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第一章
18話 反撃してみた
しおりを挟む背後は敵兵潜むトイレ。
前方は長く真っ直ぐ伸びる狭い廊下。あたしの正面には行く手を塞ぐようにランマルさんが立っている。
その脇を捕まらずにくぐり抜け、更に追走を振り切って逃げることが出来る?
無理だろう。あたしは為すすべもなく後ずさりする。
どうする? どうすればいい?
命乞いするか。所詮あたしは部外者だ。沈黙を誓います。命だけはお助けを。
それでいいの?
もしこのまま日が経ち、侵入して来る敵兵が増え続けたら。近いうちにこいつら城の中で大掛かりなゲリラ戦でも仕掛けてくるに違いない。そうなったらきっと一般住民も犠牲になる。チドルが巻き込まれてしまうことだって有り得る。
かと言って、誰にも言いませんつって何とか見逃してもらった後で裏切ってチクるのは性に合わん。例えこんな究極の状況であってもだ。そもそも見逃してくれる保証もない。
くそっ、一か八か、人のいる廊下目指して「敵だーっ!」と叫びながら駆けていくか。
まずはランマルさんと対話を試みよう。語りかけて油断を誘うんだ。そして隙を突いて走り出す。その際、擦れ違いざまに後ろから足を払ってランマルさんを転ばしていく。そして全力疾走。おお、意外といけそうかも。スカート翻って絶対お尻丸見えになるだろうけど、もうアソコ見られてんのに今更お尻くらいいいや。幸いランマルさんにとってもこれはハプニングなので、武器になるようなもの持ってないし。
で、何を話そう。どうしてこんな、国を売るような真似をするのか聞くか。いや、そりゃ逆効果だろ。それよりランマルさんが何言ってんのか分かんないふりでもするか。リンコ食う適性なんかどうでもいいんです。本当に痴漢がいるんですってば、とでも。
よしっ、やるっ!
「あ、あのう」
あたしが言いかけた時、おもむろにランマルさんは右手を胸元へ上げた。
ビクッとした。
「事前にちゃんと説明しておくべきでした。本当にすみません」
予想に反し、掌を胸に当てて心底申し訳なさそうに謝罪するランマルさん。
あたしは戸惑い、おうむ返しに言った。
「事前に説明・・・・・・?」
「はい。城のトイレの便槽の中にはあのように幾人もの敵の捕虜が幽閉されています」
思ってもいなかった言葉。
「はあぁ???」
思わず変な声が出た。
「彼らは敵軍を指揮していた貴族階級の者達です」
先程の決意が行き場を失い、道に迷って右往左往。
混乱した頭の中を整理する。
ええっと、何、捕虜? 戦闘で生け捕りにした敵兵ね。その捕虜を収容する牢獄代わりに便槽が使われてるってこと?
攻め込んできた敵の兵は平原で処刑されるけど、指揮官は生かされて囚われてるってわけか。貴族なら人質としての利用価値もあるだろうしね。
うぐぅ、つまり? 根本的にあたしの勘違いだった・・・・・・?
気が抜けた。
ホッとはした。安心はしたよ。でも。
あたしの直感、あてにならねー。
ああ、アホやん。あたし道化やん。
知り合ったばかりの人にアソコ晒しておきながら、それが色気の欠片もなくただの笑い話にしかならないの?
死にたくなるレベルのみじめさ。
いやいや、それにしてもさ。あんなとこに捕虜入れるとか人道的にどうなのよ?
捕虜に対しても。そして、股間を真下からガン見されるトイレの使用者に対しても! そりゃ『捕虜の待遇に関する条約』なんてないだろけど。
あたしの複雑な表情を見て取ったのか、ランマルさんは説明を始めた。
「家令様の発案なんです。捕虜の便槽飼いは城内でも決して評判は良くないのですが」
家令って城の代官みたいな役職だっけ。城主の留守中は奥方と家令がトップに立って領土管理を行うんだよね、中世ヨーロッパでは。
「我が国に攻め込んできた憎き輩には食事を与えるのすら惜しい、便でも食わせておけばよい! とのことでしてね」
え? なっ、なあぁにぃ~っ? 城の人達の便を食べさせてるの?
