カンテノ

よんそん

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第3章 サフォケイション

3-18 心の核

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「なんだぁ? こんなもんかぁ?」

  気づいたら僕はブルータルに胸ぐらを掴まれ、持ち上げられていた。いつの間にかまた街の大通りに出ていた。

「あのディキャピテーションとカーネイジを倒したって言うから楽しみにしてたんだがよー。ただのクソガキじゃねぇか」

  そう言って、ブルータルは僕の腹に向けて拳を放ち、殴り飛ばした。僕の身体はアスファルトに打ち付けられた。
  もう、痛みも感じないくらいにボロボロだ。意識が少しずつ薄れかける。

「青緑のクソガキ、そろそろ殺していいか?」

  ブルータルは拳を握り、僕に向かって歩いてくる。あの絶拳を使うつもりだ。もう終わりだ。
  諦めずに、がんばってみたが、やはり僕にはこれが限界だ。僕には、何もできない。



  ――――バンッ!

  その時、銃声が鳴った。目の前のブルータルは胸を撃たれ出血している。周りを見渡す。
  一颯さんがいた。一颯さんが、拳銃を撃っていた。
  なんで? なんで一颯さんがここにいるんだ? 来ちゃダメだ。

「弖寅衣くんを傷つける人を、私は許さない!」

  一颯さんは叫んでいた。
 ダメだ、逃げてくれ。

「くそが」

 ブルータルは吐き捨てるように呟き、一颯さんに向かって走り出した。奴のその重々しい踏み込みには、僕と一颯さんを繋いでいた物を、踏みにじるような醜悪感があった。
 恐怖や不安が混ざり合い、腹の底から何かがせり上がってくる感覚を覚えながらも、震える手を伸ばす。

「や、やめろ」

  僕が声を振り絞ったその直後、ブルータルは容赦なく一颯さんの腹部を殴り、今いるこの空間を揺るがすような、ドンッという大きな音が響いた。
 空間を歪め、亀裂が走ったように見えてしまった程に、その拳の音は強烈だった。

「くはぁっ! あっ……あぁ」

  一颯さんの身体は力を失うように崩れた。

「エンド・タイムだ」

  ブルータルは低く呟いた。

「そんな……そんな……」

  僕は、身体に鞭を打って起き上がり、足を引きずりながらも倒れた一颯さんに駆け寄る。全身の激痛など気にしていられなかった。

「戦場に女が関わるな」

  すれ違いざまにブルータルが呟き、この場を立ち去ろうとしていた。そんな事はお構いなしに僕は一颯さんの元へと駆け寄る。

腑抜ふぬけが。興醒めだ。わしは帰る」

  ブルータルはそう言っていたが、奴の事は今はどうでもいい。僕は倒れた一颯さんの身体を抱きかかえる。

「一颯さん! 一颯さん! しっかりして! 死んじゃダメだ!」

  僕がそう言うと、一颯さんは薄らと目を開ける。

「弖寅衣くん……」

「一颯さん、待っててください。今、病院に連れていきますから!」

  一颯さんを運ぼうとしたが、彼女の震える手が僕の頬に触れる。僕はその手を握る。華奢なその手から、何かが零れてしまっているようで、怖くて、震えてしまう。その震えを振り払うように首を振る。


「私、人の心に触れたくて、家出をしてきたんです」

「はい、知ってます」

「初めて触れた人の心、それは……弖寅衣くん、あなたの心でした」

「はい! それも知ってます!」

「弖寅衣くんの……心は、とっても、暖かったです」

「そんな……事はないです……」

「想くん……私は……あなたの事が、大好きです」

「一颯さん……ミモザさん!」

  僕が彼女の名前を呼ぶと、彼女は目を細めて笑顔になり、その後彼女が動く事はなく、彼女の名前をいくら呼んでも返事は返ってこなかった。
  彼女の白い肌はより一層白くなり、その綺麗な手は次第に冷たくなっていった。
  僕は、自分が着ていたデニムシャツを、今しがたまで生きていた彼女の身体に掛けた。



