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春が来ました
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3月のうららかな日の午後、涼しげな風が頬をなで、春の到来を告げる桜の花びらが宙を舞っていた。今年で14回目になる、新しい季節の到来を告げるこの風景は、何度見ても私の胸を躍らせてくれる。
私「藤原 茜」はこの春、この青峰街に引っ越ししてきました。お父さんは幼いころにいなくなり、お母さんも去年の冬に亡くなって、この先どうしようか途方に暮れていた所、お母さんの親戚を名乗る人から連絡があり、他に頼る身寄りもなくて、この街でくらすことになりました。
その親戚の人は本当に親切で、私が通う学校も、私が住む家も用意してくれました。正直、この先どうやって生きて行けばいいか、途方に暮れていた私には渡りに船だったのです。
「はぁ~あ。お母さんどうして......」
私は人知れず重いため息をついてしまいました。同級生もいないド田舎で暮らしていた私にとっては、その村の人たちとお母さんだけが全てで、それが一瞬でなくなってしまったのだ。生活は親戚の人の仕送り(なんと生活費としてひと月に50万も送られてきたのだ!?)でどうにかなりそうだが、新生活は不安しかない。
私は遠い目をしていました。思えば私の人生、決定的に運がなかった。いつもドジばかりでうまくいった試しがない。何をするにしても私がやることはひどい結果しか生まないのだ。
今もそうだ。折角こんな綺麗な桜の花びらのアーチの中を通り抜けているというのに、その花弁はひらひらと舞うどころか、猛スピードで私の顔をビシバシと叩いている。時折目に入るから死ぬほど痛いし、目を開けてられない。
私は自転車に乗っていた。ピカピカの自転車で、子供の頃、TVで見てずっと乗りたいと思っていた電動自転車だ。この島---青峰島では移動用に無料で自転車が貸し出されており、つい心惹かれて乗ってしまった。それが、まさか......ブレーキが効かないなんて......
「いやあああぁぁぁぁ!」
ついに制御ができないスピードになってきた。少しの段差でハンドルは大きく取られ、振り落とされそうになる。それを私は必死で抑え、歯を食いしばって耐えていた。
「ふんぬおおぉぉ!」
私はおよそ乙女に似つかわしくない気合の雄たけびをあげ、今までの人生で出したことのないような力を出し切っていた。
「そんな!? 私にこれほどの力が眠っていたなんて!?」
私は混乱していたのか、ついに変なことを口ずさんでいた。だが状況はいまだ変わらない。坂道を下る私の脳裏にはこの後の悲劇まで容易に想像できていた。多分、昔見たゾンビ映画みたいになる。
「乙女として、それだけはなるものかぁ!」
イメージはオリンピックで見た自転車競技の人たちだ。華麗にウィリーで減速し、急旋回ドリフトで止まる。これしかない。
「おらぁぁああ!」
もうすでにこの時点で乙女でも何でもないのだが......しかし、驚いたことに私の目論見は半分までうまくいった。なんと素人ながら前輪が持ち上がったのだ。このまま90度ターンすれば止まることができる。私の中ではすでに技の成功から、万雷の拍手まで想像できていた。
だが、素人の進撃はそこまでであった。大きめの段差に自転車がドカンっと跳ねる。
「ほえ?」
なんとも間抜けな声が口からこぼれた。自転車と私は勢いよく宙に投げ飛ばさられる。
(無重力ってこういう感じなんだろうな~)
などと呑気なことを考えていた。
(私、これ死んだな~......ん?)
何となく走馬灯が見え始めようとしていた矢先、私が落下するであろう所に一人の男の子が立っているのが見えた。歳は同じくらいだろうか。スケボーを持っていて、活発そうで、とても恰好よく見えた。
これはまずいと思った。この藤原茜。この世に生を受け、はや14年。数々のドジで迷惑をかけたことはあっても、まだ人死にまでは出したことがないのである。だが空中に投げ出されている私にできることは少ない。できることがあるとすれば......