「糞尿処理の問題も解決し、敵軍の将達への懲罰、捕虜への食料供給、牢獄スペースの確保と、合わせて一石四鳥であると家令様は鼻高々です」
マジか~、マジかマジかマジかー!
こっちはあそこガッツリ見られちゃうんですけど? それはいいの?
それにしてもランマルさんの言い方、あんまり家令さんのこと良く思ってないのかな。ちょっと刺があるような。
「家令様って頭いいんですね」
皮肉っぽく言ってみた。
「そうですね。何しろ伯爵夫人の兄上様ですから。抜擢されてご活躍です」
ん? 過去を語らない伯爵夫人の兄上か。経歴不明の胡散臭い奴がコネで重用されやがってと思ってるね? 古株の人達はそれが面白くないのかもしれない。
まぁ、そんなどこにでも転がってそうなお家の不協和音なんかどうでもいいんだぁ。
問題はトイレの現実。
毎回毎回捕虜達に局部を鑑賞されながら用を足して、便を飲み食いされるわけでしょ。どういうスカトロ羞恥プレイだよ。桶でする方がまだ全然マシだっつの。
鬱だ。こんなんに耐えられるなんて、この世界の女性は羞恥の心が貧弱すぎるっ。パンツがないせいか?
もしかしたらあたしがこの世界に転移してきたのはパンツを発明して広める為なのかもしれない。
それにしても、そっか。やっぱりこちらを見上げていたあの捕虜達のぎらつく瞳の中に性欲の光はなかったんだ。あれは食欲だったんだ。食い物が落ちてくるのを切望する目。飢えると糞すら食うようになるんだね・・・・・・。女の剥き出しの股を見上げながら、性欲より食欲で涎垂らすんだ。
人糞にはある程度の栄養分が含まれてるという。これは豚に人の排泄物を食わせる豚便所と同じ。人を人でなくする酷い拷問だわ。まぁ、追加説明によると多少の残飯は与えるとのことだけど。
ちなみに便槽にシュートはあるけど、人なんか出入り出来ない狭い穴なんだって。
しかし、くそう。
慌てふためいてバカみたい!
ランマルさんにまで、見られ損だよ。
しかもこの人、一貫して何でもないような冷静な顔。
少しは狼狽してくんなきゃ、見られたあたしの立場なくない?
もっとドギマギしろ。バツの悪そうな顔しろ。何なら嬉しそうな顔しろ。
よく訓練された侍従すぎる。つか、単に無神経なだけなのかもしれんという疑惑も渦巻く次第です。
「それではお城の中を案内しますよ?」
ランマルさんに促され、歩き出すあたし。
でも、あたしは気もそぞろ、上の空。
直前にあたしの性器を目撃した男の人とどんな顔して会話すればいいのよ、まったく。
それでなくても各階に一遍に覚えきれないほど沢山の部屋がある。
城主の寝室、執務室、衣装部屋、居間、大食堂、大広間、図書室、来客部屋。
調理室、幾つかの小食堂、理髪室、医療室、占星室、守備兵室、騎士達の部屋。
手洗い場、機織り部屋、アトリエ、室内運動場、武器室、宝物庫、城内礼拝堂。
お抱え錬金術師のラボ、写本部屋、芸人達の控室、応接室、裁きの間、収蔵庫。
地下には倉庫、地下牢、拷問部屋、お酒の貯蔵室、ってちょっと待て。
拷問部屋? えーと、うん、まあ、いいか。
ちなみに医療室で行うのは内科的治療。外科的治療は理髪室で理容師さんがやるよ。よもやと思って質問してみたの。そしたらやっぱりそうだった。中世ヨーロッパとそこは同じ。可能な限りお世話にはなりたくない。
使用人さん達が寝泊まりするのは一階に幾つもある大部屋。それぞれ多人数が同居。チドルはここに住むのか。お願いしてもあたしの部屋に一緒にってわけにはいかないだろうなぁ。
浴場は、なかった。なかったよお。
お湯貰ってきて自室で体を拭くだけ。後は川へ水浴に行くらしいけど、寒くなってきたらそれも無理だよね。
中世ヨーロッパでは元々お風呂文化はちゃんとあったんだけど、ペストが流行って廃れた。お湯でしっかり体を洗うと毛穴が開き、そこから体内へペストを発症させる微細な原因物質が入り込むとされたんだ。
