カンテノ

よんそん

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第3章 サフォケイション

3-11 会談

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 その男の髪はオレンジ色だった。前髪はアップにして額を出し、サイドの毛を編み込んでいる。頭頂部で髪を縛り、簪のような飾り物を付け、後髪は首筋に届くほどまで伸ばしている。
  間違いない、江飛凱、ブルータルと一緒にいたあの男だ。

「初めまして、皆さん。私の事は既にご存知ですよね?」

  オレンジ色の髪の男が再び口を開く。気づけば店内にはすでに他の人間はいない。

「貴様! 江飛凱の仲間だな!」

  ラウディさんが銃を構える。すると、オレンジ色の髪の男と同席していた2人の女性が銃を構える。どちらもスーツ姿だった。
  それに対し、オレンジ色の髪の男は白のインナートップス、ベージュ色のワイドパンツ、その上にグレーのフードつきのロングコートを着ている。
  そして、銃を構えた2人の女性を手で制する。

「安心してください。私はあなた達と戦うつもりはありません。野蛮な争い事は好まないので」

  それを聞いてラウディさんは一旦銃を下ろす。

「争い事を好まないだと!? ゼブルムのクソが何を言っているんだ?」

  威嚇するようにラウディさんはそう言った。

「口を慎め! 教主様に向かって暴言は許さん!」

「口を慎むのはあなた達です。彼らと話すのはあなた達ではありません。私です」

  怒鳴り出したスーツの女性に向かって、オレンジ色の髪の男が静かに一喝した。教主様だと? 何者なんだこいつは?

「従者の者が失礼致しました。そして、申し遅れましたが、私は『エイシスト』という者です。組織の中ではこうして私を、『教主』や『予言者』などと言う者もおりますが気にしないでください」

  こいつ……目が見えないのか? 先程から目を閉じているのは偶々なのかと思っていたが、ずっと開く様子がない。
  しかし、奴は目を開かずに、ずっと、僕の方を向いている。

「予言者……あなたは未来予知ができるのですか?」

  僕は、開かれていない目でじっと見られているのが居たたまれなくなり、言葉を発した。

「いかにも。それが私の家系に、代々受け継がれてきたグラインドです」

  代々から受け継がれたグラインド。そんな能力も存在するのか。

「あんた、教主って言われてたけど、ゼブルムの親玉って事か?」

  ドドが警戒した面持ちで問いかけた。エイシストと名乗ったオレンジ色の髪の男は静かに首を振る。

「あなたが堂島さんですね。いいえ。ゼブルムに明確な地位は存在しません。それでも組織の先頭に立つ者は数人いますが、私は違います。彼らを支えているに過ぎません」

  そう答えた。

「エイシスト、あんた、未来予知ができるって言ったよな? つまり、俺達がここに来るのも未来予知でわかったって事か?」

  今度はファルさんが緊張しながら質問した。エイシストは声の主を確認するようにファルさんの方を向いた。

「その通りです。ファルゼン・シャルノインさん。未来予知と言っても、近い未来が見える程度ですがね。あなた達に一目お会いしたく、こうして足を運びました。御察しの通り、私は盲目ですが、人と会うことでその人の形を見ます。あ、それと江飛凱にはこちらに来る事は内緒にしてあるので安心してください」