「いやああああぁぁ!! 避けてぇぇぇ!」
絹を裂くような悲鳴を上げることだけであった。
「あ、白」
男の子の声が聞こえた。どうやらパンツを見られたらしい。恥ずかしい。なぜ学校もまだ始まっていないのに、制服を着てきたのだろうか。羞恥心に駆られるまもなく、私は男の子に向けて突っ込むしかなかった。
「きゃああああぁぁぁ!」
「お......おわあああぁぁ!」
私と男の子の悲鳴が混ざり合う。ドガッシャ~ンという実に派手な音がして、男の子と私はもんどりうって転げまわった。私が男の子にぶつかる瞬間、優しい春風が私を包み込んだような気がした。
ーーー
田舎からいくつかの路線を乗り継ぎ、私はようやくこの八万島に到着した。
「わぁ~~!」
窓から見える島の風景は、今まで住んできた田舎の村と違って、家や店がそこかしこに建っており、私にはとても珍しいものに見えた。
「あらあら。もしかして、青峰女学院の生徒さん?」
向かいの席に座っていたおばあさんが、ふふっと上品に笑いながら話しかけてきた。私はちょっとはしたなかったかなと、スカートの裾をささっと直しつつ、おばあさんに向き直った。
「はい! 今年の春から転校してきました! でもよく私の高校が分かりましたね?」
元気よく答える私に、おばあさんはニコニコと頷いていた。
「あら? だってあなた青峰の制服を着ているじゃない?」
確かに私は青峰の制服を着ていた。ここに来る途中、転んで水たまりに突っ込み、着替えがこれしかなかったからからなのだが......
「青峰の制服は可愛らしいわよね。青地に白い襟のセーラーで、あなたもよく似合ってるわ」
褒められると悪い気はしない。いやぁ~と私はつい後頭部をわしわしと掻いた。
「ふふっ。孫も青峰に通ってるの。もし会ったら仲良くしてあげてね」
「もちろんです! お孫さん何年生ですか?」
「今年二年生よ。中等部の二年。とても可愛いのよ。ほら?」
そう言っておばあさんは持っていた巾着から写真を取って見せてくれた。そこには可愛らしい(でもちょっと無表情な)女の子がピースサインで写っていた。
「わあ! 美人さんですね! 学校で会ったら絶対挨拶しちゃいますね!」
「うふふ。ええ、ありがとう。それにしても驚かなかった? この島に来ることになって」
「もちろんです!」
私はコクコクと首を大きく縦に振った。
「まさか島に電車で来れるなんて思いませんでした。しかもこんなに大きいなんて!」
「ええ、そうよね。私も昔、家族でここに来ることになって驚いたわ」
「おばあさんはどうしてここに住むことになったんですか?」
「夫が昔、神居家の企業に勤めてたからよ?」
「カムイケ?」
聞きなれない言葉に私は首を傾げた。
「あら? ご存じない? 神居家は日本の四大財閥の一つよ。 この島---八万島もあなたがこれから通う青峰も神居家が建てたの」
「へ~すごいお金持ちなんですね~」
生憎とド田舎に住んでいた私にとっては全く知らない話であった。
「そうそう。青峰を建てたときにね、生徒の生活のために色々お店とか必要だっていうんで、家族や従業員も移住してきたのよ。そうしてできたのが八万島。今からあなたが行くことになるのは青峰区だけど、他にも4つ区画があって、それぞれ四大財閥が将来の人材の育成のためにって作ったのが人工島がこの八万島なの。各区画は孤島になってるけど、電車で行き来できるわ」
「ほへ~、なんだかすごい話ですね。あれ、でもそうすると全部で区画は五つですか? 財閥の数と合わないような?」
「中央区は商業施設や行政施設が集まってるから。財閥の共同運営という感じね」
「なるほど!」
私がおばあさんと他にもあれこれと話をしていると、電車のアナウンスが聞こえてきた。
「次は~青峰区~青峰区~」
「あら、もう着いちゃったわ。ごめんなさいね。こんな年寄りの話に付き合わせちゃって」
「いえいえ! むしろ着く前に色々話が聞けて助かっちゃいました! ありがとうございます」
私が深々とお辞儀をすると、おばあさんは口に手を当てて笑った。
「そう? それならよかった。ああ、あと一つ。もしこの後どこか回る気なら電動自転車を使うといいわ」
「電動自転車?」
「ええ。この島では電動自転車が無料で貸し出されてるの。それを使えばどこでもスイスイいけるわ」
