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第一章
22話 あたし、終わってるだろ
しおりを挟む用件を伝え終えると侍女長は二歩後ろへ下がり、通路の奥側へ視線を送った。
広い廊下側から見て通路の一番最初にあたしの部屋があり、それから順にカリン、ポーラ、ネメア、スキュラ、アシェリさんの部屋になっている。
その奥にも部屋はあるけど空き部屋だ。侍従さん達は別の区画に住んでいる。
「さあ皆さん、用意はできましたか?」
侍女長が凛と通る声で呼び掛けた。
「はぁーい」
一斉に答える声。
「では行きましょう」
侍女長が体を回転させて歩き出す。後ろをぞろぞろ付いていく皆が、あたしの前を横切っていく。
右手を少し上げ、ひらひらして見せたのはカリン。アシェリさんが胸の前に力強く拳を突き出したのはファイト! って意味だろうか。スキュラはスカートの裾をちらりと上げて見せた。意味は不明。ポーラがくしゃみしたのは特にあたしとは関係なさそう。ネメアはそっぽを向いた。
五人の黒覆面ミニスカメイド達。手にも黒い革手袋。髪型によっては覆面の後頭部がモコモコだあ。シュールな行列だなぁ。
いやあ、それにしてもびっくりしたあ。
思えば赤リボンこそ付けてないものの、深紅のメイド服は確かに侍女長のものに違いなかった。
すぐに分からなかったのは、もちろん顔が違い過ぎるから。
正確には顔が違うというよりか表情が違うと言うべき?
とにかく昨日は酷く顔が歪んで痙攣してた。
あれは病気による一時的な発作か何かだったんだろうか。
だとしたら気の毒だなぁ。あんなに綺麗な人なのに。
だってさ、発作をコントロールできないんであれば、とんでもない場であの顔になりかねない。悲惨だ。
部下に妙な覆面を着用させるのも、その鬱屈した顔面コンプレックスのせいなのかもよ。
て・・・・・・本当にそうなのかな。
あの時わざとやってるようにも感じたんだよねぇ。髪バサバサだったし。
うーん、分からん、分からん。
そういえば、覆面つけてから犠牲者が出なくなったなんて妙なことをカリンは言ってたな。もしや好みの顔の侍女を見かけたら襲いに来る狼藉者でも城内にいるのかな? 不良騎士とか。
伯爵に常に付き従う側近にそんなのがいるんだとしたら、伯爵が城にいる時だけ覆面を付けるっていうのもまぁ、分かるかも。夫人を引き立てるためなんてのは方便でさ。
狼藉者かあ。この部屋、鍵ないから夜這いなんかに来られたらどうしようもないぞ。
あ、とにかく伯爵のとこに行かなくちゃ。
ぐしゃぐしゃになってたベッドの上を整え、再びドアの方を振り向く。
「ふぎゃあっ!!」
あたしは飛び上がった。
老婆がぼうっと入口の前に立ってたから。
ど、どちら様? いつの間に? ゆらゆらしてるけど生きてる人?
老婆はメイド服を着ている。もちろんクラシックの方。体がわりとデカい。
白髪の引っ詰め髪でツインお団子、小さな丸い顔は梅干しのようにしわしわ。細い目はしわの中に溶け込んでいる。そして、歯が過疎ってて全滅寸前。
「ふししっ。モモンガと申ひましゅ」
老婆はおもむろに名乗った。聞き取りにくいフガフガした声だ。
「あ、あっ、はい。えと、モモンガさん、失礼しました。そのお、なっ、何か御用でしょうか?」
あたふたとあたしは聞く。
なぜかモモンガさんは少し悲しそうな表情を見せた。
「ふししっ。モモンガでしゅ。今日からひばらく、あにゃたしゃまのお世話をしゃせていただきましゅ」
えっ? あたしがお城に慣れるまでのお世話係ってこと?
ラムちゃんは?
