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第4章 ナターシャ
4-11 闇夜
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就寝に就いた僕はクアルトへと向かう。そして、そこにいたのは。
「え? ミルちゃん!?」
僕の目の前に、赤いゴスロリワンピースを着た女性が、背中を向けて立っていた。
「じゃーん、あたしでしたー。どう? 可愛いでしょ?」
振り返った女性は姉だった。しかも、いい歳こいてミルちゃんのように髪をツインテールに束ねている。
「またコスプレか……あー、可愛いなー」
僕はなるべく姉を視界に入れないようにソファに座る。
「なにその反応ー! ちゃんと心の底から可愛いって言って! そー様!」
「なんで姉さんまでその呼び方するんだよー!?」
すぐ人の真似したがるんだもんなー。恥を知らないと言うか、度胸があると言うか。まぁ昔から変わらないし、今更どうこう言う事でもないか。
「似合ってなくもないから余計に悔しいよね」
僕がそう言うと、自慢げな笑顔を見せて姉はソファに座った。
「今日はクッキーを焼きました。どうぞ食べてください」
と、シクスがお皿に乗ったクッキーと紅茶を持ってきてくれた。
「クッキーも焼けるんだ? 美味しそう。頂きます。わ、しっとりしてて美味しい」
濃厚なバターの味でありながら、甘さ控え目のしっとりしたクッキーに僕は顔が綻ぶ。
今日の紅茶はチャイティーではなかった。口にしてみると、初めてここで飲んだ紅茶と同じようだった。味わい深く、豊かな風味が口の中に広がる。
「ミルティーユちゃん、可愛かったねー! まさか、あのミモザちゃんに妹がいたなんてねー」
姉は興奮気味にそう言って、しっとりクッキーに手を伸ばす。
「姉さん、本当は薄々勘づいてたんじゃないの?」
僕の問いかけに、姉は意味ありげに笑う。
「ミモザちゃんの妹だとは知らなかったよ。ただ、そーくんにシャツを返しに来た時の映像を何回も見たからね。テレポートにしか見えなかった。そして何より、そーくんがその時の事をあたしに聞いてこなかったからね」
そうなんだ。確かに、僕は先生の所での暮らしに夢中になっていてあの時の出来事を聞く気にならなかった。でも、だからって黙ってなくてもいいじゃないかと思う。
「はぁ、意地悪だなもう。まぁいいけどさ」
呆れてつい笑ってしまう。あの時、あの宗教の里で襲われてピンチになった時、姉もシクスもサポートに現れなかったのは、恐らくミルちゃんが近くにいたのを知っていたからだろう。
姉の事だから、自分達が出て行くとミルちゃんが姿を現す事もないだろうと考えていたのかもしれない。
「ミルティーユさんが来てくれて賑やかになってしまいましたね。彼女のグラインドがあれば移動にも困りませんし」
シクスの言う通りだ。全国指名手配をかけられている現状で、ミルちゃんの助けがあればこれ程心強い事はない。山を下りるのも一瞬だ。
「ただ、ミルちゃんはこれからもずっと一緒について行くかどうかはまだわからないからね。彼女も指名手配されてしまうかもしれないし」
姉が冷静な意見を言う。その通りなのだ。まだ20歳の若い女の子を一緒に連れて行くのは、僕としても気が引ける。彼女の人生を台無しにするような事をしたくない。
「うん。そうだよね。ところで、あの宗教については2人とも何か知ってる?」
僕の質問にシクスは首を振る。
「残念ながら知りません。資料も漁りましたが、『暗黒教団 ナイトサイド・エクリプス』という宗教は見つかりませんでした。ただ、昔から悪魔を崇拝する宗教は世界に数多く存在します。反キリスト教思想、いわゆる『サタニズム』と言う考え方です。そういう方面にもゼブルムは手を出しているようですね」
