残響迷夢―惨劇の母体たち―

星坂 蓮夜

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影と光1

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 弓戸彰巳にとって、安らげるのは眩い光の中ではなかった。
 信頼出来るものは、人間ではなかった。

 彰巳の記憶には、いつも深い闇がある。

 彰巳は母子家庭だった。
 彰巳の母親は恋多き女だった。
 彰巳の母親は恋人が部屋を訪れると、彰巳を縛って猿轡をかませて、押し入れの闇の中に放り込んだ。
 
 最初は、あくまでも恋人が滞在する間だけだった。
 しかし、やがて彰巳は食事すら与えられず、押し入れの中に閉じ込められた。

 ただひたすらに真っ暗な闇の中。
 彰巳は、何かが自分にすり寄って来るのを感じた。
 闇しか存在しない、押し入れの中。
 子犬や子猫のように彰巳にすり寄るそれは、闇であり、影だった。

 次に彰巳が目覚めたのは、光溢れる白い部屋だった。
 彰巳は餓死する前に、救出されたのだ。

「気分はどう?」
 そう訪ねる看護師に、彰巳は質問を返した。
「お母さんは?」
 自分を殺しかけた母親でも、この時の彰巳はまだ母親を愛していた。

 看護師は微笑み、「別の部屋にいるからね」と優しく彰巳に告げた。
 その時、点滴を受けていた右手が、看護師の影に触れた。

『あんな母親でも、この子にとっては母親なのね』
『でも、どう説明したらいいの?』
『この子の母親は恋人と一緒に亡くなったなんて』
『しかも普通の死に方じゃなかったって……明らかに異常な死に方だったって』
『でも母親と恋人が死ななければあなたは助からなかったって、餓死してたって……どう説明したらいいの?』

 結局、母親と恋人は変死したとしか、彰巳にはわからない。
 彰巳が起き上がれるようになる頃には、事件の後処理は全て終わっていた。

 母親か、もしくは恋人が、彰巳と同じように怪異を宿していたのか。
 それとも彰巳の宿した怪異が、母親と恋人を喰い殺したのか。
 今も、彰巳にはわからない。

 ひとつだけ明らかなのは、彰巳が怪異を宿しているということだ。
 彰巳には闇や影が、自分に忠実な可愛らしい愛玩動物のように見えていた。
 彼らは忠実で、絶対に嘘は吐かない。
 看護師の影が母親の顛末を教えてくれたように、彼らが彰巳に教えてくれるのは、いつも事実であり、真実だった。

 故に、彰巳が信頼するのは、人間ではなく、光ではなく、影であり、闇だった。


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