カンテノ

よんそん

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第2章 カーネイジ

2-19 最強の親友

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 森一帯を吹き飛ばす大爆発。僕はボードの上にシルベーヌさんを乗せ、1番近くにあった岩の影に飛び込む事になんとか間に合ったが、周りの岩もグラインドでかき集め、さらに防御壁を作った。
  爆発の衝撃に岩が吹き飛ばされそうになりながらも、グラインドの力でなんとか支える。シルベーヌさんと並んで岩を背にして屈んでいるが、岩を伝ってビリビリと振動が伝わってくる。
  さっきまで真冬以上に冷え切っていた場所は一気に灼熱地帯と化した。しばらくして、爆風が収まった。

「まさか、水蒸気爆発を起こすとはね。そーちゃんの判断力がなければ今頃どうなっていた事か」

  それでも、シルベーヌさんならなんとか切り抜ける事ができてしまうんじゃないだろうかと、僕は思ってしまう。
  そう、極度に冷やされた空間に、高熱の斧を振り下ろす事によって、カーネイジは水蒸気爆発を起こしたのだ。

一颯いぶきさん達も無事だといいんですが。でも、今は奴を止めなくちゃいけない。ここで迎え撃つしかない」

  あんな危険な殺人鬼を野放しにする訳にはいかない。僕は覚悟を決める。僕の顔を見ていたシルベーヌさんは微笑んでいたが、すぐに真剣な表情になる。

「えぇ、食い止めましょう。大丈夫、あたし達2人が組めば無敵よ」

  シルベーヌさんがそう言ってくれるだけでも僕は心の底から力が湧き出る。そして、2人同時に岩の前へと出る。辺りの木々は燃え盛っており、数十m先の爆発中心地の地盤は大きく抉られていた。
  その向こうに、あの巨体が立っている。カーネイジ。そして、奴は身体の横に斧を構えている。その斧に、黒い狼バーント・イン・ザ・サンが乗っている。

「まさか、飛ばす気か?」

  ボードに乗って走りながら僕の口から思わず言葉がこぼれる。

「大丈夫、任せて」

  隣で身を低くしながら走っているシルベーヌさんが言った。バーント・イン・ザ・サンはカーネイジの熱量を受け、以前の倍以上も燃え盛っている。この巨人と狼はやはり相性がいい。
  カーネイジが斧を振る。さながら野球のバッターのように。ビュオー、と風を裂く音が鳴る。そして、燃える狼が斧の平たい部分を4本の足で蹴り、飛ぶ。今度は回転せずに、真っ直ぐな姿勢で、一直線にこちらへ飛来してくる。

  その瞬間、瞬発的にシルベーヌさんは飛び出した。走りながらも上段で刀を後ろに引き、突きの構えをとる。バーント・イン・ザ・サンが爪を立て、口を大きく開け、その口から炎を吐きながらシルベーヌさんへと突撃する。しかし、シルベーヌさんは接触するより前に突きを放った。
  後方で見守っていた僕でもその突きが凄まじい風圧を巻き起こした事がわかった。突きの風圧により、狼が吐いた炎は疎か、狼の身体が纏っていた大きな炎さえも消え去ってしまう。
  突然の事態に狼は驚き、シルベーヌさんの風圧により飛来の勢いも相殺され、空中に浮いたままになる。そこにシルベーヌさんは走りながら斬撃を何度も放ち、振り向きざまに狼の背後へと斬りつける。

「つ、強い……」

  僕は呟きながら、ボードで空を飛び加速させる。燃えて倒れた樹を何本も浮かせ、カーネイジへと突き刺すように飛ばす。しかし、奴はあの巨大は斧を振り回し、燃える樹を斬り落としていく。
  そこへ、シルベーヌさんが一気に詰め寄る。空中に浮かぶ木々を斬った事により、奴の視界は遮られ、シルベーヌさんの接近に気づくのが遅れていた。

  シルベーヌさんは走りながら、カーネイジの太い脚を横から斬る。それによってあの巨体が大きく傾いた。
  シルベーヌさんは近くの岩を足場にして跳び、さらにカーネイジの腕を足場にして蹴り、奴の顔面に向かって刀を振りかぶる。
  が、その時、カーネイジは大きく口を開き、大量の蒸気を噴出した。