それと同じような理由でお風呂がないんだとしたら、この国にもやばい疫病が存在するってことになるけど・・・・・・。
チドルのご両親は流行り病で亡くなったって言ってたしなぁ。
それはそうと散々歩き回ってさすがにくたびれた。
普段歩き慣れてるのに疲れるのは衣装のせい。
スカートの裾が翻らないようにめちゃくちゃ気を遣いながら歩いてる。
「城外の設備については、また追い追いでよいでしょう」
ランマルさんが言った。
「この辺にして戻りましょうか。後は昼食まで部屋でゆっくりと休んでいて下さい」
ふう。やっとリラックスできるう。
一人で戻れますから、と言ってあたしはあたふたとランマルさんと別れた。
くどいようだけど、こっちは見られたショックが尾を引いてるのよ。
ところで、案内されながら聞いた話では、侍従と侍女はあたしの他に各五人ずつ。
食事はそのヒラの侍従と侍女が集まって取るらしい。一日二食。お城ではお昼が正餐で、あとは夕方。
さて、同僚はランマルさん以外に残り九人。どんな人達なんだろ。
ちなみに、伯爵はあたしの歓迎食事会を盛大にやるつもりだったとか。でも、特別枠とはいえ侍女に対してそんなんするのは前例がないからダメって侍従長に強く反対されたんだって。
侍従長グッジョブ。あたしも変に目立ちたくないよ。それにしても伯爵、どんだけあたしの情報に夢見てんだ。胸と胃が痛む。
階段を上がり、五階の豪華な廊下から部屋のある通路へ。すぐに男が一人ウロウロしているのが目に入った。
恰好はランマルさんと同じ。ただコタルディは紫色。
おー! ということは、もしやこの人も侍従さんか。早速のお出ましだ。
男はあたしが通路に入ってきたのに気付くと、満面の笑みを湛えて近づいてきた。
「わあ、いたいた。君が新しい侍女のミチルだね?」
馴れ馴れしく甲高い声を掛けてくる。
ランマルさんと同じくらいの歳で、顎の尖った細面の長身。髪型はセンターパートの天パロング。金髪。
顔はキラキラした美男の部類だけど、なんかにやけた雰囲気で印象はよろしくない。
「あっ、はい、そうです。侍従の方ですか? よろしくお願いします」
あたしはラムちゃん達がやってたポーズで挨拶した。スカートの裾には細心の注意を払って。
「そうだよ。僕は侍従のプラトンだよ。結婚する?」
「しません」
あたしの前に立ったプラトンは目を見開き、酷い衝撃を受けた顔をして肩を落とした。明らかに額に縦線が入ってる。
え? 今の会話何?
「分かった。諦めるよ。その代わり教えて欲しいことがあるんだ」
「は、はい。何でしょう?」
「東方の女性はおま○こが横向きに付いてるっていうけど本当?」
こいつ、初対面の女の前でまともにおま○こと言いやがった。
「そっ、そんなことはありません。デマです」
「本当に?」
「本当です」
「じゃあちょっと確認させてもらうよ」
プラトンは右手を伸ばし、あたしのスカートの裾を掴んだ。
その瞬間、あたしはプラトンの金的を膝で蹴り上げた。
そんな次から次に見られてたまるかっ!
「ぐわあああっ!!」
漫画みたいな雄叫びを上げて硬直するプラトン。
ガクガクと震えだし、目からは滂沱の涙。やがて両手で股間を押さえ崩折れる。
あたしは空手の構えを取って睨んだ。まだ妙なことしてくるんなら容赦せん。
一人で放浪してたんだ。柔道・空手とそれなりに護身術は身につけてるつもり。習ったのは小学生の頃だけど。子供黒帯だけど。
「あ、ありがとう」
プラトンは息も絶え絶えに言葉を搾り出した。
は? なんでそこで礼を言う。
「じゃ、またお昼の時に」
ヨロヨロと立ち上がったプラトンはウインクすると、股間を押さえたまま両足を引きずるようにして去っていった。
・・・・・・何なんだ、本当に。
侍従も礼をわきまえた人ばかりじゃないんだな。
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