あの宗教だけではないのか。そのような宗教は日本ではほとんどないため、この国はそういう意味でも平和なのだな。いつかファルさんが言っていたように。
「悪魔ねー。あたしの友達でも悪霊とか悪魔に詳しい人がいるんだけど、あの人は忙しそうだし捕まりそうにないなー。いてくれたら心強かったんだけど」
そんな友達もいるのか。どうなってるんだ姉の交友関係。
どんな人だろう? 祈祷師みたいな人しか思い浮かばない。外国ならエクソシストになるのかな。
「そうなんだ。いつかその人にも会って話を聞いてみたいな」
僕がそう言うと姉は微笑み、ソファに手をついて少し前のめりになる。
「なかなか忙しい人だけど、いつか会えるといいね! あたしも早くミルちゃんに会いたいんだけどねー。監視員が厳しいんだよねー」
そう言って姉はシクスを横目で見る。
「当然です。いざという時に出撃できなくてはだめでしょう」
シクスは至って真面目に応える。本当、僕なんかよりもずっと生真面目だ。
「まぁ、でもその時になれば会えるでしょ? 今は我慢だよ姉さん。ところで、シクスに僕のリハビリ手伝ってほしいんだ。いいかな?」
シクスは二つ返事で了承し、手に持った紅茶のカップを置き、僕のトレーニングに付き合ってくれた。
このクアルトでは痛みを感じない。それはつまり、怪我をしていても痛くもなんともないのだ。全く便利な空間だ。またいつ戦闘が始まってもいいように、身体を慣らしておきたくて今日はクアルトに来た。
シクスは初めにストレッチに付き合ってくれて、その後は恒例の殴り合いだ。以前に比べれば、かなりシクスの攻撃を回避する事が出来るようになった。雪枝垂先生の所での経験も大きい。
「いいですね。私から教える事はもうないんじゃないでしょうか?」
「ありがとう。でも、こうやってシクスと向き合うと、落ち着くって言うか、感覚が冴え渡るからこれからもお願いします」
僕はそう言って彼に微笑みかける。その後は軽い運動をして終わり、再び姉さんも交えて雑談をしていたが、次第に瞼が重くなり、僕はそのまま眠りについた。
「想様……想様っ……」
眠っていた僕を呼ぶ声がした。現実世界だ。辺りはまだ暗い。左隣を見ると、ミルちゃんが目を覚まし、毛布を頭から被っていた。
「ミルちゃん……どうしたんですか?」
彼女はどこか怯えているようだった。
「外……テントの外に、誰かいますわ……」
なんだって? ミルちゃんに言われ、テントの向こうに意識を向ける。
微かに木の葉や土を踏む音がする。そして、テントが少し揺れる。外から押しているのか?
「ひっ……!」
ミルちゃんは怯えながら小さな悲鳴を上げた。僕は人差し指を口の前に立てて、静止を促すと、警戒しながらテントから出る。外には何もいなかった。
「大丈夫ですよ。何もいません。野生の動物が来てたのかもしれません」
僕はライトを持って外に出て、辺りを見回した後、テントの中で震えていたミルちゃんに小声で言った。ミルちゃんも恐る恐る外に出て、辺りを確認する。
「ずっと、このテントの周りをうろうろしていたのです。わたくしの勘違いならそれで良いのですが……」
「きっとそうですよ。初めての野宿ですよね? 僕も夜中にいきなり目が覚めて不安になったことありましたし」
僕がそう言った時、ミルちゃんの顔が強張り始める。
「そ、想様……後ろ……」
ミルちゃんの震えた声を聞いて、僕は首を傾げながら背後を振り向きライトを向ける。
そこに男がいた。見知らぬ男だったが、その様子は異常だった。目が黒い。本来白目の場所も全て黒い眼球をしている。肩で息をしながら、口からは吐息と共に涎が垂れている。
「い、いやあぁーっ! 化け物ー! ぎやぁーっ!」
