カンテノ

よんそん

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第4章 ナターシャ

4-14 黒の老人

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 黒いローブを着た老人は、その齢の割りに背筋が伸びており、身長は180cm近くあった。
  フードを被ったその顔には深い皺が刻まれ、鋭い眼光を放っている。口周りに生えた白い髭は首の根元まで伸びている程だ。
  そして、その肩にはカラスが留まっている。既に陽が沈みかけ、夕陽が辺りを染めていた。

「あんた、今『生け贄』って言ったな? あのナイトサイド・エクリプスの人間か?」

  暫し3人とも驚いていたが、ドドが言葉を発した。

「いかにも。おぬしらが昨日、里を荒らした不届き者か。エイシスト様から聞いている。ここにいれば会えるという事もな」

  黒いローブの老人はそう言った。

「エイシスト、奴はどこにいる?」

  僕は目の前の得体の知れない老人を警戒しながら聞いた。

「エイシスト様は既にここを発たれた。貴様らはこの冥片からは1歩たりとも出さん。この、バルズムがいる限りな」

 「バルズム」と、そう名乗った老人はこちらに向けて右手を伸ばす。そして、その手から無数の黒い鳥が飛び出した。

「うお! なんだ、これ!?」

  ドドの身体は黒い鳥の襲撃によって空中に浮かぶ。僕の周りにも黒い鳥が飛び交い、くちばしや足の爪で身体を切り裂かれる。
  近くのフェンスをグラインドで引き剥がし、それを振り回して鳥を追い払って対処する。

「全く。随分な挨拶でございますわね」

  ミルちゃんの冷静な声が聞こえた。彼女はいつの間にか黒いローブの老人、バルズムのすぐ隣にいて、銃を構えていた。

「小娘! いつの間に」

  ミルちゃんは容赦なく銃を撃ち放つ。バルズムは周囲の黒い鳥を集結させ、防御に転じたが、何発かの銃弾がかすめる。おかげで僕達を襲っていた黒い鳥の攻撃が収まった。

「妙な術を使いおる」

  銃弾が掠ったものの、バルズムは平気そうにしている。

「想様を傷つけましたわね? 許しませんわ。わたくしの『テリファイア』を甘く見ると後悔致しますわよ?」

  ミルちゃんは話しながら容赦なく銃弾を放つ。が、バルズムの肩に乗っていたカラスが人間以上の大きさにまで巨大化し、奴はそれに乗って宙を飛ぶ。

「小娘が。自惚れるなよ」

  バルズムが言い放つと、空から大量の黒い鳥がこちらに向かって突撃してきた。

「おいおい、なんだこりゃあ!?」

  ドドは目を剥いて声を上げる。無理もない。それは空を覆い尽くす程の量で、黒い雨が僕達を襲うようだった。

「全部まとめて回避しますわよ」

  ミルちゃんの声が聞こえ、僕達は別のビルの屋上に移動していた。ミルちゃんのテリファイアのおかげであの鳥の大群から逃げる事ができたのだ。
  そのミルちゃんはすぐに、離れた所に飛んでいるバルズムに向かって銃を撃ち始める。すると、大きな鳥に乗ったバルズムは体勢を低くしながら、周囲の黒い鳥と共にこちらに向かってくる。

「く、とんでもない爺さんだ」

  僕は呟きながらも、屋上に設置された貯水タンクをグラインドで飛ばして迎え打つ。バルズムはそれをひらりと躱すが、僕はさらに貯水タンクをそのまま追尾させるように飛ばす。

「おい、鳥がこっちに来るぞ!」

  ドドが言った通り、小さな無数の黒い鳥が僕らに向かってくる。僕は屋上の周囲に張り巡らされたフェンスを全てグラインドでもぎ取り、それで防御する。

「流石、想様ですわ!」

  ミルちゃんは手を叩いて興奮していたが、フェンスに突き刺さった鳥達は煙のようになって消え始め、その煙はフェンスをすり抜けて再び鳥の形を成し、僕らに向かってきた。

「嘘だろ……」

  僕は思わず歯を食いしばった。黒い鳥の大群が目の前に迫ってきていた。が、すぐに僕達はミルちゃんの能力によってそれを回避した。
  僕達は、バルズムの背後の空中にいた。

