カンテノ

よんそん

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第3章 サフォケイション

3-2 包囲

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弖寅衣てとらい 想、並びに同行の2名。君達は連続放火事件の首謀者、及び連続殺人事件の凶悪犯として、国から指名手配されている! ここは完全に包囲した。無駄な抵抗をせず、大人しく投降しろ!」

  駅のロータリーを囲む陣形のどこかからスピーカー越しに声が発せられた。連続殺人事件の容疑もいつの間にか追加されている。

  工場での放火は殺されかけた上での正当防衛であったし、翌日のニュースでは小火程度にしか報道されていなかった。
  樹海での放火は、そもそも僕らではない。あの狼と巨人によるものだ。少し利用はしたけど。

「どうする想? この数、相手に出来るわけないぞ」

  ドドが歯を食いしばりながら聞いてきた。その通りなんだ。僕のグラインドを使っても数が多すぎる。シルベーヌさんがいなくなった今、僕とドドだけで太刀打ち出来る訳がない。
  もう、本当に、大人しく投降するしかないのだ。しかし、その先でゼブルムに引き取られたら? 一颯さんもまた危ない目に合ってしまう。なら、いっそ、駄目でもやるしかないのか? できるのか本当に?
 
 と、その時、特殊部隊の1人がこちらに向かってゆっくり進んできた。手を挙げて自身の存在を誇示しながら歩いている。その腕には黄色い腕章が付いていた。恐らくこの部隊の隊長か。
  上空に飛び交うヘリコプターが地上をライトで照らすため、その隊長がよく見えなかったが、近付くにつれて全貌が少しずつはっきりしてきた。
  長身の隊長はドドと同じくらいの大きさで身長は2m近くあるが、隊服の上からでもわかる身体の筋肉はドドよりも盛り上がっている。
  どうする? もう10m先までせまってきている。グラインドを使うしかないのか? しかし、周囲の隊員は既に銃を構えている。一斉砲火されたら僕ら3人とも死んでしまう。

  と、どこからか人の叫び声が聞こえてくる。が、上空のヘリコプターの音がうるさくてよく聞こえない。

「弖寅衣 想だな?」

  特殊部隊隊長は目の前に立ち、低い声で僕にそう聞いてきた。隊長はヘルメットやスコープを被っていなかったが、サングラスをしており、その目の色は窺い知ることが出来ない。
  そして、金髪の髪はオールバックにしており、口の周りを囲むように髭を蓄え、その髭の色も金色だった。外国人か。年齢は40代くらいだろうか。
  僕は目の前に立ちはだかる岩石のような屈強な隊長に圧倒され、彼の質問に返答できずにいた。その時、先程ちらりと聞こえた叫び声の主がスピーカーを使い、息を切らしながら声を発した。

「そ、そいつは、偽物だ! と……捕らえろー!」

  ハッ、として僕はもう一度目の前のサングラスの男を見上げた。

「俺の名前はラウディ。煉美れんびの弟、お前を助けに来た」

  確かにそう言った。そして、次の瞬間、ラウディと名乗った男は振り向くと、肩に掛けていたアサルトライフルを周囲に向けて思いっきり連射し始めた。突然の事態に周囲の特殊部隊は混乱し、次々と倒れていく。あまりにすごい連射性能と命中率だからだ。
  事態を飲み込めずにいたのは僕らも同じだ。隣のドドも、一颯さんも、目の前の光景に目を見開き、口を大きく開けていた。
 
 すると、金髪オールバックの男は腰のポーチから何かを取り出し投げつけた。手榴弾だった。轟音と共に爆発したそれは大勢の隊員を蹴散らした。
  しかし、その時ようやく事態を把握した一部の隊員がこちらに向かって駆け出していた。銃を構えている。