「モモンガさん、昨日来てくれたラムさんはどうしたんですか?」
あたしは聞いた。
「ふししっ。モモンガでしゅ。ラムは勤めをひゃめて里に帰ることになったようでしゅよ」
ええっ、仕事辞める? 急に? うー、やっぱり昨日倒れた事が関係してるよね。
「そんないきなり、どうして?」
「ふししっ。体の具合がわりゅいとのことでしゅが、あてくしも詳ひくは知りましぇん」
・・・・・・そっか、そうなんだ。残念。
倒れたのは元々体調が良くなかったせいなんだね。大丈夫かなぁ。
親しくなる暇もなかったけど、元気になって欲しいな、ラムちゃん。
「ふししっ。それであてくしは何をいたひまひょうか?」
ん? そんなこと聞かれても困るわぁ。
あたし自身、自分が何したらいいのか分かってないのに。ま、とりあえず伯爵のとこに行こ。
「えーと、じゃあ、これから伯爵様の部屋に行くんで付き添ってもらえますか?」
「ふししっ。分かりまひた」
この人、最初にふししっと呟かなきゃ台詞が言えない病なんだろうか。
広い廊下を進みながらモモンガさんと話をする。
「モモンガさんはお城勤めは長いんですか?」
モモンガさんはまた少し悲しそうな顔をした。
「ふししっ。モモンガでしゅ。子供の頃からこにょお城で働かせていただいておりましゅ」
へえ、じゃあ先代の城主や伯爵の子供時代なんかも知ってるのかな。
昨晩のカリンの話の中に伯爵のお父さんのエピソードもあった。
ずうっと前に騎士団を率いて国境を接する異民族の国と勇猛果敢に戦い、討ち死にしたらしい。
それでまだ幼い少年だった伯爵が領主を継ぐことになったんだって。
それから伯爵のお母さんは帝都住まい。どうも一種の人質みたいなんだよね。
ちなみに侍女の制服は、そのお母さんが若い頃に伝統のメイド服をアレンジしてデザインしたものらしいの。
で、他に親族は数人の叔父がいたけど皆結婚する前に軒並み戦死しちゃったとか。異民族との戦いは相当激しかったんだろうなぁ。
不意に廊下に面する部屋の一つからランマルさんが出てきた。
「あ、おはようございます」
あたしは挨拶しながら昨日の事を思い出し、赤くなる。
「おはようございます。これから伯爵様のところですか?」
「はい、そうです」
「今日は伯爵様一人きりですから気を楽に。マドンナさんは部屋の外で待機していた方がいいですね」
ランマルさんがモモンガさんに声を掛ける。
「ふししっ。分かりまひた」
ん? ふえっ? マドンナさん?
あっ、あたし名前を聞き違えてたのか。
何かその、深くごめんなさい。
「どうぞ、お入り」
部屋の扉をノックして声を掛けると、中から伯爵のにこやかな声。
よいしょと金属の取っ手を両手で引く。体重をかけて重い扉を開け、中に入る。
「おはようございます」
一瞬迷った後、東方流で挨拶した。
伯爵は昨日と同じような格好で、机に向かって書き物をしている風。
「おはよう。そこに座って」
あたしは指差された低いテーブルの前の一人用ソファに座る。
伯爵は立ち上がり、キャビネットから取り出した瓶とコップを二つ持つと回り込んで向かいのソファに座った。
瓶の中の液体をコップに注ぐ。
「飲みながら話そう」
薦められてコップを口へ。
酒やん! 朝っぱらから。しかもめっちゃ強い酒。
「そうだ。伯爵様」
聞きたいことがあって、ついあたしから話を切り出した。
「何だね?」
「あたしが伯爵様と知り合ってこのお城に来たいきさつは皆にはどう説明してあるんですか?」
「ん? 神の導きによってと言ってあるよ?」
そんだけかい! 周囲の皆さんはそれで納得したの?
あー、きっと伯爵に細かいこと聞いても無駄だと諦められてるんだろうなぁ。
「そ、そうですか。それで今日あたしが呼ばれたのは・・・・・・」
「なに、特に用があるというわけではない。気晴らしに話を聞きたいだけだ。東方のね」
伯爵の言葉にあたしは頷く。そんなとこだろと思ってたし。
「前にちらっと話してくれたね。カンとかソとかの覇権争い」
はいはい、楚漢戦争ね。時間あるならたっぷり聞かせてあげますよ~。
あたしは語り出す。始皇帝の死から。
伯爵の反応が良いのでノッてきた。
「おうっ! そんなことに」
「はい、そこで韓信が」
「むおお、何という男だ」
伯爵は身を乗り出してくる。
「ところが更にこうなって」
「なっ、なんだって! ぬう、血が滾るのう」
「でもってこうで」
久し振りに歴史の話ができる。楽しい。
酒をぐいぐい煽りながら饒舌に熱っぽく語った。
「ミチル、ミチル」
優しく肩を揺さぶられ目を覚ました。
「すまないが私はそろそろ行かなければならないんだ。ミチルも寝るなら自分の部屋で・・・・・・」
あたしは跳ね起きた。
うわああああっ!! 寝てた! どの辺まで話して眠ったんだろう。
覚えてない。酒のせいだ・・・・・・。
「あたし、いつの間に。すっ、すみません」
体に薄い毛布が掛けてある。
「ははは、構わないよ。続きはまた近いうちに聞かせておくれ」
「はっ、はい」
「ただ、その、一つ気を付けておいてもらいたいことが」
伯爵は顔を曇らせ、語調は陰を帯びた。
あたしは少し緊張した。
「はい。何でしょう・・・・・・?」
「人前で脚を開いて陰部を見せるのは良くない」
「ふみっ??」
「もちろんミチルのそこはとても美しい色と整った形状をしていた。毛質も柔らかく上品な生え方だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「他国には顔よりも性器の美醜を人の容姿の判断基準とする民族がいることは知ってるよ。そのような文化ならば、そこを露にしてアピールするのも自然なことと理解する」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもね、この国は違うんだよ。みんな戸惑うだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「プラトンからも聞いたよ。みんなの前でも・・・って。奴は喜んでいたけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「確かに東方の習慣のままに振る舞ってくれとは言った。だが、そこだけは改めてはくれないかね? 申し訳ない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
習慣なわけあるかああああああーーーーーーーーーーっ!!
もう死にたい。
滅びろ、世界!!
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