「うっ、くさいっ!」

  あまりの熱気にシルベーヌさんは体勢を崩し、地面に降り一旦引いた。確かに臭い。蒸気は口からだけでなく、奴の全身から噴出されている。辺りは蒸気が渦巻き、それは上空にいる僕の元にも届く程だ。
  その時、また辺り一帯の気温が急激に下がった。まずい、まさか、またあれをやるつもりか。

「シルベーヌさん! どこだ!?」

  辺りは霧のような白い冷気に包まれ、全く見えない。

「そーちゃーん! こっちー! 」

  右下からシルベーヌさんの声が聞こえ、急いでボードを動かしそちらへ向かう。

  と、その時、すぐ真横で鋭い風が吹く。そちらを見ると、冷気の裂け目ができ、あのカーネイジの顔が、僕のすぐ真横にあった。斧を振り上げた事で冷気が晴れたのか。くそ、間に合え。
  僕はシルベーヌさんの腕を掴む。その時、背後で高熱の斧が振り下ろされるのがわかった。
  だめだ、近すぎる。爆発の回避は間に合わない。僕はシルベーヌさんの身体を抱き締めるように抱え、少しでも距離をとりつつ、防御のために周りの岩を集める。

「だめだ、岩が少ない」

  先程の爆発で岩が砕けているのか。そして、背後でまた轟音を発しながら爆発が起きた。僕はシルベーヌさんと共に激しい衝撃によって吹き飛ばされる。

  熱い。炎のど真ん中にいるようだった。そして、岩が次々とぶつかってくる。
  だがその時、抱き締めていたはずのシルベーヌさんが、いつの間にか僕を片手で抱き締めており、そして飛ばされながらも岩を斬っている。いや、岩だけじゃない。爆風そのものを斬っている。この体勢で。なんて人だ。

  爆風が収まったかと思ったら、僕らは岩に叩きつけられた。全身が痛い。だが、シルベーヌさんの常人離れした剣技によって被害を最小限に留めることができた。

「そーちゃん大丈夫!? いきなり抱き締められたからビックリしちゃったわ! 意外と積極的なのね!」

  そう言いながら笑っている。この状況でもこれか。

「いつつ……、なんとか生きてるみたいですね。シルベーヌさんが守ってくれたおかげです。ありがとうございました」

  抱き締めてしまった事については敢えて触れなかった。と、辺りを見回したが、景色が変わっている。周りはどこもかしこも岩肌だらけだ。どうなっているんだ?

「どうやら、2回も水蒸気爆発が起きて地盤が限界だったみたいね。地面の下が空洞になっている場所が多いのよ。地盤がくずれて、あたし達はそこに落とされたみたいね」

  シルベーヌさんの言葉を聞き、上を見上げる。ここは地面にできた直径50mほどの大きな窪みの底だった。崖の高さは10m程ある。先程の水蒸気爆発によりあの簡易ボードが壊されてしまったが、手頃な岩に乗ってそれを動かせば脱出できるだろう。

  しかし、崖の上から、あの巨体が現れた。奴はすぐに僕達を見つける。そして、崖の淵に立つと、この大きな窪みへと落ちてきた。

「ピンピンしてるわね。とんだ化け物よ」

  シルベーヌさんは立ち上がり、日本刀を構える。僕も立ち上がり彼女の隣に立つ。全身がズキズキする。骨が折れていないだけでもましだ。
  シルベーヌさんが一息深く吐き、そして駆け出す。そしてカーネイジは斧を振り上げる。高熱により既に燃えている斧を、シルベーヌさんに向かって振り下ろす。が、彼女はそれを最小限の動きでひらりと躱す。

  そして、シルベーヌさんはカーネイジの股下を駆け抜けながら先程も斬った脚をまた斬りつける。奴は膝をついた。
  股下をくぐり抜け、背後に回ったシルベーヌさんは膝をついたカーネイジの踵に足をかける。

「はあぁーっ!」

  気合いの美声を発しながら、カーネイジの背中の下辺りに刀を突き立て、そのまま斬りながらあの大きな背中の上を駆け上がっていく。そして奴の肩まで走り抜け、飛び上がる。
  カーネイジの憤怒の表情がさらに激しくなり、空中のシルベーヌさんを睨みつける。そして、斧を持っていない方の右手を振りかぶる。その拳が高温により燃え上がり、シルベーヌさんに向けて放たれた。
  シルベーヌさんは空中にいながら回転し、迫り来る巨大な炎の拳に回転斬りを放つ。その勢いで奴の右腕も斬りつける。カーネイジの拳と腕から確かに血が吹き出るが、それでも奴は倒れない。

