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第4章 ナターシャ
4-12 下山
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謎の男を撃退した後、僕はミルちゃんを落ち着かせながらテントに戻り、再び就寝に就いた。
しかし、ミルちゃんは寝れないらしく、時折「うぅ」とか「ふえぇん」といった呻き声が隣から聞こえてきて、僕まで眠れなくなってしまったため、テントの外で2人で時間を過ごす事にした。
「うぅ……、想様申し訳ございません。迷惑かけてばかりで」
ミルちゃんは「倉庫」と呼んでいた場所から防寒着を持ってきてそれを着ている。モコモコしたファーのコートだ。
「いいんですよ。あんなの見たら誰だって怖いです」
僕は焚き火を起こした。ドドがやっていた事を見様見真似でやったが、雪枝垂先生の家での経験もあり、難なく火を起こす事ができた。
そして、ガスバーナーでお湯を沸かし2人分のコーヒーを淹れる。ドドはいつもの如く熟睡してるようだったのでそのままにしておく。ミルちゃんのあの絶叫でも起きなかったしな。
空は少しずつ白み始めているため朝は近い。2人でコーヒーを飲みながら焚き火で温まって時間を過ごした。
「あ、朝日ですわ」
ミルちゃんが言った通り、太陽が上り始め、その光は冷えた山の空気を温めるように拡がっていく。辺りには霧も立ち込めていたため、朝日はその霧を照らしていく。
「こうやって山から見る日の出って、ちょっと幻想的ですよね」
僕がそう言うと、ミルちゃんは朝日を見つめながらも返事をした。そうして暫く2人でぼーっと過ごしていたら、ドドが起き始めた。
「んおー? なんだ2人とももう起きてたのか? おはよー」
相変わらず寝惚け気味だ。そして、3人で一緒に近くの川まで行き、水を汲むついでに顔を洗った。
ミルちゃんは最初は川の水に触れる事に抵抗があったようだが、僕達が顔を洗っているのを見て、意を決して水を掬って顔を洗った。
「ひやあっ! 冷たいですわ! でも……すごく気持ちいい。目が覚めますわね」
隣にいた僕とドドはその様子を見て笑っていた。
テントまで戻ると、ドドは朝食を作り始めた。今朝は日本食。竈で炊いた米、そして味噌汁だ。この大自然の中で頂く味噌汁はこの上なく美味い。昨夜の蛤も入っていて、その出汁が効いている。
「これが、日本の家庭の味なのですね。とても、温かいですわ」
ミルちゃんはやはり日本食には縁がないのか、不思議そうに味わっていたが、自然とその顔に笑顔が浮かぶ。
「あぁ、そうだ! 味噌汁は日本の母の味だ! まぁ、俺は雪枝垂先生に教わったんだがな」
「そうだったんだ。ドドが料理人になったのって、やっぱり先生の所で料理も学んでいたから?」
僕がそう聞くと、ドドは快活に笑って頷く。
「ああそうだ。それまでは料理なんかやった事なかったし、やりたくもなかったがな。先生の所で暮らしてる内に楽しくなっちまったんだな」
そうだったんだ。いいな。僕も、何か夢中になれる事を見つけたい。
「わ、わたくしもお料理勉強致しますわ!」
ミルちゃんはどこか慌て気味にそう言い出した。
「ははは、んじゃあ、今度一緒に作ってみるか?」
ドドがそう言うと、ミルちゃんは恥ずかしそうにしながらも、ありがとうございますと小声で礼を言った。
朝食を終えた僕らは、周囲の片付けを始めた。身支度を済ませ、いよいよ、今日はこの山を下りる。3週間ほどいただろうか。ずっと別世界に閉じこもっていたような心地だ。
「では、この山を下りた先の街までまずは移動すればよろしいのですよね?」
ミルちゃんが僕とドドを交互に見つめた後に手を伸ばそうとする。
「あ、待ってください」
僕がそう言うと、ミルちゃんは不思議そうな顔をする。
「ミルちゃん、君の能力はとても便利だ。でも、でもね、僕は最後までこの山を自分の足で下りたいんだ。ドド、君は僕が悲しみに打ちひしがれ、塞ぎこまないようにこの場所に連れてきてくれたんだよね? 本当にありがとう。僕は、悲しみを乗り越えるようにこの山を登ってきた。でも、やっぱり忘れるものじゃないんだ。ドドも言っていたように、これからも抱えて行くものなんだって。だから、それを胸に刻むように、自分の心にケジメをつけるためにも、最後まで自分の足で歩きたいんだ」