「そこの男! 銃を捨てろ! さも無くば全員射殺するぞ!」

  30m程先にある植込み地帯に身を隠すようにして銃を構えている。

「チッ!」

  オールバックの男は舌打ちしながらもそちらに銃を向ける。先程まで銃撃音が響いていた辺りが、静まり返っていた。
 
 しかし、その時さらに、再び遠くで何か音が聞こえた。駅の出口から見て、正面の方角に固まっていた隊員達から慌てている声が聞こえる。そこから、なんと1台の黒いSUV車が突っ込んできた。
  そのSUV車は暴走するように、隊員を巻き込み、轢きながら突進していたが、確実に僕らの前に運転席を向けて停車し、運転手が窓から顔を出した。

「おーい、想! 久しぶりだなー! 助けに来たぜー!」

  赤茶色い髪をした男が僕に向かって声を掛けてきた。

「ファルさん!? なんでここに!?」

「ファルゼン! なんで貴様がいるんだ!?」

  僕と金髪オールバックの男、ラウディさんが同時に驚きの声を上げた。

「おい、なんだよ! ラウディのおっさんもいんのか!? まぁ、いいや、早く乗れ! おっ、可愛いお嬢さんもいるじゃないのー! どうもー!」

  ファルさんはそう言って一颯さんに向けて屈託のない笑顔をしながら手を振った。ファルさんは僕も知っている。姉さんの友達だったのだが、僕より年齢が1つ上で会う度に僕の面倒を見てくれて、とても優しいドイツ人のお兄さんだ。

  ファルさんに言われ、SUV車の3列あるシートの3列目シートにラウディさんとドドが、2列目シートに僕と一颯さんが急いで乗り込む。
  荷物があったが、車内は広々しており、なんとか抱えこみながら乗る。一颯さんの荷物は助手席に置かせてもらった。ファルさんが率先して荷物を受け取ってくれたのだ。
  と、次の瞬間に銃撃が始まった。

「強力な防弾仕様にしてあるからある程度は耐えられるけどな。おい、おっさん! 撃ってくれ! みんなはちゃんとシートベルトしろよ! 飛ばす!」

「チビガキが。言われなくても今から撃つ」

  僕の真後ろの席に座るラウディさんが窓からアサルトライフルを撃ち放つ。近くで聞くとすごい音だ。
  ラウディさんが言った通り、ファルさんの身長は160cmくらいで僕よりも小さい。それなのにいつも僕に構ってくれて、そんなファルさんが会いに来てくれた。助けに来てくれた。嬉しい。

「ファルさん、お久しぶりです! 本当に助かりました。ありがとうございます」

  僕は目の前の運転席に座るファルさんにお礼を言う。

「なんか指名手配かかってたからな。急いで飛んできた。ちょうど日本に来てたからな。礼はまた後でいいって」

  ファルさんは運転しながら片手を振った。特殊部隊の包囲網を抜け、SUV車は夜の街中をひた走る。

「おい、弟。俺が先に来たんだぞ?」

  包囲網を突破し、安全を確認したラウディさんは銃を置き、後ろから僕に握手を求めてきた。安全を確保し安心したからか、少し笑顔を見せてくれたので僕も安心し手を差し出した。

「えっと、ラウディさん……でしたよね? 本当にありがとうございました。もう絶対に駄目だと思っていたので」

  サングラスをしているので、怖い印象があったが手の握り方がとても優しかった。

「ったくよー、ラウディのおっさんがいるのは誤算だったな。俺がかっこよく参上して助ける計画だったんだけどなー」

  ファルさんは残念そうにそう言った。赤茶色い髪の後頭部は刈り上げ、トップから前髪にかけてナチュラルパーマのヘアーがふわりとしている。

「ファルさんは、ラウディさんと仲が悪いんですか?」

  僕は堪らずそう聞いた。そこで、後部座席からラウディさんが、僕の肩に手を置いた。

「違うんだ弟、聞いてくれ。あいつは事ある毎に俺にケンカを売ってくるんだ。ありえないだろ? モラルがなってない」

「なーに言ってんだ。いつも俺の事チビだなんだとバカにしやがって」

  ファルさんは低いテンションでそう言った。どうやら仲があまりよくないようだな。大丈夫だろうか。

「あのー、助けていただき本当にありがとうございます。2人は、どういった御方なんですか?」

  突然の包囲、そして突然の救助により全く事態が飲み込めず、ずっと混乱していた一颯さんが、ようやく落ち着きを取り戻したようで言葉を発した。

「お! お姉さん、声も可愛いねー! 俺の名前はファルゼン・シャルノイン。昔、レンねぇに、あっ想の姉ちゃんね? 世話になって仲良くしてたナイスガイだ。よろしくー!」