  その間、カーネイジの背後に回った僕は尖った岩を予め用意しておき、それをグラインドで奴の背中へと飛ばす。先程シルベーヌさんが斬りつけたラインに目掛けて、思いきり。
  巨人の大きな背中にのめり込むように岩は刺さり、思わずカーネイジは大きく仰け反った。そして、こちらを振り返った。血走った目で僕を睨みつけている。

  そして、また、場の空気を凍りつけるように気温が急激に低下した。奴はすぐに斧を振り上げる。今までよりもモーションが速い。間に合うか? さっきの尖った岩と共に予め用意していた大きな岩を動かしそれに乗る。スピードを出してシルベーヌさんを掴まえ、岩に乗せる。
  時間がないため、全速力でカーネイジの背後を上昇し始める。シルベーヌさんはそこで日本刀を奴の背中に突き刺す。僕はただただそのまま全速力で岩を動かし、上昇する。先程シルベーヌさんが斬りつけた背中の傷にクロスするように。
 
「グググゥー、グゴォー!」

  苦痛を押し殺しながらも、雄叫びを上げたカーネイジは斧を振り下ろした。その時には既に僕らは崖の淵へと辿り着き、窪みからはだいぶ距離を取る事に成功していた。その直後、背後で爆発の火柱が上がる。3度目だが、凄まじい爆風だ。

  30mほど離れた所には堂島さんが岩の影からこちらを見守っているのが見えた。
  そして、さらに堂島さん達がいる位置に対して、僕から見て右手の方に、あの黒い狼がいる。まだ生きていたのか。

「アイツはあたしが引き受けるわ」

  シルベーヌさんも狼に気づき、50mほどの標的に向かって駆け出した。スタミナも相当凄い。一瞬で狼の目の前まで辿り着いている。

  ――――ガンッ。

 背後で音が鳴った。崖の淵に手が掛けられ、巨大な顔がこちらを睨んでいる。
  まずい。体勢を立て直すためにも距離を取らなければと、僕は走り出したが途中で足が動かなくなり、うつ伏せに転んでしまった。
  よく見ると、足が凍っている。手も凍り始めている。周囲の空気が冷え、手足をいくら動かそうとしても全く動かない。

  そして、背後のカーネイジは崖を登りきり、僕に向けて高熱の斧を振りかぶっていた。
 血液で染まったかのような赤い眼は、僕を一点に見据えているようだ。そのあまりにも残虐的な眼差しに、僕の体温も内側から低下していく。

「そーちゃん!」

  遠くにいたシルベーヌさんが叫んでいた。が、もうこの距離では間に合わない。カーネイジの斧は既に振り下ろされ始めていた。

  ダメだ。水蒸気爆発が直撃してしまう。こんなの、もう無理だ。恐怖で身体が割れてしまいそうだ。
  やはり、こんな巨大な敵と戦える訳が無い。倒せる訳が無い。
  目を瞑り、死を覚悟した。

  ――――バンッ! バンッ! バンッ!

  その時、銃声が立て続けに3発鳴った。
 銃声だと? まさか、また一颯さんがあの時のように撃ったのか? 
  そう思って、顔を上げ、一颯さんと堂島さんがいる方を見た。
  一颯さんは銃を持っていなかった。そして、堂島さんと2人で固まっていた。

「お、おい……」

「だ、誰、ですか……?」

  2人が戸惑いの声を上げている。僕もゆっくりとカーネイジの方を向く。

  そこに、ほっそりとした男がこちらに背を向けて立っていた。その向こうにあのカーネイジの巨体が倒れている。
  薄暗いせいで細い男はそのシルエットしか見えない。しかし、そのシルエットは異様に長かった。手足も細長い。身長は2mを越えているだろう。

  僕は知ってる。このシルエットを。何度も会ったんだ。でも、そんなわけがないんだ。この人が、ここに、現実世界にいるわけがないんだ。

「ま……ま……、前髪さん……!?」

  僕が呼ぶと、その男はこちらを振り向いた。相変わらず口元をも覆う程の長い前髪をしていた。

「助けにきましたよ。想」

  最強の親友がそこにいた。
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