僕がそう話すと、ドドは黙って微笑みながら頷いた。ミルちゃんは暫くぽかんと口を開け、僕を見つめていたが、やがて我に返るように口を動かす。
「わ、わかりましたわ! 想様がそうおっしゃるのなら、わたくしもお付き合い致します。一緒に歩きますわ!」
どこかむきになるようにそう言った。
「瞬間移動もいいが、たまには自分の足で歩くのもいいぞ? だが、その靴はちょっと山道には不向きだな?」
ドドが言った通り、ミルちゃんは少しヒールが高いパンプスを履いている。ドドにそう言われ、ミルちゃんは可愛らしいブーツを出現させた。
「こちらなら問題ありませんよね?」
ドドにそう言って確認し、靴を履き替える。ドドも満足そうに頷いている。そして、3人で歩き出す。
その道すがら、昨夜の事件をドドに話し出す。奇妙な男について。
「あれは、ほぼゾンビに近かったんじゃないかなって。もう既に、命はなかったんじゃないかと思ってる」
僕は自分の予想を聞かせた。
「ふーむ、真夜中この山中にねぇ。しかも、そいつはあの宗教の一員だったと」
来た時と同じくらいの緩やかな道を下っている。
「ひょっとしたら、なんらかのグラインドで操られていたのかもしれない。何が目的なのかは見当がつかないけど」
僕もドドも険しい表情をしながら歩いていた。と、ずっと沈黙していたミルちゃんの足が止まった。どうしたのだろう。
「ぎぃやあぁーっ! 虫! 虫! 虫ですわー! 想様ー、取ってくださいませー!」
静かな山中に今日もミルちゃんの絶叫が響く。元気があってよろしい。
見ると、ミルちゃんの肩にカマキリが止まっていた。僕はそっとそれを掴み、近くの葉の上に乗せる。
「はっはっはっ! ミルちゃんは虫が苦手なのか!」
ドドが笑い出し、それを見たミルちゃんは頬を膨らます。
「わ、笑いすぎですわよ! だって、怖いではありませんか! 虫だけは駄目です! 虫だけは!」
と、その時、ミルちゃんの近くの木の枝に何かがいた。それは、ミルちゃんが被っている小さなハットをもの珍しそうにつついている。
「んひやぁー!? ふえぇ!? こ、今度はなんですの!?」
猿だった。木の枝に乗っている猿がその長い手を伸ばしていた。ミルちゃんは怯えながら僕の後ろに隠れた。
「虫だけじゃなくて、猿もダメですか?」
僕は少し笑ってしまいそうになるのを堪えながらそう聞いた。
「さ、猿!? 猿なんですの? い、いえ、初めて見た生き物だったので、その、ちょっと戸惑ってしまっただけですわ!」
木の枝にいた猿は、暫くしたら木を登り、どこかへ行ってしまった。
「山にはいろんな生き物が暮らしているんだ。この地球の上に住んでいるのは、人間だけじゃあねぇんだ」
ドドは満面の笑みでそう言った。正にその通りだ。僕もこの山に来てからいろんな生き物を見てきた。時にはその生き物と触れ合い、時には襲ってきたその命を頂いた。
「そうなんですよ。猿だけじゃないです。ほら、あそこの木の上、見てください」
僕が指さした方向へ、ミルちゃんは視線を向ける。
「あれは、リス……ですの? 本でしか見た事ありませんでしたが、とても可愛いですわ」
木の上にいたリスは、手に持った木の実を食べ、口の中に蓄えている。
ミルちゃんは笑顔を浮かべ、そのリスを見ていた。と、そのリスが素早く下りてきて、ミルちゃんの肩に乗った。
「ふわっ!? へっ!? あっ、ちょっと……くすぐったいですわー」
リスはミルちゃんの首の周りをぐるぐる回っている。くすぐったそうにしながらも、ミルちゃんはどこか嬉しそうだった。その様子を見て、僕とドドもつい笑ってしまう。
「動物とは話ができないから、怖く感じる事もあります。でも、こうして触れ合うと、なんだか心が通じ合ったような気分になれますよね。動物も、僕達人間と同じ命だからだと僕は思ってます」
ミルちゃんに乗っていたリスは再び木の上に戻り、その上を駆け上っていく。ミルちゃんはそのリスに手を振っている。