暗闇にミルちゃんの絶叫が響き渡った。その直後に黒い目玉の男は僕に向かって、口を大きく開けて牙を立てながら襲い掛かってきた。僕は左の拳でその男の横顔を殴る。
「あなたは何者だ? ここで何をしている!?」
殴られた男は怯むこと無く、唸り声を上げながら再び僕に近づいてくる。
「いや……いやー! わたくし、もう無理ですわー!」
と、ミルちゃんが悲鳴を上げながら森の中へと逃げ出した。
「あ、ミルちゃん、待って!」
僕は慌てて彼女を追いかける。僕も正直怖い。得体の知れない男が突然こんな真夜中の山中で襲いかかってきたら、そら怖い。
「そ、想様ー。うー、なんなんですのあれ……」
僕がミルちゃんに追いつくと、彼女は目に涙を浮かべて走りながらも聞いてきた。
「わからない。あんなの初めて見たし。とにかく、夜の森を1人で走り回るのは危険だから」
「は、はい。そうでございますよね。落ち着きます……って、ひぃぎゃぁーっ! 追ってきてますわー!」
足を止め始めたミルちゃんが再び走り出した。背後にあの黒目の男が唸り声を上げながら迫ってきた。
「なんなんだよ、こいつ!」
僕は近くに転がる枝と小石をグラインドで黒目の男に向かって飛ばす。
「あっ、きゃうんっ!」
と、少し前を走っていたミルちゃんが躓いて転んでしまっていた。
「大丈夫ですか!?」
「うぅー。痛いですわ。ちょっと擦りむいてしまいました」
ミルちゃんは上半身を起こして膝を撫でている。と、背後で荒い呼吸混じりの唸り声がした。あの男が再び口を大きく開けて目の前にいた。
「くっ、理性がないのか?」
僕は木の葉をグラインドで舞い上げる。男の動きが止まった隙を逃さず、上半身を低く落とした後ろ回し蹴りを男の顔面に当てた。
さらにその顔面に向けて近くにあった大きな石をグラインドでぶつける。ゴキッと、男の首の骨が折れる音が確かに聞こえた。
「やりすぎたかな?」
「うぅ、想様ー」
ミルちゃんは泣きながら僕に近づいてくる。と、あの男がまだ動き出す。首は折れたままだが、それでも先程と変わらぬ動きで再び近づいてきた。
「ぎぃーやあぁーっ! もう無理ですわ!」
ミルちゃんが再び叫び、その手には先程あの宗教の里で使った拳銃が現れる。そして、黒目の男に向かって2回発砲した。その銃弾は確実に男の心臓がある位置を貫いていた。
だが、男は少し蹌踉めいただけで、まだ動く。首は折れながらも、尚呻き声を上げている。どうなっているんだ?
「なんなんですのー! なんなんですのー!?」
ミルちゃんは最早、錯乱状態だった。僕は、彼女を守らなくてはならない。
男の胴体に向かって蹴りを2発当てて、突き飛ばす。そして、倒れた男の顔に向かって、グラインドで岩を上から思い切り叩き付けた。グシャッという音を立てて、男の頭は潰れた。その胴体は暫く痙攣した後、やっと動かなくなった。
「お、終わりましたの……? うぅ、想様ぁ。怖かったですわ」
ミルちゃんはやはりまだまだ少女だ。こんなか弱い少女を、僕達と一緒に連れて行くのはやはり難しいかもしれない。
「はい。もう大丈夫です。怖い思いをさせてごめんなさい。少し待っててくださいね」
僕はそう言って、動かなくなった男の身体の元へと行きライトを当てる。その身体からは血が流れ出していたが、その血は黒かった。暗いからそう見えたのではない。真っ黒の血をしていた。
「そ、想様? 何をしていますの?」
僕は、その黒い血に触らぬように、男のパンツのポケットをまさぐる。財布が見つかり、そこから身分証明書を探す。以前、シルベーヌさんがやっていた事を真似て。
「この男が何者なのか調べたくて。うん、すぐ近くの街に住んでたみたいだ」
免許証にはこの山を下りた所にある街の住所が書かれていた。そして、その免許証の他に、謎の紋章が描かれたカードが入っていた。黒いカードだ。
