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第一章
21話 最初の夜を挟んで
しおりを挟む再び惨劇の現場、小食堂へ。
夕方の食事はお昼よりもあっさりしたもの。量も少ない。
なのにお昼よりやたら給仕が多いのは何でだ。それも男ばっかり。
まぁ、どうでもいいや。深く考えられない。
あたしの心はここにあらずだ。なんかフワフワしてる。
カリンやアシェリさんは色々と気を遣ってくれるけど、あたしはどうにも上の空。
プラトンは、僕は東方の女性の身体に関して流布する根拠のない妄言を払拭していくつもりだよとか何とか力説してる。
もうどうでもいい。
お城のトイレも普通に使えるようになった。
もうどうでもいい。
部屋に戻ると明日からのことを考えた。
気持ちを切り替えなきゃ。
いつまでも落ち込んでられるような、そんな呑気な状況じゃないんだ。
仕事はどうなるんだろ。
伯爵は自分の相談役だなんて言ってたけど、それが単に伯爵の気の向いた時に話相手をするだけってことならちょっとやだな。
皆と同じように仕事したい。
もし何も指示がなかったら、自分から申し出て皿洗いでも洗濯でもお掃除でもやっていこう。
夜。
カリンとポーラが部屋にやってきた。ベッドに座っておしゃべり。
料理長さんの浮気の顛末とか、城医者にまつわる怪奇な噂話とか、それに伯爵の両親のことや国に伝わる騎士団の武勇伝など聞く。
そして、カリンが熱っぽく語るポーラの失敗談に腹抱えて笑う。
もうやめて、もうやめて、もうやめてと、茹で蛸のように赤く染まったポーラはわたわたと手を振りながら壊れた機械のように同じ台詞をリピート。
あー、そっかぁ、あたしの失敗なんかまだマシな方だってこと? ダシに使われたポーラ、ご愁傷様。
あとカリンはネメアの発言を謝ってきた。二人は幼馴染みらしい。
それから三人でお湯を貰いに行き、戻るとそれぞれの部屋へ。おやすみー。
お湯に浸したタオルで丁寧に身体を拭く。はぁ、まだ暖かい日があるうちに水浴に行きたいな。
ここには太陽石があるから夜更かしはできるけど、朝が早いから皆早く寝る。
あたしは読書でもしようかと迷ったけど、やっぱりとっとと寝ることにした。
居住区の奥にある手洗い場に誰もいない頃合いを見計らって出向き、歯ブラシを使って素早く歯を磨く。
通路にはもちろん幾つもの太陽石が備えてあって、煌々と辺りを照らしている。
使用人さんが時々擦り上げた太陽石を持って取り替えに来てくれてるみたい。
それはそうと、この歯ブラシの毛先が広がっちゃった後はどうしよう。
ここでの歯のお手入れは中世ヨーロッパ同様、布で歯を拭くだけみたいなんだ。
砂糖が少ないから虫歯にはなりにくいのかもしれないけど、そもそもあたし虫歯の治療が済む前にこの世界来ちゃってるから。これが痛み始めたら大変だよ。歯に爆弾埋まってるようなもんだ。
だってさ、ここの理容師の歯科治療なんて絶対受けたくない。どんなんか想像がつく。中世ヨーロッパじゃ歯科治療による死者ってすごく多かったんだから。
あ、そうだ。あたしが東方の文化として歯ブラシを伝導しちゃおうか?
動物の固い毛を使えばここでも作れるよね!
部屋の並びに戻ってくると通路に人が立っていた。
ネメアの部屋の前だ。
ネグリジェ風の部屋着に着替えたネメアとぼそぼそ話をしているのはクラシックメイド服の子。使用人の一人だね。
あれ? あの子泣いてるの? しゃくりあげてるような。
ネメアは使用人の女の子の肩に手を置いて慰めている風だ。暗い顔。元々暗い顔してるけど。
あっ、あの子のそばかすに見覚えがある。あたしの部屋にランマルさんが連れて来た子じゃない? フローラちゃんだっけ。どうしたんだろ。
歩きながら見てるとネメアが顔を上げ、睨みつけてきた。
うわっ、退散退散。
あたしは愛想笑いを返して部屋に引っ込んだ。
チドルのお姉さんのお下がりの部屋着に着替えた。
もう別に裸で寝なくてもいいよね。
太陽石に専用の鉢を被せる。鐘のような形をした金属製のこの鉢は、石の光を遮って部屋を暗くするためのものだ。
あたしは薬を飲んで、雲のような布団に包まった。
はぁー、安らぐ。
じっと深く物思いに沈み込んでいくあたし。
身体が熱くなってきた。
だって刺激的な一日だった。
すごく刺激的だった。
久し振りの自慰に耽る。
丁寧に、自分を愛撫する。
ゆっくり。
ゆっくり。
じわりと突き上げてくるものに身を任せ。
やばっ。
声、出そう。
・・・・・・・・・・・・。
あたしは暗い廊下を歩いてる。
ここは? お城の廊下だ。
明かりはないんだ?