  お忍びというやつか。それはこちらとしても有難いのだが。

「なぜそこまでして僕達に会いに来たのですか?」

  僕はエイシストを真っ直ぐに見据えて問いかける。彼は人差し指を立てる。

「1つは警告です。あなた達はこの先に進むべきではない。できれば逃亡していただきたい」

  なぜ敵である筈のこの男がそんな事を言うのだろうか。

「それはできない。俺達は、死んだ友の無念を晴らす為にもこの先へと進む」

  ラウディさんが低い声で僕達全員の意見を代弁してくれた。それを聞き、エイシストはにこりと笑う。

「わかりました。あなた達が下した決断という事であれば私は止めません。そして、私があなた達に会いたかった理由はもう1つあります」

  そして、エイシストは目を開かずにゆっくりと再び僕の方を見る。

「弖寅衣くん……想くんとお呼びしてもよろしいですか? 呼ばせてもらいますね。想くん、あなたに興味があったからです」

  僕が質問に答えないでいると、勝手に名前で呼び始めた。まぁ構わないか。

「どういう事です? 僕に何か?」

  今までゼブルムに立ち向かってきた事に腹を立てているのか? しかし、終始にこやかにしている彼の顔を見ていると、そんな怒りは微塵も感じない。

「想くん、あなたは私の未来予知から外れています。先程もそうでした。コーヒーに砂糖を入れる予知が出ていましたが、あなたはブラックで飲みました。未来予知で、カツラをして来る事がわかっていたので、私もそれに合わせてカツラをしてみたのですが、あなたは眼鏡もしてきましたね? 小さな事が一つ一つ私の予知から外れています。とても、面白い。あなたのような人間は初めてです」

  そう言われてもピンと来ない。僕にとっては、あまり意識せずに行動してる事の一つ一つなのだから。

「そして、あなたは時々、この世界から消えていますね? あなたの身体、魂は確かにこの世界に存在するのに、違う世界にいる。どうなっているのです? あなたは何者なのですか?」

  クアルトの事を言っているのか? しかし、そんな事をこの得体の知れない男に話す訳にもいかない。僕が黙っていると、エイシストは慌てたように手を振る。

「あ、いえ、答える事ができないのならそれで構いません。ただ、私の好奇心で聞いているに過ぎないので」

  そう言ってから、エイシストは初めてコーヒーに口を付けた。それから、奴はようやく席を立った。従者の女性2人がその脇を固めるように寄り添う。

「ありがとうございました。想くん、あなたとお話できてよかった。これからも、あなたの行動、楽しませてもらいますね。失礼します」

  そう言って、エイシスト達は立ち去った。

「『楽しませてもらいますね』じゃねーよ! なんだアイツ!? 理由がわからねーよな!?」

  エイシスト達がいなくなった途端、ドドが口を開いてまくし立てたので、思わず僕は笑ってしまった。

「掴み所がない奴だったな。俺達と敵対するつもりはないが、かと言って中立って感じもないな。ゼブルムにもあんな奴がいるのか」

  ラウディさんはそう言ってコーヒーを一気に喉に流し込んだ。時刻を確認すると、既に午後15時に差し掛かっていた。そんなに時間が経っていたのか。

「悪い人ではなさそうですよね。でも、なんだか少し怖かったです」

  一颯さんはそう感想を述べた。その意見に僕も同調する。話をしている内に、引き込まれてしまいそうなカリスマ性みたいな物を感じた。それがあのエイシストを「教主様」と呼ぶ所以なのかもしれない。