「はい、想様の仰っている事、わかります。わたくし、もっといろんな生き物をこの目で見てみたいですわ」
ミルちゃんは野生の動物に触れるのは初めてだっただろう。しかし、彼女はこんなにも目を輝かせ感動している。純粋な心の持ち主なのだ。
それから暫く歩いた後、手頃な草原があったのでそこでお昼にする。朝食時の米飯をドドがおにぎりにしてくれており、3人で並んでそれを頂く。中身はもちろん蛤だ。
「想様のお姉様は『正義の味方』だったと、姉様から聞いておりました」
昼休憩を終え、再び歩き出し、ミルちゃんは呟くようにそう言った。そうか、姉の事も一颯さんから聞いていたのか。
「あー、一颯さんはよく『正義の味方』って言ってましたね。実際は、そんな格好良いだけじゃなくて、結構ずぼらだったんですけどね」
僕は少し気まずそうにそう答える。本人はこのやり取りをあの部屋から見ているからな。
「何言ってんだよ想! 煉美さんは正しく『正義の味方』だ。いつもピンチの時に駆けつけてくれたからな」
ドドは当時を思い出しながらそう語る。
「格好良いですわぁ。素敵なお姉様でしたのね。3週間前の戦いは、そのお姉様の無念を晴らす戦いだったのですよね。想様がお姉様の仇を取ったなんて、それはもう歴史的瞬間でしたわね!」
どこか、うっとりしたような表情をしていたミルちゃんに対し、ドドが口を開く。
「あれも煉美さんが……」
そう言い出した所で僕が慌ててドドを小突く。そして首を振る。ドドは不満そうにしていたが、すぐに納得して僕の意思を受け入れてくれたようだった。
と、そこで右側の視界が開けて、山々の景色が目に飛び込んできた。登り始めた時に見た場所とは違ったが、そこにも綺麗な緑の絨毯が広がって、所々木々が紅葉しており、赤や黄色で彩られていた。
「おー、いい景色だなー!」
ドドは伸びをしながら眼下に広がる景色を見る。
「あぁ、風も気持ちいい」
僕はその気持ちいい風を浴びるように目を閉じる。
「わぁ! とっても綺麗な緑! このままこの緑に飛び込んでしまいたくなりますわね!」
ミルちゃんは目を輝かせてそう言った。そうか、そうだよ。きっと、彼女なら、一颯さんならそう言ったに違いない。
しかし、ミルちゃんは寝れないらしく、時折「うぅ」とか「ふえぇん」といった呻き声が隣から聞こえてきて、僕まで眠れなくなってしまったため、テントの外で2人で時間を過ごす事にした。
「うぅ……、想様申し訳ございません。迷惑かけてばかりで」
ミルちゃんは「倉庫」と呼んでいた場所から防寒着を持ってきてそれを着ている。モコモコしたファーのコートだ。
「いいんですよ。あんなの見たら誰だって怖いです」
僕は焚き火を起こした。ドドがやっていた事を見様見真似でやったが、雪枝垂先生の家での経験もあり、難なく火を起こす事ができた。
そして、ガスバーナーでお湯を沸かし2人分のコーヒーを淹れる。ドドはいつもの如く熟睡してるようだったのでそのままにしておく。ミルちゃんのあの絶叫でも起きなかったしな。
空は少しずつ白み始めているため朝は近い。2人でコーヒーを飲みながら焚き火で温まって時間を過ごした。
「あ、朝日ですわ」
ミルちゃんが言った通り、太陽が上り始め、その光は冷えた山の空気を温めるように拡がっていく。辺りには霧も立ち込めていたため、朝日はその霧を照らしていく。
「こうやって山から見る日の出って、ちょっと幻想的ですよね」
僕がそう言うと、ミルちゃんは朝日を見つめながらも返事をした。そうして暫く2人でぼーっと過ごしていたら、ドドが起き始めた。
「んおー? なんだ2人とももう起きてたのか? おはよー」
相変わらず寝惚け気味だ。そして、3人で一緒に近くの川まで行き、水を汲むついでに顔を洗った。
ミルちゃんは最初は川の水に触れる事に抵抗があったようだが、僕達が顔を洗っているのを見て、意を決して水を掬って顔を洗った。
「ひやあっ! 冷たいですわ! でも……すごく気持ちいい。目が覚めますわね」
隣にいた僕とドドはその様子を見て笑っていた。
テントまで戻ると、ドドは朝食を作り始めた。今朝は日本食。竈で炊いた米、そして味噌汁だ。この大自然の中で頂く味噌汁はこの上なく美味い。昨夜の蛤も入っていて、その出汁が効いている。
