カンテノ

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第3章 サフォケイション

3-17 ブルータル

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「安心しろ。絶拳はお前には使わねえよ。その代わり、わしを楽しませてくれよ。お前のグラインドは面白いしな」

  そう言って奴は僕に近づき、拳を放っていた。確実に僕の顔面を狙っている。僕は近くにあった道路標識2本をクロスさせて受け止める。

「ほう?」

  ブルータルは感心したような声を漏らしたが、まだ余裕の笑みを浮かべている。ならばと、先程倒れた特殊部隊隊員が持っていた銃を2梃、空中に浮かべ、ブルータルの背後から奴の背中目掛けて連射する。

「ぐっふあぁ!」

  奴の背中から血が飛び散り、ブルータルは苦痛の声を上げた。だが、奴はまたすぐに笑った。
  そして、僕が防御に使っていた2本の道路標識を左脚の蹴りで跳ね上げ、僕の身体を右脚の蹴りで突き飛ばした。

「ぶっへぁー!」

  凄まじい衝撃が僕の身体全体を貫き、僕は叫び声を上げた。そして、何かガラスのような物に背中からぶつかり、その後壁に激突した。
  先程いた位置から、道路を挟んだ所にある飲食店にまで突き飛ばされていたようだ。店内にはまだ人がおり、突然の出来事に慌てて逃げ出していた。

「ど、どうなってるんだ……? 銃で、撃ったのに、なぜ、生きている……んだ?」

  僕は全身の激痛に苦しみながら疑問を口にする。額の辺りから血が流れ出している。腕も、脚も、痛い。それでも、まだ立てる。
  奴は、飲食店の入り口にまで来ていた。怖い。だが、戦うんだ。

  僕は店内にあったテーブルと椅子をありったけグラインドで投げつける。そして、店内の奥へと逃げていく。振り返ると、ブルータルはテーブルを拳で粉砕していた。

「鬼ごっこが好きなガキだな? そんな遊びじゃわしは満足できんぞ?」

  ブルータルはそう言いながら椅子を蹴り飛ばす。その間、僕は厨房へと辿り着く。そこのガスの栓をグラインドで全開にして開ける。また振り返ると、奴はちょうど厨房へと入ってくる所だった。

「お前と、鬼ごっこなんか、したいわけじゃないんだよ」

  僕は先程客席にあったテーブルを、こちらに引き寄せるように飛ばし、それはブルータルの後頭部に当たり、僕の所にまでくる。
  そしてガスコンロのスイッチを入れると同時に、そのテーブルに乗って裏口から店外へと逃げる。
  ガスで充満した飲食店が背後で大爆発を起こし、その衝撃で僕は道路にまで飛ばされる。

「流石に、これだけやれば、終わりだ」

  僕は地べたに仰向けになった。

「あちぃな」

  奴の声だ。ブルータルは瓦礫を粉砕しながら、燃える建物から出てきた。

「言ってなかったな。わしのグラインド、『ブルータル』の能力は、不死身だ」

  そんな、馬鹿な。あの爆発でも生きているのか? 奴の服は確かに焼け焦げている。肌も火傷で黒くなっている。しかし、その肌はすぐに元の色に戻っていく。

「絶拳はわしが長年の戦いで会得した技に過ぎない。わしのグラインドは、不死身そのものだ。死ぬことはない」

  再び僕の前に立ったブルータルは、そう言って口角を吊り上げた。

「不死身……だと……?」

  そんなの、勝てるわけがない。ここで、このまま殺されるのを待つしかないのか。いや、諦めちゃダメなんだ。何度も姉さんに言われた。諦めちゃダメだ。
  そして、勝てない強敵に直面した時こそ、想像するんだ。こいつを倒す術を。僕は再び交通案内板をボードにしてそれに乗り、上空へと飛ぶ。周りの道路標識をいくつもいくつもブルータルに向けて飛ばす。