白い環が中央にあり、その中に大きな角を生やした山羊のような顔が描かれている。
そして、その白い環の下半分に沿うように、間違いなく「Nightside Eclipse」と文字が連なっていた。
「え? ミルちゃん!?」
僕の目の前に、赤いゴスロリワンピースを着た女性が、背中を向けて立っていた。
「じゃーん、あたしでしたー。どう? 可愛いでしょ?」
振り返った女性は姉だった。しかも、いい歳こいてミルちゃんのように髪をツインテールに束ねている。
「またコスプレか……あー、可愛いなー」
僕はなるべく姉を視界に入れないようにソファに座る。
「なにその反応ー! ちゃんと心の底から可愛いって言って! そー様!」
「なんで姉さんまでその呼び方するんだよー!?」
すぐ人の真似したがるんだもんなー。恥を知らないと言うか、度胸があると言うか。まぁ昔から変わらないし、今更どうこう言う事でもないか。
「似合ってなくもないから余計に悔しいよね」
僕がそう言うと、自慢げな笑顔を見せて姉はソファに座った。
「今日はクッキーを焼きました。どうぞ食べてください」
と、シクスがお皿に乗ったクッキーと紅茶を持ってきてくれた。
「クッキーも焼けるんだ? 美味しそう。頂きます。わ、しっとりしてて美味しい」
濃厚なバターの味でありながら、甘さ控え目のしっとりしたクッキーに僕は顔が綻ぶ。
今日の紅茶はチャイティーではなかった。口にしてみると、初めてここで飲んだ紅茶と同じようだった。味わい深く、豊かな風味が口の中に広がる。
「ミルティーユちゃん、可愛かったねー! まさか、あのミモザちゃんに妹がいたなんてねー」
姉は興奮気味にそう言って、しっとりクッキーに手を伸ばす。
「姉さん、本当は薄々勘づいてたんじゃないの?」
僕の問いかけに、姉は意味ありげに笑う。
「ミモザちゃんの妹だとは知らなかったよ。ただ、そーくんにシャツを返しに来た時の映像を何回も見たからね。テレポートにしか見えなかった。そして何より、そーくんがその時の事をあたしに聞いてこなかったからね」
そうなんだ。確かに、僕は先生の所での暮らしに夢中になっていてあの時の出来事を聞く気にならなかった。でも、だからって黙ってなくてもいいじゃないかと思う。
「はぁ、意地悪だなもう。まぁいいけどさ」
呆れてつい笑ってしまう。あの時、あの宗教の里で襲われてピンチになった時、姉もシクスもサポートに現れなかったのは、恐らくミルちゃんが近くにいたのを知っていたからだろう。
姉の事だから、自分達が出て行くとミルちゃんが姿を現す事もないだろうと考えていたのかもしれない。
「ミルティーユさんが来てくれて賑やかになってしまいましたね。彼女のグラインドがあれば移動にも困りませんし」
シクスの言う通りだ。全国指名手配をかけられている現状で、ミルちゃんの助けがあればこれ程心強い事はない。山を下りるのも一瞬だ。
「ただ、ミルちゃんはこれからもずっと一緒について行くかどうかはまだわからないからね。彼女も指名手配されてしまうかもしれないし」
姉が冷静な意見を言う。その通りなのだ。まだ20歳の若い女の子を一緒に連れて行くのは、僕としても気が引ける。彼女の人生を台無しにするような事をしたくない。
「うん。そうだよね。ところで、あの宗教については2人とも何か知ってる?」
僕の質問にシクスは首を振る。
「残念ながら知りません。資料も漁りましたが、『暗黒教団 ナイトサイド・エクリプス』という宗教は見つかりませんでした。ただ、昔から悪魔を崇拝する宗教は世界に数多く存在します。反キリスト教思想、いわゆる『サタニズム』と言う考え方です。そういう方面にもゼブルムは手を出しているようですね」
あの宗教だけではないのか。そのような宗教は日本ではほとんどないため、この国はそういう意味でも平和なのだな。いつかファルさんが言っていたように。