ふと気配を感じ、目を凝らす。
蝋のような顔色をしたカイゼル髭の偉丈夫達が壁際に並んで立っていた。
ずらり直立。無表情で。
スカートを摘み上げ、こんばんは、こんばんは。
いや、待て。
肖像画だ、これ。
挨拶して損した。
ザッ、ザッ、ザッ。足音。大勢の足音。
あたしは気がついた。
あたしが先頭。
振り向くとあたしの後ろには、蠢き進む長い行列。
あら、あら、なぁに?
突然、俯瞰の視点になる。
あたしを先頭に行進しているのは女の子達。みんな女の子。
クラシックスタイルのメイド服を着た子が多い。
少しだけミニスカメイドの子も混じってる。
行列はゆっくりと廊下を進む、進む。波のように。
列の後半には粗末なワンピースを着た子や長い布を体に巻いただけの子達が固まって歩いている。
ああ、更にその後ろもいたんだ。
闇に溶け込んでしまった大勢の黒い人達が。
真っ黒。真っ黒。
あはは、焼きすぎだよ。
あたしはメイドの列に近寄っていった。
あれ?
なんか変だな。
ねえっ、どうしたの?
あなたは眼が虚ろ。いえ、眼窩が虚ろ。
眼球を落としたの?
あなた、鼻はどこへやったの?
あなたは唇がない。あなたは耳がない。歯がない。頭の皮がない。
爪は? 指は? 腕は? 胸にぽっかり二つの大穴。
皆どこかが欠けている。
頬が裂けた子もいるのね。
瞼を縫い付けられた子もいるのね。
焼け爛れた顔、抉れたうなじ。
どうしたの? どうしたの?
誰一人、ひと言も声を発しない。
黙ってゆらゆら揺れながら前進するだけ。
ねぇ、みんな。
せっかくこんなに集まったんだ。
踊ろうよ。
踊ろうよ。
どこか遠くから、長く尾を引く悲鳴が微かに聞こえてくる。
「おっはよーーー!!」
カリンが飛び込んできた。
「あ、ふが、おはよ」
あたしはぼんやりした頭で目を擦る。
「ねぇ、連れ便いこっ?」
へ?
・・・・・・何だよ、連れ便って。
顔を洗うとすっきり目が覚めた。
そういえば何か変な夢見た気がするな。
よく覚えてないけど。
ま、いっか。
新しい環境だもんね。変な夢も見るさ。
それにしてもカリンと並んで用を足すのは妙な気分だった。
「今日はいっぱい出てるー」
なんて、カリンは屈託なく実況中継すんの。
しかもさあ。
「捕虜さん達に御馳走届けー」はないだろ。
いいけど。
いいけどさ、もう。
とりあえず身支度を整えておこう。
カリンもさすがにさっさと自分の部屋に戻っていったし。
部屋の壁にはそこそこ大きな鏡も掛かってる。
制服に着替えて髪にブラシをかけていると、ドアをノックする音。
「はぁい」
カリンじゃないな。
カリンならもう自分でドアを開けてすぐに飛び込んでくる。
ドアの向こうにいたのは静かな佇まいの美女だった。
着ているのは侍女のメイド服。
えっ、侍女なの?
丁寧に櫛を入れた長い銀灰色の髪。うなじで一つ結びにしたローポジションのポニーテールが似合ってる。
瞳は聡明なエメラルドグリーン。細身で長身のモデルのような体型で、ピッと背筋を伸ばした立ち姿は美しい。隙がない。
ヴィクトリア朝の屋敷で言うなら、メイドよりもむしろガヴァネス、つまり女家庭教師の役柄の方が相応しい感じ。
その知的な顔は完璧に整っていて、学芸の女神アテナのイラストを描くならモデルにしたいくらい。アテナは戦争の神でもあるけど。
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
きびきびとして端然と澄んだ声で聞かれた。
「はうっ。あ、はい。良いお布団でございました」
ちょっと混乱して変な答え方してしまった。
だって、誰? もう一人侍女がいたの? 聞いてない。
ただ、どうもどこかで見たような気もするけど。
「そうですか。ようございました」
微笑んで満足そうに頷くお姉さん。
そう、彼女は他のメンバーに比べて年上に見える。大人の美女だ。
「それで、侍従長様より言伝です」
お姉さんは用向きを切り出した。
「あ、はい」
「朝の支度が済んだら伯爵様の元へ出向くようにとのことです」
「伯爵様の・・・・・・」
「昨日面会をしたお部屋で待っておられますよ。場所は覚えてますね?」
「あっ、あー、はい。覚えてます」
って、えっ?
昨日の部屋・・・・・・。
ああっ、分かった!
こっ、この人、侍女長だああっ!!
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