「死になさいませ!」

  ミルちゃんは容赦なくバルズムに銃を連発した。

「くっ! 猪口才な小娘め!」

  バルズムが乗っていた大きな黒い鳥の翼が伸び、銃弾はそれに弾かれてしまった。

「お、落ちる! 落ちるー!」

  僕達の身体が落下しだし、ドドが叫んでいた。が、すぐにミルちゃんが僕らを転移させ、道路の地面に下り立つ。

「なかなか手強いお爺さんでございますわね」

  ミルちゃんが呟き、そして老人を乗せた黒い鳥が下降して来る。

「瞬間移動の力はすごいが、小娘、貴様の攻撃はただ銃を撃つにすぎん。我が力、『バルズム』の敵ではない」

  バルズムがそう言い放つと、その周りに黒い煙が立ち込め、それは大きな黒い鳥へと変貌した。新たに出現した3匹の黒い鳥はそれぞれ僕らに向かってくる。

「でけぇ鳥か。上等!」

  ドドはその大きな黒い鳥を両手で受け止める。そして、下から蹴り上げるが、鳥自体にはダメージはない。

「おそらく、この鳥の正体は煙なんだ。それが鳥の形を形成しているだけだ」

  僕は言いながらも、近くの道路標識でその大きな黒い鳥を受け止める。煙に対してどう戦えばいいのだ。バルズム、この老人は、なかなか一筋縄ではいかない。

「フフッ。わたくしの攻撃が銃だけだなんていつ言いました?」

  ミルちゃんは、余裕の笑みを浮かべながらも堂々と立っていた。そして、その手にマッチが現れ、彼女はそれに火を付ける。

「まさか……! これはガスか!」

  バルズムが叫ぶと同時にミルちゃんの手から火のついたマッチが消える。と同時にバルズムの周りで爆発が起きた。
  バルズムの周りにガスを出し、火のついたマッチをバルズムの方に転移移動させたようだ。

「まさか、ガスそのものを持ってきたの?」

  爆発と同時に僕とドドを襲っていた大きな黒い鳥は消え、目の前の爆発に呆然としながらも僕は呟く。

「えぇ、そうですわ! 煙と聞いて、気体には気体で対抗しましたわ!」

  気体も瞬間移動で持ってきてしまうのか。恐ろしい女の子だ。

「小賢しい小娘よのぅ」

  と、バルズムを包んでいた炎が吹き飛ばされた。黒い鳥がバルズムの周りを舞っており、風を巻き起こして炎をかき消したようだ。
  バルズムのローブは所々燃えていたが、それも風によってすぐ消え始める。
  そして、バルズムを取り巻く黒い鳥達がその数を増やし、僕達3人に迫り来る。

「こっちだって、やられてばっかじゃいられないんだ」

  僕は近くに路上駐車された車で防御し、それをバルズムに向けて飛ばす。が、バルズムは跳躍してそれを難なく回避した。老人でありながらなんて身体能力だ。

「聞いてるぞ小僧。物体を動かす能力とな。指名手配犯の極悪人、ここでわしが処刑してくれようか」

  宙を舞いながらバルズムはそう言い、その両手から黒い鳥が出現し、それは細長く伸び、老人の左右の腕は黒い刃と化した。

「くっ、あの時を思い出すな」

  ディキャピテーションとの戦いを思い出しながらも、僕は道路標識2本を空中に浮かせ、それで防御する。
  が、バルズムの黒い刃はその道路標識さえもスパッと切り落とす程の切れ味だった。黒いローブの老人の顔に笑みが浮かぶ。

「させるか! うらぁ!」

  と、横から瞬時に飛び上がったドドは空中で身体を横にしながら回転し、その身体を捻るようにして、オーバーヘッドのように上から叩きつける蹴りをバルズムの背面から当てた。

「ぶはっがぁ!」

  地面に激突したバルズムが、額から血を出しながら呻き声を上げた。

「まだまだぁ!」

  僕は先程バルズムに切断された道路標識の鉄棒を、バルズムの横腹に向けて振り上げるようにぶつけ、その身体は宙に跳ぶ。
  更に、もう1本の鉄棒を空中に跳んだバルズムの身体に向けて、突き刺すように飛ばす。

