先延ばしになってるけど、獣の件が落ち着いたらこのおっさん・・・伯爵はあたしに色々問いただしてくるに違いない。どう説明すればいい?
まずい、まずいよ、これ。
獣が眠ってるのを見極めた伯爵は、スリーパーホールドを解いて獣の背中から下りてきた。
うわあ、デカい。身長2メートルくらいありそう。それにごつい。筋肉ダルマ。
腰までの鎖帷子の下、下半身にはピッチリしたタイツみたいな赤い脚衣を穿いている。中世ヨーロッパのホーズっぽい。あそこがやたら盛り上がってるのは股袋のコッドピースを被せてるからだね。あと先が尖んがった靴。
伯爵はノシノシとあたし達に近付いてくる。
小柄なあたしから見ると、この人もう巨人だわ。
「君達、この獣の害に困っていたのだろう?」
伯爵はチドルに向かって、にこやかに言う。
「あっ、あうー、はい。殺された人いっぱいいます」
チドルはすんごく緊張した様子。ま、そりゃそうか。
「その話を聞いてね。捕まえにきたんだ」
あたしは思わず口を挟んだ。
「何でもっとたくさん人連れて来なかったんですか?」
疑問が湧くと聞かずにはいられないの。
「お忍びで来たからね。言うと周りに止められるだろう? 領主自ら危険を冒して行くようなことじゃないって。かといって兵だけ派遣して誰か犠牲者が出るのもつまらんしね」
犠牲者出とるやん。
「そんな危険な獣を飼っちゃうんですか??」
あたしは更に聞いた。
まさか飼い馴らして動物兵器にでもするつもりなのかな。人に慣れそうには見えないんだけど。
そう思ったが、伯爵の答えは違った。
「この獣はね、もう稀少な種なんだ。滅ぼすのは忍びないからね」
あれ? けっこう近代的な感覚持ってる感じ?
村人のために乗り込んできたのも好感度高いし。
「ところで」
伯爵は急に声色を厳かな調子に変えてあたし達を見据えた。
あたしはビクリと身を固くする。
やばい、追及される。
「女の子が二人きりで夜こんな所に来るなんて感心しないね」
・・・・・・いや、あんたが呼んだんだろ。
伯爵はあたしの格好を何とも思わないんだろうか。
何も言ってこない。
「用も済んだし帰ろうか」
朗らかにそう言って帰り支度を始めた。
帰り支度といっても獣を持ち上げて右肩に乗せ、巾着袋を腰に下げて左手にビーチボール大の太陽石を抱えるだけ。片手で持つか、あのデカい石。
ヒグマを肩に担いで片手で押さえ、もう片っぽの手で大石抱きかかえて普通に歩く男の姿を想像してみて。
有り得んわー。でも、この世界じゃこの筋力もアリなのかしら。
「こいつを担いだまま馬には乗れぬな。荷車をひいてくればよかった」
伯爵は言った。
この人けっこう雑なとこあるな。
「まぁ、君達もいるし歩いて帰ろうか。馬は明日部下を寄越して連れ帰ってもらえばよい」
ぶつぶつ呟きながら進み出した伯爵をあたしは呼び止めた。
すんごく気になってることがある。
「あのう・・・獣に殺された部下の人のご遺体はこのままでいいんですか?」
伯爵は振り向いた。
「部下? ああ、その男は部下ではないよ。獣に殺されたわけでもない。それも明日誰かに始末してもらうよ」
・・・・・・えっと。
「部下じゃない?」
「ああ、獣を呼び寄せるための囮さ。城に忍び込んでいた隣国の間諜だ」
「ええっ? わざわざスパイの死体を持ってきて・・・」
「いやいや、死体なんか持ってくるのは余計な荷物になって面倒だろう。鮮度も落ちるし」
「鮮度・・・」
「馬の後ろに乗せて連れて来て、ここで生きたまま腹を裂いて新鮮な血の臭いで獣をおびき出したのだよ」
・・・・・・あー、うん。
この人が平原の人間田楽を作った張本人だってこと忘れてた。
フランクで気のいいおっさんだと思ったけど、敵には容赦ない。
まぁね、戦のある世界の封建領主なんだからそれが普通なのかな。別に異常者ってわけじゃないだろ。
慣れよう、慣れよう。
あたし達三人は森を抜け、平原へと下りた。
「馬で来た道はえらく遠回りになるからね。ここを突っ切って行くよ」
伯爵は顎で死体の森を指す。
はいはい、分かってますよ。
また臭い道をテクテク歩いてきゃいいんでしょ。
それにしてもチドルのセリフがないな。いつまで緊張してんのよ。
と思ったら、チドルが口を開いた。
「あのう、伯爵様」
「ん? 何だい? 天使のようなお嬢ちゃん」
いちいちそれ言うの?
「あの、わたしのお姉ちゃん、お城でお勤めしてたんです」
チドルは伯爵の顔色を窺うように言った。
「ほう! そうかね。過去形ということは、もう辞めてしまったのかい?」
「いえっ、お姉ちゃんはお城で事故に遭って死んじゃったの・・・です」
「む・・・それは・・・そうか。ううむ、申し訳ない。いや、うむ、本当にどう償えば良いのか・・・」
「ああっ! そ、そういうつもりじゃ。お姉ちゃん、ルイズって名前で」
「ルイズさんか。きっと良いお姉さんだったのだろうね」
「はい・・・」
チドルの顔色に少し落胆の色が浮かんだのをあたしは見逃さない。
でもチドル、それは仕方ないよ。国の領主が大勢いる使用人の名前をいちいち全員覚えてやしないだろうし。事故の報告すら特にされてないかもしれない。昔のヨーロッパには沢山いる使用人達を全部同じ名前で呼んでた主人もいたくらいだ。
「すごく良いお姉ちゃんでした」
チドルが寂しそうに言う。
「今度お墓参りに行こう」
「えっ? ええっ!」
「一緒に行こう。まずは使いの者を君の家に行かせるから細かな事はその時決めて欲しい。住まいの目印はあるかね?」
チドルは頬を紅潮させながら家の場所の説明を始めた。
ふぅん、魔女狩りとか複雑なとこはあるけど、この人やっぱり一般領民にとっては良いお殿様なんだなぁ。
チドルとの会話に区切りがついた時、伯爵はあたしの方を見た。
「そちらのお嬢さんはこの国の者ではないね?」
へ?
う、わああっ! いきなりきたぁぁ!!
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー
白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。
その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。
人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。
異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ
主人公はあまり戦ったりはしません。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる