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第5章 ファイナイト
5-39 世界
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インテグラル・バースは璃風湾を包み込み、さらにそこから優にはみ出るほどの大きさだった。
それを津波が発生しないように、慎重にグラインドの力を働きかけて着水させた。
その作業を終え、僕は海岸で座り込んでいる所だ。目の前の巨大なスペースコロニーをぼーっと眺めていたら、次第に空は白み始めていた。夜明けが近い。海岸の周囲には瓦礫が点在し、海はどこか青黒い色をしている。
あの時、どうなったのか僕自身もあまり解らなかった。気付いたらファイナイトの爆発は収まっていた。
そして、インテグラル・バースに乗る皆と一緒にゆっくり着水したのだ。ただ、そこに姉とシクスの姿はなかった。
地上に戻った皆は近くに怪我人がいないか見回りし、その救助に向かって行った。僕も同行しようとしたが、「疲れてるだろうから休んでいろ」と、レグネッタさんに強く言われてしまった。
「想様。身体は大丈夫でございますか?」
そこにミルが戻ってきた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
そう言って僕は立ち上がる。それを見て心配そうに僕の身体をミルが支えてくれたが、立つことは出来るのでその必要もない。身体は痛々しく傷ついているから、心配になるのも致し方ないか。
「想様、あのお話の少女というのは、やはりわたくしの祖先にあたる御方なのでしょうか?」
か細い声で、ミルはそう聞いてきた。
「あぁ、そうだ。ミルの一族は、『星の歌』を歌ってきたんだ。それは、生きてそこに存在しているだけで発動する生命エネルギーみたいな物で、それをずっと地球の核に送り続けていたんだよ」
僕がそう言うと、ミルはしっかりとした眼差しで僕を見つめ返していた。
「だから、ありがとう。君がいたから、僕は力を発揮できたし、地球も救われた」
「そんな……わたくしなんか、なんの役にも立っていませんわ」
僕がそう言うと、ミルは首を振ってそう告げた。
そして、そのミルは他にも何か言いたい事があるのか、気まずそうに視線を泳がせていた。まるで初めて会ったあの時のように。
僕は、彼女の言葉を待った。
「想様の力は、その……なんでも出来るのでしょうか?」
「なんでもとはいかないけど、地球上でならエネルギーを自在に操れる。だから、殆どの事は可能だよ」
僕がそう答えると、ミルは何か思い詰めたように納得し、再び彼女は沈黙する。
「あのっ! 想様……ミモザ姉様と、少しだけ……会話とか……そんな事って……可能、なのでしょうか?」
歯切れ悪く、そう聞いてきた。
「それは、人間の生命の理に反する。許可できない」
僕がそう言うと、ミルはそうですよねと悲しそうに俯き出した。
「……って、神様なら言わなきゃいけないのかもしれないね。でも、僕は神じゃないし、オリジンでもない」
僕がそう言うと、ミルはパッと顔を上げる。
幸い、彼女の強い意識がこちらに向いていたし、降霊術も難しくはない。
何より、僕ももう一度だけ、話がしたかったんだ。
「ミル!」
ミルの背後に、純白のワンピースを着ている女性がいた。栗色の髪の毛でふわりとしたボブヘアだ。
名前を呼ばれ、振り返ったミルは、文字通りこの世のものではないものを見ているかのように目を見開いていた。
「ミモザ……姉……様……? 姉様……? 本当に、姉様……なんですの? うっ……ぐしゅっ……うぅっ……おねぇちゃーん!」
そう言ってミルは泣きじゃくりながら一颯さんの胸に飛び込んでいった。
「よしよし。よく頑張ったね」
一颯さんはミルを抱き締めた後、ミルの頭を優しく撫でている。
「一颯さん、お久しぶりです」
僕が近寄ってそう言うと、彼女は顔を上げて微笑む。
だが、すぐにその顔がむすっとなり、眉根を寄せて不機嫌そうになる。
「想くん! あの時、私の名前『ミモザ』って下の名前で呼んでくれたのに、なんでまたそっちの呼び方に戻っちゃうんですか!?」
その事で不機嫌にさせてしまったのか。
「あ、いや、なんかこっちの呼び方の方が慣れているもので、つい。ごめんなさい」
僕がそう言うと、一颯さんはすぐに笑顔に戻る。からかわれているのかな?
