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第一章
16話 あたしの部屋っ!
しおりを挟むランマルさんが素早くラムちゃんの傍らにしゃがみ込む。
「気を失っています。熱は特にないようですが、顔色が悪いですね」
伯爵の方に振り向き言った。
「ふむう。緊張した様子だったし、長いことこんな場に立たされて貧血を起こしてしまったかな」
伯爵は顎をさすりながら顔を曇らせる。
「もうこれで終わりにしよう。その子は休ませてあげなさい」
「はい。承知しました」
ランマルさんはラムちゃんを抱きかかえ、立ち上がった。
「ミチルさん、行きましょう」
「は、は、はいっ」
ランマルさんに促され、あたしは慌ててまた前の四人にペコペコ頭を下げる。
「しっ、失礼します!」
侍女長さんが変な顔のままススッとやって来て扉を開けてくれた。
こうして慌ただしく伯爵達との面会は終了した。
部屋を出るとランマルさんは言った。
「使用人の居住区は一階です」
えっ、ラムちゃんを抱えたまま歩きにくい階段を下りてくのは危ないよ?
「侍従と侍女の部屋はこの階にありますから、この子はミチルさんの部屋で休ませてあげてもらえませんか?」
そういうことか。
「はいっ。そうしましょう」
自分の部屋ってまだ知らないけどね。個室っぽいね。
「しばらく寝かせて回復しないようでしたら医者を呼びます。たぶん大丈夫だと思いますが」
歩き出したランマルさんにあたしは付いていく。
廊下を奥へ奥へ奥へと進む。幾つかの脇道を過ぎた後、「ここです」とランマルさんは声を掛け右折した。それまでの大廊下よりもやや狭い通路に入る。その右側の壁に扉がいくつも並んでいた。
「一番手前の部屋です。開けてもらえますか」
ランマルさんに促され、ドアを開く。ここがあたしがこれから寝起きする場所か。
広さは六畳間くらい。
板張りされていて窓はない。年季入ってるけど清潔な感じの部屋。
で、割りとしっかりしたベッドがあって、布団もふわっとしてる。わお、何か詰め物してあるちゃんとしたお布団だあ。枕もあるし。
あとはテーブルに椅子にチェスト。あたしのリュックと着替えた服はチェストの上に置いてあった。靴も床に。
テーブルにはピンポン玉大の太陽石を乗せた小皿。予め擦ってくれてあったみたいで室内をぼんやり照らしてる。
あたしには充分すぎるくらい充分なお部屋。
ランマルさんがラムちゃんをベッドの上に横たえる。
あたしは畳んで置いてあった毛布を広げてラムちゃんの身体に掛けてあげた。
ええと、靴は履かせたままでいいのかな? ま、いいや。
「水を持ってきます」
そう言ってランマルさんは部屋を出て行った。
少しするとラムちゃんの口から微かに声が漏れた。薄く目を開ける。
「あっ、気がついた? 大丈夫かな?」
あたしが声を掛けるとラムちゃんはぼんやりした様子で首を回して辺りを確認した。
「ここはあたしの部屋だよ。ラムちゃん、伯爵様のあの部屋で倒れちゃったの」
ざっくり説明するとラムちゃんの顔にハッとした表情が浮かぶ。思い出したんだ。
途端にラムちゃんの目からボロボロとマジ泣きの涙が溢れ出した。
「あっ・・・あうっ・・・ひぐっ・・・ひぐっ・・・」
嗚咽するラムちゃんにあたしは戸惑った。
そんな泣く事? いや泣く事なんだろう。主人の目の前で失態を演じたってことになるんだから。
なんて慰めたあげればいいんだろう。
「・・・こわい・・・こわい・・・こわい・・・」
そうラムちゃんはうわごとのように呟き始めた。
怖い? こんなこと伯爵は気にしないと思うけど。
あー、報告いったらあの女中頭さんにどやされるのかな? チドルの上司が厳しい人なんだとしたらヤだな。
「どうしたの? あたしがとりなしてあげようか?」
あたしにそんな力があるのかどうか知らんけど。
ラムちゃんは追い詰められた小動物のような目であたしを見た。
何か言いたそうに口をもごもご動かす。
けど。
「だ、大丈夫です。ご心配かけてすみません」
