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第一章 十三歳の失恋狂想曲
一 勘違い白豚令息、出奔
「――誰が貴様なぞ愛するものか。勘違いも甚だしい」
「え?」
その一言に、ビックリして耳を疑った。
俺はコートニー侯爵家の次男、サミュエル・コートニー。
此処は十三から十八歳までの貴族が通う全寮制の王立学園。その中でも一番洒落ているカフェテリアだ。
周りの令息達が耳をそばだてている気配がする。心臓の音がひどく五月蝿い。
いつも優しかった婚約者のビクトールの顔が嫌悪で歪んでいる、その冷たい眼差しに、一気に血の気が引いた。
「ぇ、いつから……?」
「いつからだと? 一度も貴様を愛したことなどない。貴様の家との繋がりを得るための婚約だ。だが、この度我が家も陞爵してな、貴様に媚を売る必要がなくなった。近いうちに婚約解消の打診が父から其方に届くだろう」
フンと傲慢に吐き捨てる目の前の人物は、こんな時でも濃い金髪にアイスブルーの瞳と整った顔で、溜め息が出るほど美しかった。
ユトビア伯爵家次男、ビクトール・ユトビア。逞しい体に文武両道で、学園でも指折りの人気者。
最近、平民上がりの男爵令息に熱を上げているようだったので、俺がいることを忘れないでほしくて、ちょっと小言を言うつもりだったんだが、どうやら、それを可愛いと思ってもらえるような関係ではなかったらしい。
そーか、最初から嫌われていたのか。爵位が上がったから用なしなんだ。
うわ……なんだか惨めだ。
「クスクス……やだぁ、聞いた? あの白豚、ビクトール様に愛されてるって思ってたみたいだよ?」
「アハハハ。超笑える。鏡見たことないのかな?」
カァッと顔から火が出るくらい熱くなる。
白豚……
俺は自分の体を見下ろす。
芋虫が並んでいるみたいな指。テーブルに乗る腹。
確かに、俺の体型は幼い頃から丸い。
ビクトールも使用人も兄も父も皆、美味しいものをくれるものだから、今では、白豚よりも醜いだろう。
『体型なんて関係なく、君自身が愛おしい』
なんて言葉を鵜呑みにして、体型や生活習慣を改善することなく、好かれる努力をしようと考えたこともなかった。
そっと周りを見ると、嘲りの視線を寄越す令息達は皆、華奢だ。贅肉ではない、計算された柔らかい肉としなやかな筋肉の比率。滑らかな肌。絶滅した女性を彷彿とさせる繊細な仕草。流行を意識した装いは爪の先まで美しい。
対する俺は、贅肉、吹き出物の浮かぶ脂ぎった肌と、脂でベットリした長いだけの白い髪の毛。綺麗なのは、目の醒めるようなスカイブルーの瞳だけ。
それだって、疲れで充血している白目のせいで魅力半減だろう。
学園のお洒落なカフェテリアに相応しくない、異物で汚物。
今まで、どうして気が付かなかったのか不思議なくらいだ。
「そ、そうだったんだ……。ごめんね、全然気付かなくて。俺、勘違いしてた。じゃぁ、さよなら」
俺は愛想笑いを浮かべ、そそくさと退散する。
こんな俺が泣いたって、より不快な汚物としか見られないだろうから。
ビクトールはそんな俺を鼻で嗤って、清々しそうにエスプレッソを注文している。
その姿は、どこまでも傲慢で、どこまでも洗練されていた。
Θ Θ Θ
俺は、学園の寮の部屋に戻ると、手早く貴重品を纏め、すぐに実家への馬車を手配した。
シャワーを浴びながら、少しだけ泣く。
私服の中で一番シンプルそうなものに着替えて、こそこそと逃げるように馬車に乗り込んだ。
ガタゴトと揺れる馬車の中、頬や腹や腕や腿や……全身の贅肉がプルンプルンと揺れるのを眺め、この振動で少しは引き締まってくれないだろうかと他力本願なことを考えていた。
暫くして馬車が目的地に着いたので、金を払って降りる。
王都の我が屋敷の通用門の近くだ。
本来なら、門をくぐってエントランスまで馬車を進ませるところだが、今日は誰にも見られないように徒歩でそっと勝手口から入った。
すぐに使用人に見付かったけれど、何食わぬ顔で通り過ぎる。
「あら、坊っちゃん。お忘れものですか?」
「そうなんだ、ちょっと、急ぎでね。こんな所からすまない」