「これが、日本の家庭の味なのですね。とても、温かいですわ」
ミルちゃんはやはり日本食には縁がないのか、不思議そうに味わっていたが、自然とその顔に笑顔が浮かぶ。
「あぁ、そうだ! 味噌汁は日本の母の味だ! まぁ、俺は雪枝垂先生に教わったんだがな」
「そうだったんだ。ドドが料理人になったのって、やっぱり先生の所で料理も学んでいたから?」
僕がそう聞くと、ドドは快活に笑って頷く。
「ああそうだ。それまでは料理なんかやった事なかったし、やりたくもなかったがな。先生の所で暮らしてる内に楽しくなっちまったんだな」
そうだったんだ。いいな。僕も、何か夢中になれる事を見つけたい。
「わ、わたくしもお料理勉強致しますわ!」
ミルちゃんはどこか慌て気味にそう言い出した。
「ははは、んじゃあ、今度一緒に作ってみるか?」
ドドがそう言うと、ミルちゃんは恥ずかしそうにしながらも、ありがとうございますと小声で礼を言った。
朝食を終えた僕らは、周囲の片付けを始めた。身支度を済ませ、いよいよ、今日はこの山を下りる。3週間ほどいただろうか。ずっと別世界に閉じこもっていたような心地だ。
「では、この山を下りた先の街までまずは移動すればよろしいのですよね?」
ミルちゃんが僕とドドを交互に見つめた後に手を伸ばそうとする。
「あ、待ってください」
僕がそう言うと、ミルちゃんは不思議そうな顔をする。
「ミルちゃん、君の能力はとても便利だ。でも、でもね、僕は最後までこの山を自分の足で下りたいんだ。ドド、君は僕が悲しみに打ちひしがれ、塞ぎこまないようにこの場所に連れてきてくれたんだよね? 本当にありがとう。僕は、悲しみを乗り越えるようにこの山を登ってきた。でも、やっぱり忘れるものじゃないんだ。ドドも言っていたように、これからも抱えて行くものなんだって。だから、それを胸に刻むように、自分の心にケジメをつけるためにも、最後まで自分の足で歩きたいんだ」
僕がそう話すと、ドドは黙って微笑みながら頷いた。ミルちゃんは暫くぽかんと口を開け、僕を見つめていたが、やがて我に返るように口を動かす。
「わ、わかりましたわ! 想様がそうおっしゃるのなら、わたくしもお付き合い致します。一緒に歩きますわ!」
どこかむきになるようにそう言った。
「瞬間移動もいいが、たまには自分の足で歩くのもいいぞ? だが、その靴はちょっと山道には不向きだな?」
ドドが言った通り、ミルちゃんは少しヒールが高いパンプスを履いている。ドドにそう言われ、ミルちゃんは可愛らしいブーツを出現させた。
「こちらなら問題ありませんよね?」
ドドにそう言って確認し、靴を履き替える。ドドも満足そうに頷いている。そして、3人で歩き出す。
その道すがら、昨夜の事件をドドに話し出す。奇妙な男について。
「あれは、ほぼゾンビに近かったんじゃないかなって。もう既に、命はなかったんじゃないかと思ってる」
僕は自分の予想を聞かせた。
「ふーむ、真夜中この山中にねぇ。しかも、そいつはあの宗教の一員だったと」
来た時と同じくらいの緩やかな道を下っている。
「ひょっとしたら、なんらかのグラインドで操られていたのかもしれない。何が目的なのかは見当がつかないけど」
僕もドドも険しい表情をしながら歩いていた。と、ずっと沈黙していたミルちゃんの足が止まった。どうしたのだろう。
「ぎぃやあぁーっ! 虫! 虫! 虫ですわー! 想様ー、取ってくださいませー!」
静かな山中に今日もミルちゃんの絶叫が響く。元気があってよろしい。
見ると、ミルちゃんの肩にカマキリが止まっていた。僕はそっとそれを掴み、近くの葉の上に乗せる。
「はっはっはっ! ミルちゃんは虫が苦手なのか!」
ドドが笑い出し、それを見たミルちゃんは頬を膨らます。
「わ、笑いすぎですわよ! だって、怖いではありませんか! 虫だけは駄目です! 虫だけは!」
と、その時、ミルちゃんの近くの木の枝に何かがいた。それは、ミルちゃんが被っている小さなハットをもの珍しそうにつついている。
「んひやぁー!? ふえぇ!? こ、今度はなんですの!?」