「想くん、お疲れ様でした。本当に辛い戦いだったけど、この地球と、そして私の大好きな妹を守ってくれてありがとう」
一颯さんもどこか瞳を潤ませながらそう言った。そしてその妹のミルはまだ一颯さんの腕の中で泣きじゃくっている。
「一颯さん、あなたに伝えたい事はいっぱいあります。でも、一番言いたいのは、僕も『ありがとう』です。あなたが、僕をいつもとは違う道に引っ張ってくれたから、僕は本当にたくさんの経験をして、たくさんの事を学んだんだ」
いつも独りで、他人と関わることが無かった僕がここまで多くの人と出会い、多くの景色を見る事が出来たのは一颯さんのおかげだと、僕は確信している。
「僕達は、一人一人が『音』なんだ。あなたがその音を繋いで、僕達を『歌』にしてくれたんだ。そして、あなたから貰ったこの光をずっとずっと大切にします。あなたの、一颯さんの笑顔をまた見れてよかった」
僕がそう言うと、彼女はより一層笑い、その頬に一筋の涙が伝う。
「それは、私もです。あなたがいてくれたから、この星の事をもっと好きになれたんです」
一颯さんはそう言うと、腕の中にいるミルを見つめる。
「だからミル。これからは、あなたがこの地球をいっぱい、いっぱい愛して? お姉ちゃんのぶんまで」
「はい……はいっ! わたくし、いっぱい、いっぱい愛しますっ!」
ミルの返事に一颯さんは満足気に頷き、再び僕を見る。
「想くん、妹の事をよろしくお願いします。昔からすごく泣き虫なんです。だから、支えてあげてください」
一颯さんは泣きながらそう言った。そして、再びミルに視線を向ける。
「ミル? 想くんは、ちょーっと鈍い所あるの。だから、思い立ったらガンガン行かないとダメよ?」
一颯さんの言葉にミルは顔を赤くしながらも小さく頷いた。
「私は、2人の事を、これからもずっと、見守っています。だから、この地球でいっぱい生きて、いっぱい幸せになってください」
「一颯さん、ありがとう」
「姉様、わたくし、必ず姉様のような美しい女性になりますわ」
僕達がそう言うと、一颯さんは満面の笑みを浮かべ、手を振りながら朝日に溶け込むように消えていった。
翌日、トロイとレグネッタさんを送迎するため、僕達はミルのテリファイアによってアメリカへとやって来た。
レグネッタさんはラウディさんの所に寄るため、トロイはアパートに帰ってぐっすり寝たいためだそうだ。
サターンはあの戦いの後、傷が酷かったからか、別れも告げずにいなくなっていた。
「想、お前に会えてよかった。私は、必ずまた会いに行く。困った事があったらいつでも言え」
と、レグネッタさんは片腕で僕を抱き締めてそう言った。もう片方の腕は負傷しているためだが、まさかレグネッタさんに抱き締められるとは思っていなかったので、僕は慌てる。
「へっ!? は、はい! ありがとうございます。僕も、レグネッタさんに会えて本当によかったです!」
「フフッ! いつか幽霊退治に連れて行くから、その時までにちょっとは平気になっとけよ?」