「坊っちゃん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。と、言ってもすぐ出るんだがね」
堂々としていれば何も疑われないものだ。
さっさと自室に入り、事の顚末を書いた置き手紙を残す。
宝石などの換金できそうなものをかき集めて、数着の着替えと、ちょっとした買い物用として持たされていた現金と一緒に鞄に詰めて、来た時と同じように堂々と屋敷を出た。
さようなら、父上、兄上。ごめんなさい。
俺は横幅だけの巨体を揺すり、通り掛かった辻馬車に乗り込む。
その直後に、自分の見た目を変える魔法をかけた。
「宝石通りまで頼む」
なんとなく、遠ざかる屋敷を眺める。
そういえば、あと三日で十四歳の誕生日だ。
すごく楽しみにしていたのに、今はそのことがキリキリ胸を締め付ける。
毎年、父上も兄上も素敵なプレゼントを用意してくれて、俺は本当に幸せだった。
他の人からも部屋が埋まるくらいプレゼントが届いていたっけ。何にも考えず、ただ、素直に喜んでいたな……
身内以外からはもう何を言われても、何を貰っても素直に受け取れなくなりそう。
でも、それって何が悪いんだ……?
自己嫌悪は止めよう。
素直に喜んでいた俺は悪くないし、素直に受け取れなくなった今の俺も悪くない。そうさ……
取り敢えず、ちょっと痩せよう。それからだな。
そんなことを考えている内に辻馬車が止まり、俺は宝石通りに降り立った。
宝石商会に行き、宝石類を売り払う。
ふと、沢山の金地にアイスブルーの宝石が嵌め込まれたアクセサリー類に目が行く。
誕生日など事あるごとに贈られてきた、ビクトールの色。
全く……愛なんて籠っていなかったのに、俺はそれらを見る度に愛されているという喜びに浸っていたっけ。
さようなら、俺の初恋。慎ましく生きれば暫く暮らせるかな。
商会を出て、近くの路地裏でまた別の姿に変えて、再び辻馬車に乗り込む。
「奴隷市場まで」
すると、さっきの馭者と違い、この馭者は一瞬鼻白む表情を見せた。
それは目的地に対してか、魔法で変えた姿に対してのものか。
両方かな?
俺の横幅に合わせなきゃだし、目的地が目的地だしで、脂ぎった貴族のおっさんに変身したから。
奴隷市場に着いた際は、支払いに少しだけチップを乗せる。
彼は更に嫌そうにしていたが、此方としては不快な気分にさせた詫びのつもりだから、気にしない。
奴隷市場の中で一番大きな商会を訪れる。
「奴隷を二人ほど。……若くて見目良くて、そこそこ腕が立つか体力がある奴がありがたいが、できるだけお手頃が良い」
鋭い眼で値踏みしてくる従業員にそう言うと、見た目と相まって、俺は悪趣味田舎貴族だとすぐに信用された。
いるんだよ、こーゆー奴。とでも言いたげな眼差しにほっとする。
「どうぞ、此方へ」
倉庫みたいな場所に案内されて、ざーっと檻が並ぶ中、好きに見て回れと放置される。
良かった。
もし、変身魔法を見破られていたら、俺の身分だと綺麗な応接室に案内されて、ピックアップした奴隷が連れてこられる。
変身魔法を叩き込んでくれた家庭教師に感謝しながら、檻を一つずつ見て回った。
頭の中で、五年前に闇討ちされて死んだ親戚の男爵、ナサニエル叔父さんを思い出す。
彼は奴隷を買うのが趣味で、奴隷商のオススメ、奴隷商に舐められない態度、交渉の仕方、オススメの買い方なんかを、武勇伝の如く、いつも俺を膝に乗せて話していたっけ。
でっぷり太って脂ぎってチンケな小物、と誰にも相手されなかったせいか、新年パーティなんかで家に来た日は、ずっと俺に奴隷の話をしていた。
でも、パーティの日に俺にそんなに構ってくれるのはその叔父さんくらいだったし、奴隷の故郷である異国や異文化の話が多くて意外と楽しく、俺は彼が大好きだったんだ。
死んでから分かったことだが、気に入った奴隷は死んだことにしてちょくちょく別の身分を与え解放していたらしい。
死んだ時に残っていた奴隷は使用人としてそこそこ躾られていて、大半は平民の身分を与えてうちの使用人として鍛えた後、故郷に帰るなりそのまま働くなり好きにさせた。