  そう言って一颯さんに握手を求めた。一颯さんは自己紹介をしながらその手を怖ず怖ずと握る。

「ファルさんは僕とも仲良くしてくれて、ドイツの人なんです。そして、今や世界で活躍するレーサーです」

  その言葉を聞き、一颯さんはおぉーと声を上げ、ファルさんは照れたように手を振る。ファルさんは車だけでなくバイクも乗りこなす。すごい人なんだ。日本に住んでいた期間も長かったので日本語はペラペラだ。

「そんな活躍なんてもんじゃねーって。ただ、運転にはちっと自信あるから安心してくれ」

「はい! お任せします! そちらの、ラウディさん? も煉美さんのお知り合いなんですよね?」

  いつも通りに戻った一颯さんは元気に返事をしてくれた後で、後ろのラウディさんにも話を振った。話し上手な彼女がいてくれて助かったと心底思う。

「俺は、ラウディ・ビリオネアス。アメリカのコロラドで特殊部隊を率いてる。ちょうど俺は用があってこっちに来ててな。バーで酒を飲んでたらニュースが入ってきて、飛び出てきた。あっちの部隊からは日本を敵に回してでもレンビーの弟を助けてやれとも言われている。レンビーには昔何度か任務を手伝ってもらったりした事もあったからな」

  ラウディさんは姉さんの事を「レンビー」と呼ぶようだった。

「特殊部隊の隊長か。偽物って叫んでた奴がいたが、本物だったってわけだな」

  そこでようやくドドが言葉を発した。

「ん? お前、どこかで見た事あると思っていたが、やはり昔レンビーと一緒にいたあのガキか? おいおい、まじかよ。こんなにでかくなったのか?」

  ラウディさんはアメリカ人だからか、先程から身振り手振りが激しい。

「ん? そうだが? 昔はもっと細かったからなー。ん、思い出した。あん時煉美さんに勝負吹っかけてきたアメリカ人か!」

「ハッハッハハー! そんな事もあったな。また会えて嬉しいぜ。よろしくな」

  そう言ってラウディさんはドドとも握手をしていた。この2人は馬が合いそうだな。

「あのー、2人はあのニュースどう思います? 僕らの事を疑ってないんですか?」

  先程、駅構内で目にしたあのニュース。そして特殊部隊の隊員が口にしていた内容。もう恐らく全国的に広まっているだろう。

「あのニュースか。俺は、レンビーから弟の話も散々聞かされてきた。お前は絶対そんな事をするやつじゃない。よく知ってる。初めて会ったがな。だが、会って、見て、確信したよ。お前は間違いなく、あのレンビーの弟だ。間違った事はしない」

  ラウディさんがそう言ってくれて、僕は思わず言葉を失った。胸の内がじーんと熱くなる。

「何かの圧力がかかってるんだろ? あぁ、わかっているとも。こんな巫山戯た茶番をするのはアイツらしかいない。ゼブルムだ。もう奴らの事を知っているのか?」

  ラウディさんは真剣な面持ちでそう聞いてきた。

「はい、何度か戦いました」

  僕がそう言った直後、運転席でドンと何かを叩く音がした。ファルさんがハンドルを叩いたようだった。

「ゼブルム……あいつらは、ぜってぇ許さねぇ!」

  いつも軽快で優しいファルさんが、ここまで怒る事は滅多にない。僕はただ驚くだけで、彼に言葉をかけることができなかった。
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