そう言って毛布を頭から引っ被った。
そうしてシクシク泣き続ける。
「お母さん、お母さん、お母さん」
毛布から染み出すように漏れてくるのは悲痛な声。
全然大丈夫じゃないやん。どうしよう。何か話題ないか? 話題。
あ、そうだ。あの事、確認しておきたかった。
「ねぇ、そういえばさ、さっき伯爵と話してる時、部屋の中で急に変な気配感じなかった? あたしの気のせいかなぁ」
あたしが言うと、ラムちゃんは毛布越しにはっきりと分かるほどビクリと体を痙攣させた。そして・・・・・・。
「わああああーーーーーーーーーっ!!」
号泣した。
「お待たせしました。あ、気がついたようですね?」
ラムちゃんの泣き声が落ち着いた頃、ランマルさんが水差しと思われる陶器と盃を持って戻ってきた。
その後ろからそばかす顔に赤毛の若いメイドさんも部屋に入ってきた。
「フローラさんと行き会ったので一緒に来てもらいましたよ」
フローラさんとやらは、はにかんだ表情でスカートの裾を摘み上げ、体を上下させる挨拶をした。
あたしも思わず同じ挨拶を返す。
あわわ、あたしのスカート短い! 摘み上げた分、際どいことに。あそこ見えなかったろうな・・・・・・うう。
ラムちゃんが毛布から顔を出し、体を起こす。目は真っ赤だ。
ランマルさんは盃に注いだ水を差し出した。
「もう動けそうかな?」
「は、はい。ありがとうございます。あの・・・・・・私、どうしたら・・・・・・」
ラムちゃんの言葉にランマルさんは微笑んで答える。
「今日はもう仕事はいいですよ。歩けるようなら居住区までフローラさんが送っていってくれます。人の部屋では落ち着かないでしょうし」
「あ、はい、恐れ入ります。歩けるので、お願いします」
ラムちゃんはベッドから降りて立ち上がった。
そうして多少おぼつかない足取りでフローラさんのとこまで歩いて行き、振り返る。表情はひどく暗い。
なんか小刻みに震えてるんじゃない? 本当に大丈夫かな。
「本当にご迷惑おかけしてすみませんでした」
両手を前に重ねて深々とお辞儀するラムちゃん。
わっ、あたしの東方流を真似てくれたのね。ちょっと照れるけど愛しくなる。仲良くなりたいな。
「お大事に」
あたしとランマルさんは同時に言った。
ラムちゃんはフローラさんに肩を抱かれ出て行く。
ラムちゃんが行ってしまうと、あたしはランマルさんに言った。
「あの子すごく泣いてましたよ」
「まぁ、はい、そうでしょうねぇ。申し訳ないことをしてしまいました・・・・・・」
ランマルさんは何だかもやっとした台詞を返してきた。
「申し訳ないこと? ですか?」
「ええ、あの部屋に入れるべきではなかったと。その、緊張してましたし」
心持ち目を伏せながらランマルさんは言う。
「ところであのう、さっきの部屋でちょっとの間、妙な気配がしたの気付きました?」
ラムちゃんの反応が気になるし、あたしはランマルさんにも聞いてみた。
「えっ? いえ? どんな気配です?」
目を上げたランマルさんの表情に変化はない。何も感じなかったのか。
「ええと、表現するの難しいんですけど、殺気のような・・・・・・んー、きっとあたしの気のせいです」
あたしは話を打ちきった。そもそもあれを殺気とする根拠がない。
今までの人生で殺気なんて感じたことないんだから。人に感じさせたことならあるかもしれんけど。
「そうですか。慣れない場ですからね、気が高ぶっての錯覚なんでしょう。お気になさらず」
ランマルさんもそれ以上掘り下げてこなかった。
でもラムちゃんには、さっき何であんな激しい反応したのか明日にでも聞きたい。
それはともかく。
あたしにはその件よりも急を要する緊迫の事態が迫りつつあった。
ラムちゃんがいなくなった以上、聞けるのは・・・。
「あ、あ、あのっ、ランマルさん」
「はい。どうしました?」
「トッ、トイレは?」
部屋の中におまるらしきものは見当たらないし、聞くしかなかった。
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