彼らの大半は王都で暮らしているみたいだ。
だって叔父さんの墓は、いつ行っても花が供えてある。
安物だったりその辺の雑草だったりするけれど、一族の中で一番、頻繁に花を供えられている人だろう。
まるで見てきたかのように奴隷の故郷について楽しそうに語る叔父さんを思い出す。
ずーっと独身で、爪弾き者だったから、寂しさを奴隷で埋めていたのかな。
同じく丸々とした俺の行く末を案じ、彼なりに知識を授けてくれていたのかも。
もしくは、その寂しさは別のもので埋められる、と教えたかったのか……
何にせよ、俺はこうして今、奴隷を買いに来ている。
フフフ……叔父さんの教育の賜物だな、と独り言ちて、ふっと我に返る。
さっきから見るともなしに見つめていたのだろう。檻の中の奴隷が蒼白な顔をしていた。
「その奴隷がお気に召しましたか?」
従業員がすかさず声をかけてくる。
「いや、ちょっと今日の懐の温かさ具合を思い出していただけだ」
そう言って檻を離れ、一個ずつ見て回る。
ゆっくりと、値踏みするような顔で。従業員を意識しない、尊大な態度で。
『一匹一匹、まるで魚屋の魚を吟味するように見るんだ』
叔父さんの言葉を思い出す。
まあ考えてみれば、俺は魚屋に行ったことも自分で食材を吟味したこともないが。
なるべく、その時の叔父さんの表情や態度、身振り手振りを再現する。
そうして一周した後、さも不服そうに思案して、あっちとこっちを比べた。
この時、自分がちょっとでも気になった奴隷は見ちゃいけない。
「お悩みですか?」
そう従業員に聞かれ、「商品はこれだけかね? ……私は気に入れば少々の難は気にしない質でね。お買い得があれば其方も確認しておきたい」と答える。
すると、叔父さんの言う通り、従業員は更に奥へ案内してくれた。
そこは、所謂処分品室。欠損や病気、精神がダメになった者達が集められている所だ。
これで全員見た。
この中で一番、俺を一生支えてくれそうな人を選ぼう。
目の前の檻の中を、一人ずつ見ていく。
まだ切断されて間もないのか、包帯に所々血が滲む欠損奴隷が二人、寄り添うように座っていた。
どちらも中々逞しい褐色の肉体をしていて、長い赤茶けた髪をしている。元は何処かの敗戦国の王侯貴族かな?
従業員に頼んで話をさせてもらおう。
ふうふう言いながら彼らの前にしゃがむと、どろりと濁った四つの瞳が此方を見て、一瞬警戒した。
すごい、変身魔法を使っていることが分かったんだ。
「おい、お前達は欠損さえなかったら、どんなことができるんだ?」
尊大に問うと、より大柄なほうが煩わしそうに眉を動かす。
「……欠損さえなければ、私達二人共、そこそこの武術と身の回りのお世話など、大抵のことをこなせます。お値段以上の価値は働きますよ?」
より大柄なほうを庇うように、手前の青年がニッコリ愛想を振り撒いて前に出た。右手首がなく、両足首に包帯が巻いてある。腱を切られたのかな。
より大柄のほうは右肘から下と右膝下からがない。
「若くて健康そうで、まぁ、少し工夫すれば使えなくはなさそうであるな」
フン、と鼻で嗤うつもりが、体勢が苦しくて、ふんもふ――みたいな鼻息になってしまった。ふぅふぅ。
「彼らはおいくらかね?」
従業員がさっと手を動かす。
これで理解できなかったら、初心者と思われて値段が跳ね上がるのだ。
「ふーん……あれは? それは? ……さっきのアイツは幾らだっけ?」
適当に数人の値段を確認すると、適正価格よりぼっていた場合、そっと値段を訂正してくれる。
目の前の奴隷が少し安くなった。
さてと、声を潜めて奴隷に聞いてみなければ。
「俺は一生支えてくれる奴隷が欲しいんだ。もしお前達がそうなら、お前達を買おう」
「そーいう情けないことは、あんまり言わないほうが良いぞ……」
今まで一言も口を利かなかった大柄が、苦笑いで言った。
「だけど、これが一番の願いなんだ……」
俺がポロポロと口から零すように呟くと、大柄は、「仕方ない、良いだろう。支えてやる。……だが、怪我がある程度治るまでは支えてくれよな」と返す。
「立てねーから」と言ってくしゃりと笑う彼は、とても奴隷とは思えない貫禄があった。