そう言って、レグネッタさんは僕の肩を軽く殴った。だが、レグネッタさんは今までに見せた事ない程の笑顔をしていた。彼女の笑顔は、少女のようなあどけなさを宿していて、僕は思わず見蕩れてしまう。
「想! 俺も、お前と一緒にいて楽しかった! 本当にありがとうな! また、みんなでメシ食おうな!」
トロイはそう言って、僕と握手をし、彼もまた僕を抱き締めた。
ドドとミル、ドルティエさんも2人と別れの言葉を交わし、2人は米国の大きなストリートへ歩み出す。その途端、何やら2人で言い合いをし出し、思わず僕達は笑ってしまう。
「あ! おーい! 想ー!」
と、別れを告げたばかりのトロイが、何かを思い出したかのように、こちらを振り返って大声を上げた。
「なんだーい?」
「ソルマスだ! 俺の名前は、ソルマス・サーティー・エラックだ!」
このタイミングで本名を告げられ、僕は思わず吹き出す。
「ソルマス! 絶対に、絶対にまた会おう!」
僕が大声でそう言うと、彼は後ろ向きのままで手を振り、身体を弾ませるように歩いて行った。
そして、あの壮絶な戦いから1週間後、僕とドドとミルの3人はとある国にいた。
あの戦いの後も、僕達の指名手配は消される事はなかったため、こうして異国の地で暮らしている。ドルティエさんはミルの倉庫でお留守番だ。
僕の「ラスト・スマイル・フォー・テラ」を使えば異国の言葉も自動変換通訳でき、変装するのも容易い。
身体の傷を治す事も可能だが、それをやってしまったら僕は人道を踏み外してしまうような気がしたため、最低限の回復だけして後は自然回復に任せている。
だが、あれからクアルトには行けなくなった。どんなに意識を向けても、どんなに寝ても、あの部屋に行くことはできなかった。
2人にもまだ話したい事はいっぱいあった。伝えたい感謝と想いがあった。それを伝える事ができなかったと思うと、とても寂しくてたまらない。
それでも、あの2人が決めた事なら納得するしかないと自分に言い聞かせる。そして、あの部屋で2人と過ごした時間を忘れないように、毎日思い出している。
シクスとトレーニングした事。姉さんに襲われた事。3人で音楽を聴きながら紅茶を飲みご飯を食べた事。全ては僕の中に残っている。
「最近は暴動事件も多いみてぇだなー」
前を歩くドドが走り行く異国の警察車両を横目に呟く。
「そのようですわね。また、先日のようにわたくし達が出動しませんか? この世界の平和を守るためにも!」
ミルはそう言って拳を掲げる。以前にも増して元気だ。3日ほど前には、街中で遭遇した暴動を3人で鎮めた事もあった。そういう活動をしていくのも悪くはない。
僕の元ストーカーの2人は、今や生活を共にするかけがえのない存在だ。2人と一緒なら、僕はこれからも、どんな敵にも立ち向かえるし、どんな困難も乗り越える事ができる。そう思わせてくれる安心感がある。
――――ズドン!
突然、僕の目の前に何かが勢いよく落下し、僕は思わず「ひっ」と小さく悲鳴を発して後退った。
目の前に落ちて来た物はダンボール箱だった。開けてみると、中は空だった。
何も入っていないダンボール箱があんなに勢いよく落ちるものなのだろうか? 誰かが落としたものか?