「逃がさねぇぞー?」

  そう言って奴は跳躍し、なんと僕が飛ばした道路標識を足場にして次から次へと跳び渡っていく。常人離れしすぎている。気づいた頃には奴は僕が乗る案内板ボードの上にいた。

「吹っ飛べ!」

  そう言い放ち、僕の腹を蹴った。胃液を吐き散らしながら僕は飛ばされた。
  咄嗟に近くに生えていた樹木をグラインドで引き抜き、それをクッションにし衝撃を緩和した。しかし、それも虚しく、僕の身体はビルのガラスに激突し、それを突き破りそこの一室に落下した。

「ぐはぁ……痛い……痛いっ……!」

  全身が痛くてたまらない。頭から血がまた流れ出し、その血が目に入ってくる。
  それでも、落ち着け。逃げるな。奴を、奴を、ブルータルを倒すんだ。
  周りを見ると、どこかのオフィスの一室のようだった。そして、ガラスが割れた窓辺にはブルータルが立っていた。

「くっそがぁ!」

  僕は叫びながら、割れたガラスの破片を全て余すこと無く、やつに向けて突き刺していく。

「ぐっ!?」

  ガラスの破片は確かにブルータルに刺さっている。だが、それが抜け落ち、その傷はみるみる塞がっていく。

「不死身だって言ってるだろ? そんな物、通用しねぇんだよ」

  奴は不敵に笑い、僕の腹に向けて拳を放った。

「かはっ!」

  オフィス内の床に僕が吐いた血が飛び散る。頭がクラクラし、意識が朦朧とするが、それでも戦わなくてはいけないんだ。
  僕は顔を上げ、踏み込みながら奴の腹に反撃の拳を当てる。

「おうおう。ガッツあるねー!」

  僕の拳を物ともせず、奴は僕の顔を横から蹴り払った。

「ぶはっ!」

  僕はオフィス内のデスクに激突する。全身に激痛が走るが、諦める訳には行かない。
  不敵に笑うブルータルの背後から車が飛び込んでくる。先程、外に駐車してあった一般車に僕は予め目を付けていた。僕のグラインドで現れた車が、ブルータルの背後に激突する。
  オフィス内に飛び込んで来た車に僕は乗り込み、それをグラインドで動かし、もう一度ブルータルに正面から突撃する。

「こんの、くそが!」

  向かってきた車にブルータルは叫んだ。ゴン、という衝撃音を立ててぶつかり、僕はその車に乗ったまま、オフィスの窓から脱出し、再び外に出る。

「逃がさねーぞー?」

  外から声が聞こえた。窓から顔を出し、後ろを見ると、車体の下に奴が掴まっていた。僕は奴を振り落とすように車を動かしながら、空中を飛ぶ。そして、そのままビルの谷間を行く。
  途中の交差点にあった信号機をブルータルにぶつけるように車を動かしたが、奴は信号機を片手の拳で粉砕した。
  その信号機の破片を、僕は奴に向けて飛ばす。突き刺さったり、ぶつかりはするものの、ブルータルは全く怯まず、落ちる気配はない。

「はははっ、効かねぇんだよだから!」

  ぶら下がりながらもブルータルは声を上げていた。

「そうか、ならこれならどうだ!」

  僕はそう言って、車を下に落とす。下には川があった。落とすと同時に、予め持っていたライターを投げ、グラインドの力で車のガソリン給油口を開け、その中に火をつけたライターを入れる。
  それと同時に、僕は車のドアを引き剥がし、それに乗って逃げる。川に落ちる前に車は爆発した。これでも、奴は倒れない。

「爆発もわしには効かねぇ。さっきも試しただろ」

  川面から顔を出し、奴はまだ笑っていた。確かに。上空から見ても、ブルータルの焼け焦げた肌はみるみる元通りになっていく。
  しかし、僕はまた既に次の一手をすぐに打っていた。川の両サイドには煌びやかなネオンの看板がずらりと並んでいたため、その全てをグラインドで川に落とした。大量の電流が川に流れ、ネオン看板も火花を散らしながら爆発する。