「悪魔ねー。あたしの友達でも悪霊とか悪魔に詳しい人がいるんだけど、あの人は忙しそうだし捕まりそうにないなー。いてくれたら心強かったんだけど」
そんな友達もいるのか。どうなってるんだ姉の交友関係。
どんな人だろう? 祈祷師みたいな人しか思い浮かばない。外国ならエクソシストになるのかな。
「そうなんだ。いつかその人にも会って話を聞いてみたいな」
僕がそう言うと姉は微笑み、ソファに手をついて少し前のめりになる。
「なかなか忙しい人だけど、いつか会えるといいね! あたしも早くミルちゃんに会いたいんだけどねー。監視員が厳しいんだよねー」
そう言って姉はシクスを横目で見る。
「当然です。いざという時に出撃できなくてはだめでしょう」
シクスは至って真面目に応える。本当、僕なんかよりもずっと生真面目だ。
「まぁ、でもその時になれば会えるでしょ? 今は我慢だよ姉さん。ところで、シクスに僕のリハビリ手伝ってほしいんだ。いいかな?」
シクスは二つ返事で了承し、手に持った紅茶のカップを置き、僕のトレーニングに付き合ってくれた。
このクアルトでは痛みを感じない。それはつまり、怪我をしていても痛くもなんともないのだ。全く便利な空間だ。またいつ戦闘が始まってもいいように、身体を慣らしておきたくて今日はクアルトに来た。
シクスは初めにストレッチに付き合ってくれて、その後は恒例の殴り合いだ。以前に比べれば、かなりシクスの攻撃を回避する事が出来るようになった。雪枝垂先生の所での経験も大きい。
「いいですね。私から教える事はもうないんじゃないでしょうか?」
「ありがとう。でも、こうやってシクスと向き合うと、落ち着くって言うか、感覚が冴え渡るからこれからもお願いします」
僕はそう言って彼に微笑みかける。その後は軽い運動をして終わり、再び姉さんも交えて雑談をしていたが、次第に瞼が重くなり、僕はそのまま眠りについた。
「想様……想様っ……」
眠っていた僕を呼ぶ声がした。現実世界だ。辺りはまだ暗い。左隣を見ると、ミルちゃんが目を覚まし、毛布を頭から被っていた。
「ミルちゃん……どうしたんですか?」
彼女はどこか怯えているようだった。
「外……テントの外に、誰かいますわ……」
なんだって? ミルちゃんに言われ、テントの向こうに意識を向ける。
微かに木の葉や土を踏む音がする。そして、テントが少し揺れる。外から押しているのか?
「ひっ……!」
ミルちゃんは怯えながら小さな悲鳴を上げた。僕は人差し指を口の前に立てて、静止を促すと、警戒しながらテントから出る。外には何もいなかった。
「大丈夫ですよ。何もいません。野生の動物が来てたのかもしれません」
僕はライトを持って外に出て、辺りを見回した後、テントの中で震えていたミルちゃんに小声で言った。ミルちゃんも恐る恐る外に出て、辺りを確認する。
「ずっと、このテントの周りをうろうろしていたのです。わたくしの勘違いならそれで良いのですが……」
「きっとそうですよ。初めての野宿ですよね? 僕も夜中にいきなり目が覚めて不安になったことありましたし」
僕がそう言った時、ミルちゃんの顔が強張り始める。
「そ、想様……後ろ……」
ミルちゃんの震えた声を聞いて、僕は首を傾げながら背後を振り向きライトを向ける。
そこに男がいた。見知らぬ男だったが、その様子は異常だった。目が黒い。本来白目の場所も全て黒い眼球をしている。肩で息をしながら、口からは吐息と共に涎が垂れている。
「い、いやあぁーっ! 化け物ー! ぎやぁーっ!」
暗闇にミルちゃんの絶叫が響き渡った。その直後に黒い目玉の男は僕に向かって、口を大きく開けて牙を立てながら襲い掛かってきた。僕は左の拳でその男の横顔を殴る。
「あなたは何者だ? ここで何をしている!?」