そう思って、上方に目を向ける。
そこに、黒猫がいた。
2階建ての建物の屋根の上に黒猫がおり、その猫は身軽にこの高さを飛び降りて地に立つと、僕をじっと見つめていた。
「え? え、あの!」
僕が声を発すると、その黒猫は建物と建物の間の暗く細い隙間へ走り、逃げて行った。
「想様ー! どうかなさったんですのー?」
ミルが僕の元へと駆け寄ってきた。
「今、あの、そこに……いや、何でもない。行こうか」
ミルも不思議そうにしながら歩み出す。
「今日の晩御飯はどうするー?」
「俺ァ、焼き肉がいいな!」
「また焼き肉ですのー!? 焼き肉は匂いが髪と服につきますわ! まぁ、わたくしも好きだからいいですけど」
そんな他愛もない会話をしながら、僕は2人の大親友と並んで歩いていった。
1st album end
それを津波が発生しないように、慎重にグラインドの力を働きかけて着水させた。
その作業を終え、僕は海岸で座り込んでいる所だ。目の前の巨大なスペースコロニーをぼーっと眺めていたら、次第に空は白み始めていた。夜明けが近い。海岸の周囲には瓦礫が点在し、海はどこか青黒い色をしている。
あの時、どうなったのか僕自身もあまり解らなかった。気付いたらファイナイトの爆発は収まっていた。
そして、インテグラル・バースに乗る皆と一緒にゆっくり着水したのだ。ただ、そこに姉とシクスの姿はなかった。
地上に戻った皆は近くに怪我人がいないか見回りし、その救助に向かって行った。僕も同行しようとしたが、「疲れてるだろうから休んでいろ」と、レグネッタさんに強く言われてしまった。
「想様。身体は大丈夫でございますか?」
そこにミルが戻ってきた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
そう言って僕は立ち上がる。それを見て心配そうに僕の身体をミルが支えてくれたが、立つことは出来るのでその必要もない。身体は痛々しく傷ついているから、心配になるのも致し方ないか。
「想様、あのお話の少女というのは、やはりわたくしの祖先にあたる御方なのでしょうか?」
か細い声で、ミルはそう聞いてきた。
「あぁ、そうだ。ミルの一族は、『星の歌』を歌ってきたんだ。それは、生きてそこに存在しているだけで発動する生命エネルギーみたいな物で、それをずっと地球の核に送り続けていたんだよ」
僕がそう言うと、ミルはしっかりとした眼差しで僕を見つめ返していた。
「だから、ありがとう。君がいたから、僕は力を発揮できたし、地球も救われた」
「そんな……わたくしなんか、なんの役にも立っていませんわ」
僕がそう言うと、ミルは首を振ってそう告げた。
そして、そのミルは他にも何か言いたい事があるのか、気まずそうに視線を泳がせていた。まるで初めて会ったあの時のように。
僕は、彼女の言葉を待った。
「想様の力は、その……なんでも出来るのでしょうか?」
「なんでもとはいかないけど、地球上でならエネルギーを自在に操れる。だから、殆どの事は可能だよ」
僕がそう答えると、ミルは何か思い詰めたように納得し、再び彼女は沈黙する。
「あのっ! 想様……ミモザ姉様と、少しだけ……会話とか……そんな事って……可能、なのでしょうか?」
歯切れ悪く、そう聞いてきた。
「それは、人間の生命の理に反する。許可できない」
僕がそう言うと、ミルはそうですよねと悲しそうに俯き出した。
「……って、神様なら言わなきゃいけないのかもしれないね。でも、僕は神じゃないし、オリジンでもない」
僕がそう言うと、ミルはパッと顔を上げる。
幸い、彼女の強い意識がこちらに向いていたし、降霊術も難しくはない。
何より、僕ももう一度だけ、話がしたかったんだ。
「ミル!」
ミルの背後に、純白のワンピースを着ている女性がいた。栗色の髪の毛でふわりとしたボブヘアだ。
名前を呼ばれ、振り返ったミルは、文字通りこの世のものではないものを見ているかのように目を見開いていた。
「ミモザ……姉……様……? 姉様……? 本当に、姉様……なんですの? うっ……ぐしゅっ……うぅっ……おねぇちゃーん!」
そう言ってミルは泣きじゃくりながら一颯さんの胸に飛び込んでいった。
「よしよし。よく頑張ったね」
一颯さんはミルを抱き締めた後、ミルの頭を優しく撫でている。
「一颯さん、お久しぶりです」
僕が近寄ってそう言うと、彼女は顔を上げて微笑む。
だが、すぐにその顔がむすっとなり、眉根を寄せて不機嫌そうになる。
「想くん! あの時、私の名前『ミモザ』って下の名前で呼んでくれたのに、なんでまたそっちの呼び方に戻っちゃうんですか!?」
その事で不機嫌にさせてしまったのか。
「あ、いや、なんかこっちの呼び方の方が慣れているもので、つい。ごめんなさい」
僕がそう言うと、一颯さんはすぐに笑顔に戻る。からかわれているのかな?