二 白豚令息、奴隷を買う
すんごい気合を入れて、すっと自然に立ち上がると、俺は商品など気にせずに従業員に言った。
「この二つ、買おう。宿を決めたら遣いをやるから、運んでくれ」
足の痺れをそっと回復魔法で直して、巨体を揺すり出口に向かう。
従業員は俺の身分などもう一切疑っておらず、てきぱきと契約書類を作成した。
それに偽名をさっと書き、契約印として血を取るために手を差し出す。
従業員が恭しくその手を取って血を抜く瞬間、今まで一度だって、ビクトールにこんなふうに手を取ってもらったことがないのに気付いた。
ああ、本当に俺は愛されていなかったんだな。
その事実に思わず微笑む。すると従業員もニッコリ微笑んで、そっと手の針痕をガーゼで押さえてくれた。
この従業員のほうがビクトールよりも愛してくれるなんてね。
「この辺で義足や義手が買える店はあるかな。間に合せだから安物で良いだろう」
「ご安心ください。最低限の装備は付けてお渡しします。ただ、入荷したばかりで暫くは……。此方で傷を塞ぎますか?」
傷を先に塞がれると、自分で回復魔法を掛けるつもりの俺には不都合だ。
「いや、傷は躾にも使えるから、そのまま戴こう」
従業員は恭しく礼をして、書類と請求書を差し出した。
危ない。あの値段は二人纏めてだったのか。思ったより安くて焦る。
倍の値段を出していても、従業員は何食わぬ顔で受け取っていただろう。
金を払い、まぁ端数だが、釣りは要らないと言って退店。
近くの宿屋通りで、そこそこ安めの宿の一番良い部屋を取り、宿の小僧に小遣いを渡して奴隷商会に行ってもらう。
頑張って一人でシャワーしたり色々準備したりしながら待っていると、小僧と従業員に支えられた二人がやってきた。
従業員と小僧に多めにチップを払い、床に座り込んだ二人と部屋に三人きりになった。
そこで変身魔法を解く。
やはり二人は見破っていたのだろう。ピクリとも驚かなかった。
「髪色と年しか変わってなかったぞ。その変身、意味あったか?」
「お前こそ、本当に奴隷か? 変身魔法じゃないかってくらい、見た目と態度があってないぞ?」
手足を切断され奴隷に堕とされて、どうしてそんなに余裕なんだ?
取り敢えず、少し痛むだろうけど、傷の上から用意しておいた義手と義足を塡めて、その動きを覚える。
「いってぇ……何すんだ?」
「ごめん、ちょっとだけ我慢して」
大柄から義手と義足を外して、今度は小柄に義手を付ける。また動きを覚えて外す。
はぁ……お腹減った。
「悪いけど、ちょっとそのままでいてもらって良い? 先に腹拵えするね?」
俺の言動に、二人がぽかんとする。
俺は二人が来る前に外の露天で買っておいたバケットサンドイッチを十個、全部紙袋ごと床に置き、床に座り込んで食べ始めた。
腹がつかえて自分で上体を支えられないので、近くにあったベッドに背を預け、モグモグと食べる。
「君らも食べてね」
そうすすめると、二人とも嬉しそうに頬張り始めた。
「美味しい」
「マトモな食事は久し振りだ。ありがたいな」
「俺が一人で買ったんだよ! 褒めてね?」
「ご立派です。よく頑張りましたね」
「偉いぞ! その体では大変だったろうに。よく頑張ったな……」
ぇへへ……と、嬉しくて腹を揺らして照れ笑いをする。そしてふっと、気が付く。
「二人とも俺に奴隷として買われたのに、どうしてそんな酒場で意気投合した、みたいな態度なの? 警戒心とかないの?」
「お前に対してはないなぁ……。変身魔法を使って奴隷を買うなんてワケアリなんだろ? 虚勢を張っちゃいるが、一人で生きていけないから助けてって鳴いてる子豚みたいな目で見てくるし」
「まぁ、その感じだと、何処かのお坊っちゃんで、何も一人でしたことないんでしょう? しかも、その体、お風呂も困りますね……。従者を雇うより奴隷を買ったほうがコスパ良いですからね。良い判断ですよ」
「酷い! これでも、寮生活では一人でお風呂入ってたんだよ⁇」
「…………それはそれは。手が使えるようになれば、隅々まで綺麗にしてあげますからね」
そんな汚物を見るような目で見ないで……!