「待て」

  僕は去り行くブルータルに言い放ち、また街灯を飛ばす。奴は数百m程離れていたが、僕が飛ばした街灯を殴る。
  それでも僕はありとあらゆる物体を飛ばし続ける。街灯も、道路標識も、交通案内板も、車も、ガラスも。

「なんだ? まだやる気か? 無理だろ。大人しくくたばってろよ」

  奴はそう言ってこちらをちらりと見ただけだった。

「僕が今すべき事はなんだ? 悲しむ事か? 違う。それは後でもできる。今すべき事はなんだ? それは、ブルータル、お前を殺す事だ。お前を殺さないと、お前はまた僕の大切な人を殺す」

  僕の右腕はもう上がらない。脚はがくがく震え、真っ直ぐ立つことができない。それでも、こいつを、殺す。
  空中にはそこら中からかき集めた物質が飛び交い、それは不規則的にブルータルを攻撃する。

「どうすれば……どうすれば……どうすればぁ……どうすればぁ、こいつを、こいつを殺せる? 想像しろ……想像しろ……想像しろっ……想像しろっ!」

  空中に浮く物体はブルータルを中心に円を描きながら回る。奴を攻撃しながら。そして、周囲のビルや木々や車を破壊しながら。それらを取り込みながら。

「しょうがねぇ。もう少しだけ付き合ってやるか」

  そう言って、ブルータルは瓦礫の1つを殴り、僕に向かって飛ばしてきた。
  だが、僕はグラインドでその瓦礫の動きを止める。目の前のその瓦礫を動かし、再び物体の群れに混ぜる。周囲の物質を取り込んでその量は瞬く間に増え、そしてブルータルを襲い続ける。

「なに!? フッ、おもしれぇ! 全部ぶっ壊してやる!」

「無駄」

  僕は短く呟き、物質の量を倍にする。それはもはや竜巻と化していた。その竜巻の中でブルータルはただ暴れて、自身を襲う物体を破壊していたが、破壊された物質はすぐにまた竜巻の一部になる。
  近くのビルが竜巻に削られて折れた。それを竜巻の真上から落とし、ブルータルにぶつける。

「うぐおぉあぁ!」

  奴の叫び声が聞こえるが、最早それも関係ない。

「1つだけ教えてやる。お前は大きな勘違いをしていた。お前の能力は『不死身』ではない。不死身の能力が存在していたら、ゼブルムがすぐにそれを量産している筈だ。お前の能力は、『頑丈で治癒力が異常に早い』だ」

「な、なに!? ガキ、お前何を言ってるんだ!」

  僕の声は呟き声なのに、奴には聞こえているようだった。

「だから、お前を、殺すんだよ」

  僕はその言葉を放つと同時に、瓦礫の竜巻を一気に狭めていく。

「うおぉー!?」

  狭い竜巻の中で奴は叫び声を上げ続けている。だが、これだけでは奴を殺す事はできない。
  もっと物体をかき集め、もっと竜巻を狭める。物体の密度が高まり、凝縮された竜巻は最早竜巻ではなく、巨大なドリルとなっていた。

「なんだこれは!? どうなってるんだ!?」

  それでもブルータルは声を上げていた。ドリルに閉じ込められ、その内部で身体を削られても、すぐに再生しているのだろう。
 
「うっ、ぐおぉっ!? 出せ! こんなもん、わしがぶち壊してくれる! ぶっ、ぶぐふぁー! あが、あがががが! やめ、ごぼぼぐばー!? ぶごぶごごっ、死っ、ぎゃがががぁ!」

 ブルータルはドリルの中で叫び続けている。
  そして、僕はその巨大なドリルを地面に突き刺す。瞬く間にそのドリルは地面に潜っていく。そこに蓋をするように新たな瓦礫と土を被せていく。2度と出てこれないように幾つも幾つも。

  やがて、その巨大なドリルは地殻を越え、マントルに到達する。さらにマントルを越え、外核へと到達する。
  そこで、4000℃以上の高熱の合金によって、ドリルごとブルータルは燃え尽きた。



  どれだけ時間が経っただろう。僕はいつの間にか気を失っていたようだ。
  風が頬を撫で、砂埃が口と、そして傷口に入る。耳がおかしくなってしまったのか、音がよく聞こえない。
  徐々に身体の感覚が戻ると共に、全身に痛みを感じる。