「本当ですか!? だって電動自転車って高いんでしょう?」
昔TVショッピングで見たことあるが、お小遣いじゃ全然買えなかった記憶がある。そんなものを無料で貸しているなんて......私が都会のスケールに恐れ戦いた。
「神居家が手配してくれているのよ。住民が暮らしやすいようにって」
「へ~~~。本当にお金持ちなんですね。その神居家って」
「そうね。島をたてちゃうくらいだもの。この島の全員分の貯金よりもお金を持ってるかもしれないわね」
私たちはそんな他愛のない話をしながら、電車を降りた。
私「藤原 茜」はこの春、この青峰街に引っ越ししてきました。お父さんは幼いころにいなくなり、お母さんも去年の冬に亡くなって、この先どうしようか途方に暮れていた所、お母さんの親戚を名乗る人から連絡があり、他に頼る身寄りもなくて、この街でくらすことになりました。
その親戚の人は本当に親切で、私が通う学校も、私が住む家も用意してくれました。正直、この先どうやって生きて行けばいいか、途方に暮れていた私には渡りに船だったのです。
「はぁ~あ。お母さんどうして......」
私は人知れず重いため息をついてしまいました。同級生もいないド田舎で暮らしていた私にとっては、その村の人たちとお母さんだけが全てで、それが一瞬でなくなってしまったのだ。生活は親戚の人の仕送り(なんと生活費としてひと月に50万も送られてきたのだ!?)でどうにかなりそうだが、新生活は不安しかない。
私は遠い目をしていました。思えば私の人生、決定的に運がなかった。いつもドジばかりでうまくいった試しがない。何をするにしても私がやることはひどい結果しか生まないのだ。
今もそうだ。折角こんな綺麗な桜の花びらのアーチの中を通り抜けているというのに、その花弁はひらひらと舞うどころか、猛スピードで私の顔をビシバシと叩いている。時折目に入るから死ぬほど痛いし、目を開けてられない。
私は自転車に乗っていた。ピカピカの自転車で、子供の頃、TVで見てずっと乗りたいと思っていた電動自転車だ。この島---青峰島では移動用に無料で自転車が貸し出されており、つい心惹かれて乗ってしまった。それが、まさか......ブレーキが効かないなんて......
「いやあああぁぁぁぁ!」
ついに制御ができないスピードになってきた。少しの段差でハンドルは大きく取られ、振り落とされそうになる。それを私は必死で抑え、歯を食いしばって耐えていた。
「ふんぬおおぉぉ!」
私はおよそ乙女に似つかわしくない気合の雄たけびをあげ、今までの人生で出したことのないような力を出し切っていた。
「そんな!? 私にこれほどの力が眠っていたなんて!?」
私は混乱していたのか、ついに変なことを口ずさんでいた。だが状況はいまだ変わらない。坂道を下る私の脳裏にはこの後の悲劇まで容易に想像できていた。多分、昔見たゾンビ映画みたいになる。
「乙女として、それだけはなるものかぁ!」
イメージはオリンピックで見た自転車競技の人たちだ。華麗にウィリーで減速し、急旋回ドリフトで止まる。これしかない。
「おらぁぁああ!」
もうすでにこの時点で乙女でも何でもないのだが......しかし、驚いたことに私の目論見は半分までうまくいった。なんと素人ながら前輪が持ち上がったのだ。このまま90度ターンすれば止まることができる。私の中ではすでに技の成功から、万雷の拍手まで想像できていた。
だが、素人の進撃はそこまでであった。大きめの段差に自転車がドカンっと跳ねる。
「ほえ?」
なんとも間抜けな声が口からこぼれた。自転車と私は勢いよく宙に投げ飛ばさられる。
(無重力ってこういう感じなんだろうな~)
などと呑気なことを考えていた。
(私、これ死んだな~......ん?)
何となく走馬灯が見え始めようとしていた矢先、私が落下するであろう所に一人の男の子が立っているのが見えた。歳は同じくらいだろうか。スケボーを持っていて、活発そうで、とても恰好よく見えた。
これはまずいと思った。この藤原茜。この世に生を受け、はや14年。数々のドジで迷惑をかけたことはあっても、まだ人死にまでは出したことがないのである。だが空中に投げ出されている私にできることは少ない。できることがあるとすれば......