「想くん、お疲れ様でした。本当に辛い戦いだったけど、この地球と、そして私の大好きな妹を守ってくれてありがとう」
一颯さんもどこか瞳を潤ませながらそう言った。そしてその妹のミルはまだ一颯さんの腕の中で泣きじゃくっている。
「一颯さん、あなたに伝えたい事はいっぱいあります。でも、一番言いたいのは、僕も『ありがとう』です。あなたが、僕をいつもとは違う道に引っ張ってくれたから、僕は本当にたくさんの経験をして、たくさんの事を学んだんだ」
いつも独りで、他人と関わることが無かった僕がここまで多くの人と出会い、多くの景色を見る事が出来たのは一颯さんのおかげだと、僕は確信している。
「僕達は、一人一人が『音』なんだ。あなたがその音を繋いで、僕達を『歌』にしてくれたんだ。そして、あなたから貰ったこの光をずっとずっと大切にします。あなたの、一颯さんの笑顔をまた見れてよかった」
僕がそう言うと、彼女はより一層笑い、その頬に一筋の涙が伝う。
「それは、私もです。あなたがいてくれたから、この星の事をもっと好きになれたんです」
一颯さんはそう言うと、腕の中にいるミルを見つめる。
「だからミル。これからは、あなたがこの地球をいっぱい、いっぱい愛して? お姉ちゃんのぶんまで」
「はい……はいっ! わたくし、いっぱい、いっぱい愛しますっ!」
ミルの返事に一颯さんは満足気に頷き、再び僕を見る。
「想くん、妹の事をよろしくお願いします。昔からすごく泣き虫なんです。だから、支えてあげてください」
一颯さんは泣きながらそう言った。そして、再びミルに視線を向ける。
「ミル? 想くんは、ちょーっと鈍い所あるの。だから、思い立ったらガンガン行かないとダメよ?」
一颯さんの言葉にミルは顔を赤くしながらも小さく頷いた。
「私は、2人の事を、これからもずっと、見守っています。だから、この地球でいっぱい生きて、いっぱい幸せになってください」
「一颯さん、ありがとう」
「姉様、わたくし、必ず姉様のような美しい女性になりますわ」
僕達がそう言うと、一颯さんは満面の笑みを浮かべ、手を振りながら朝日に溶け込むように消えていった。
翌日、トロイとレグネッタさんを送迎するため、僕達はミルのテリファイアによってアメリカへとやって来た。
レグネッタさんはラウディさんの所に寄るため、トロイはアパートに帰ってぐっすり寝たいためだそうだ。
サターンはあの戦いの後、傷が酷かったからか、別れも告げずにいなくなっていた。
「想、お前に会えてよかった。私は、必ずまた会いに行く。困った事があったらいつでも言え」
と、レグネッタさんは片腕で僕を抱き締めてそう言った。もう片方の腕は負傷しているためだが、まさかレグネッタさんに抱き締められるとは思っていなかったので、僕は慌てる。
「へっ!? は、はい! ありがとうございます。僕も、レグネッタさんに会えて本当によかったです!」
「フフッ! いつか幽霊退治に連れて行くから、その時までにちょっとは平気になっとけよ?」
そう言って、レグネッタさんは僕の肩を軽く殴った。だが、レグネッタさんは今までに見せた事ない程の笑顔をしていた。彼女の笑顔は、少女のようなあどけなさを宿していて、僕は思わず見蕩れてしまう。
「想! 俺も、お前と一緒にいて楽しかった! 本当にありがとうな! また、みんなでメシ食おうな!」
トロイはそう言って、僕と握手をし、彼もまた僕を抱き締めた。
ドドとミル、ドルティエさんも2人と別れの言葉を交わし、2人は米国の大きなストリートへ歩み出す。その途端、何やら2人で言い合いをし出し、思わず僕達は笑ってしまう。