小柄は敬語でグサグサと心を抉るタイプのようだ。
見た目は怖いが、大柄のほうがおおらかで優しい。
名前を聞くと、大柄がスーロン、小柄がキュルフェと答えた。
二人は異母兄弟で主従関係なんだそうだ。フクザツ。
俺はサミュエル・コートニーだよ、と軽く自己紹介する。はむえる……と二人がもごもご復唱して、よろしくと頭を揺らす。
そんな感じで話しながら、俺達はサンドイッチを平らげた。俺が四つ、二人が三つずつ。
その後、少し午睡をさせてもらう。
俺の中の魔力が満タンになるまで……
今日は、色々あって……少し、疲れたから……
少しのつもりが、夜中になっていた。
いつの間にか枕が頭の下に、体には布団が掛けられている。隣では、ベッドカバーにくるまって二人がスヤスヤと眠っていた。
それを見るとなんだかまた眠気が来て、そのまま二度寝してしまう。
暫くして、ガタゴト、ズリズリ……ヒソヒソと聞き慣れない音に目が覚める。
「ふゎっ……ごめん、めっちゃ寝ちゃった」
どうやら夜明け前のようだ。慌てて立ち上が……れなかった。ゴロンゴロン……。タイヤで遊ぶパンダみたいに前後に揺れるだけだ。
慌てて、うつ伏せになって四つん這いになり、ベッドを支えに立ち上がる。
テーブルに用意していたポーションを二つ取り、二人に向き直った。
「お前……それは?」
スーロンがハッとした顔で問いかけてくる。
勘が鋭いよね。
「ポーション。効果を高めるために回復魔法の魔力を流しながら使うから、できるだけ二人くっついて、俺が合図したらゆっくりと飲み続けて」
「そんな方法、初めて聞きました」
「良いのか? 貴重なモノだろう?」
「んー……手間と回復ポーション百個でできるから、そんな貴重じゃないよ」
「なんだと⁉」
んー、説明すると面倒臭いんだよね。
「古代魔法書の解読で手に入れた技術でね、手間さえ掛ければ作れるんだよ」
今のところ、俺の家の専売特許な秘術だけどね。
「さ、いくよ」
二人はくっついて、受け取ったポーションを開封して口許に構える。
「せーの」
そして、ぐびり、と飲んだ。ポーションに多分に含まれた俺の魔力が彼らの体の中を駆け巡り、小さな怪我を治しながら欠損部位に流れていく。
全部同じ土地で俺に育てられた薬草を使い、全部の工程を俺が行った回復ポーションを百個、門外不出の魔法陣の中で俺が三日三晩煮詰め、俺が魔法を掛けて結晶化し、満月の晩に俺の祈祷と共に容器に封じて初めて完成する、このポーション。
更に、俺の魔力を回復魔法化して上乗せすれば、少々時間が経過した傷でも治療できる。
しかも、この二つのポーションは同じ時に作った同胞。
後遺症一つ残さず回復してやる!