「いやああああぁぁ!! 避けてぇぇぇ!」
絹を裂くような悲鳴を上げることだけであった。
「あ、白」
男の子の声が聞こえた。どうやらパンツを見られたらしい。恥ずかしい。なぜ学校もまだ始まっていないのに、制服を着てきたのだろうか。羞恥心に駆られるまもなく、私は男の子に向けて突っ込むしかなかった。
「きゃああああぁぁぁ!」
「お......おわあああぁぁ!」
私と男の子の悲鳴が混ざり合う。ドガッシャ~ンという実に派手な音がして、男の子と私はもんどりうって転げまわった。私が男の子にぶつかる瞬間、優しい春風が私を包み込んだような気がした。
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田舎からいくつかの路線を乗り継ぎ、私はようやくこの八万島に到着した。
「わぁ~~!」
窓から見える島の風景は、今まで住んできた田舎の村と違って、家や店がそこかしこに建っており、私にはとても珍しいものに見えた。
「あらあら。もしかして、青峰女学院の生徒さん?」
向かいの席に座っていたおばあさんが、ふふっと上品に笑いながら話しかけてきた。私はちょっとはしたなかったかなと、スカートの裾をささっと直しつつ、おばあさんに向き直った。
「はい! 今年の春から転校してきました! でもよく私の高校が分かりましたね?」
元気よく答える私に、おばあさんはニコニコと頷いていた。
「あら? だってあなた青峰の制服を着ているじゃない?」
確かに私は青峰の制服を着ていた。ここに来る途中、転んで水たまりに突っ込み、着替えがこれしかなかったからからなのだが......
「青峰の制服は可愛らしいわよね。青地に白い襟のセーラーで、あなたもよく似合ってるわ」
褒められると悪い気はしない。いやぁ~と私はつい後頭部をわしわしと掻いた。
「ふふっ。孫も青峰に通ってるの。もし会ったら仲良くしてあげてね」
「もちろんです! お孫さん何年生ですか?」
「今年二年生よ。中等部の二年。とても可愛いのよ。ほら?」
そう言っておばあさんは持っていた巾着から写真を取って見せてくれた。そこには可愛らしい(でもちょっと無表情な)女の子がピースサインで写っていた。
「わあ! 美人さんですね! 学校で会ったら絶対挨拶しちゃいますね!」
「うふふ。ええ、ありがとう。それにしても驚かなかった? この島に来ることになって」
「もちろんです!」
私はコクコクと首を大きく縦に振った。
「まさか島に電車で来れるなんて思いませんでした。しかもこんなに大きいなんて!」
「ええ、そうよね。私も昔、家族でここに来ることになって驚いたわ」
「おばあさんはどうしてここに住むことになったんですか?」
「夫が昔、神居家の企業に勤めてたからよ?」
「カムイケ?」
聞きなれない言葉に私は首を傾げた。
「あら? ご存じない? 神居家は日本の四大財閥の一つよ。 この島---八万島もあなたがこれから通う青峰も神居家が建てたの」
「へ~すごいお金持ちなんですね~」
生憎とド田舎に住んでいた私にとっては全く知らない話であった。
「そうそう。青峰を建てたときにね、生徒の生活のために色々お店とか必要だっていうんで、家族や従業員も移住してきたのよ。そうしてできたのが八万島。今からあなたが行くことになるのは青峰区だけど、他にも4つ区画があって、それぞれ四大財閥が将来の人材の育成のためにって作ったのが人工島がこの八万島なの。各区画は孤島になってるけど、電車で行き来できるわ」
「ほへ~、なんだかすごい話ですね。あれ、でもそうすると全部で区画は五つですか? 財閥の数と合わないような?」
「中央区は商業施設や行政施設が集まってるから。財閥の共同運営という感じね」
「なるほど!」
私がおばあさんと他にもあれこれと話をしていると、電車のアナウンスが聞こえてきた。
「次は~青峰区~青峰区~」
「あら、もう着いちゃったわ。ごめんなさいね。こんな年寄りの話に付き合わせちゃって」
「いえいえ! むしろ着く前に色々話が聞けて助かっちゃいました! ありがとうございます」
私が深々とお辞儀をすると、おばあさんは口に手を当てて笑った。
「そう? それならよかった。ああ、あと一つ。もしこの後どこか回る気なら電動自転車を使うといいわ」
「電動自転車?」
「ええ。この島では電動自転車が無料で貸し出されてるの。それを使えばどこでもスイスイいけるわ」
「本当ですか!? だって電動自転車って高いんでしょう?」
昔TVショッピングで見たことあるが、お小遣いじゃ全然買えなかった記憶がある。そんなものを無料で貸しているなんて......私が都会のスケールに恐れ戦いた。
「神居家が手配してくれているのよ。住民が暮らしやすいようにって」
「へ~~~。本当にお金持ちなんですね。その神居家って」
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