「ど、どうだ……?」

  僕は息を切らしながら川を見つめる。やはりブルータルは生きていた。川に落とした看板の1つの上に登り、立ち上がった。

「なかなか面白いコンボだったなー。だが残念! 不死身のわしを殺せるわけがないんだなー」

  そう言って奴はまだ笑っていた。そこから跳び上がり、道路に立つ。

「そんな高い所にいられちゃ、攻撃できないのう」

  それもそうだ。僕は先程の車のドアに乗り、地上から10m程の位置にいる。
  そして、僕のすぐ側には観覧車があった。そのゴンドラ部分を飛ばしていく。それはあたかも隕石のように、地上のブルータル目掛けて飛んでいく。
  が、その1つをあいつは身体の真正面から受け止めた。

「うおぉらぁーっ!」

  その叫びと共に、観覧車のゴンドラを僕に向かって投げてきた。回避が間に合わない。ゴンドラの衝撃を受け、バランスを崩しながら飛ばされる。
  そこへ、今度はブルータルが道路脇の標識を自身の力で引き抜き、槍投げのように投げてきた。鋭い音を立てながら飛ぶそれは僕が乗っていた車のドアを破壊した。
  落ちる。そう思った僕の目の前に、跳躍したブルータルが現れ、空中で僕の身体を地面に向かって蹴り飛ばした。

「うっ、うわぁ! ぐわっ! ぐはぁー!」

  何度も何度も、僕の身体はアスファルトに打ち付けられ、バウンドし、衝撃を受けた。全身が痛くて、痛くてたまらない。

「おらおらおらぁ! まだまだ楽しませろよ!」

  ブルータルが突進してきていた。僕は上半身を起こすのが精一杯になっていた。それでも、戦うんだ。
  近くにあった街灯を引き抜き、それでブルータルを右側から横殴りする。奴は左腕でガードした。骨が折れたはずだ。
  だが、ブルータルは右手でその街灯を掴むと、骨折から回復した左手でも持ち、今度は僕に向かってぶつけてきた。
  左側から街灯で殴られ、身体を引き裂くような激痛が走り、僕の身体は飲み屋が立ち並ぶ通りに飛ばされる。

「ぐがっ! ぶぉはっ! はぁ、はぁ、このまま……やられる、わけには……いかないんだ!」

  吹き飛ばされ、空中にいながらも僕は、周りの建物のガラスをありったけ割り、その破片をブルータルに向けて飛ばす。

「ぐぬっ!」

  これで奴を倒すことはできない。それでも、奴の足は止まる。足が止まれば、奴の攻撃も止まる。それを繰り返せばチャンスは必ず、必ず、いつか巡って来るはずなんだ。

「ぶはっ!」

  吹き飛ばされた僕は背中からまた何かにぶつかった。車だった。全身そこら中が痛くて、血があちこちから流れ出しているが、それでも手を緩めちゃだめだ。
  僕は激突した背後の車をグラインドで奴に向かって飛ばす。飛ばしながら辺りを見回し、他の車も飛ばす。

「こんにゃろーがぁ!」

  ブルータルは叫びながら車を両手で受け止めていた。しかし、そこに追撃の車が激突する。2台、3台、4台と。奴は車に埋もれるようになる。
  が、その車がボコボコと動き出す。全ての車が一度に裏返った。その中心に奴は立っていた。

「甘い甘い! そんな甘っちょろい攻撃じゃわしは倒せねぇぞ!」

  そう言って駆け出したブルータルは、僕との距離を一気に詰め、辛うじて立ち上がったばかりの僕の腹を殴った。

「ぐえっ! ぐぼぉっ! ごっはぁ!」

  今度は胃液と共に血が口から出た。苦しんでいる暇もなく、ブルータルは立て続けに僕の顔面を蹴り、僕の身体は宙に浮いた。

「まだまだぁ! へばんじゃねぇぞ!」

  ブルータルは宙に浮いた僕の胸の辺りに拳を3発立て続けに放った。
  息ができなくなって、僕の身体は飛ばされ、地面を転がり、もう、動けなくなってしまった。
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