  誰かが僕の名前を呼んでいる。風がその呼び声を運んでくる。それを妨げるように耳鳴りがする。
  そっと、目を開ける。日光が眩しく、眼球を突き刺すように刺激する。

「想! 想! 生きてるか!? おい! 想! 大丈夫か!?」

  誰だ。もう少し目を開ける。これは、誰だっけ。そうだ、ファルさんだ。彼は心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。

「ファルさん……僕は、大丈夫……生き、てます。でも、一颯さんは……」

  僕はその先の言葉を言えなかった。

「想、よかった、生きてて。ミモザちゃんの事、すまない。車から出て行く彼女を止められなかった。俺の責任だ」

  彼は僕の言葉を察してくれたのか、そう言って歯を軋ませた。

「ファルさんは、何も、悪く、ないですよ」

  僕は上半身を起こす。ファルさんが慌てて僕を支えてくれた。一颯さんの遺体がある場所に顔を向けた。だが、そこに彼女の遺体は既になかった。

「ファルさんが、一颯さんを、運んだんですか?」

  僕が聞くと、ファルさんは辺りを見回す。

「いや、俺が来た時にはもう何もなかった」

  どういうことだろう。あの瓦礫には絶対に巻き込まなかったはずだ。誰かが運んでくれたのか。

「そうだ、あいつを、ブルータルを……倒したんです。だから、ラウディさん達の、所に行かないと。まだ、戦いは終わってないんだ。あいつが……江飛凱がいる」

  僕は立ち上がったが、足に全く力が入らず、すぐに再び倒れる。

「おい、想! 無理するな! この身体じゃ無理だ。生きてるのが不思議なくらいだ」

  倒れかけた僕の身体をファルさんが支えてくれる。それでも、それでも行かなきゃ。今、僕がすべき事をしなきゃ。
  ファルさんの制止を無視してでも僕は立ち上がろうとする。すると、彼は諦めたように肩を竦める。

「わかった。わかったから想、ちょっとじっとしてろ。傷口の手当てをしてやる」

  彼はそう言ってショルダーバッグから消毒液と包帯を出した。本当に、用意周到だ。彼が消毒液を僕の脚の傷口に塗ると、再び激痛が走ったがそれに耐える。そしてファルさんは慣れた手つきで包帯を巻いてくれた。腕と、頭にも。

「わかったよ。どこかの誰かみたいに諦めが悪いよな、本当に。お前を江飛凱の元に連れていく。もう少し待っててくれ」

  僕がファルさんの言葉に頷くと、彼は僕にペットボトルの水を飲ませてくれた。そしてゼリー状の携帯食糧、1口サイズのサプリメントをバックパックから取り出し、僕に与えてくれた。

「おっ、やっと到着だ」

  数分後、ファルさんがそう呟いて上空を見上げている。ヘリコプターが飛んでいた。そのヘリコプターは大きなコンテナを吊り下げていた。僕達がいる位置から50m程離れた地点に、そのコンテナがドシンと音を立てて落ちた。
  そのコンテナに向かってファルさんは走り出す。僕も立ち上がって、少しずつではあるが歩いていく。先程よりは少し痛みが引いている。

「あんまり無理すんなよー?」

  ファルさんは僕に向かってそう言い、コンテナの端に付いていたパネルを操作する。すると、コンテナのその面の板が上から開き、下へと降りていく。

  そのコンテナの中には、1台のバイクがワイヤーで固定された状態で置かれていた。レースで使われるスポーツタイプの大型バイクだったが、今までに見た事ないフォルムをしている。ファルさんがレースで使っていた物とも全く違う。
  漆黒のボディには一筋の白いラインが走っている。フロント部分は、先端が尖るくらいに斜め下に伸びており、前輪に比べて後輪の方が見るからに大きい。両サイドの大きなマフラーが後部へと長く太く伸びており、リア部分はウイングのように斜めに伸びている。

「俺の愛機、ディフィート・サニティーだ」

  ファルさんはそう言って、僕にその愛機を紹介してくれた。
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