  突然の来訪者があったものの、僕らは休息の時間を過ごし、持ち帰り用のドリンクも購入し、そのカフェを後にした。

「よし! んじゃあ、また高速に入るからな。この先何が待ち受けていようが、俺達の敵じゃねぇさ!」

  ファルさんはそう言って車を進める。

「だが、このまま行けば亜我見に着くのは夜になるぞ? どこかで休んで朝出発すべきじゃないか?」

  ラウディさんの言葉にファルさんも賛成したようだ。ドライブが始まった時はどうなる事かと思ったが、2人は少しずつ打ち解けている様で、僕は安心している。

  そして、僕らを乗せた車は再び高速道路に突入する。もう夕方という事もあり、走る車は多かった。それでも、ファルさんは安全運転を維持しつつも、スムーズに進んで行く。

「あ? 雨が降ってきたな」

  と、その運転手のファルさんが呟いた。カフェにいた時は晴れていたが、夕方辺りから曇り出し、日が落ち始めて暗くなり出したこのタイミングで雨が降り始めた。

「ファルさん雨の中でも運転大丈夫ですか?」

  後部座席から一颯さんが心配そうに声を掛けた。

「あー大丈夫大丈夫! このくらい余裕だ。ありがとうミモザちゃん」

  その言葉通り、暗くて雨が降ってもファルさんの運転は変わらなかった。

「ん? 妙だ。車が少ない。雨だからみんなどこかに行ったのか?」

  ラウディさんが辺りを見渡しながら言った。確かに、車は点々と走っている程度で、つい数分程前よりもかなり少ない。
  と、後方から車が猛スピードで追い付いてくる。2台、3台とどんどんその数を増していく。

「ファルさん! 特殊部隊の車両が追ってきてます!」

  後方を確認していた僕は声を上げた。

「なんだと!? まさか、あのエイシストだかって奴が報告したのか?」

  後方を確認したファルさんがスピードを上げる。

「その可能性もあるが、どこかで張っていた可能性も高い。恐らく高速道路の進入口を封鎖していたから、周りの車両が少なくなったかもしれない。この車のナンバーは知られていない筈だから、一般市民が通報したのは考えにくいな」

  ラウディさんは冷静に分析しながら、銃の準備を始めた。僕は後部座席に置いてあった銃のケースを持ち上げ、渡す。思ってた以上に重かった。
  そして後方に迫ってきた戦闘車両がこの雨の中、機関銃を容赦なく撃ってきた。が、それは全く当たらなかった。ルームミラーとサイドミラーで後方を確認していたファルさんが、素早く右に車線変更をしていたからだ。

「撃ってきたか。ならこちらも遠慮なく反撃だ」

  そう言ったラウディさんが窓を開け、銃を後方に向けて撃つ。今まで使っていたアサルトライフルではない。ショットガンだ。その威力は強烈で、2発で後方にいた車両は大破した。

「うん。いい銃だ。すまんな、雨がちょっと入ってくるが我慢してくれ」

  ラウディさんは車内の僕達を気遣ってくれた。先程被っていた帽子をみんな被っているので、ある程度は防げている。
  そして、後方からは次々と戦闘車両が追いついて来ている。

「ファルゼン! 追い付かれるぞ! もっとスピード出ないのか!?」

「生憎、これでアクセル全開だ! あの戦闘車両普通じゃないぞ!?」

  改良されているタイプか。なら、僕も加勢するしかない。後方を向く。この車のスピード、後方の車両との距離、タイミングを合わせ、道路脇のガードレールの切れ目を見定め、それをグラインドでもぎ取り、ねじ曲げるようにして道路を封鎖する。
  1番近くまで迫っていた車両は、呆気なく目の前に現れたガードレールに激突する。そこへ、ラウディさんが手榴弾を2発、3発と投げ込み、大きな爆発が起きて何台もの車両が巻き添えを食らって爆発した。

「いいぞ弟! ナイスだ!」

  ラウディさんは車内に身体を戻し、嬉しそうにハイタッチするようにボクの手を握った。ラウディさんのこの握手の強さにももう慣れっこだ。痛いが。

「待て! もう1台迫ってきてるぞ! 左からだ! なんだコイツ!? 物凄いスピードだ」

  ファルさんが後方を確認しながら叫ぶ。慌てて僕は後方を振り返る。僕らの車は3車線ある内の1番右の追い越し車線を走っている。そして、1番左の車線から猛スピードで迫ってきた車両が僕らの車に追いつき、そして並走した。

「おいおい、なんだありゃ!?」

  その車は僕達が乗るクロスカントリー車よりも大きく、車高はトラックと同じくらい、全長は戦車と同じくらいで10m程あった。前部の車輪は乗用車と同じくらいの大きさだったが、後部の車輪はダンプと同じくらいに大きい。そして、その車体には様々な銃火器を装備していた。

「なっ……なんだこれ……」

  僕はただ呆然とすることしか出来なかった。
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