殴られた男は怯むこと無く、唸り声を上げながら再び僕に近づいてくる。
「いや……いやー! わたくし、もう無理ですわー!」
と、ミルちゃんが悲鳴を上げながら森の中へと逃げ出した。
「あ、ミルちゃん、待って!」
僕は慌てて彼女を追いかける。僕も正直怖い。得体の知れない男が突然こんな真夜中の山中で襲いかかってきたら、そら怖い。
「そ、想様ー。うー、なんなんですのあれ……」
僕がミルちゃんに追いつくと、彼女は目に涙を浮かべて走りながらも聞いてきた。
「わからない。あんなの初めて見たし。とにかく、夜の森を1人で走り回るのは危険だから」
「は、はい。そうでございますよね。落ち着きます……って、ひぃぎゃぁーっ! 追ってきてますわー!」
足を止め始めたミルちゃんが再び走り出した。背後にあの黒目の男が唸り声を上げながら迫ってきた。
「なんなんだよ、こいつ!」
僕は近くに転がる枝と小石をグラインドで黒目の男に向かって飛ばす。
「あっ、きゃうんっ!」
と、少し前を走っていたミルちゃんが躓いて転んでしまっていた。
「大丈夫ですか!?」
「うぅー。痛いですわ。ちょっと擦りむいてしまいました」
ミルちゃんは上半身を起こして膝を撫でている。と、背後で荒い呼吸混じりの唸り声がした。あの男が再び口を大きく開けて目の前にいた。
「くっ、理性がないのか?」
僕は木の葉をグラインドで舞い上げる。男の動きが止まった隙を逃さず、上半身を低く落とした後ろ回し蹴りを男の顔面に当てた。
さらにその顔面に向けて近くにあった大きな石をグラインドでぶつける。ゴキッと、男の首の骨が折れる音が確かに聞こえた。
「やりすぎたかな?」
「うぅ、想様ー」
ミルちゃんは泣きながら僕に近づいてくる。と、あの男がまだ動き出す。首は折れたままだが、それでも先程と変わらぬ動きで再び近づいてきた。
「ぎぃーやあぁーっ! もう無理ですわ!」
ミルちゃんが再び叫び、その手には先程あの宗教の里で使った拳銃が現れる。そして、黒目の男に向かって2回発砲した。その銃弾は確実に男の心臓がある位置を貫いていた。
だが、男は少し蹌踉めいただけで、まだ動く。首は折れながらも、尚呻き声を上げている。どうなっているんだ?
「なんなんですのー! なんなんですのー!?」
ミルちゃんは最早、錯乱状態だった。僕は、彼女を守らなくてはならない。
男の胴体に向かって蹴りを2発当てて、突き飛ばす。そして、倒れた男の顔に向かって、グラインドで岩を上から思い切り叩き付けた。グシャッという音を立てて、男の頭は潰れた。その胴体は暫く痙攣した後、やっと動かなくなった。
「お、終わりましたの……? うぅ、想様ぁ。怖かったですわ」
ミルちゃんはやはりまだまだ少女だ。こんなか弱い少女を、僕達と一緒に連れて行くのはやはり難しいかもしれない。
「はい。もう大丈夫です。怖い思いをさせてごめんなさい。少し待っててくださいね」
僕はそう言って、動かなくなった男の身体の元へと行きライトを当てる。その身体からは血が流れ出していたが、その血は黒かった。暗いからそう見えたのではない。真っ黒の血をしていた。
「そ、想様? 何をしていますの?」
僕は、その黒い血に触らぬように、男のパンツのポケットをまさぐる。財布が見つかり、そこから身分証明書を探す。以前、シルベーヌさんがやっていた事を真似て。
「この男が何者なのか調べたくて。うん、すぐ近くの街に住んでたみたいだ」
免許証にはこの山を下りた所にある街の住所が書かれていた。そして、その免許証の他に、謎の紋章が描かれたカードが入っていた。黒いカードだ。
白い環が中央にあり、その中に大きな角を生やした山羊のような顔が描かれている。
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