  が、その時、ローブの老人はカッと目を見開き、大量の黒い鳥を出現させ、僕が飛ばした鉄棒を受け止め、さらにその鳥を僕に向けて飛ばす。

「――っ!?」

  声にならない叫びが僕の口から漏れたが、すぐに僕の身体はバルズムの背後へと移動していた。
  ミルちゃんだ。ミルちゃんが僕を飛ばしてくれたおかげで、僕はバルズムのカウンターから逃れる事ができた。

「ご老体、お覚悟なさいませ!」

  ミルちゃんはバルズムの横側に現れ、拳銃を撃った。バルズムの腕に銃弾が命中し、その表情は苦痛に歪んでいた。

  だが、2発目以降の銃弾が当たる事はなかった。ミルちゃんとバルズムの間に、突如、男が出現した。白塗りの顔をしていたが、その男の目は真っ黒だった。塗っているから黒いのではない。目玉が真っ黒なのだ。

「ひえっ!? この男は、あの時の!?」

  ミルちゃんが思わず悲鳴を漏らしたが、目の前の黒目の男はあの時の男とは服装も見た目も違う。そして、いつの間にか周囲には大勢の黒目の男がいた。いや、女もいる。

「バルズム殿ー! 無事でござったかー!?」

  そこに間の抜けた声が響く。この声は――

「お前、ブルヘリア!?」

  ブルヘリアがバルズムの元に駆け寄ってきた。

「おうおう群青青年! あの時はよくもやってくれおったなぁ! しかもまさか生きておったとはな! 島田も! あと初めましての可愛いお嬢さん!」

  相変わらずドドの名前は偽名のまま覚えているらしい。そして、ミルちゃんは小太りのおじさんに「可愛い」と言われたのが不快だったのか、顔が引き攣っている。

「あの時のおじさんですわよね……なんなんですの……?」

  明らかにミルちゃんのテンションが急降下している。里で影から僕達を見守っていたからブルヘリアの事は知っていたのだろう。

「おい、ブルヘリアのおっさん! この変な男達はお前の部下か?」

  ドドは自分の名前を間違われている事など別段気にせず、その疑問を口にした。

「んだんだぁ! よくぞ聞いてくれたな島田! オラのグラインド、『ブルヘリア』によって操っている死体どもだ!」

  ブルヘリアの能力だったのか。そして、やはり黒目の人間達は既に死んでいるのか。

「ブルヘリア、助けに来たことには礼を言おう。だが、敵と馴れ合うなよ。奴らは里を滅ぼした悪人。さっさと捕まえて今宵の生け贄にしろ」

  バルズムは銃弾を受けた腕を押さえながら黒い大きな鳥に再び乗り、空に舞い上がっていく。

「オラが来たからには余裕だがね! んじゃ、お前らー! この3人を捕らえろー! 殺さない程度にねぃ!」

「くっ、いかれたおっさんだな! だが、ここで逆にこいつを倒して、この教団を壊滅させてやる!」

  ドドの言葉に僕も同意する。この教団、「ナイトサイド・エクリプス」も僕が倒さなきゃいけない敵だ。逃げずに、立ち向かう。

「ぎひぃー! ぐふっ! あがががー!」

  謎の奇声を発しながら黒目のゾンビ達が迫って来る。僕は新たに2本の道路標識をもぎ取り、その1本を回転させながらゾンビの集団に向けて飛ばす。

「相手が死んでんなら思う存分やれるな!」

  ドドは悪童のような笑みを浮かべ、片っ端からゾンビ達を倒していく。だが、相手はゾンビ。少し殴られたくらいで倒れはしない。

「堂島さん、頭です! 頭を狙ってくださいませ!」

  ミルちゃんはそう言いながらゾンビの頭を拳銃で撃ち、さらにそのゾンビを燃やしている。先程のようにガスや、ガソリンを転移で出現させているのだろう。
  ミルちゃんのアドバイスを聞いて、ドドはゾンビの頭を両手でへし折り、さらにその頭を蹴り飛ばして頭を胴体から切り離し始める。本当、いつも無茶苦茶だ。

「2人とも、大丈夫。僕らは絶対負けない」

  なぜだかわからないが、僕はそう確信した。今までにない以上に心強く、そしてそれは僕自身の力へと変わる。
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