猿だった。木の枝に乗っている猿がその長い手を伸ばしていた。ミルちゃんは怯えながら僕の後ろに隠れた。
「虫だけじゃなくて、猿もダメですか?」
僕は少し笑ってしまいそうになるのを堪えながらそう聞いた。
「さ、猿!? 猿なんですの? い、いえ、初めて見た生き物だったので、その、ちょっと戸惑ってしまっただけですわ!」
木の枝にいた猿は、暫くしたら木を登り、どこかへ行ってしまった。
「山にはいろんな生き物が暮らしているんだ。この地球の上に住んでいるのは、人間だけじゃあねぇんだ」
ドドは満面の笑みでそう言った。正にその通りだ。僕もこの山に来てからいろんな生き物を見てきた。時にはその生き物と触れ合い、時には襲ってきたその命を頂いた。
「そうなんですよ。猿だけじゃないです。ほら、あそこの木の上、見てください」
僕が指さした方向へ、ミルちゃんは視線を向ける。
「あれは、リス……ですの? 本でしか見た事ありませんでしたが、とても可愛いですわ」
木の上にいたリスは、手に持った木の実を食べ、口の中に蓄えている。
ミルちゃんは笑顔を浮かべ、そのリスを見ていた。と、そのリスが素早く下りてきて、ミルちゃんの肩に乗った。
「ふわっ!? へっ!? あっ、ちょっと……くすぐったいですわー」
リスはミルちゃんの首の周りをぐるぐる回っている。くすぐったそうにしながらも、ミルちゃんはどこか嬉しそうだった。その様子を見て、僕とドドもつい笑ってしまう。
「動物とは話ができないから、怖く感じる事もあります。でも、こうして触れ合うと、なんだか心が通じ合ったような気分になれますよね。動物も、僕達人間と同じ命だからだと僕は思ってます」
ミルちゃんに乗っていたリスは再び木の上に戻り、その上を駆け上っていく。ミルちゃんはそのリスに手を振っている。
「はい、想様の仰っている事、わかります。わたくし、もっといろんな生き物をこの目で見てみたいですわ」
ミルちゃんは野生の動物に触れるのは初めてだっただろう。しかし、彼女はこんなにも目を輝かせ感動している。純粋な心の持ち主なのだ。
それから暫く歩いた後、手頃な草原があったのでそこでお昼にする。朝食時の米飯をドドがおにぎりにしてくれており、3人で並んでそれを頂く。中身はもちろん蛤だ。
「想様のお姉様は『正義の味方』だったと、姉様から聞いておりました」
昼休憩を終え、再び歩き出し、ミルちゃんは呟くようにそう言った。そうか、姉の事も一颯さんから聞いていたのか。
「あー、一颯さんはよく『正義の味方』って言ってましたね。実際は、そんな格好良いだけじゃなくて、結構ずぼらだったんですけどね」
僕は少し気まずそうにそう答える。本人はこのやり取りをあの部屋から見ているからな。
「何言ってんだよ想! 煉美さんは正しく『正義の味方』だ。いつもピンチの時に駆けつけてくれたからな」
ドドは当時を思い出しながらそう語る。
「格好良いですわぁ。素敵なお姉様でしたのね。3週間前の戦いは、そのお姉様の無念を晴らす戦いだったのですよね。想様がお姉様の仇を取ったなんて、それはもう歴史的瞬間でしたわね!」
どこか、うっとりしたような表情をしていたミルちゃんに対し、ドドが口を開く。
「あれも煉美さんが……」
そう言い出した所で僕が慌ててドドを小突く。そして首を振る。ドドは不満そうにしていたが、すぐに納得して僕の意思を受け入れてくれたようだった。
と、そこで右側の視界が開けて、山々の景色が目に飛び込んできた。登り始めた時に見た場所とは違ったが、そこにも綺麗な緑の絨毯が広がって、所々木々が紅葉しており、赤や黄色で彩られていた。
「おー、いい景色だなー!」
ドドは伸びをしながら眼下に広がる景色を見る。
「あぁ、風も気持ちいい」
僕はその気持ちいい風を浴びるように目を閉じる。
「わぁ! とっても綺麗な緑! このままこの緑に飛び込んでしまいたくなりますわね!」
ミルちゃんは目を輝かせてそう言った。そうか、そうだよ。きっと、彼女なら、一颯さんならそう言ったに違いない。
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