「あ! おーい! 想ー!」
と、別れを告げたばかりのトロイが、何かを思い出したかのように、こちらを振り返って大声を上げた。
「なんだーい?」
「ソルマスだ! 俺の名前は、ソルマス・サーティー・エラックだ!」
このタイミングで本名を告げられ、僕は思わず吹き出す。
「ソルマス! 絶対に、絶対にまた会おう!」
僕が大声でそう言うと、彼は後ろ向きのままで手を振り、身体を弾ませるように歩いて行った。
そして、あの壮絶な戦いから1週間後、僕とドドとミルの3人はとある国にいた。
あの戦いの後も、僕達の指名手配は消される事はなかったため、こうして異国の地で暮らしている。ドルティエさんはミルの倉庫でお留守番だ。
僕の「ラスト・スマイル・フォー・テラ」を使えば異国の言葉も自動変換通訳でき、変装するのも容易い。
身体の傷を治す事も可能だが、それをやってしまったら僕は人道を踏み外してしまうような気がしたため、最低限の回復だけして後は自然回復に任せている。
だが、あれからクアルトには行けなくなった。どんなに意識を向けても、どんなに寝ても、あの部屋に行くことはできなかった。
2人にもまだ話したい事はいっぱいあった。伝えたい感謝と想いがあった。それを伝える事ができなかったと思うと、とても寂しくてたまらない。
それでも、あの2人が決めた事なら納得するしかないと自分に言い聞かせる。そして、あの部屋で2人と過ごした時間を忘れないように、毎日思い出している。
シクスとトレーニングした事。姉さんに襲われた事。3人で音楽を聴きながら紅茶を飲みご飯を食べた事。全ては僕の中に残っている。
「最近は暴動事件も多いみてぇだなー」
前を歩くドドが走り行く異国の警察車両を横目に呟く。
「そのようですわね。また、先日のようにわたくし達が出動しませんか? この世界の平和を守るためにも!」
ミルはそう言って拳を掲げる。以前にも増して元気だ。3日ほど前には、街中で遭遇した暴動を3人で鎮めた事もあった。そういう活動をしていくのも悪くはない。
僕の元ストーカーの2人は、今や生活を共にするかけがえのない存在だ。2人と一緒なら、僕はこれからも、どんな敵にも立ち向かえるし、どんな困難も乗り越える事ができる。そう思わせてくれる安心感がある。
――――ズドン!
突然、僕の目の前に何かが勢いよく落下し、僕は思わず「ひっ」と小さく悲鳴を発して後退った。
目の前に落ちて来た物はダンボール箱だった。開けてみると、中は空だった。
何も入っていないダンボール箱があんなに勢いよく落ちるものなのだろうか? 誰かが落としたものか?
そう思って、上方に目を向ける。
そこに、黒猫がいた。
2階建ての建物の屋根の上に黒猫がおり、その猫は身軽にこの高さを飛び降りて地に立つと、僕をじっと見つめていた。
「え? え、あの!」
僕が声を発すると、その黒猫は建物と建物の間の暗く細い隙間へ走り、逃げて行った。
「想様ー! どうかなさったんですのー?」
ミルが僕の元へと駆け寄ってきた。
「今、あの、そこに……いや、何でもない。行こうか」
ミルも不思議そうにしながら歩み出す。
「今日の晩御飯はどうするー?」
「俺ァ、焼き肉がいいな!」
「また焼き肉ですのー!? 焼き肉は匂いが髪と服につきますわ! まぁ、わたくしも好きだからいいですけど」
そんな他愛もない会話をしながら、僕は2人の大親友と並んで歩いていった。
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