回復魔法の陣が二人を取り巻く。俺の魔力の後押しを得て、二人の体の中でポーションの魔力がきゃあきゃあ楽しそうにはしゃいでいた。
「良いよ、そのまま二人でタイミング合わせて……飲み切って……」
ポン! と〝風船華〟という花が弾けるように、欠損部位に堪った魔力が破裂する。
植物が芽生えて成長するのを早送りで見るように、二人の欠損部位から骨、筋、神経、肉、皮膚が再生されていく。それに合わせてパラパラと包帯と糸が落ちる。
最後の一滴まで飲み切って、二人は恐る恐る目を開けた。
「お疲れ……さま……」
最後に、二人の体の中を俺の魔力が一周して、ぜーんぶ治した! と報告してくれる。
それを感じて満足すると、力を使い切った俺はその場に倒れ込んだ。
起きたら夕方だった。
俺の荷物を確認して財布を見つけ、欠損部位が少なかったキュルフェが、まだ治っていない振りをして一泊追加の手続きをしてくれたらしい。
上体を優しく起き上がらせてもらった俺は、両側から二人にしっかとハグされて何度も何度もお礼を言われた。
それだけで、ビクトールに愛されていなかったという傷が、昔のことみたいに遠ざかっていく。
嬉しくてポロポロ泣く俺に、二人はキツツキかと思うほどキスの雨を降らせる。
そして涙が収まると、スーロンがホテル前の露天のサンドイッチを目の前に山積みにしてくれた。
朝の人気のないタイミングで、窓から忍び出て買ってきたらしい。
魔力を使い切っていた俺は、それを六個ペロリと平らげた。
「……ふぅー。生き返った! でも俺、痩せたいんだよね」
「私もサミュを痩せさせたいです。でも、魔力切れを起こした時くらい、お腹いっぱい食べても良いでしょう?」
キュルフェの優しい言葉が嬉しくて、コクンと頷く。
サミュって愛称で呼ばれるの、何か嬉しいな。仲良くなれた気がする。
「さ、お風呂にしましょう。隅々まで洗ってあげますからね♪」
笑顔に圧を感じたが、お腹いっぱいなのと仲良くなれた嬉しさでほわほわしている内に、風呂場に連れ込まれた。
結果、今、地獄のような責め苦を受けている。
「ふがぁ! いだだだだだだ! あいやいやいやい‼ のぉぉぉ!」
「ハハハハハハ……足裏痛気持ち良いだろう? 凝ってるなぁ。普段歩かないのに、頑張ったんだな! 偉いぞぉ!」
「お肉に埋もれててやりにくいですが、頑張りますね♪ わー……硬ーい。アチコチ筋肉が固まっちゃって。動き難いでしょう」
「はぃぃぃぃやぁぁあああ! ぁぁぁぁぁだいだいだい!」
全身、二人懸かりで、ゴッリゴリ、何だか分からない異国のマッサージをされた。
俺が暴れまくったせいで湯が飛び散り、二人ともびしょ濡れになっていたが、彼らは気にせず笑顔で揉み続ける。
肉の襞を捲ってアチコチ隅々まで丹念に垢を落とされ、石鹸で洗われた。
やめてっ、と何度も泣いてお願いしたのに、キュルフェは笑顔で俺の尻の穴まで丹念に指で綺麗にする。
家の使用人でさえ、ソコを素手で触るなどしなかったのに。
もう、お嫁に行けない!
いや、婚約解消されたんだけど……
わーん!
「自分では洗えないでしょうから、肌荒れと爛れが気になったんですが、お尻も前も綺麗ですね」
キュルフェがニッコリと言う。
「俺は軽い浄化や回復魔法が使えるんだ……!」
「おや、では毎日お風呂と一緒に浄化も使ってたのですか? 成る程。ちゃんと清潔に保てて偉いですね。でも、やっぱりちゃんと洗うのが一番ですよ♪ これからは私にお任せくださいね?」
ま、まぁ、毎日ではなかったけど……。ソコは黙っておこう。
洗い終わって、備え付けの香油で全身をピカピカヌルヌルになるまで、二人懸かりで揉まれる。白いブヨブヨの肉体がわよんわよん撓み、使用人に洗われているシーツみたいだ。
「はい! 終わり! お体拭いていきますからね!」
こうして、風呂から上がる頃には、俺はぐったり疲れてしまった。お風呂怖い。
風呂から出た後、明日の予定を決める。
取り敢えず、俺は田舎男爵に変身、スーロンとキュルフェは傷口を回復魔法で塞がれて、慣れない義手と義足を与えられ働かされている形を取ることにした。
といっても、俺が昨日の記憶を頼りに偽装魔法をかけるだけなんだけど。
そして、馬車に乗って移動する。人目に着かない所で普通の従者二人とデブ一人に見えるよう変身魔法をかけ直して隣街に行こう。
それだけ決めて、眠気に抗えなかった俺はぐっすりと眠ってしまった。
スーロンとキュルフェは、そんな俺を、まるでちょっと昔の兄上と父上のように優しく撫でて、お休みのキスをしてくれる。
もう大きくなったから、最近は父上にも兄上にもお断りしていたのに……
でも、とっても嬉しかった。
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