残響迷夢―惨劇の母体たち―

星坂 蓮夜

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白い闇

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 父親は証券会社に勤める普通のサラリーマンだった。
 少なくとも結丹の認識では、父子家庭で男手ひとつで子供を育てているということ以外はごく普通の人間だった。
 容姿も、スペックも、目立ち過ぎるわけではなく、然りとて地味過ぎるわけでもない。

 そんな父親が、大人しく学校に行く準備をしていた結丹を呼び止めた。
 首を傾げる結丹に、父親は笑顔で言った。

「父さん、今日会社休んだんだ」
「父さん、仕事ばかりで結丹とほとんど遊んでないだろ?休日は疲れて寝てるし」
「だから、今日は一緒に遊ばないか?」
「公園にでも行こう。皆学校に行ってるから、広い公園を父さんと結丹で占領出来るぞ」
「学校なんて、1日くらい休んでも平気だ。先生が文句を言ったら父さんが怒ってやる」

 結丹は嬉しかった。
 家族旅行にバーベキュー。
 公園でキャッチボール。
 友人たちが当たり前のように語るそれを、結丹は体験したことがなかった。

 けれど、その時点で父親はおかしかったのだ。
 真面目で堅物の父親が会社を無断欠勤する筈がなく、結丹に学校をサボらせることもあり得なかった。

 父親と一緒に向かった、真っ昼間の公園。
 確かに誰も居なかった。
 いや、“誰の姿も見えなかった”が、正しい。
 公園は深い霧に閉ざされていた。
 周囲が何も見えない。
 これではまるで白い闇だ。

 唯一見える父親は、何処から入手したのかもわからない拳銃を結丹に向けていた。

「これでいいんだ。これで父さんも結丹も幸せになれるんだ」

 結丹は恐怖に腰が抜け、地面に座り込んでいた。 
 そんな結丹を焦点の合わない瞳で見下ろす父親が、ボソボソと呟く。

「父さん、もう疲れたんだ。父さんも結丹も幸せになるにはこれしかないんだよ」

 音も、痛みも感じなかった。
 ただ、衝撃と熱が結丹の身体を貫いた。
 父親は「やった! やっと俺は解放された!」と笑いながら二の腕を何度も何度も愛しげに撫で擦っていた。
 結丹の視界は、思考は、白い闇に閉ざされてゆく。
 白い闇の底へと沈む間際、最後に結丹が見たものは、銃口を自らの口に突っ込み、引き金を引く父親の姿だった。


 沼田晴臣は父親が結丹を巻き込み無理心中を図った年に入社したばかりの新入社員だった。
 何を血迷ったのか、晴臣は孤児になり、しかも後遺症を抱える結丹を引き取った。
 結丹に養父と名乗らず、友人だ、友達だと名乗る晴臣が、父親とどんな関係だったのか、結丹には問いただせなかった。
 結丹にとって晴臣は、唯一と言っていい頼れる存在だったからだ。
 自分でも、晴臣に依存していた自覚はある。

 晴臣は面倒見の良い男だったが、性的な交友関係にはだらしがなかった。
 結丹にこそ手を出さなかったが、男も女も関係なく、日替わりで取っ替え引っ替え。
 浮気や二股、不倫は当たり前。
 下半身が服を着て歩いているような男だった。

 晴臣の二の腕には片羽のアゲハ蝶の刺青があった。
 誰かと一緒に入れたが、何処の誰と一緒に入れたかすっかり忘れたらしい。
 晴臣は恩人ではあったが、同時に最低な男だったとも結丹は思う。
 けれど、そんな晴臣しか頼れるもののいない結丹は、盗聴に手を出した。
 晴臣の服や鞄に盗聴器を仕込み音声を拾って聞く。
 そんな生活を何年も何年も……高校を卒業し、WEBデザイナーとして独立してからも続けていた。

 あの日も、晴臣の音声を拾って聞いていた。
 晴臣は“あかり”と名乗るOLをナンパしていた。
 製薬会社に勤めているらしいその女は、見事に晴臣に騙され連れ去られた。
 そこまでなら、いつものことだ。
 結丹が溜息を吐き、コーヒーを淹れている間に、状況が一変したのだ。

 キッチンから自室に戻った結丹の耳を貫いたのは、晴臣の絶叫だった。

「助けてくれぇえええ!」
「し、死にたくないんだぁあああ!」
「謝る! 謝る!」
「ゆるしてくれぇえええ!」

 言葉として聞き取れたのは、それだけだった。
 やがて自室が無音になった後、機械が潰れる乾いた音を最後に、何の音声も拾えなくなった。
 晴臣が事切れ、盗聴器が破壊されたのだと結丹は悟った。

 事件は明らかに結丹の手に余るものだった。
 警察にも行ったが、自分と晴臣の関係も、事件のことも、どこまで話していいのか、結丹には判断出来なかった。
 溜息を吐いてベッドに寝転がる。
 すると、充電していたスマートフォンが震えた。

「はい、雁野です」
『松岸です』

 警察で対面した刑事だった。

『雁野さん、これからまた警察までご足労願えませんか?』

 会いたいということらしい。
 結丹はしぶしぶ了承の意を示す。

『ありがとうございます。実は、交際相手の女性が失踪したという男性が警察にいらしているのですが、失踪した彼の交際相手の名前が“あかり”なのです』

 結丹は目を見開き、反射的にベッドから起き上がった。

 あかり。
 晴臣が最後に会った女と同じ名前だった。


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